第七話 血の誘惑
「テレサ殿の件は、残念だった」
からん、と氷の転がる音が響いた。
ゆっくりとグラスを回したオリヴィアは、火照った顔で呟く。
「彼女は多くの葬送官を育て、数々の功績を残した偉大な人だ。
サンテレーゼでは、彼女に頭が上がる者はいなかった。階級に関係なくな」
「そうでしたね……」
「戦争でお前を庇って死んだことも、彼女にとって本望だろう。気に病むな」
「分かっています」
ジークが微笑むと、彼女は「ふ」と口元を緩めた。
「すまない。既に吹っ切れていたか。余計な気遣いだった」
「吹っ切れたというか……前を向かなきゃ、師匠に怒られるので」
やるべきことも決まってますしね、とジークは言う。
たった半年近くで見違えるほど大きくなった男の姿に、オリヴィアは肩を竦めた。
「参ったな。私はもう、お前の背中を叩く事も出来ないようだ」
「お兄ちゃんの背中を叩くのはあたしの役目だよっ、取っちゃダメ」
「……ルージュ、だったか」
ジークに抱き着く妹を、オリヴィアはじっと見つめた。
「何さ。まだあたしが気に入らないの?」
「いや……姫様がお前を認めている以上、私に何も言うつもりはないさ」
「ふん。ならいいけど」
オリヴィアがルージュの生存に反対したことは記憶に新しい。
二人の仲が悪いのは仕方ないとはいえ、殺し合う事にならなくて良かった。
「ルージュはわたしの妹ですから、お姉さまの妹でもあるんですよ。仲良くしてくださいね」
「む……努力しよう」
「あたしはいいけど、この人次第だね」
(まだまだ時間がかかりそうだなぁ)
そんな風にジークが苦笑すると、
「それにしても、お前が七聖将とはなぁ」
オリヴィアは感慨深げにつぶやいた。
「実力も離されてしまったし、これからはお前の部下という事になるのか? ん?」
「いやいや、さすがにそれはないですよ」
「なに? 私が部下では不満だと?」
「あれ。オリヴィアさんってこんな人だっけっ?」
リリアが苦笑し、
「お姉さま。あんまり呑みすぎちゃダメですよ」
「むう。リリアぁ。お前もずいぶん綺麗になった……
それに比べて私は……ひっく。アンナも、お前も、みんな私を置いていく……」
「そんなことないですから……ジーク、今日はこの辺にしておきましょう。
あとそろそろカレンを止めに行ってください。たぶんまだお説教してます」
「あ、うん。分かった。カレンも怒らせたら怖いもんね……ルージュ、いこ?」
「はーい」
ジークはルージュと共に去っていく。
久しぶりに再会した姉妹を、そっとしておこうという彼の気遣いだ。
残されたリリアは恋人に感謝しつつ、オリヴィアの背中を撫でる。
「……もう酔ったふりをしなくてもいいですよ。お姉さま」
「む、そうか」
その瞬間、オリヴィアはすっと背筋を伸ばした。
赤らんでいた顔はそのままだが、口調もハッキリとしている。
ジークが去ったほうを見て、彼女は柳眉を下げた。
「すまない。私は芝居が下手だな……ジークも気付いているだろう」
「いえ。きっと二人きりで話したいんだろうなぁ、としか思ってないと思いますよ。
ジークは悪意に敏感ですが、お姉さまに悪意は微塵もありませんから」
「……そうか。なら本題に入るか。といっても、お前ならもう気付いているだろう?」
「はい」
リリアは頷き、寂しげに姉の手を握る。
「お姉さまは、お師匠様の代わりですね?」
「そうだ」
オリヴィアは淡々と頷いた。
「私がカルナックに呼ばれたのは戦力拡充の名目だ。しかし、十中八九間違いないだろうな。元老院はジークを英雄扱いしているが、一方で危険視もしている。テレサ殿というストッパーが消えた以上、代わりとなる親しい者が必要だ。そのために、リリアの姉であり一時期だけジークの師だった私が最適だった……と、そういう事だろう」
「やはり、そうですか」
そうでなければサンテレーゼの守りの要である自分を呼び出しはしない。
そういったオリヴィアの言葉を受け、室内に静寂が広がっていく。
「……生前、テレサ殿はいつか自分がジークの足枷になるのではと危惧していた。その時は、私自身が足枷になるとは思わなかったが」
「お姉さま……」
「悪いが、私の実力はお前にも、ルージュにも大きく劣る。
例え権能武装を使おうとも、ジークなど指一本触れられないだろう。
オズワンやカレンは分からないが……テレサ殿には間違いなく劣るだろうな」
「例え実力が劣ろうとも、お姉さまはわたしのたった一人の姉です」
「分かっている。幸い、ここは異端討滅機構本部だ。
手合わせには事欠かないだろうし、一から鍛え直そうと思う」
もしも万が一、異端討滅機構がジークを処分しようとした時。
その時は真っ先に逃亡できるだけの実力が欲しいとオリヴィアは語る。
ジークやリリアの迷惑に足枷にはなりたくないと。
しかし、例え血縁といえども彼女は姉である前に葬送官だ。
規則やルールに厳しい彼女らしくない物言いに、リリアは目を丸くしていた。
「お姉さま、なんだか変わりましたか……?」
「……ジークには、返しきれない恩があるからな」
オリヴィアは自嘲げに口元を歪め、リリアに向き直る。
いつになく真剣な瞳。そして、
「ちょ、お姉さま!?」
リリアは悲鳴のような声を上げた。
あの誇り高い姉がーー『戦姫』オリヴィア・ブリュンゲルが頭を下げたのだ。
「ど、どどどうしたんですか、一体何が!?」
「謝りたいのだ。お前とジークに」
「あの、どういう……」
「私は一度、お前を諦めた」
ひゅっとリリアは息を呑んだ。
第七死徒オルガ・クウェンにリリアが殺された時の話だ。
あの時、悪魔化しかけていた妹をオリヴィアは葬魂しようとした。
あまつさえ、助けられる可能性を無視して、冥界行きも反対したのだ。
「そ、そんなの、葬送官として当然のことです!
むしろ冥界行きまでして助けようとするジークがちょっとおかし……。
いえ。わたし的にはそういうところも好きなんですけどっ、そうじゃなくて」
顔を赤らめたり慌てたり、表情が忙しいリリア。
オリヴィアは苦笑しつつ頷いた。
「分かっている。あの時の自分の判断が間違っているとは思わない。
テレサ殿が居なければ助からなかっただろうし、葬送官としては当然の事だ。
例え身内であっても悪魔になった者に容赦をしてはいけない」
それでも、
「けじめは、必要だ。ジークにだけ苦労させておいて、私が再会の喜びを享受するわけにはいかない。列車の通話では言えなかったが……改めて、すまなかった」
真摯に頭を下げるオリヴィアにリリアは息をつく。
実家に居た時から思っていたが彼女は真面目すぎるきらいがある。
そこが彼女の良い所でもあるし、そこを貫くからこそ姉は姉足りえるのだ。
ブリュンゲル家では、彼女だけが味方だった。
「謝罪を受け取ります。顔を上げてください。オリヴィアお姉さま」
「リリア……」
「ジークには私から言うので、何も言わなくて結構です。
全て終わったことですし、私はこうなって良かったと思っています。
天使にならなければ、今のジークと共に戦う事は出来なかったでしょうから」
「……そうか」
オリヴィアは遠慮がちに手を伸ばして、また力なく下げる。
しかし結局何もせず、気まずそうに視線を逸らした。
姉の心中を理解したリリアは迷いなく身を乗り出し、彼女を抱きしめる。
「ぁ」
「また会えて嬉しいです。私の、世界でたった一人のお姉さま」
「リリア……あぁ。私も……私も、嬉しい。
また会えるとは思わなかった……あの時、全てを諦めた私を許してくれ……」
最愛の姉の声は震えていた。
必死に嗚咽を堪える彼女の眦から、一粒の光が肩に落ちる。
リリアは天使の羽でオリヴィアを優しく包み込んだ。
「これからはいつでも会えますよ、お姉さま。
あ、そうだ。よかったらわたしたちのレギオンに入りませんか?
転勤したばかりですし、何かしら後ろ盾がある方がいいかと」
「そうしたいが……すまない。既に第一席の部隊に配属されることが決まっている」
「そうですか……」
身体を離し、しゅんと俯くリリア。
オリヴィアは咳払いして、
「だ、だが、この近所に部屋を借りる事には成功した。その、いつでも会いに行ける」
「ぇ」
「だから、お前ひとりで気負うな。何かあれば、すぐに相談しろ。
例え天使になろうとも……私はお前の姉だ」
リリアの口元に笑みが広がった。
「はいっ!」
そうして姉妹は語らい、ゆっくりと聖なる地の夜は過ぎていくーー。
◆
美しい満月の夜だった。
窓から差し込む月光が、ベッドを共にする二人を照らし出す。
「……オリヴィアさんとはゆっくり話せた?」
「はい。時間をくれてありがとうございました。
あ、お姉さまからジークにお礼をと言ってましたよ。
あのままだと土下座しそうな勢いだったので、わたしが止めましたけど……」
「あはは。ありがと。あの人らしいや。謝罪なんて要らないのに」
肩をはだけさせたリリアを抱き寄せ、ジークは額に口づけを落とした。
「僕は僕のためにやっただけ。君と一緒に生きたくて、冥界に行っただけだから」
「もう、ジーク……ばか。ほんと、ばかです」
はにかむような笑みを浮かべ、リリアは口づけを返す。
恋人の甘えるような仕草に、ジークは「にしし」と幸せを噛みしめた。
二人とも何も言わない、甘い時間が流れていく。
しばらくしてから、ジークは口を開いた。
「でも、せっかくの姉妹なんだし、たまには甘えないとね。
僕の事はいいから、もっと話してもよかったんだよ?」
「いえ。お姉さまもカルナックに着いたばかりですし、明日から忙しいでしょうから」
それに、とリリアはジークをぎゅっと抱きしめた。
ほぅ。と熱い吐息をついたリリアは耳を赤くしながら、
「お姉さまも大事ですけど……ジークとのこういう時間も、大切にしたいんです」
「……そんな事言ったら襲っちゃうよ?」
「……」
リリアは微笑み、誘うように両手を広げた。
「……もう」
愛する恋人のそんな姿に、健全な男子であるジークが耐えられるはずもなく。
両手を首の横に置き、リリアに覆いかぶさろうとして、
「……………………っ」
突如、耐えがたい衝動が、胸の底から沸き起こった。
規則正しくと脈打つ鼓動。ゆっくりと上下する豊かな胸。
白くきめのある肌は、果実のような甘い香りが漂っている。
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
ジークの口は、その首元に吸い寄せられーー
「--ジーク?」
ハッ、と、ジークは顔を上げた。
そこには、不思議そうな顔で首をかしげるリリアがいた。
「どうかしました?」
「……う、ううん。ごめん、何でもない。ちょっと疲れちゃったみたい」
「あ、そうですよね。ジークは任務から帰って来たばかりなのに何度も……わたしったら、ごめんなさい」
「いやいや、僕もしたかったし、謝るのはこっちだよ」
ちゅ、とリリアに口づけるジーク。
照れくさそうにはにかむ彼女に微笑み、ジークは身体を離した。
「ちょっと、お手水に行ってくるね。先に寝てていいから」
「はい。いってらっしゃい」
部屋から出て扉を閉めたジークは、おのれの胸を抑えた。
ドクンッ、ドクンッ、と、うるさいくらいの鼓動がいまだに続いている。
先ほどまでの笑みは消え、口元には耐えようのない焦りが滲んでいた。
(僕は今、何をしようとした……!?)
決まっている。リリアの首筋に噛みつこうとしたのだ。
まるで悪魔が人の血を求めるかのように。
「……っ」
正直なところ、今もその衝動は続いている。
食べたい。何でもいい、いや違う。
血が滴るようなものが食べたい。
みずみずしいフルーツのように歯ごたえのあるものが……。
「はぁ、はぁ……」
足音を立てないように拠点を歩き、冷蔵庫を漁るジーク。
その中から生肉を掴みだし、拠点の外に飛び出した。
葬送官の気配を躱しながら、カルナックの闇の中に紛れていく。
べちゃくちゃべちゃくちゃ……。
「うぇ……ぶぇ……気持ち、わる……」
生肉を咀嚼したが、無駄だ。
胸の奥底から湧き上がる、この衝動を抑える事は出来ない。
衝動と共に得体のしれない力が溢れてくる気がした。
ーー……ガンッ!
ジークはたまらず、頭を地面に打ち付けた。
亀裂の入った地面に、ぽた、ぽたと赤い血が滴り落ちる。
だが、その血はものの数秒で止まった。
「ぁ」
加護で治癒を促進していないにも関わらずだ。
元々傷の治りは早かった方だが、さすがにこれは異常である。
瞬間、恐ろしい予感が頭に過り、ジークは唇を噛み締めた。
(確かめる方法は……一つしかない)
「ハァ、ハァ、ハァ……」
魔剣アルトノヴァを取り出す。
腕を肘のあたりまでまくり、ベルトで固定した。
(もし間違っていたら、一生隻腕……でも、もし正しかったら)
固く目を瞑り、一瞬だけ葛藤する。
そして目を開けた時、ジークは決意した。
「フゥ……! フゥ……!」
狭まる視界、鈍る判断力、高鳴る心臓を押さえつけ、
ジークは魔剣の切っ先で、おのれの腕を切り落とした。
「~~~~~~~~~~~っ!」
間欠泉のように血が噴き出し、ジークは声なき絶叫を上げた。
(治れ、治るな、治れ、治るな、治れ、治れ、治るな、治るな、治るな……!)
矛盾する思いを抱える少年に、運命は牙を剥く。
いつの間にか痛みは消え、落としたはずのジークの腕が光の粒子となって消える。
瞬きの後には、ジークの腕に真新しい腕が生えていた。
「ぁ」
最悪の推測が確信へと変わり、ジークは崩れ落ちた。
人の血を求める衝動、腕を落としてもすぐに治る異常な再生力。
間違いない。
「僕は、悪魔に、なった……?」
そうでなければ、リリアに噛みつこうとは思わないだろう。
自我を喪った悪魔ならともかく、エルダーが人を襲うのかは分からないが……。
いや、まだ悪魔になったと決まったわけではない。そのはずだ。
「……そもそも僕は、一体なんなんだ?」
人か、半魔か、悪魔か、兵器か、神の眷属か。
きっとそれのどれでもあり、どれでもないナニカだ。
しかし、どういうきっかけで『こう』なったのか、皆目見当もつかない。
「でも、僕は僕だ。そう決めたんだから」
自分の正体で悩むことは、もうない。
テレサが背中を押し、焚きつけたことを忘れるつもりはない。
けれど、
(このままじゃ、いつかリリアを……みんなを襲っちゃう)
それだけがジークの心配するところだった。
正直に言えば、兵器であり半魔である自分が今さら何になろうがどうでもいい。
たった一つ。この衝動さえなければ。
ジークはおのれの腕に噛みついた。
「う、うぐ……いだい……けど、」
鉄の味が口の中を満たす。
ごくり。と浴びるように呑んだ血は、しかし、衝動をおさめてはくれなかった。
生肉を食べてもダメ、自分の血を呑んでもダメ。なら、一体どうすれば。
「ーーお兄ちゃん」
「!?」
耳慣れた声に、ジークは振り返った。
見れば、路地裏の入り口にフードを被ったルージュが立っていた。
彼女の目は、真っ赤な血をつけたジークの口元に向けられている。
「あ、ルージュ、その、これは」
「いいよ。分かってる」
何が。どうして。
声にならず消える言葉。いつも共に在る妹は愛する兄に寄り添う。
「家から出ちゃ、ダメじゃん……」
「こんなお兄ちゃん、放っておけないよ」
ルージュはジークの背中から手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「なんとなく分かるよ。今のお兄ちゃんはあたしと同じなんだね」
「……分からない。でも、どうしようもなく疼くんだ」
「うん」
「このままじゃ、僕は、リリアを襲っちゃいそうで……!」
「うん」
ジークの告解に、ルージュは淡々と頷いた。
普段、兄の影に潜む妹は、その僅かな異変にも気付いていたという。
それは吸血鬼であるが故か、血のつながった肉親であるかは分からないが。
「お兄ちゃん」
ルージュは服をはだけさせ、肩を露出した。
戸惑うジークに、ルージュは首を傾けさせる。
「あたしの血を吸って、お兄ちゃん」
「え、でも……」
「お姉ちゃんを襲うよりいいでしょ。あたしもお兄ちゃんの血、吸うから。吸い合いっこしよ?」
おどけたように言って、ルージュは兄の肩に牙を突き立てる。
噛みつく寸前の妹に上目遣いで見られ、ジークはごくりと息を呑んだ。
そしてゆっくりと、ルージュの肩におのれの口を持って行きーー。
かぷり。と。二人の影が重なる。
「「ん……」」
鋭い痛み、脳が痺れる甘い陶酔感。
口の中に血の味が広がる。むせかえるほどの鉄の味が、こんなにも愛おしい。
「う、ぐ……」
妹に牙を突き立てている自分に嫌悪感を抱きながら、ジークは血を吸った。
ごくん、ごくん、喉を潤すたび、ルージュの魔力が自分の中に流れ込んでくる。
やがてーー
「ぷは……」
どちらからともなく、口を離した。
永遠にも思える長い時間だったが、時間にしておよそ十秒にも満たないだろう。
口の端に兄の血をつけたルージュは心配そうに問う。
「どう……?」
「うん……」
ジークはおのれの身体を確かめ、首を横に振る。
「マシにはなってるけど……ごめん。おさまってはいない、かな」
「そっか……」
ルージュには悪いが、こうなる予感はあった。
ルージュはセレスの現身で、ジークはセレスの息子だからだ。
きっと本質的に近しい存在では効果はないのだろう。
それでも残念そうに項垂れる妹を見ていると、思うところはあって。
「ルージュのせいじゃないよ。大丈夫」
「うん……でも、せっかく様子がおかしいの分かったのに……」
「そうだね……これで収まれば、良かったんだけど」
最善ではないが、最適ではあったのかもしれない。
ルージュにはジークが必要で、ジークにはルージュが必要。
そうなれば、二人は切っても切れない一心同体のような関係になっていただろう。
けれど、出来ればルージュに本物の吸血鬼のような真似はしてほしくなかった。
愛する妹には、出来る限り幸せになってほしい。
普通の人間のように生きていてもらいたいとジークは思う。
「……明日、アステシア様の所に行ってみるよ。遠征任務終わりだから、半日だけお休み貰えるし。あの神様なら、何か知っているかもしれない」
「それまで持ちそう?」
「ルージュの血を呑んだから、なんとか。持たなくても、持たせるよ」
「……分かった」
ルージュとジークは額を合わせあう。
「帰ろ。お兄ちゃんのいる場所は、こんな暗い所じゃないよ」
「……うん」
呟き、兄妹はその場を後にする。
美しかった満月は暗雲に隠され、不気味な風が二人の間を吹き抜けていった。




