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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 紅娘の祈り
129/231

第九話 悪魔教団

 

「悪魔教団……!」

(お兄ちゃん、離れてッ!!)


 ルージュの鋭い声を受け、ジークはその場から飛び退いた。

 途端、ジークの足元から伸びた影が、ヤタロウの影に繋がる。


「おやおや、ルージュ殿ですか。暖かな挨拶、痛み入ります」

(あいつの影は縛った……いつでもやれるよ、お兄ちゃん)


 うん、と頷きながら、ジークは魔剣の柄から手を離す。

 ここは街のど真ん中だ。

 神殿地区は一般人の信徒が多く出入りするため、人の目が多い。

 悪魔教団と名乗る男は間違いなく危険分子だが、ここで殺すわけにはいかない。

 パニックになったら後が面倒だ。さらに言えばーー


「そう警戒しなくてもいいでしょう。話を聞いてみませんか? 私はあなたの衝動を抑える薬を持っています。他人の血を呑まなくても問題ないものをね」

「……!」


 ヤタロウはジークの症状について知っている。

 その言葉が嘘か本当か、情報源はどこなのか。

  確かめなければ彼を殺すことは出来ない。


(お兄ちゃん、こんなやつの言う事信じちゃダメ!)

「でも……」


 本当なら、リリアを傷つけずに済むのではないか。

 最愛の人への想いに駆られ、心が揺らぐジークにヤタロウは肩をすくめる。


「私の事が気になるのでしょう? さぁ、人気のない所へ連れて行ってください」

(お兄ちゃん!)


 ルージュの懇願に、しかし、ジークは剣を抜かなかった。


(……話を聞くだけだから)

(……っ)


 ルージュは影の中で歯噛みした。


(今のお兄ちゃん、冷静じゃない。いつもの判断力が鈍ってる)


 何が何でもリリアに罪の意識を作らせまいと、意固地になっているのだ。

 ジークにとってリリアは半身と言っても良い存在。

 そんな彼女を気遣う気持ちは理解していたつもりだが、予想以上だった。

 いつもなら、得体のしれない悪魔教団の話に聞く耳を持つはずがないのに。


(お姉ちゃんに知らせた方が……でも、今あたしが離れるわけには……)


 そんな妹の内心など露知らず、ジークは射殺すようにヤタロウを見る。


「……余計な真似をすれば、斬る」

「クク。神殺しの雷霆に焼かれるなら本望……と言いたいですが、今は勘弁してほしいですな」


 ジークたちは叡智の神殿の一室を借りる事にした。

 路地裏なら葬送官が通りかかる可能性があるし、七聖将と神官が路地裏で話しているのは不自然だからだ。

 ルージュによって床に座らされたヤタロウは、不敵な表情でジークを見ている。


「……それで」


 ジークは唇を湿らせた。


「僕の症状を抑える薬があるって……本当なの?」

「本当です」

「なんで都合よく僕が求めるものがあるの? そんな美味い話、信じろって?」

「正確には、私が持っているものはあなたの為に作ったわけではない。とある目的のために作り出した薬があり、それがあなたの症状に効くだろうという話です」

「……」


 確かにそれなら、ヤタロウが偶然薬を持っている話も理解できる。

 だが、そんな怪しい薬が信用できるかどうかは別の話だし、

 なぜその薬がジークの症状に効くのかの説明にはなっていない。


「悪魔教団って言ったよね。お前はなんで僕の症状を知ってるの」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……!」


 突如、ガタガタと部屋全体が揺れ始めた。

 装飾品が崩れ落ち、壁はひび割れ、恐ろしい殺気が立ち込める。


「今、なんて言った」


 悪鬼羅刹のごとき黒いオーラを身に纏い、

 紅色の眼光で睨みつけるジークに、ヤタロウ・オウカは淡々と言う。


「あなたを冥界に行かせるように仕向けたのは我々です。最も、当初はテレサ殿に毒を呑ませるつもりで、あなたの恋人を殺すつもりはありませんでした。アレ自体はオルガ・クウェンの独断専行です。どうか気を静めてください。でなければーー」

「ーージーク様! そちらで何かあったのですか!?」


 物音を聞いて駆けつけた神官が、部屋の外から問いかけてきた。

 にやりと笑うヤタロウを睨みつつ、ジークは応える。


「何でもない。ちょっとアステシア様が顕現なさる時に風が吹き荒れただけで」

「なんと……」

「だから入っちゃダメだよ。君たちはまだ(・・)、アステシア様に拝謁する権利はないから」

「……っ、分かりました。何かあればぜひ、お呼びくださいませ」


 神官たちの気配が遠ざかっていく。

 ジークはため息をつきながらも、ヤタロウから目を離さない。


「……テレサ師匠を傷つけるつもりだったと言ったな。

 亡くなったとはいえ、僕にとってあの人も大事な家族なのだけど」

「だからこそ、毒を呑ませて病気にする必要があった。

 そうでもしなければ、あなたは冥界に行かなかったでしょう」

「……病気って」

魔素(エーテル)拒絶症候群。聞き覚えがあるでしょう?」

「……!」


 ジークは目を見開いた。

 それはカレンが病に伏せ、オズワンが冥界に行った原因でもある病気の名前だ。

 一般的には不治の病と言われているが、カレンの一族に治療法が伝わっていた。

  それが《魂の泉》に生えている冥月花と呼ばれる花だ。


 ヤタロウ曰く。

 テレサを人工的に魔素硬化症にした上でそれとなくヒントを与え、ジークに冥界へ行かせようとしていたのだという。どうやって魔素硬化症を引き起こすのか想像もしたくなかったが……その悪辣なやり方には腹が立った。


「そんな事で、僕の大切な人たちを……!」

「ですが、結果的にリリア殿は生き返り、あなたは新たな仲間を得た」


 ヤタロウ・オウカは怯まない。


「全てが丸く収まったのです。過去よりも現在(いま)を。現在(いま)より未来(さき)を。

 あなたは世界を変えると叡智の神に誓ったのでは?」

「それとこれとはーー」

「何よりここで怒りに任せて私を殺せば、あなたの症状は一生改善しません」

「……っ」


 ジークは黙った。黙ってしまった。

 彼の事は許せないし嫌いだが、言っている事の筋を認めてしまったのだ。

 今も胸の奥底には、人の血を求める耐えがたい衝動が渦巻いている。

 これをどうにかしなければ、ジークは前に進めない。


「例えばあなたが私を頼らなかったとしましょう。あなたはリリア殿に事の真相を打ち明け、彼女は罪悪感に苦しむ事になります。それだけではない。あなたは一生、リリア殿の血を定期的に吸い続けなければならない。そのたびに彼女は罪の意識にさいなまれるのです」

「僕、は……」


 歯噛みするジークに代わり、ルージュは決断する。


(ごめん、お兄ちゃん。こいつ、殺すね)

「ルージュ、まーー」

「待たない」


 影の中から飛び出したルージュの手刀が、音もなくヤタロウの心臓を貫いた。

 いきなりの奇襲に、ヤタロウ・オウカは反応できない。


(コイツは危険だ。口車に乗せて相手を操って扇動する、気色悪いストーカーだ)


 今ここで殺さなければジークが取り込まれてしまう。

 だから、例えジークに非難されようとも、コイツを殺さなければ。

 そのルージュの判断は正しく、そして間違っていた。


「おやおや、迷わず心臓を狙うとは、さすがはルージュ殿。容赦がない」

「……っ!」


 心臓を貫いたはずのルージュの手は、虚空を突いていた。

 振り向けば、無傷のヤタロウ・オウカが佇んでいる。


「なんで……」

「『認識干渉(テラメア)』。あなたの知覚をいじらせてもらった。私が宿す加護の力です」


 そう、ルージュの間違いとはーー

 ヤタロウ・オウカが彼女だけで簡単に殺せる相手ではないという事。

 仮にも悪魔教団の大司教を預かる者。身に宿す加護も並ではない。


「……ルージュ。下がって」

「お兄ちゃん、でもッ!」

「下がって」


 有無を言わさぬジークの言葉に、ルージュは渋々従った。

 ここで死力を尽くしてヤタロウを倒せるとしても、正体不明の加護を相手に戦うのは得策ではない。

 騒ぎを聞きつけた神官がジークの言いつけを無視して入ってこないとも限らない。

 ルージュは本来、人目につくことを許されないのだ。


「……ここまで君の思い通りなの?」

「まさか。私にそんな力はありませんよ」


 ヤタロウは言う。


「さぁ、決めてください。あなたの身内を傷つけた私の話を聞くか、否か」


 ジークは静かに決めた。


「……話を聞く。でも、これ以上僕の周りに手を出してみろ。お前たち全員、死ぬより辛い目に合わせてやる」

「結構。では話しましょう。人と悪魔の話を。あなたが決める、未来の話を」



 ◆



「そもそも悪魔教団とは何か? その設立は五百年前に遡ります」


 蝋燭の灯に照らされながら、ヤタロウ・オウカは語る。


「死の神オルクトヴィアスが理を歪め、死者が生き返る奇跡。

 これを崇めた者達が始まりです。旧世界はカガク全盛の時代でしたから、

 死者が生き返る奇跡はたいそう話題になったようですな」

「……人を襲うのに、自我を喪った悪魔をどうして崇めるの」

「あれらは神の僕に進化しただけであり、悪なる存在ではないと思っていたようです」


 ジークは訝しげに目を細める。

 ヤタロウは咳払いして、


「……話を続けましょう。死者蘇生を崇めた者達はやがて、いくつかの宗派に分かれます。悪魔を人類の上位存在と論ずる者、人類が悪魔の肉体を得るべきだという者。似て非なる二つの宗派はやがて争いを始め、闇の神々を崇める者達が合流した結果、前者が勝ちました。全人類を上位存在に進化させる。それが我らの現在の活動目的であり、『不死の都』と闇の神々のバックアップを受けています」


 サンテレーゼで出会ったミドフォードも悪魔教団の一員だったという。

 彼は後者の支援を受けながら人工的な半魔を創り出そうとしていたのだ。

 不死の兵隊。そんなことを言っていたなとジークは思い出す。


「……くだらない。人と悪魔に上も下もない。みんな、等しく命だよ」


 ジークは自分が悪魔の身体になったこと自体を忌避しているわけではない。

 そのせいでリリアが傷つくのが嫌で、そのために奔走しているのだ。

 自らも半魔であり、母が悪魔だったことから、全ての悪魔が『悪』ではないことは知っている。


 だから重要なのは彼の薬とやらで自分の衝動が収まるかどうか。

 この一点に尽きる。その見極めの為にこうしてヤタロウと話しているのだ。

 そう告げると、ヤタロウは口元を緩めた。


「そう、人も悪魔も等しく命。そんな風に思うあなただから、私は近づいたのです」

「……何が言いたい」

「薬を渡すには条件があります」


 ジークとルージュは身構えた。


「条件って?」

「もしも薬であなたの衝動が収まれば、一つ、私の頼みを聞いてほしい」

「頼み……? お兄ちゃんに何をさせるつもりなの」

「中央大陸で悪魔になった者達を暗黒大陸へ逃がしたい」

「……!」


 ジークは目を見開いた。

 ヤタロウは続ける。


「元々、他の大陸で生まれた悪魔を暗黒大陸へ運ぶ仕事は第七死徒オルガ・クウェンの仕事でした。彼があなたに倒された後はその部下……イガールという者が引き継いでいたはずです。その部下も、先日あなたに殺されてしまった。このままでは中央大陸で生まれた罪なきエルダーは、永遠に逃げ隠れて過ごす事になります」

「……」

「あなたとて、罪のない者が虐げられるのは本意ではないでしょう」


 一拍の間を置き、ジークは言う。


「僕に、人類を裏切れって?」

「別にそこまでは。ただ、見極めてほしい」


 ヤタロウの目が妖しく光った。


「本当に悪魔は人類の敵なのか? あなたが滅ぼすべきはどちらなのかを」

「……もしも、僕が敵だと判断したら?」

「その時は迷わず殺せばよろしい。私が求めるのは、見極める事のみです」

「……」


 黙り込むジークを、ルージュはじっと見つめた。

 彼が悩む理由は理解できるし、そしてそれは自分が口を出すべきことではないだろう。

 惜しむらくは、ルージュ自身が人類の事を二の次と考えている事か。


(あたしは、人類も悪魔もどうでもいい。お兄ちゃんが傍にいてくれれば……)

「……分かった。条件を呑む」


 だからジークが頷いた時も、彼女は何も言わなかった。

 ただ瞑目し、兄の無事を祈るばかりだ。


「結構。では、こちらが約束の薬になります」

「……」


 ヤタロウに渡されたのは琥珀色の液体に入った試験管だった。

 ジークは試験管の中をまじまじと見る。

 念のため『絶対防御領域』を使ってみたが、特に加護もかかっていないようだ。


「これ……材料は何なの?」

「秘密です。ですがあなたに害はない。今は、これだけしか言えません」


 ジークは奥歯を噛みしめた。


「どの道、僕に選択肢はない、か」

「お兄ちゃん、そんなの」


 悪魔教団の作った薬だ。ルージュが心配するのも分かる。

 アステシアでさえ元の身体に戻る方法は『ない』と断言したのに、悪魔教団のヤタロウがこの衝動を収める手段を持っているのはおかしいのだ。

 こちらの思っている事が伝わったのか、ヤタロウは言った。


「この薬はあなたの身体を元に戻すものではなく、症状を抑えるだけです」

「つまり……?」

「定期的に摂取しなければ、あなたの衝動は戻るでしょう」

「……その場しのぎ、か」


 けれど、それでも。

 自分のせいでリリアが罪悪感に苦しむなら、一時的にでも。


「……もし僕が倒れたら、ルージュがこの人を殺して。まぁ、僕は毒で倒れるほどヤワじゃないけど」

「……分かった」


 ルージュが引き下がり、ジークとヤタロウに視線を行き来させる。

 絶えず笑みを浮かべるヤタロウの視線を受けながら、ジークは試験管の蓋を開けた。

 ごくり、と。薬は喉を通っていきーー


「………………か、はっ」


 どくん、とジークの心臓は脈打った。

 頭が割れるような痛み。全身の血液が高速で回転し、身体が熱くなる。

 やがてーー


「……は、は、ふぅ……」

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

「うん、なんとか」


 ルージュの声に、ジークは胸を抑えながら返答する。

 身体の内側に意識を張り巡らせれば、あの衝動が嘘のように消えていた。


「……治ってる」

「……!」


 驚きと喜びをないまぜにするジークの呟きに、ルージュはほっと肩の力を抜いた。

 もしも彼が倒れたら、自分で自分を許せなくなるところだった。


「だから言ったでしょう? あなたに害はないと。だから」


 ヤタロウは視線を下に向け、


「この首にかけた手を離してもらえませんか、ルージュ殿?」

「……ッチ」


 ルージュは手を離し、ジークの側まで戻ってきた。


「……確かに僕の症状はおさまった。それに関してだけは礼を言っておく」

「礼は結構。これは正当な取引ですからな。約束の報酬はいただきますよ?」

「……分かってる。見極めればいいんでしょ」


 ジークが溜息をつくと、ヤタロウは満足そうに頷いた。


「それでいい。では、具体的な話を詰めていきましょうか」



 ◆



 ーー二日後。異端討滅機構(ユニオン)本部。



「遠征任務?」

「うむ。度々すまんのう」


 ルナマリアとの護衛の最中、ジークは任務を言い渡されていた。

 ケーキにフォークを刺した彼女は申し訳なさそうに眉を下げた。


「エル=セレスタの北西に位置する山間の村から通報があった。

 近くにエルダーの集落が見つかったらしい。お主に行ってもらいたい」

「……エルダーの集落」

「うむ。有事の際に障害となる可能性があるからの」

「……はぁ。まぁ、いいですけど」


 戸惑いを見せつつ了承するジークは、内心で唸っていた。


(本当にアイツの言う通りになった……)


 先日のヤタロウ・オウカとの接触だ。


『二日後、あなたにエルダーの殲滅任務が下されるでしょう』

『私も任務に同行します。そこでどうか、見極めてほしい』


(なんでアイツはこの任務が来ることを分かってたの? 悪魔教団ってそこまで情報網があるの? いや、もう情報網ってレベルじゃない。これは指示同然だ)


 もしかしたら、悪魔教団の根は思ったより深いのかもしれない。

 七聖将に下される任務内容が分かるという事は、かなりトップに悪魔教団の手の者がいる可能性がある。

 ルナマリアを除外するとすれば、恐らく元老院の誰かがーー


「ーージーク、聞いておるのか?」


 ハッ、とジークは顔を上げた。

 ルナマリアが心配そうに顔を覗き込んでいる。


「疲れておるのか? 七聖将になって慣れない事ばかりじゃろうしのう」

「あ、いえ、大丈夫です」

「大丈夫ではなかろう。何か悩み事があるのか? 顔に書いてあるぞ」


 ジークは苦笑した。


「僕、そんなに分かりやすいですか?」

「うむ」


 迷いなく即答されてジークは頭を掻いた。

 ルナマリアに見透かされているようだと、リリアにも筒抜けだろう。

 思えば、今朝、仕事へ行くときの彼女は何かに感づいていた。


 行ってきますの口づけをすると、彼女は問いかけてきたのだ。


『……ジーク、どうかしたんですか?』

『え?』

『その、いつもより長いというか、昨日も……あ、いえ。わたしは嬉しいですけどっ』

『ううん、なんでもない。リリアが好きだなぁって思っただけ』

『……もう。そんなので誤魔化されないんですからねっ!』

『あはは』


 リリアとは今日の夜に話をすると言っていた。

 任務の通達があると分かっていたジークとしては、少し罪悪感がある。


(全部終わったら……あの薬に何の副作用もないと分かったら、話すから)


 ジークはそう自分を納得させ、顔を上げた。


「姫様は、悪魔の全てが『悪』だと思いますか?」

「……どうした、藪から棒に」

「いえ。ただ……僕にはルージュが居るから。姫様はどう思うのかと」

「ふむ……」


 ルナマリアは腕を組み、


「そもそも善悪自体、立場によって変わるものじゃしなぁ」

「……そうですね」

「じゃから、ここで言う『悪』とは七聖将……つまり人類にとって悪だと定義する。だとすれば、理性なく人を喰らう悪魔は間違いなく『悪』じゃ。奴らが人を襲い、殺すことで、悲劇が連鎖的に広がっていくのじゃからな。奴らは被害者でもあるが……速やかに葬魂しなければならん」

「はい。それは分かります」

「一方で、エルダーはどうじゃろうな?」


 ルナマリアは天を仰いだ。


「正直、妾の立場からすれば『悪』だと言わざるおえん。が、彼らもまた被害者であり、自らの意思で二度目の生を得たわけではない。不死の都には、人を襲わず、静かに暮らす悪魔も居ると聞く。そういう者たちの事を『悪』だと断ずるのは……お主を半魔と蔑んでいた者達と同種であろう」

「つまり……?」

「冥王の兵隊として人を襲うならともかく、静かに暮らす者達を『悪』とは呼びたくないの」


 内緒じゃぞ、とルナマリアは悪戯っぽく笑う。

 ジークが口元を緩めると、彼女は続けた。


「お主がどういう意図でその質問をしたのか、今は問わん。

 悪魔の全てが『悪』ではないが、お主が戦うべき相手であるのも事実じゃ」

「はい」

「迷いがあるなら、話せ。お主は一人ではないのじゃからな」


 一瞬、ジークは全て話してしまおうかと思った。

 吸血衝動のこと、悪魔教団のこと、今回の任務のこと。

 彼女なら力になってくれるし、きっと自分では出せない答えも持っているはずだ。


(でも……そうしたら、約束を破る事になる)


 ヤタロウは約束通りジークの吸血衝動を抑えてくれた。

 アステシアでさえ無理だと言ったのに、一時的であっても治してくれたのだ。

 例え大嫌いな相手でも、その義理にそむくような事はしたくない。


「……今は大丈夫です。参考にしておきますね」

「……そうか」

「任務には今夜行きたいと思います。早めに片づけたいですから」

「分かった。こちらで手続しておこう」


 その日の護衛はほどなくして終わりを告げた。

 異端討滅機構(ユニオン)本部を出ると、ヤタロウ・オウカが待っていた。


「では、行きましょうか」


 ジークは頷き、赤燐竜(ワイバーン)部隊の発着場でアルトノヴァを神獣に変化させる。

 ばさり、ばさりと翼をはためかせる白き竜は、夕陽の中へ消えていった。



 ◆



 ーージークが出発する、十分ほど前。


 護衛任務を終えたジークの代わりに、アレクがやってきた。

 腹心の男は、ルナマリアの前で膝をつく。


「姫様。第二席アレクサンダー・カルベローニ。参上いたしました」

「うむ。ご苦労、アレク。次がお主で良かった」


 安心したような言葉に、アレクは眉を顰めた。


「もしや、ジークが何か不手際を? もしくはお心遣いを無下に?」

「いや、そうではない」


 ルナマリアは苦笑をこぼした。

 彼が自分を慕ってくれるのは嬉しいが、少々度が過ぎる事がある。

 その心をあと少し他の者達に向けてくれれば、申し分ないのだが。


「少し、気になる事があっての。お主に調べてもらいたい」

「……『無音衆(バニッシュメント)』が必要ですか?」

「頼む」

「なるほど」


 アレクは眼鏡をはずした。

 その瞬間、彼が纏う空気が変わる。


「了解しました。このルナマリア親衛隊隊長に何なりとお申しつけを」

「頼みというのは他でもない、ジークの事じゃ。エリン。あのデータを」

「はい」


 エリンと呼ばれたメイドが通信端末を操作し、データを送る。

 極秘回線で送られたそれに目を通すと、アレクは眉を顰めた。


たかが(・・・)エルダーの集落ごときで、七聖将に出動を要請する……? これは」

「妙じゃろう?」


 任務の送り主は元老院、ケリガー議員という男だ。

 聖なる地カルナックの経済事情を一手に担うと言われている大御所である。

 以前の、『貿易都市』グラノダール解放任務も彼の署名があった。


 しかし、ケリガー議員は今、体調不良で議会を休んでいる状態だ。

 そんな状態で任務だけ送りつけてくる?

 ルナマリアに拒否権はないが、ハッキリ言って怪しすぎる。


(それにジークのあの質問。まるで、五百年前のあの男のようなーー)


「……なるほど。陽動、そして調査ですか」


 ハッ、と思考を振り払い、ルナマリアは頷いた。


「さすがアレク。話が早い」

「早速手配します。エルブラッドにも通達を」

「少々、嫌な予感がする。今日の護衛はエリンで充分じゃ。出来るだけ早く頼む」

「かしこまりました」


 アレクが去った室内で、ルナマリアは再び「エリン」とメイドに呼び掛けた。


「はい」

「アイリスを呼び、アレクとは別に行動させよ」

「かしこまりました」


 あぁ、それと。


「オリヴィア……じゃったか? その子にも動いて貰おう。

 序列的にも実力は充分じゃろうし……なに、もしもの時の保険じゃよ」



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― 新着の感想 ―
[一言] 今回は結構難しい話でしたね。悪魔は完全に悪なのかわからなくなってきました。自分的には殺された人間が強制的に悪魔にされたので絶対的な悪では無いと思うのですが、みいさん自身はどう思っているのか聞…
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