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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 紅娘の祈り
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第十話 募る想い、囁く影

 


 ーーさらに時を遡る。


 ジークが悪魔教団のヤタロウ・オウカと出会った、その日の夜の事だ。


(やっぱりお姉ちゃんに話したほうがいいんじゃないかな……)


 夕食を食べ終えたルージュは部屋の中で膝を抱えていた。

 誰も居ない暗がりの中、(ルビー)の瞳が儚げに揺れる。


(悪魔教団なんて危険だよ。それに、あの薬……どっかで見たことあるような……)


 半生を実験室で過ごしてきた自分が見た事ある薬だ。

 嫌な予感がひしひしするし、副作用も不明な薬を呑むのは危険極まる。


 あの時は仕方なかったとはいえ……。

 兄を思うなら無理やりでも拒絶させるべきではないのか。

 今からでもリリアに言えば遅くはないのだ。

 彼女に言えば、きっとジークを止めてくれるはず。


 例え、自分が兄に嫌われてしまったとしてもーー


「………………っ」


 その思考がよぎった瞬間、ルージュは肩を震わせた。


「いやだ……嫌われたく、ない……!」


 ぎゅっと服を握り、がちがちと、身体の奥から来る震えを押し殺す。

 ジークに嫌われるなど、想像するだけで嫌だった。

 彼なら許してくれるかもしれないが……絶対ではないのだ。


 彼に嫌われれば、ルージュはこの世に独りきり。

 例えリリアが受け入れても、ジークがルージュを嫌えば、おのずとリリアも離れていくだろう。

 そうなれば、この厳しい大地で自分はどうやって生きて行けばいい?


 寄る辺もなく、温もりもなく、理性を失い、ただの悪魔として生きていくしかない。

 そんなものーーあの実験室にいる時と、何も変わらないではないか。

 親友(ルージュ)を喪い、寂しさに震え、孤独に怯えるあの頃と、何もーー。


『ーー悪魔の身で人の温もりを求めるか、ローズよ』

「……っ!?」


 その瞬間、どこからか声が響いた。

 ルージュは弾かれるように顔を上げる。


「誰!?」


 部屋の中を見回すが、どこにも人の姿はない。

 窓は締め切っているし、部屋の外の声も聞こえない。

 つまりは、


『姿は見えないぞ。私は今、お前に直接話しかけているのだからな、ローズ』

「……なんであたしの本当の名前……まさか」


 ルージュは愕然と目を丸くする。

 自分の頭の中に直接話しかける、そんな芸当が出来るのは最愛の兄を除いて一人だ。

 全ての悪魔の頂点に立ち、エルダーたちを指揮する不死の都の主ーー。


「……冥王、メネス?」

『いかにも。こうして話すのは初めてだな、ルージュ。我が妹の生き写しよ』

「……っ」


 今まで聞こえたことがなかった冥王メネスの声。

 なぜ今語りかけてきたのか。なぜ語りかける事が出来たのか。

 その答えを、ルージュは瞬時に悟っていた。


「……あの時、繋がりすぎたんだ」

『ふ。図々しくも我が魔力を利用した時はどうしてくれようかと思ったぞ?』

「……どうせ減るほど使ってないでしょ」


 先日の戦争の折だ。

 ルージュは『孤高の暴虐(ベルセルク)』を止めるため、自らを瀕死に追い込むことで冥王の魔力を獲得した。しかし、二度に渡って冥王の力を取り入れたことで、ルージュとメネスの間に繋がりが生まれたのだ。恐らくメネスは、その繋がりを辿って魔力を飛ばし、意思を伝えているのだろう。


「なんで今さら話しかけてきたの。あたしを勧誘でもするつもり?」

『勧誘すればこちらに寝返るのか?』

「お生憎さま」


 ルージュは皮肉げに口元を歪めた。


「あたしの居場所はお兄ちゃんの側だけ。誰があんたなんかーー」

『そのジークに嫌われたくないと嘆いていたのはどこの誰だ?』

「……っ」


 ひゅっとルージュは息を呑んだ。

 諦めたように息を吐き、告げる。


「……乙女の独り言を盗み聞きなんて、悪趣味だよ」

『私ならお前の悩みを解決してやれる。共に兄の心を掴もうではないか』

「……」


 ドクンっ、ドクンっ、と心臓が早鐘を打つ。

 ぎゅっと拳を握りしめ、ルージュは気丈に言い返した。


「……その手には、乗らない。あんたなんて、信用できない」

『これは驚いた。ジーク以外にお前が信用できる者など居るのか?』

「いるに決まってるじゃん。お姉ちゃん、カレンに、ぎりぎりオズワンも……」

『だがそやつらは、ジークとの繋がりで成り立っているに過ぎない』

「……そんな、こと」


 ルージュの言葉は途切れた。

 彼の言う事が真実かもしれないと、一瞬でも考えてしまったからだ。

 なぜなら、自分はーー


『ジークがお前を捨てれば、皆がお前を捨てる。なぜならお前は悪魔なのだから』

「……うるさ、い」

『今、ジークの意に添わぬことをすればどうなるだろうな?』

「……うるさい、黙って。黙ってよ」

『いいや黙らぬ。お前は悪魔だ。人に仇為す存在だ。今は奇跡的にジークがそちらに留めているだけ。いいか良く訊け。ジークがお前を見捨てれば、世界中の誰もお前を認めない。お前は理性なき悪魔となり、人を襲うだろう。仲間の絆など、幻想にすぎん」

「うるさい!!」


 その瞬間、ルージュの魔力が爆ぜた。

 部屋中に影が広がり、がたがたと家具を揺れる。


「あたしだって、そんな事分かってるんだ! だからお兄ちゃんの事が心配なのに、何も出来ないでいるんじゃん! お姉ちゃんに話したほうがお兄ちゃんの為になるって分かってるのに、何も……! 大好きなのに、力になりたいのに。あたしは、自分の事ばっかり……!」

『自分の事だけ考えて何が悪い?』


 メネスは淡々と告げる。


『人間とは古来、わがままな生き物だ。お前の敬愛する兄でさえ、ひと時の感情で悪魔教団の手を受け入れた。お前は何も間違ってはいない』

「そんなの……」

『それでいいのだ、ローズ(・・・)。兄の異変を誰にも言う必要はない』

「でも……!」

『言ったところで何も解決はしない。誰もが傷つくだけだ』


 リリアは罪悪感に苦しみ、ジークは彼女を傷つけた自分を憎むだろう。

 そして自分は兄に嫌われ、たった一つの居場所すら失ってしまうーー。


「あたし、は……」

『悪魔教団に協力しろ』

「……っ」

『私ならお前の本当の望み(・・・・・・)を叶えてやれる……さぁ、我が力を受け入れるのだ』 


 声を通じて、冥王の魔力が送られてくる。

 一歩間違えば精神を支配しかねないそれに、しかし、ルージュは屈しない。


「お前の口車には乗らない……あたしは、あんたの仲間にはならない……!

 それにあたしは……今のあたしは、ルージュだ。ローズはあの時死んだんだ」


 親友を殺し、その肉を喰らった、あの時に。


「ふ、ぅ……」


 血が出るほど唇を噛み締め、冥王の誘惑を振り払う。

 まだ何か言いたげなメネスの声を無視し、ルージュは部屋を出た。

 今のうちだ。今しかリリアに助けを求める機会はない。

 だから、今すぐ言うんだ。


 そう決意したルージュは、リリアの部屋を訪れようとしてーー


「あ、ルージュ。ちょうどいい所に」


 一階からこちらを見上げる、リリアを見つけた。

「お姉ちゃん」階段を上がったリリアは、ルージュの前に来て微笑む。


「ちょっとお話、大丈夫ですか?」

「うん。あたしも……」


 話したいことがある。そう続けようとして、ルージュの思考は固まった。

 リリアの服から、ジークの匂いが辿ってきたからだ。

 よく見れば、彼女の頬は上気していて、汗をかいたような気配がある。


(ぁ)


 先ほどまでジークと一緒で、何をしていたかは明白だった。

 そう理解した途端、ルージュの口は嘘のように固まり、何の言葉も出てこなくなる。

 口を開こうとするけど、唇は震えて言葉にならない。


「ルージュ、どうしました?」


 不思議そうに、リリアは首を傾げた。

 ハッと顔を上げたルージュは、慌てて首を横に振る。


「ううん。なんでも。話ってなに?」

「はい。実はジークの様子がおかしくて……何がおかしいかは言葉に出来ないんですけど……普段とちょっと違うというか……何か引っかかるというか。ルージュはどう思います? 何か知っていたりしませんか?」

「えっと……」


 言え。

 今すぐ言うんだ。

 お兄ちゃんは悪魔教団に唆されてる。お姉ちゃんならお兄ちゃんを止められる。


 早く言わないと大変な事になるかもしれない。

 だから、早く!


「ううん。別になんでも。いつも通りだったよ?」

(あれ、あたし、なんで)


 思考と口が、全く違う事をしている。


「ほら、お兄ちゃん英雄になるって決めてから頑張ってるからさ。

 それでいつもと違うように感じるんじゃない? 成長したってことだよ」

「そうでしょうか……?」


 リリアは首をひねっている、ルージュは続けた。


「きっとそうだよ。お姉ちゃん、気にしすぎ」

(なんで言わないの。今言えば全部終わるじゃん。なのに、)


 ルージュは嘘で塗り固めた笑顔で嗜虐的(サディスティック)に笑う。


「大体二人ともさ、最近ちょっと夜の運動、激しすぎだよ? 隣の部屋まで声が聞こえてるからね?」

「ほえ!?」


 リリアの顔が真っ赤になった。

 ルージュは前のめりになって、彼女の顔を覗き込む。


「あたし、お姉ちゃんがあんなに動いてるなんて思わなかったなー。昨日なんて……」

「わーわーわー! ルージュ、ダメ、それ以上はダメです!」


 ルージュはきょとんとした。


「え。何がダメなの? てっきり二人で陽力の訓練してると思ってたんだけど」

「へ、ぁ」

「ねぇねぇ。訓練じゃないなら夜な夜な二人でナニしてるの? ねぇ教えて?」

「もう、ルージュ!!」

「あははっ、お姉ちゃん、顔真っ赤にしすぎ!」


 ぽかぽかと頭を叩いてくるリリアにルージュは笑う。

 妹にからかわれたリリアは、耳まで真っ赤にさせて頬を膨らませた。


「ほんとにあなたは……明日のおやつは抜きですからね!」

「えー! お姉ちゃんひどいよ! 可愛い妹の楽しみを取っちゃうなんて!」

「知りません! もう、ルージュのバカ!」


 ぷんすかと翼を動かしながら、リリアは去っていく。

 姉の姿が見えなくなると、ルージュの顔から笑みが消えた。


「…………お姉ちゃんばっかり、ズルいよ」


 自分だってジークと一緒に居たい。ずっと触れ合って居たい。

 駄々を言ったら甘えさせてほしい。

 抱きしめてほしい。一緒に寝てほしい。傍にいてほしい。


 キスしてほしいし、身体だって求めてほしい。


 ーーねぇお兄ちゃん。あたしが世界一大事って言ってよ。

 ーーあたしを安心させて。あたしが必要だって言ってよ。


「お姉ちゃんには、お兄ちゃん以外もいるじゃん。あたしには……」


 ーーお兄ちゃんしか居ないんだ。


 そう呟き、ルージュは部屋の中へ戻っていく。


「……冥王」

(なんだ)

「あたしは、何をすればいい?」


 ニィ、とメネスが笑った気配がした。




 ◆


 --そうして時は流れ、二日後。


「いやぁ、空の旅は快適ですなぁ!」


 丸眼鏡をかけたヤタロウが、楽しそうに叫んだ。

 アルトノヴァの手綱を握るジークは「白々しい」と半目になる。


「何が楽しいだよ。自分の思い通りになって嬉しいだけだろ」

「はっはっは! 拙者の思い通りになったことなど欠片ほどしかありませんぞ!」

「嘘ばっかり。大体その口調なに? 芝居じゃなかったの?」

「こちらの方が素でござるよ! 大司教というのは肩がこる役職でありましてなぁ」

「ふーん」


 興味なさげに返事をするジークを、ルージュは後ろから眺めていた。

 ヤタロウ・オウカが怪しい真似をすれば、すぐにでも殺せるようにするためだ。

 だがーー


(お兄ちゃん、なんでこっちを見てくれないの?)


 先ほどからジークと目が合わない事に、ルージュは胸を締め付けられていた。

 彼からすれば、ルージュが反対したことを強行する事に罪悪感があるのだろうか。


 いや、きっと呼びかければ応えてくれるだろう。

 でもそれじゃダメなのだ。

 妹として甘えてもルージュの望みは敵わない。

 ジークが自ら求めてくれなければ、一生このままだ。


(お兄ちゃんがやりたいようにやるなら……あたしだって、同じようにする)


 自分の望みの為に全力を尽くす。


 例えそれが、人類を裏切るような事になろうとも。

 例えそれがーー


「ごめんね。お姉ちゃん……みんな」


 大切なレギオン(家族)を裏切る事になろうとも。





【TIPS】ルージュの本当の名前がローズってどういうこと?


第一部第二章十五話『ルージュ』より抜粋。

実験室で生まれた名もない女の子が親友にローズという名前を貰う。

実は彼女たちは双子の姉妹だったがそうとは知らず研究者に殺し合いをさせられる。

その結果、ルージュは死に、生き残ったローズはルージュの肉体を食べさせられ、

それ以来、ローズはルージュと名乗るようになった。


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