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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 紅娘の祈り
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第十九話 紅の鬼

 

【ぜぇ、ぜぇ……】


 よろよろと、カリギュラは立ち上がる。

 角は半ばから折れ、尻尾はちぎれ飛び、見るも無残な有様だ。

 今に倒れてもおかしくないはずなのに彼は立った。


【まだ、だ。我輩は、私は、こんなところででれあ】

「それ以上やると本当に死ぬよ」


 破壊神の腕が暴走している。

 ぐにゃぐにゃと、腕の中で何かが暴れているように肉が動いている。

 呂律も回っていない。普通の人間が三つの力を扱うのは無茶すぎた。


【ふ、ふふふ……! たと、え、ししし、死んでも、我らは不滅……!】


 カリギュラはニヤリと嗤う。


【悪魔教団の、支部は、大陸中に存在ししている。ここを、潰しても……! 無駄、無駄だだだ!】

「ーーそれはどうかな?」


 華麗な声が響き渡りーー


【……っ!?】


 次の瞬間、恐るべき刺突がカリギュラの頭蓋に直撃した。

 触れたものを穿つ針のような剣。最小範囲に風を纏わせて攻撃力を上げているのだ。

 それは、鍛え上げた陽力操作がなければ不可能な芸当で。


【ぐ、ぉ】


 カリギュラは頭を抑えて呻いている。

 異形化した彼を殺さない絶妙な攻撃。

 風の加護を持つ者でそんな芸当ができる女を、ジークは一人知っている。


「オリヴィアさんっ!?」

「すまない。遅れた」


 たん、と宙から降りてきたのはオリヴィア・ブリュンゲル。

 リリアの姉であり特級葬送官の一人である女は涼しげに言った。


「なんで……」

「お前の陽力紋を追跡してな。なんとか辿り着けたぞ」

「だからって一人なんて、危なすぎますよっ?」

「誰が一人だと言った?」


 オリヴィアが笑った瞬間だ。


 爆音が響いた。

 扉が吹っ飛ばされるような音。がん、ごん、と重たいものが転がっていく。

 悲鳴と怒号が次々と響き渡り、住民たちは我先にと逃げ始めた。


 土煙がたちこめ、そこから現れたのはーー


「ジークーーーーーーーーーーーっ!!」


 白雪のような髪を揺らし、翼を動かす女性。

 恋人であり熾天使。世界で一番大切な女の子が、まっすぐに飛んできた。


「リリアっ!?」


 後ろを並走するのはカレン、オズワン、そしてイズナだ。


「やっと見つけたぞこの野郎っ!」

「晩御飯はちゃんと帰ってこないとダメですわよ、ジーク様っ!」

「もぉ~~~、大変だったんだからね、ジっくん! あとでおしおきだよ!」

「イズナさんまで……」


 ジークは呆然と呟いた。


「みんな、なんで……」

「ーー姫様がな、密かに元老院の事を調査していたのだ」


 オリヴィアがジークの肩を叩いた。


「今回の元老院の依頼は明らかにおかしかった。だから姫様は第二席に内情調査を、第一席にかねてより調査していた悪魔教団支部の強襲を命じた。本部だけは場所がわからなかったのだが……そこはお前のおかげだ。お前の陽力紋をたどって、ここまで来れた」

【ば、ばば馬鹿な……ここ、この場所は陽力紋ごときでたどり着ける場所ではない!

 それこそ、最高幹部が案内をしない限り、誰かを連れて来る、など……】


 言葉尻が途切れ、カリギュラは愕然と目を見開いた。


【まさか】

「悪魔教団教祖か。五百年間、よくぞ逃げ回ったものだ。ここで成敗する」


 オリヴィアはレイピアの切っ先をカリギュラに向けた。

 ジークは未だに事態が受け止め切れず、おろおろするしかない。

 そんなジークにオリヴィアは微笑み、


「皆、お前を心配していたのだ。良い仲間達だな」

「……はい。僕の最高の仲間たちです、でも」


 ジークは改めてリリアの顔を見つめた。

 リリアの方もこちらに気付いて、彼女はほっと頬を綻ばせる。

 だが次の瞬間、彼女はカッ!と柳眉を吊り上げた。


「歯ぁ食いしばってください、ジークっ!!」

「あの、僕、今にも殺されそうなんですけど……?」


 リリアがなぜ怒っているのか分かるだけに、ジークは戦々恐々としている。

 無性に会いたかったのは本当だし今すぐ抱き着きたいくらいなのだが、

 彼女のあれは本気で怒っている時の顔だ。正直、ちょっと怖い。


 実妹の怒りを理解するオリヴィアは達観したように首を振る。


「甘んじて受けるべきだな。お前はそれだけのことをした」

「……まぁ、自覚はしています」


 オリヴィアもきっと怒っていると思ったのだが、

 彼女はジークではなく、カリギュラをじっと睨みつけている。

 とはいえ、カリギュラもあの状態なら何もできないだろう。

 ジークは意識を切り替え、リリアの方を見た。


(いっぱい謝らなきゃ……いっぱい怒られるだろうけど)


 それでも、今、会えて嬉しいのは本当だ。

 話したいこと、伝えたいことがたくさんあるのだ。

 こうして目にすると改めて思う。彼女の事が大好きだと。


 だからジークは「リリア」と一歩近づいて、


 その瞬間だ。

 二つの影が、堕ちてきた。


「--------------ッ!!」


 天井が崩れるような轟音が響き渡る。

 土煙を裂いて赤黒い雷が宙を迸り、誰かが、宙に佇んだ。


「ーーよぉ、クソガキ」

「ぁ」


 それは獅子のような男だった。

 たてがみのような黒髪、獰猛に歪む口元、雄々しい魔力。

 忘れようもない、それは彼の父であり師の仇。


「カカッ! 遊びに来たぜ、オイ」

「とう、さん」


 ぎり、と拳を握りしめ、


「--父さんッ!!」


 怒りの咆哮を上げ、ジークは宙へ飛び出した。



 ◆



 一方、ジークの所に飛んでいたリリアたちの前には。


「な、んだ、コイツぁ……」


 それは小さな黒鬼のようだった。

 額から一本の角が生え、手足には鋭い爪が伸びている。

 背は低く、少年のようでもあり少女のようでもあった。


 だがその魔力は、あるいは孤高の暴虐(ベルセルク)にも比肩しうるほどの……。


『……』


 緋色の眼光が、妖しく煌めく。


「あなたは」


 ルプスと同時に現れた鬼の正体を、誰よりも早くリリアは理解した。


「ルージュ……?」

『!?』


 一同の間に戦慄が走る。


「おい、これがルージュ!? 姉御、そりゃぁ、」

「いくら何でも……と言いたいところですが」


 カレンも遅れて理解する。

 あまりにも姿形がバケモノじみていてすぐには分からなかったが………。

 その魔力の質は、彼らが知る少女のものと同質だ。


「……マジか。おい、何があったんだよ、ルージュ」

『……やっぱり来たんだ、みんな』

「何やってんだよ! お前の兄貴は、あそこで戦って、」

『近づくな』


 一歩、踏み出したオズワンの眼前、黒い線が奔った。

 ピ、と鼻の皮一枚切れたオズワンは目を見開く。

 つぅと流れていく血を感じながら、低く唸った。


「……何のつもりだ、ルージュ」

『邪魔をするなら、容赦はしない』

「何のつもりだって聞いてんだよッ!」


 オズワンは構わず、足を踏み出した。

 その途端、影の触手が飛び出し、彼の喉元に突きつけられた。


「……っ」


 オズワンの額に、冷たい汗が伝う。

 今、もしも指一歩分深く歩けば喉元を切り裂かれていた。

 ドクンッ! ドクンッ! とうるさいくらいに心臓が鳴りだし、彼はごくりと唾を呑む。


「……本気、なのかよ」

『……』

「なぁ、俺たちダチじゃねぇのかよ、ルージュっ!」

「やめときなよ。弟クン。君じゃアレには敵わないよ」


 鋭い犬歯をむき出しにするオズワンの肩を、イズナが止めた。

 いつにない真剣な顔でルージュを見る彼女の頬は引きつっている。


(まさか妹ちゃんが取り込まれるなんて……コレ、完全に死徒……ううん、死徒以上じゃん)


 リリア、カレン、イズナはルージュの纏う魔力を見抜いていた。

 何があったかは知らないが、今の彼女の魔力量は死徒を優に超えている。

 まるで孤高の暴虐(ベルセルク)が二人現れたような気配に、カレンは尾を震わせた。


「ルージュ様……あなたに一体何が……!」

「操られているわけでは、ないんですね」


 リリアは注意深く観察しながらルージュに問いかける。

 対し、ルージュはこともなげに頷いた。


『そうだよ。これはあたしの意志だ』


 影の鎧を纏うルージュのくぐもった声に、迷いはない。

 リリアは驚きながらも、どこかで「やはり」と思わざるおえなかった。

 今回の一件、ルージュを抑えられる存在に心当たりがなかったのだ。

 彼女は自分の意志で悪魔教団の企みを見過ごしていたのだろう。


 問題はそうなるようになったきっかけだが。


「どうしてか、訊いてもいいですか?」

『……欲しいものがあるの』


 ルージュは自分の胸に手を当てて言う。

 大切なものを抱きしめるような動作。その手は虚空を掴んでいる。

 リリアは目を見開いた。


「……それは」

『世界で一番大好きで、大切な人。他の誰にも渡したくないの。

 あたしにはその人しか居ないから。その人が居なきゃ、あたしはただの悪魔だから』


 誰の事を言っているのか、この場の全員が理解した。

 つまり、彼女は。


『だから』


 背中から黒い翼を生やし、彼女は宙に浮かび上がった。

 その途端、暴風のような風が四人の間を吹き抜けていく。


『もう一度言う。邪魔をするなら、容赦はしない』

「「「……!」」」


 恐ろしい魔力の暴風に地面が放射状に割れ、家屋の窓ガラスが砕け散った。

 住民たちの恐怖は加速し、誰もが他人を押し倒しながら逃げ惑う。

 そんな光景を横目に、リリアは奥歯を噛みしめる。


(とんでもない魔力……これは、あるいはあの戦争(とき)よりも!)


「……冥王に屈したんだ。それでいいの? 妹ちゃん」


 この中でも感知能力に優れたイズナだ。

 ルージュの魔力に思うところがあったのか、力なく耳を下げている。

 自分を気遣うような言葉に、しかし、ルージュは冷たく言い放った。


『あんたには分からないよ。たった一人、世界に取り残されるあたしの気持ちなんて』

「テメェ、ルージュ。いい加減に……!」

「待ってください、オズ」

「……姐御?」


 リリアは右手をあげてオズワンを制した。

 怪訝に眉をひそめるオズワンに対し、リリアは魔力の嵐に足を踏み出した。

 途端、影の触手がリリアの喉元に突き刺さりーー

 ぱりん、と硬い音が響いた。


『……!』


 ルージュは目を見開く。

 リリアは着弾点に氷を張り、影の触手を防いだのだ。

 見てからでは絶対に間に合わない速度。読んでいたのか。


『……なんで。容赦しないって言ったのに』

「妹を止めるのは、姉の役目です」


 しゃらん、しゃらんと。魔力の暴風をものともせず。

 リリア・ローリンズは錫杖を揺らし、変わり果てたルージュを見上げた。


「あなたがそちらに行くというなら、全力で止めます。

 あなたの望みは分かりました。でも……あなた()をそちらになんて行かせない」

『……っ』


 ルージュは肩を震わせた。


『お姉ちゃんの……そういうところがッ』


 血が出るほど拳を握った彼女は、不意に脱力して、


『止めたいなら、あたしを殺してから止めればいいよ』

「殺しません。止めます」

『あはっ♪ ねぇお姉ちゃん。ちょっと舐めすぎじゃない?』


 影の鎧が一部解かれ、顔を露わにしたルージュは嗜虐的(サディスティック)な笑みを浮かべた。

 ちろりと、ルージュは舌なめずりして、


「今のあたしはお姉ちゃんより強いよ。そんな甘い覚悟で勝てると思ってるの?」

「勝ちますよ。何度でも言います。わたしはあなたの姉として、あなたを止める」


 即答したリリアに対し、ルージュは不快げに眉を顰めた。


「血も繋がってないのに実の姉みたいに言わないで。

 お姉ちゃんには頼りになる本当のお姉さんがいるじゃん。

 あたしが居なくても、みんながいるじゃん!」

「あなたが『お姉ちゃん』って初めて読んでくれた時、嬉しかったんです」

「……っ」


 最初はジークを傷つけたことが許せなかった。

 でも、彼女の事情を知り、彼女の想いを知り、ジークを欲する思いを理解した。

 この子を助けてあげたいと、そう思ったのはジークだけではない。


(例え、血のつながりがなくても……わたしはあなたの姉でありたいから)


 だから、


「帰ったらお尻百回叩きです。覚悟しなさい。ルージュ!」


 傲然と言い放ったリリアに対しーー

 ルージュは諦めたように首を振り、緋色の眼光を煌めかせる。


「いいよ。じゃああたしが教育してあげる。その生意気な口も、

 お兄ちゃんをかどわかす甘い顔も、お兄ちゃんを誘惑するその身体も、

 お兄ちゃんを虜にするその性格も、ぜーんぶ、あたし好みの……。

 虐められることに快感を覚えるような、卑しい雌豚にしてあげるよ♪」


 まるでジークと出会う前の彼女のように。

 嗜虐的な(サディスティック)な性格を全面的に押し出す彼女は翼を広げた。

 バチバチと魔力を迸らせ、名乗るね、と。


「人造悪魔創造計画最後の生き残り、ローズ(・・・)!」


 ばさり、と悪魔の翼を広げ、真名を告げたルージュ。

 異形と化した妹に対し、リリアは天使の翼を広げて応えた。


最果ての方舟(オルクトゥス・アーク)が一人、リリア・ローリンズ!」


 相対する姉妹は視線を交わす。

 それだけで互いの気持ちを理解した二人は、しかし、退くことはない。

 譲れない思いを胸に立つ二人の女は、じり、と足に力を込めた。


『いざ、尋常に』


 静寂は一瞬、怒号は刹那だ。


『--勝負!』


 天使と悪魔。

 同じ男を思う姉妹の対決が、今、始まった。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告なんですが最後らへんでローズが名乗る前のサディスティックのところがルビ振れてませんでした。 [一言] ルージュがぁあああ!リリアとぉおおお!戦っているぅう〜! なんて悲しい。に…
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