第六話 蠢く影、そして再会
「本当にありがとうございましたっ! あなたが来てくれなければどうなっていたか……!」
グラノダールの街を解放したジークは都市長と面会していた。
街の瓦礫の撤去や生き埋めになった者達の保護、救出活動並行しながらだ。
既に戦闘終了から一時間が経過したが、瓦礫の下に居る人間は全員救出した。
葬送官の遺言にあった女性とも既に面会を終えている。
ジークは町民の視線に笑顔で応えつつ、
「みんなを助けられてよかったです。それで、どういう感じの状況だったんですか?」
都市長は額の汗を拭いて、
「それが……はい。実は私どもにも何が何だか。葬送官たちの見回りは徹底していたのですが、都市のいたるところで殺人事件がおきまして、連鎖的に広がったと言いますか……我々ではどうししようもなかったといいますか」
「あ、分かりました。もういいです」
要領を得ない話を打ち切り、ジークは異端討滅機構の支部長に視線を移す。
元葬送官の彼はジークの意に応え頷いた。
「恐らくかなり前から計画されていたテロだと思われます。都市のすぐ隣にはレギス運河がありまして、船を利用するために街の中と繋がっています。なので川底から侵入、下水道の中で悪魔の数を増やしつつ、一気に犯行におよんだものかと。実際、一部の葬送官から下水道より悪魔が現れたという証言も得られています」
「うん。彼らの目的は?」
「そこまでは……調べれば出るかと思いますが」
「そうだね。まだ一時間しか経ってないし」
さすがに救出活動と並行して悪魔たちの動機を調べるのは不可能だ。
治療院も満員で、市民たちも葬送官も、悲しみに向き合う時間が必要だろう。
「分かった。調査と再発防止は任せていい?」
「はっ! ですが、対策と言われても、下水道なら何とかなりますが、川底をどうカバーすればいいものか……」
「水中に監視カメラを設置したら? カメラ部分をガラスで覆ってカバーすれば長期間の監視もいけると思う。機材とかは僕からトリス先輩に魔導機械を申請しておくから、設置と監視の徹底をお願い。不審な影を見かけたら街に繋がる下水道に葬送官を配置して対処に当たってほしい。いっそのこと警備員として常駐してもいいかもね。特に雨の日は水が濁るだろうし……えーっと……うん。これ、僕の名前書いたから、カルナック当てに竜騎便で送って? 僕が届けても意味ないから」
「なるほど……かしこまりました。手厚い救援、感謝します」
齢六十となる支部長は、ジークの的確な采配に舌を巻く。
半魔であることを除いても、その少年のような見た目でつい侮りそうになるが……。
先ほど見せた蹂躙劇、そして今のような対策立案を見せられれば、七聖将であることも納得だ。
手紙を恭しく受け取りながら、支部長は目配せする。
ジークが頷きを返すと、彼は一礼して去っていった。
(……さて)
「出来る限り早く都市の復興をしてください。異端討滅機構は救援を惜しみません」
「ははーっ!」
都市長以下、役員たちは恭しく頭を下げる。
真っ先に避難所に向かった彼らに被害はなく、家財道具一式も無事だ。
都市長は俯きながら舌なめずりした。
この街で厄介な者たちは悪魔が殺してくれたし、これで権勢を自由に使える。
後の邪魔は、目の前に居る男一人だ。
気持ち悪い半魔。人間とは違うくせに英雄として担ぎ上げられた厄介者。
彼に声をかけられるたびに怖気が立つ。コイツは人の皮をかぶった悪魔だ。
(さっさと消えうせろバケモノ。ここは私の街だ……!)
内心で欲望が渦巻く都市長に「あぁ、それと」ジークは振り返った。
「……まだ何か?」
「この街で横行している収賄、横領、脱税……僕たちは全て把握しています」
「「「は?」」」
都市長以下、役人たちは目をしばたかせた。
一部の者はすぐに理解し、顔を蒼褪めさせ、また一部の者達は逃げ出そうとする。
ーー……ズガァン!
「ひっ!?」そんな者たちの鼻先に雷を落としながら、ジークは懐を探った。
「えーっと、アレク先輩に預かったものが……あった。これだ」
真新しい紙を取り出し、
「『欲に目が眩んだ蒙昧なる者共よ。貴様らが生きている事を心底残念に思う。だが安心しろ。既に支部長以下、中小商人たちから密告は受けている。証拠も押さえた。貴様らに逃げ場はなく、財産の没収は免れない。灼熱の底で悔いるがいい』。と、いうわけなので」
ジークは無表情で宣告する。
「都市長以下、高官たち。お前たちを反逆罪で逮捕しマグマ落としの刑に処します」
マグマ落としはその名の通り、溶岩の中に死刑囚を落とす処刑法の事だ。
死んだ後、悪魔になっても身体が溶け、魔力を喪うまで無限の苦しみを味わう地獄。
異端討滅機構が敷いた法律の中で最も重い刑と言われている。
「お、お待ちください! な、何かの間違いです! 我々はっ」
「やましいことがないのなら、逃げようとした人が居るのはなぜ?」
「そ、それは」
言葉に詰まった。それが答えの全てだ。
元よりアレクが証拠を押さえている以上、彼らに逃げ場はない。
恐らくこの街に悪魔が侵攻したのも都市長たちが悪魔を引き入れたからだ。
エルダーらしき影と役員らが密会しているのを見たという証言がある。
残念ながら証拠が得られず後手に回り、犯行を未然に防げなかったらしいが……。
「支部長!」
「はっ」
先ほど去ったばかりの支部長が、葬送官たちを連れて帰ってきた。
都市長たちに憎悪の眼差しを向ける彼らに、ジークは号令をかける。
「反逆者たちを捕えろ。絶対に逃がすな」
『応ッ!』
「や、やめろッ! この私を誰だと思っているっ! えぇい離せ! バケモノに従う気か貴様らはっ!?」
「そのバケモノ様に救われた恩知らずが、余計な口を利くな、ぶっ殺すぞ!」
「ひっ」
葬送官がすごむと、都市長以下、他の役人たちは身体をすくませる。
それでも逃げ出そうとする者達は、ジークが雷で気絶させた。
連れていけ、と号令をかけると、都市長らは瞬く間に連行されていった。
「はぁ……同じ人間同士で、なんでこんなことするんだろ」
「権力に溺れた人間の業、かもしれませんな。ジーク殿」
密告者であるグラノダールの支部長は、幾分砕けた口調で言った。
「我々人類も一枚岩ではないという事です。残念ながらこの街の他にも、欲に目が眩んだ故に悪魔を手引きした者は大勢います」
「ぁー……」
サンテレーゼでオルガ・クウェンが現れた時を思い出し、ジークは嘆息した。
自分を冤罪にかけたミドフォード議員の他にも、同じようなのが居るという事だ。
彼らが欲をかかなければ、恋人のいた葬送官も死ななかっただろうに……。
「誰もがあなたのように立派であれば、こんな事は起こらないのですがね」
「……僕は立派じゃないよ。ただ、英雄であろうとしているだけ」
「それが立派なのです。あなたはこの街を救ってくれたのですから」
支部長は微笑み、
「またぜひお越しください。英雄殿。
その時は一枚岩となった美しい街並みをご覧に入れましょう」
「……ありがと。楽しみにしてるね。僕はそろそろ帰らないと」
アルトノヴァに乗り込むと、支部長率いる葬送官たちが並んで送る。
「人類の守護者、ジーク・トニトルス殿に、敬礼!」
『はっ!』
声を揃えて胸に拳を当てる葬送官たちに、ジークは頬を緩めて敬礼を返す。
「またね」
アルトノヴァがばさりと翼を広げ、空に浮かぶ。
神獣の目立つ姿を見た市民たちは、揃ってジークを送り出した。
「ジーク様ーー!」「ジーク様、ありがとーー!」「ジーク様ぁーー!」
「あなたは俺たちの英雄だ!」「また来てねーー!」「本当に、ありがとぉーー!」
ばさり、ばさりと音を立て、アルトノヴァは上空へ。
街の住民一人一人の顔を見渡しながら、ジークは魔剣を掲げた。
「『貿易都市』グラノダールに、叡智の女神の祝福があらんことを!」
『わぁああああああああああああああああ!』
アルトノヴァが身を翻すと、歓声は瞬く間に遠ざかる。
上空五百メートルまで来ると、街は豆粒ほどの大きさになった。
「お兄ちゃん、お疲れさま」
「ルージュ。ありがと」
影の中から出てきたルージュが、ぴたりとジークの背中に張り付いた。
「なんか、疲れてる?」
「うん……? ううん、体力的には問題ないよ。でも……」
「やっぱり、アイツらのこと気になる?」
「うん」
グラノダールの街では多くの人々が犠牲になった。
ジークの到着が遅ければ、街が崩壊していた可能性もあったのだ。
そうなれば、内通した役人たちも利用価値ナシとして悪魔に殺されていただろう。
悪魔たちに理屈は通じないのだと、なぜ役人になった者は分からないのだろうか。
「こんなの、犠牲になった人たちが浮かばれないよ」
ジークは眉を伏せて、先ほどの出来事を思う。
英雄として街を救ったにもかかわらず、彼の心は晴れなかった。
歓声を上げる市民たち。生き残った者達の笑顔は嬉しい。
けれど同時に、捕まえた者達の顔を思うとやるせない思いが沸いてくる。
(僕は、あんな人たちの為に英雄になろうと思ったんじゃない……)
我欲を追い求め、街に悪魔を引き入れるほど堕落した権力者たち。
彼らの脂ぎった顔を思い出すたび、拳に力が入る。
恋人を遺して死んだ葬送官は、どんな気持ちだったんだろう。
ジークが遺品を渡した時に涙した恋人の気持ちは、どこにぶつければいいんだろう。
あんな人たちを出さないために、自分はこの剣を振るうはずなのに。
(英雄って、一体、何……?)
「……気負いすぎちゃダメだよ」
そんな兄の心中を、ルージュは正確に見抜いていた。
心優しい兄が壊れないように言葉を選びながら、そっと背中に手を当てる。
「英雄だって人間でしょ。誰でも救えるわけじゃない。ムカつく奴はぶっ飛ばせばいいし、助けたい人たちは贔屓していい。お兄ちゃんは救える範囲の人たちを救ったらいいんだよ。過去よりも今を。今よりも未来を。そう決めたんじゃないの?」
「そう、だね……確かにそうだ」
一拍の間を置いて、ジークは頷き、
「ありがとう。ルージュに励まされちゃったね」
「ふふーん。お兄ちゃんの背中を叩くのは妹の特権だからね」
ルージュは得意げに微笑み、
「ご褒美にちゅーして! ちゅー!」
「それはダメ」
「えぇー! あ、じゃあじゃあ」
ルージュはジークの背中をよじ登り、膝の上に着地する。
「むふー!」と満足げに息を吐き、小悪魔はジークを見上げた。
「ほらほら、抱っこならいい?」
「まぁ、これくらいなら……むしろ、いつでもやってあげるけど」
「えへへー! やったー!」
「あ、こら、暴れるのはナシだよ!?」
「キュァアアアアアア!」
アルトノヴァが抗議の声を上げ、二人は顔を見合わせて笑った。
そうして空の旅をすること数時間。二人はオズワンたちと合流する。
彼らは谷の入り口で疲労困憊といった様子だった。
「オズ、カレン、お疲れ様」
「おう……やってやったぜ、オラ」
「ふふ。わたくしもようやく勘が取り戻せてきましたわ……」
血だらけの彼らだが、特にひどい怪我はないらしい。
ジークはホッとして、急いでカルナックへ帰ることにした。
オズワンらが未踏破領域で採取したものを運ぶため、ここからは車での移動だ。
幸いにも彼らと合流した地点からカルナックまでそう離れてはいない。
陽が沈んだ直後には、ジークたちを乗せた魔導装甲車はカルナックへ到着していた。
湖に浮かんだ要塞都市が、人工的な光を撒き散らしている。
「なんか、一日も経ってないのに久しぶりな気がすんぜ……」
「濃厚な一日でしたわね……」
二人が達観した表情で呟いた。
未踏破領域の話を聞きたいジークだったが、晩御飯の話題にしようと我慢する。
ルージュには影に沈んでもらい、拠点に向かうジークだったが、
「あれ?」
拠点の前には女性が立っていた。
玄関の前にはリリアも居て、二人は仲がよさそうに話している。
リリアがこちらに気付いて、
「ジーク! ちょうど良かった」
「ぁ」
リリアが本当に嬉しそうな顔で、その女を示す。
リリアに似た顔立ち。金髪をなびかせた、彼女はーー
「うむ、久しぶりだな、ジーク」
「オリヴィアさん……?」
ジークに権能武装を教えた師であり、リリアの姉。
異端討滅機構序列百七五位、『戦姫』オリヴィア・ブリュンゲルが、そこに居た。
「オリヴィアさん! 久しぶりですね、どうしてここに?」
「異端討滅機構に呼び出されてな。戦力補充の兼ね合いだ」
「へぇ……! リリアとはもう話したんですか?」
「それが、聞いて下さいよジーク。
お姉さまったら出会い頭にわたしの前で『天使様』って言って跪いたんですよ」
「いや、妹がこんなに立派になっているとは思わず、ついな……」
「ふんっ。本当はわたしに気付かなかったんじゃないですか?」
「そそそ、そんなことはない! 私がお前に気付かない訳ないだろう!」
喧嘩なのかじゃれ合いなのか分からない言い合いを始めた二人。
ジークはオリヴィアの裾をちょいちょいと引いて、オズワンたちを紹介する。
「オリヴィアさん、紹介するね。こちら、僕たちの仲間のオズワンとカレン」
「お初にお目にかかります。リリア様からお噂はかねがね。
名高い『戦姫』に会えて光栄ですわ。これからよろしくお願い申し上げます」
「ありがとう。カレン、だったな。こちらこそよろしく頼む」
「愚弟。あなたも早く挨拶を……愚弟?」
一向に口を開かない弟に、竜人の姉は眉を顰める。
見れば、オズワンはオリヴィアを一心に見つめ、呆けていた。
「……………………………………………………綺麗だ」
「「「は?」」」
呟き、オズワンはオリヴィアに近付いていく。
「今まで見た誰より綺麗だ。惚れた! お前、おれと番になってくれ!」
「「「はぁあああああああああああああああああ?」」」
ジーク、リリア、カレンが驚きの声を上げる中ーー
当のオリヴィアはきょとんと目を丸くしていた。
やがて照れくさそうに耳を赤くし、頬を掻く。
「気持ちは嬉しいが、私たちは初対面だ。残念だが……」
「ぐ……」
オズワンが悔しそうに歯噛みすると、オリヴィアは「ごほん」と咳払い。
「あー、ちなみに、だな。私のどこが気に入ったのだ……?」
「顔!!」
誰もが呆けた一瞬、オリヴィアの額に青筋が浮かび、
「あと胸! 顔が良くて乳がデケェ! おれはお前みたいな女が大好きだ!」
「死ねッ!!」
「が!?」
オズワンの顔面を、オリヴィアの鉄拳が打ち抜いた。
鼻血を撒き散らして吹き飛ぶオズワンに、冷たい視線が突き刺さる。
「恋人を顔で選ぶなど言語同断! しかもあまつさえ胸などと……恥を知れぇ!」
オズワンは勢いよく起き上がり、負けじと叫ぶ返す。
「嫌だ! おれはお前の顔と乳に惚れた! 番になってくれ!」
「誰が貴様のような男を選ぶか!」
オリヴィアが吐き捨てると、女性陣から同意の声が上がる。
「オズ……さすがに今のはないです」
「わたくし、今、この時ほどあなたの姉であることを恥じたことはありませんわ」
(女の敵だね、ほんとに。死ねばいいのに)
オズワンはめげない。
「何が悪い! 男に生まれたからにゃ顔が良くて乳がデけぇ女と番になりたいに決まってんだろ!? なぁジーク! テメェからも何か言ってくれ!」
「…………あはは。ごめん。僕に振らないでくれるかな。どう答えても詰むから」
リリアは胸が大きい方だがアステシアのそれには負けるし、
ルージュは絶壁と同様である。下手に答えようものならジークは今日死ぬ。
「な、ぁ、おれを見捨てるのか……!?」
「うん。この話題が続く限りは見捨てようかな……」
「んだとぉ!?」
「オズ……ちょっと、お話を、しましょうか」
「ひ!?」
ごごご、とカレンの後ろに般若のお面が見える。
頬に汗を滴らせたオズワンは、ようやくおのれの失態に気付いた。
「ま、待て姉貴! おれは姉貴が言ったように自分の心に従っただけで……!」
「欲望に従いすぎですわ、この愚弟ッ!!」
がっこん! とオズワンは殴り飛ばされた。
ぐぉおお、と鼻血を出した男の、痛そうな悲鳴が上がる。
これからお仕置きタイムだ。見えない振りをして、ジークはため息をついた。
「……とりあえず晩御飯にしよっか。積もる話もあるだろうし」
「そうですね」
「ジーク。悪いが、仲間は選んだ方がいいと思うぞ」
「あはは」
尚、この後、オズワンは尻が腫れ上がるまでカレンに叩かれたとかーー。
全くフォローできず、男一人で気まずいジークであった。




