第十三話 修業①
陽力の訓練ばかりしているわけにはいかない。
特にジークの場合は加護を使うための体力や筋肉は重要で、基礎訓練も行われた。
ーー訓練三日目。
「ほら、あと五十周!」
「はい……!」
直径五十メートルばかりある訓練場を、ジークとリリアはひたすら走っていく。
意外だったのがリリアだ。
華奢な体つきからして体力がなさそうだとジークは心配したのが、彼女は意外にも気軽に走っている。
「はぁ、ハァ、リリアさん、すごいね……!」
「実家にいるときに訓練させられたので。これくらいは、まだ大丈夫です」
リリアは気丈に微笑む。
だが、そんな彼らの甘えをテレサは許すわけもなく。
ーーひゅんっ!
「……!?」
一瞬の隙を狙ったように、石礫が飛んできた。
魔眼で未来を視たジークはかろうじて避け、テレサに抗議する。
「なななな、なにするんですか師匠!?」
「なぜもへったくてもない。不意の事態に対応できるかどうかのテストだよ」
「うぅ……!」
「ほら、しゃべってる暇があるなら身体を動かしな!」
「ひぃいい~~~~!」
訓練場の五百周を終えると、次は筋トレだった。
腕立て、背筋、スクワット、あらゆる筋肉を苛め抜いていく。
まだ三日目なのに、ジークもリリアも死にそうだった。
身体が、重い。
全身に鉛を流し込んだうえで、さらに負荷をかけられているような感覚。
「ぜぇ、ぜぇ……地獄、やっぱりあの人、鬼……」
「誰がアル中で筋肉ゴリラのくそったれ鬼ババアだって?」
「ひっ!?」
ごごご、と背後で般若のオーラを出しながらテレサが立っていた。
慌てて振り向いたリリアは首を横に振る。
「そそそそ、そこまで言ってませんよ! 鬼みたいに優しくて素敵だなって言おうとしたんです!」
「ほーう。なるほど。そんな優しい私から追加の訓練だ。スクワット百回追加!」
「ぃいいやぁあああああああああああああ!!」
「な、なんで僕までぇぇええ!?」
「同門弟子の発言は連帯責任だよ!」
午前中で基礎訓練を終え、午後からは再び陽力の訓練だ。
疲れ切った体に鞭打つような行為に、さすがのジークも音を上げそうになった。
「し、師匠……さすがに疲れ切った状態でこれをやるのは……」
「だからこそ意味があるんじゃないか。ひっく」
テレサは酒瓶をあおり、酒気を吐き出した。
「肉体が疲れ切った極限状況下、最後にモノを言うのは陽力だ。疲れ切った状態でどこまで陽力を絞り出し、精密にコントロールできるか。これが命を拾う鍵になる。体力が万全な時に悪魔と戦えるのは珍しいからねぇ。あんたなら分かるんじゃないかい? ジーク」
「……まぁ、確かに」
悪魔は人の疲れなど考慮してくれない。むしろ狡猾だ。
エルダーとなれば個体差はあるのだろうが、ジークだって疲れているところを何度襲われたか。
「ふぅ」
ジークは目を閉じて深呼吸し、作動する前の剣の嵐の中に入った。
隣のほうで絶えず錫杖の音が鳴り響き、リリアが頑張っているのがよく分かる。
ーーあんなかわいい女の子が頑張ってるんだ。
ーー自分が頑張らなくてどうする。
「よし。僕だって……!」
ジークが目を開いた瞬間、装置が動き出す。
最初にやってきたのは左からの剣だ。
音速を超えた突破音が鳴り響き、ソニックブームがジークの髪を揺らす。
「……ふッ!」
鋭い呼気と共に、加護を発動させたジークは未来の軌道を避ける。
すかさず現れた二本目は真正面。こちらも危なげなく体をひねり、連続してやってきた三本目、四本目と避けていく。
続く五本目は一本目の振りぬいた軌道上から再度やってきた。右に態勢を崩したジークには避けられない速度。
ーーなら!
「うっりゃぁあ!」
跳躍。
空中で身体を横に一回転するがごとく、器用に体をくねらせるジーク。
腕、足、膝、肩のすれすれを六本目、七本目の剣が通り過ぎた。
後ろからの剣に気づいたのは、その直後だ。
「わ……!?」
死角から現れた剣をよけきれず、ジークは吹っ飛ぶ。
その衝撃で体勢が崩れ、残りの剣すべてに滅多打ちにされた。
「げほ、げほ……うぅ……まだまだ甘いなぁ……くそー」
停止した魔導機械のなか、悔しがるジーク。
壁に背を預けて様子を見ていたテレサは先日以上に瞠目していた。
(嘘だろ、おい。まだ三日目……たった三日で八本目まで行くのかい!?)
怪物が眠っているとは思っていた。
女神が目をかけたこともあって、才能があるとは見込んでいた。
だがそれにしても、その成長速度は圧倒的すぎる……!
(反応もいいが、真に恐ろしいのはあの年で痛みを怖がらないド根性。土壇場で思い付きを実行する行動力!)
葬送官として最後にモノを言うのはソレだ。
思いもよらない敵、地形変動、環境変化、突発的状況に対応できる者こそが生き残る。
言うなれば生きるための力。
半魔として行く先々で追われてきた全てが、花を咲かそうとしている……!
(こりゃあ……早めに次の段階に進んだほうがいいかもしれないねぇ)
◆
一方、リリアは順調とは言えなかった。
「ハァ、ハァ……きつ、い……」
的の前で膝に手をつき、今にも倒れそうなほど全身から汗を流している。
錫杖を握る手が重い。今すぐ離してしまいたいほどに。
前方、数十を超える的がからかうように飛び回っている。
課題の達成条件は『全ての的を同時に、各個破壊すること』だが……
これまでリリアは五つしか壊せていない。
さらに言えば、同時に氷の針を形成できたのは二十ほどだ。
威力も数も、何もかも、全てが足りない。
「あれを全部同時になんて……」
無理だと言いたい。言ってしまいたい。
元よりリリアにはジークのような目標はなく、漠然とした焦燥感があるだけだ。
特級なんて倒せなくてもいい。
特別にならなくてもいい。
ただ役立たずだと言われたくなくて。
もう二度と、あんな過ちを繰り返したくないから、こうしてここに立っている。
「そうだ。わたしは、もう二度と……」
自分の気持ちを見つめなおし、リリアは再び錫杖を構える。
「《凍てつく氷よ》《貫け》『静謐の矢』!」
宙空に生成された矢が、的に向かって突き進む。
矢の軌道はリリアの陽力コントロールで修正可能だ。
ジークの先視の加護ではないが、軌道を予想してそこを狙えばーー
パリィン!
的が破壊される。
リリアは思わず喜びそうになったが、すぐにこれが無意味なことに気づいた。
「そうだった。全部同時に壊さなきゃ……」
落胆し、気持ちを持ち直し、再び錫杖を構える。
だんだんと諦めかけている自分に、気づかないふりをしながら。
◆
「ハァ、ハァ、ぜぇ……」
陽力訓練を終えたジークは天井を仰いでいた。
全身で剣に打たれていない箇所はなく、身体中に青あざが出来ている。
口の中に血の味が広がっていて、ジークはリリアにもらった水をあおった。
「ぷは……生き返る……早くお風呂に入りたい……」
我ながら贅沢になっているなと苦笑するジーク。
荒野を旅している時は、汗まみれであっても風呂など望まなかったのに。
「リリアさんは先にお風呂だし、僕は柔軟の続きを……」
「待ちな。ジーク」
「え?」
足を延ばそうと腰を曲げたジークの眼前、テレサが現れた。
普段なら肌身離さず持っている酒瓶の代わりに、その手には剣が握られている。
「師匠?」
「あんたは私と実戦訓練だ。風呂の前にひと汗流そうじゃないか」
「僕、もう汗流してるんですけど……?」
「言葉のあやだよ」
どうやら拒否する権利はなさそうだとジークは察する。
慌てて立ち上がると、彼女は顎をしゃくって、
「聖杖機を構えな。どんだけ加護が育ったか、見せてもらおうじゃないか」
「分かりました」
ジークは双剣を持ち、左手を前に、右を後ろに構えた。
二人はにらみ合う。
静寂は一瞬、行動は刹那。
「……行きます!」
「行くよ。鼻たれ坊主」




