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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 紅娘の祈り
134/231

第十四話 救出と離別

 

 ーー聖なる地カルナック統治区画。


 ーーレギオン『最果ての方舟(オルトゥス・アーク)』拠点。


「ジークが捕まった!?」


 その知らせを聞いたリリアは目を見開いた。


「ま、間違いないんですか?」

「間違いありません。カオナシたちに連行されるところを、わたくしが目撃しました」

「……っ!」


 なぜ、どうして。

 そんな声にならない声を上げるリリアは、奥歯を噛みしめた。


 ーー思えば、五日前くらいから様子がおかしかった。


 いつもお互いにくっついて寝ているのに、少しだけ距離を離されたり、

 朝、家を出るときにする口づけが少し長かったり、表情に陰りが見えたり。

 リリアが冬の神殿に足を運んだ時も、ジークの気配を感じた。


「昨日の朝、無理やりにでも聞きだしていれば……」


 ジークが護衛任務に行き、夜に戻らなかったことで違和感は決定的となった。

 彼が自分に黙ってどこかへ行くなど、よほどの事があったに決まっている。

 おかしいと気付いておきながら、どうして声をかけられなかったのか。


「すいません。発見した時点で助け出すか迷ったのですが……」


 リリア、オズワン、カレンは一晩中ジークを探していた。

 その結果、遠征任務に向かったことが分かったのだ。

 そしてジークがどこから帰ってきても分かるように、各々が別の場所で待機していた。赤燐竜(ワイバーン)の発着場にいたのはカレンだ。


「カレンは悪くありません。むしろ、無理に助け出そうとしていれば今より酷い状況になったでしょう。一度拠点に戻る判断は正解だと思います。それよりも」


 リリアは表情を改め、問う。


「なぜカオナシたちがジークを捕まえたんですか?」

「……それが」

「自分からエルダーを逃がしたらしいぜ、あのバカ」

「え?」

「オズ!」


 言葉を選ぼうとするカレンの横から、オズワンが言った。

 カレンから話を聞いた彼は肩をすくめる。


「エルダーの集落を殲滅する任務だったらしいがな。そいつ等を自分から暗黒大陸に逃がしたらしい。そんで、その場面を誰かに見られていて、カオナシたちが出っ張ってきたんだろうよ」


 姉貴が聞こえたのはそこまでだ。

 そう呟いたオズワンに、リリアは眉を顰めた。


 ーージークがエルダーの集団を逃がした。


 正直言って、リリアに驚きはない。

 おそらくそのエルダーの集落は戦いを嫌った者たちの住処だろう。

 心優しい彼の事だ。非戦闘員のエルダーを殺せと言われて、

「はい分かりました」と従うとは思えない。


 彼なら、異端討滅機構(ユニオン)に背いてでもエルダーを逃がす筈だ。

 そこまでは理解できる話である。

 だから問題は、そうなったきっかけだ。


「エルダーを逃がした結果を考えないほど、ジークは馬鹿じゃありません」


 独りごちるリリアに、カレンもオズワンも頷いた。


「確かに、あの方なら目撃者など出さないでしょう」

「……正直、おれはどうかと思うがな。エルダーはエルダー、冥王の手駒だ。

 葬魂してやった方がいい気もするが……あいつなら、誰にもバレれずにやれんだろ」


 そこは二人も同意見らしい。

 何より、


「ジークにはルージュが一緒のはずだろ。

 兄貴を溺愛しているアイツが、大人しくしてたとは思えねぇ」

「同感です」


 やはり彼の身に何かがあったと考えるのが自然だろう。

 そしてルージュにも。


「……たぶん、第三者が居ます。誰かがルージュを抑え、ジークに干渉しているはず」

「……七聖将であるジーク様にですか。そんな人は……」

「正体までは分かりませんが、考えられるのはいくつか居ます。

 元老院の強硬派、あるいは……悪魔教団……最悪の場合、冥王メネスかも」


 指折りを数えていくリリアに二人は目を見開いた。

 カレンやオズワンが思っていた以上に、彼女は動じていない。

 まるでジークが『そうなる』ことを知っていたかのような落ち着きだ。


「有力なのは元老院ですね。先の戦争で、ジークは力を示しすぎました。

 元老院の中でジークを危険視している者が動いてもおかしくはないかと」

「……姐御、あんた、一体どこまで見えてんだ?」

「わたしの目が届く範囲まで。とにかく、今はわたしたちに出来る事をしましょう」


 幸いにして、異端討滅機構(ユニオン)はジークの逮捕を公にはしていないようだ。

 自分たちから英雄として祭り上げた手前、迂闊な動きはできないはず。

 ただカレンがその場面を目撃していたように、住民が見ていないとは限らない。

 ジークは何かと目立つし、しばらく姿が見えなければ噂が広まるだろう。


「で、どうする? 異端討滅機構(ユニオン)に乗り込むか?」


 オズワンが好戦的に言い、


「性急すぎます。まずは真偽を確かめ、ルナマリア様に直談判するのが筋かと」


 カレンはそう窘めるものの、


「いえ。オズの言う通りです、乗り込みましょう」

「リリア様!?」


 あろうことか、リリアは正面衝突の道を選んだ。

 常に冷静沈着、周りが見れる彼女の思いがけない行動にカレンは慌てて、


「お待ちください! わたくしたちが暴れれば、余計にジーク様のお立場が……!」

「わたしたちは宣戦布告されたも同然なのです、カレン。

 何者か知りませんが、ジークに手を出す輩を許してはおけません」

「……!」


 カレンが言葉を失い、オズワンが「くはっ!」と噴き出す。


「姐御、やっぱあんた、ジークの(つがい)だな。そういうとこ、そっくりだぜ」

「誉め言葉として受け取っておきます。それで、カレンは」

「行くに決まっていますわ。置いていくと言ってもついていきます」


 カレンは苦笑し、


「自棄になっているなら止めるつもりでしたが、そうではないんですね?」

「はい。正直、異端討滅機構(ユニオン)とジークが敵対する未来はずっと想定していました」


 ルージュの事がありますからね、とリリアは言う。

 異端討滅機構の誰かがルージュを害すれば、ジークは迷わず葬送官を辞めると踏んでいたのだ。カレンは頷いて、


「分かりました。ならばわたくしも反対いたしません」

「では時間も惜しいですし、今すぐ行きましょう」


 最果ての方舟(オルトゥス・アーク)は意見をまとめ、急ぎ、異端討滅機構本部へ向かう。


 早朝、朝焼けの光が街並みを染め始めた時間。

 葬送官たちは哨戒任務を終えてまばらに帰還している。

 住民たちの数が少ないこの時間帯ならば、すぐに本部に着けるはず。


 ーー甘かった。


「『熾天使(セラフィム)』リリア・ローリンズ様」

「……!」


 拠点を出た三人の前に、カオナシたちが降り立った。

 仮面をつけた不気味な集団に、最果ての方舟(オルトゥス・アーク)一同に動揺が走る。


(早すぎる……! もしや、カレンを尾けていたんですか!?)

(失態ですわ。やはり、夜更かししての修練はすべきではありませんね)

(気色悪いストーカー野郎が。誰の姉貴のケツ追いかけたと思ってんだクソがッ)


 カオナシの代表が進み出て、


「何をするつもりか薄々察しは付いている。大人しくしていただこう」

「嫌だと言ったら?」

「仕方ありません。天使のあなたに手を挙げるのは心苦しいのですが……」


 じり、じりとカオナシたちが近づいてくる。

 オズワンたちと背中合わせに周りを見たリリアは、いつかの事を思い出していた。


(あの時と同じ状況、ですね)


 サンテレーゼでヴェヌリスを退けた後の事。

 ジークはミドフォード議員に呼び出され、人殺しの濡れ衣を背負わされた。

 あの時もリリアはジークを待っていて、のこのこ玄関を開け、上級葬送官に昏倒させられたのだ。


 それから、約半年あまり。

 同じ状況に見舞われている事に、リリアは感慨深い思いを抱く。


 今、目の前に居るカオナシたちは恐らく特級葬送官並の実力があるだろう。

 元老院の手駒である彼らの実力は伊達ではない。


「ふふ。あの時から、色々な事が変わりましたね」

「……何を笑っている?」

「これが笑わずにいられますか。元老院の暗部」


 リリアは口元に笑みを浮かべた。

 それは、カルナックの民衆に『微笑のリリア』と崇められている笑みとは別モノ。

 獲物を前にした肉食獣のごとく、リリアは宣告する。


「わたしたちは、ジークの仲間ですよ?」


 しゃらん、と錫杖を振り、


「特級ごときに、わたしたちが止められると本気で思ったんですか?」

「……っ! 全員たいひ」

「遅すぎる」


 ーーズガンッ!!


 数百もの氷弾が命中し、彼らは決河の如く吹き飛んだ。

「ぐぁ!?」路地裏に隠れ潜んでいた者達までも、リリアの氷は逃さない。

 一瞬で何十人ものカオナシを倒したリリアに対し、オズワンは笑みをこぼした。


「あーあ、やっちまった」

「これでわたくしたちもお尋ね者ですわね」


 新たに飛び掛かってきたカオナシを、オズワンの拳が殴り飛ばした。

 カレンも大地の精霊を動かしてジークの捜索に動いている。

 感情のままに、リリアは叫んだ。


「わたしの旦那さまを、返しなさいーー!」


 ジークの影に埋もれがちだが、彼らの強さは並みの特級葬送官を遥かに超える。

 聖なる地に来る前までならまだしも……。

 ジークと共に行動し、おのれを磨き上げてきた彼らに隙はない。


「行きますよ、二人とも!」

『応ッ!』


 異端討滅機構(ユニオン)総本部の門を目指し、最果ての方舟(オルトゥス・アーク)は突貫する。

 仲間の為に全てを賭ける彼らの力は、聖なる地の門を打ち破るーー


 否だ。


「ーー正面から来るなんていい度胸じゃない。舐め腐ってくれるわね、ほんと」


 劫火(ごうか)が、リリアたちを襲う。

 地面を舐めるように溶かした焔の壁が、眼前に一本の線を作った。


「これは」

「そこから先に一歩でも踏み入って見なさい。容赦はしないわ」


 かつん、と鋼鉄の足を打ち鳴らし、

 七聖将第五席『絶対なる焔帝(イグニス・カイザー)』ラナ・ヘイルダムは門の前に降り立った。

 七聖将の中でも元老院派である彼女は、カオナシたちが突破された際の保険だ。


「ラナ様……」

「来ると思ってたわよ、熾天使(セラフィム)。あんた、アイツの事が大事だものね」

「そこを退いて下さい! ジークを好きにはさせません!」

「ジーク、ジークね……」


 ラナは鬱陶しそうにため息を吐き、


「アイツにはほんとがっかりよ。ちょっとは見所あるかもって認めてたのに……。

 まさかエルダーを暗黒大陸へ逃がすなんて。やっぱり半魔は半魔だったって事ね」

「……っ。ラナ様。非戦闘員のエルダーはわたしたちと何も変わりません。

 罪なき命を助ける事がそんなに悪い事ですか? ジークはーー」

「罪がない? えぇ、そうでしょうとも。でもね、違うのよ」


 ギンッ、ラナの双眸に火が灯る。

 それは彼女の心に根差す、絶対に消えない怒りの炎。


「例えその魂に穢れはなくとも、エルダーで在ること自体が罪なの。

 オルクトヴィアスの力を受けているというだけで絶対悪。天界に仇為す大罪なのよ。

 それを逃がす? ふざけんなッ! 逃がすくらいならお前が死ね、死んで詫びろ!」


 轟ッ! とラナの全身から炎が立ちのぼる。

 カルナックの空を貫く巨大な炎柱は、リリアたちに熱風を吹き付けた。


「逃がしたエルダーが人を殺すかもしれない。

 逃がしたエルダーが強くならないとも限らない。

 悪魔は、全て、一匹残らず、殺し尽くすッ! それがワタシたち葬送官の役目よ!」

「……っ」

「良い機会よ、あのルージュとかいう悪魔も、この手で葬ってやるわ!」


 何を言っても話が通じない、隔絶した壁がそこにあった。

 リリアは唇を噛み、錫杖を構えた。


「何を言っても聞かないなら、押し通るまでです……!」

「言うじゃない。ワタシの(怒り)とあんたの()、どっちが上か、試してみましょうかッ!」

「リリア様……!」

「二人は先へ! わたしがこの人を食い止めます!」


 リリアとラナは同時に動いた。


「燃え腐れッ!『星降る獄炎スターダスト・ストライク』!!」

「凍てつきなさい『絶対零度の吹雪アブソリュート・グラキエス』!!」


 恐ろしい威力をほこる火焔と吹雪が激突する。

 じゅわぁ、じゅわぁ、と音を立て、相殺し合う焔と氷は周囲に蒸気を撒き散らした。


「舐め、るなぁああああああああ!」


 蒸気を切り裂いて、義腕義足の女が飛び出してくる。

 足元に炎を放出し、ジェット噴射の要領で速度を上げているのだ。

 高速の一撃に対応し、リリアは錫杖を振り上げるーー。


 その瞬間だった。


「そこまでです」


 何かが、二人の間に割り込んできた。


「「あなた(あんた)は……!」」

「お二人とも、無益な戦いはやめてください」


 メイド服を翻した女性は、ラナとリリアの攻撃を受け止めて言った。

 七聖将と熾天使の攻撃を軽く受け止める……そんな相手は世界にもそうは居まい。


「ルナマリア様の命令です。これ以上やるなら、私がお相手しましょう」


 黒髪に怜悧な瞳をした女性。

 ルナマリアの専属メイドにして護衛、エリンはそう言い放った。



 ◆



 そこは巨大な地下空洞だった。


 闘技場がすっぽり入りそうな広い空間には数百台のカメラが設置されており、

 空間の真ん中に大きな穴が開いていて、真下には鉄を溶かした炉が設置されていた。

 灼熱する鉄の中から、じゅわ、じゅわ、と蒸気が噴き上がっている。


 その真上に、ジークは磔にされていた。


 うだるような熱気で全身から汗が噴き出しているが、汗を拭くこともままならない。

 陽力を封じる枷を何重にも課し、全身を特殊な鎖で簀巻きにされているからだ。

 だが、七聖将の中でも一、二を争うジークの陽力量は伊達ではない。

 今も絶えず陽力を吸収しては、吸収に耐えきれない鎖が割れ、交換されている。


地平線の鍛冶師(マスター・スミス)』が居なければ、彼を拘束する事すらままならないだろう。


『ジークちゃんもさ~。厄介な事したよね~』


 遠隔ドローンを操作しながら、トリスは通信越しに言った。


『なんで自滅するようなことするかな~。ウチには理解できないよぉ』

「……トリスさん」


 トリスは牢獄の入り口、ジークから百メートルほど離れた場所に居た。

 本気で分からなさそうに、彼女は首をかしげている。


『エルダーなんて全部やっつけちゃえばいいじゃん~。どんなに可哀そうでもぉ~、助けるのはダメ~』

「それが子供でもですか?」

『子供でも、だよ』


 トリスはハッキリとした口調になって、


『ねぇジークちゃん。その気になれば国を消せる力を持っているウチらが存在を許されてるのって、人類の味方だからなんだよ。バカげた力を持っていても、自分たちの味方だから安心していられる。その保証が無くなっちゃったら、それはもう、ただの爆弾と同じだよ』

「……だから、ただ命令に従っていればいいと?」

『うん。そうしないと、ウチらが世界から拒絶される』


 トリスはそれきり喋らなくなった、

 かちゃん、がちゃん、と作業音だけが響いている。


「僕は……そんな風に割り切れませんよ」

「ま、お前の気持ちも分からないでもないがな、後輩」


 呟きに反応したのは、磔のジークに続く一本道に立つ男だ。

 緑色の髪を揺らし、貫頭衣を着た七聖将。

至高の武(シュプレイア)』シェン・ユは言う。


「実際、お前みたいな葬送官は他にも居た。エルダーだからって殺せない。

 罪のないエルダーは助けるべきだってな……異端討滅機構のやり方を受け入れられない奴ら……あいつらは殆ど流刑になったが。お前もそのクチだろ」


 決して、ジークだけの問題ではないのだ。

 葬送官の中には家族を悪魔に殺されたことがない者も居る。

 それでも人類を守るという大義のため、神の力を得て戦おうとする者達。

 そんな者たちの前に立ちはだかる壁が『エルダーの善悪』だ。


「シェン先輩も、ダメだって思うんですか?」

「俺っちが何か言ったところで、お前は変わるか?」


 ジークはかすかに首を横に振った。

 シェンは僅かに頬を緩めて、


「そうだろうな。お前はそういう奴だ」

「他の人たちは、怒るでしょうね」

「アレクとラナはそうだが、イチカはどうだろうな」

「僕は、どうなりますか?」

「安心しろ。姫様がお前を殺させねぇよ。お前の仲間たちも、な」


 シェンは意味ありげに上を向いた。


 ーー先ほどから、ぱらぱらと天井の塵が落ちて来る。

 地上から深い場所に届く震動は、高威力の戦闘が行われている証拠だ。


(……もしかして、リリアたちかな)


 異変に気付き、自分を助けようとしてくれているのだろうか。

 もしそうなら嬉しいが、異端討滅機構(ユニオン)に歯向かうような真似はやめてほしい。

 彼女たちだけでは、使徒化した七聖将には勝てないだろうから。


(……僕もこんな状態だし、助けに行くのは無理そう)


 唇を結んだジークに、シェンは鋭い目になった。


「間違っても、逃げようとは思うなよ」

「……」

「そのために俺っちがここに居るんだ。逃げたら罪が重くなるだけだ」

「殺させないんじゃなかったんですか?」

「殺させねぇが、お前が異端討滅機構(ユニオン)の規範を破ったのは事実だからな。

 公にはされないだろうが、良くて最前線送り。悪ければ一生軟禁だ。知らねぇけど」

「……シェン先輩はどんな時も変わらないですね」


 よく言えば淡白、悪く言えば興味がないのだろう。

 ジークの身は案じていてもエルダーを逃がす事は良く思っていないのかもしれない。

 彼の心の内は分からないが……それでも、信用することは出来る。


「リリアたちの安全は、確実ですか」

「あぁ、それは俺っちに任せろ」

「……なら、いいです」


 元より、ジークは逃げようと思えばいつでも逃げられた。

 それでも逃げなかったのはリリアたちの事が気になったからだ。

 彼女らの安全が保障されるなら、投獄されようが何だろうが構わない。


 そう思っていたのだが、


「大体お前はーー」


 次の瞬間、世界が凍り付いた。


「え?」


 喋っていたシェンも、作業していたトリスも。

 ジークの鎖を入れ替えていたドローンでさえも。

 何もかもが凍り付いて、世界がモノクロに染まる。


「え。これ、時間が」

『ーー後悔していますか?』

「うわっ!?」


 突如、ジークの眼前にフードを被った誰かが現れた。

 宙に浮いた誰か。顔は見えない。男か女かもわからない。

 その存在自体が靄がかっているような、不思議な感覚。


「あなたは……」

『後悔していますか? エルダーを助けたことを』

「……」


 その問いに、ジークは黙り込んだ。


 相手が何者なのか、どうしてここに現れたのか、なにが目的か。

 聞きたい事はたくさんあって、そのどれもが言葉にならず消える。

 ただ謎のフード人間の真摯な言葉が、胸に刺さっていて。


「……後悔は、ありません」

『……』

「僕はただ、僕が信じる事をしただけ。その善悪は周りが勝手に決めればいい」

『……なるほど。それがあなたですか』


 フードの下で、口元が緩んだように見えた。

 一拍の間を置き、彼ないし彼女は問う。


終末計画(ワールド・ゼロ)という言葉を聞いたことは?』

「わーるど……? いえ、知りませんけど」

『…………セレスは何も言っていないのですか』

「!?」


 謎の人物からいきなり母の名前が出て、ジークは驚愕に目を見開いた。

 ガンッ!と何重にも架せられた鎖を引きちぎり、フードの人物へ近づく。


「どういうことですか、なんであなたが母さんの名前を知ってるんですか!」

『それを話すには、まだ時が早い』

「ふざけーー!」


 ジークが掴みかかろうとした時、謎の人物は背後に居た。

 振り返ったジークの眼前、カオナシたちに取り上げられた魔剣が投げつけられる。


「アル!? なんであなたが……っ」


 ジークが動揺した一瞬だ。


『さようなら』


 魔剣に隠れて、ナニカが投げつけられた。


『また会いましょう。大いなる運命に抗う希望の(ともしび)よ』


 その瞬間、光が炸裂した。


 白、赤、黒、蒼、

 ぐるぐる、ぐるぐると。

 上下左右が目まぐるしく入れ替わり、一瞬の浮遊感がジークを襲う。


(この感覚……! 空間転移!?)


 やがて、


「っ」


 気付けば、ジークは硬い土を踏みしめていた。

 素早く周りを確認する。全周囲二キロに渡って電子粒子を張り巡らせた。


「ここは……」


 どうやら、聖なる地の近くにある森のようだ。

 生い茂る樹々が梢を揺らし、ジークの姿を覆い隠している。

 そして、


(この気配……!)

「来ましたな、ジーク殿」

「お前……!」


 その声が聞こえる直前から、ジークは魔剣を引き抜いていた。

 コンマゼロ秒で光の軌跡を描き、神官服を着た男に刃を突きつける。


「どういうつもりだ。ヤタロウ・オウカ」

「……落ち着いて下さい、ジーク殿」

「僕を盗撮していたのはお前だろう。お前か、お前の仲間だ。何のつもりだ!」


 盗撮されていたことに気付かなかったのは自分の落ち度だ。

 それは仕方ないとしても、問題はヤタロウ・オウカが悪魔教団に属している事実。

 人類の中でも巨大な戦力であるジークと、異端討滅機構(ユニオン)の仲をかき乱すのが狙いか。


 だとすれば大成功だ。

 ジークは逃亡の罪に問われ、ただでさえ重い罪がさらに重くなるだろう。


「さっきの奴もお前の差し金か……!? 答えろ!」

「アレは協力者です、私共の仲間というわけではありません」

「じゃあなんでッ!」

「そもそも、ジーク殿が異端討滅機構(ユニオン)に従う意味などありますか?」


 丸眼鏡をはずしたヤタロウ・オウカは、鋭い目でジークを見た。


「ジーク殿はエルダーを見逃すという決断をした。それはつまり、異端討滅機構に弓を引くのと同じ行為です。かの組織はエルダーの存在自体を悪としていますからな。だとすれば、行動を制約し、無意味な枷を付けて来る異端討滅機構より、悪魔教団の方が貴殿に相応しいと思いませんか? いくらでもエルダーを助けることが出来ますよ?」

「僕には仲間がいる」

「彼女らもこちらに来ればよろしい。なに、異端討滅機構と敵対したところでジーク殿のやりたいことは変わりますまい」

「……」

「あなたに異端討滅機構は狭すぎる。我らと共に来なされ、ジーク・トニトルス殿」


 一瞬の沈黙。

 言葉巧みに自分を誘導しようとするヤタロウに、ジークは舌打ちした。


「お前の言葉は二度と信じない」

「……そうですか」

「でも、今あそこに戻ったところで罰を受けるだけなのも分かっている」


 仲間たちはシェンが約束してくれたから、きっと無事だ。

 七聖将の中で、何者にも重きを置いていない彼だけが一番信用できる。

 だとすれば、自分のやるべきことはーー答えを出すための行動。


「分かった。お前たちの所に連れていけ。……ルージュ、君もそれでいい?」

「さすがお兄ちゃん、気付いてたんだ」


 森の茂みから現れたルージュは、ジークの腰に抱き着いた。

 ジークは妹の頭を撫でつつ、


「大丈夫だった?」

「もーまんたい、自力で脱出はちょっと厳しかったけど、そこは、こいつがね」

「……なるほど」


 どうやら彼がルージュを助けてくれたようである。

 お礼を言うべき場面でありつつも、ジークは開きかけた口と閉じ、代わりに刃を返した。


「同じ手は喰らわない。今度、僕に加護を使おうとしたら殺してやる」

「それで構いません。では、行きましょうか」


 ヤタロウは森の茂みの中に入っていく。

 ジークはルージュと共にその背を追いながら、後ろを振り返った。


「……リリア、オズ、カレン」


 遠く、何十キロも向こうに仲間たちの陽力を感じる。

 迷惑をかけている自覚はある。どうか怪我がないようにと祈るばかりだ。

 それでも、自分は。


「……ごめん。ちょっと行ってくる」


 聖なる地に背を向け、ジークは歩き出す。

 前方、未来(さき)の見通せない暗闇が、ジークを歓迎するように呑みこんだ。




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[一言] おぉ。おぉ。おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! ジぃぃークぅぅー、そっちの道に行くんだなぁ! 応援しようでないか! 後また謎の人物キタァ━━━━━(n'∀')η━━━━━!!!!みいさんは謎の人…
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