第四話 ヴァルハラの宴
ーー異端討滅機構本部、西区画。
ーー訓練場『ヴァルハラの宴』
迷路のように入り組んだ回廊を進んだ一角に、ジークたちは来ていた。
目の前には重厚な扉があり、存在感を放っている。
「ここ、だよね……」
「そうですね。開けましょうか」
「うん」
扉を押すと、ごう、と音を当てて扉が動き始める。
ただの扉にしてはかなり重く、ジークは少しだけ陽力を解放する。
途端にすんなり開いた扉の向こうから、ぶわッ!と熱気が噴き出してきた。
「わっ」
『ーーーーーーーーーーッ!』
剣戟の音が響き渡っている。
部屋のあちこちで葬送官たちが武器を合わせ、稽古に励んでいた。
否、これは稽古というより、もはや戦いだ。
『死ねクソアマがぁああああああああ!!』
不穏な掛け声を飛ばし、葬送官が仲間に斬りかかる。
血しぶきを上げる仲間の屍を超え、葬送官はさらなる闘争へ飛び込んだ。
「す、すごいですね……」
「うん。何がすごいって……」
ジークは部屋中を見回し、確信を得る。
「ここの人たち……全員女の人だ」
そう、殺し合いじみた稽古をする者の中に男はいないのだ。
どこをどう見ても、女、女、女、女、女、女、女、女、女、女。
ジークは自分一人だけ別世界に迷い込んだような気分だった。
「よぉっ! 来たな、新人ッ!」
と、そんなジークに気付いて、一人の女性が近づいてきた。
筋骨隆々の引き締まった体躯、豊満な胸は脂肪か筋肉か。
褐色の肌をした女は、ニィ、と獣じみた笑みを浮かべ、
「目を開けて会うのは初めてだな!」
「その声……もしかして、」
「おうとも!」
女は力強く胸を叩いた。
「あたいが七聖将第三席!『華麗なる王鬼』イチカ・グランデだ! よろしくな!」
「あ、はい。よろしくお願いします。あ、こちらは僕の恋人で……」
「特別審問官リリア・ローリンズです。よろしくお願いします」
「へぇ?」
女ーーイチカは片目を瞑って、
「なるほど。あんたが熾天使のリリアか……どれどれ」
そう言って、イチカは無造作にリリアの胸に手を伸ばした。
もにゅん、と音がするほど、豊かに実った果実を揉みしだく。
もみもみ、もみもみと、その動作には遠慮がない。
「ほほー。これは良い胸だ。けど筋肉が足りねぇな。もうちっと……」
「~~~~~~~~~~!」
リリアが顔を真っ赤にした瞬間だ。
「おい」
雷が奔り、イチカは飛び退いた。
ゾク、とその場にいた全員が振り向くほどの殺気が走る!
魔剣を振り抜いたジークは、冗談のかけらも感じさせない声で。
「リリアに何してるのかな……何のつもり、かな」
ゆらりと、ジークは首をかしげる。
「冗談のつもりなら、ぶっ飛ばすけど?」
「ははッ! もう抜いてんじゃねぇか! 早すぎる男は嫌われるぜ、新人?」
「ジーク! 待ってください。わたしは大丈夫ですから。ね? ね?」
容赦のない殺気を振りまくジークをリリアは慌てて宥めに掛かる。
ジークはしばらくイチカを睨んでいたが、やがて殺気を霧散させた。
途端、張りつめていた緊張がふっと弛緩する。
リリアはホっと息をついて、
「もう。わたしの為に怒ってくれるのは嬉しいですけど、もめ事はダメですよ」
「だって……」
「だっても何もありませんっ」
「はは! メスを守るのはオスの本能だからな、しょうがねぇよ!」
殺気を向けられたというのに、イチカはけろりとした顔だ。
敵意がなかったのは分かるが、それにしてもやっていい事と悪い事がある。
「何のつもりだったんですか?」
「はん? 可愛い女を見たら胸を揉むのは挨拶だろ?」
「ただの変態ですよ!?」
「変態で結構! あたいは可愛い女が大好きだ!!」
「開き直った!?」
いっそ清々しいほどの主張だ。
同性をこよなく愛すると明言する彼女にジークは額を抑えた。
(いや、まぁこういう人が居るのは知っているけれど。まさか第三席がそうとは……)
「ーーそれで部隊全員が女の人なんですか?」
リリアが訊くと、イチカは腕を組んだ。
「あぁ、そういう話を聞きたいんだっけ。おい、訓練を続けろ!」
『ハッ!』
ジークたちのやり取りに興味津々だった女葬送官たちは慌てたように稽古に戻る。
再び鳴り響く闘争の声を聞きながら、イチカは言った。
「とりあえずさっきの質問に答えると、だ」
「はい」
「あたいの部隊が女ばかりなのは、まぁあたいが女好きだからってのもあるが……あたいの加護と相性が良いからってのが一番だな」
「イチカさんの加護って?」
「地母神ラークエスタ様だ。『美の抱擁』って加護でな。絆を結んだ相手が大地に居れば居るほど、あたいと仲間は龍脈の力を借りて強化される。ぶっちゃけ一人じゃあんまり効果がない。だからあたいにとって部隊ってのは、家族であり友であり半身に等しい。だから好きな奴だけで組んでる」
「変わった加護ですね……」
地母神ラークエスタは時に美の女神と崇められる存在だ。
となれば大地を操作するだけじゃなく、独特な加護があってもおかしくはない。
最も、部隊の全員が女性なのは完全にイチカの趣味だろうが。
「んー……どういう基準で部下を選んだんですか?」
「顔」
「えぇー……」
イチカは笑って、
「と、言いたいところだが、まぁそこは相性っつーか……知りたいか?」
「そりゃあ、はい。そのために来たんですし」
「おっけー。教えてやるよ。但し、」
ブゥンッ! とジークの髪が散る。
重厚な造りの戦斧を振り回したイチカは、にやりと口元を歪めた。
「あたいに勝ったらな。部隊作りの秘密をそうそう教えるかよ」
「ちょっと待ってください、第三席。わたしたちは……」
「いいですよ、やりましょうか」
「ジーク!?」
「僕、リリアの胸を触ったこと、まだ許してないんだよね」
女好きなのは分かる。別にそれは良い。
個人的な趣味に口を出すつもりはないが、
「リリアは僕の大切な人なんだ。例えイチカさんでも無闇に触るのは許さないですから」
「いいね。なよっちい身体だと思っちゃいたが、ちゃんとオスしてんじゃねぇか!」
「もう……怪我しないでくださいよ!」
公衆の面前で恥ずかしい事を言ったジークにリリアは口元をひきつらせる。
本当は止めなければいけない立場なのに、彼の言葉が嬉しいのが悪い。
(ジークがわたしの為に……えへへ。夕食は好物のハンバーグを作ってあげなきゃ)
もにょもにょと、口元がにやけるのを抑えるのに必死なリリアである。
そんな彼女をよそに、イチカは指を三つ立てる。
「おし、新人。勝負の前に条件設定だ」
「条件……?」
「一つ、加護の使用は一切ナシ。お前、四つも持ってるんだって? 全部ナシな。あたいらが本気でやり合えばこの街消し飛ぶし、さすがに不味い。二つ、使徒化はナシ。当たり前だな。三つ、どちらかが「まいった」というまで続ける。手足を切り落とすのも、後が大変だからナシ。あれ? 四つか。まぁいい。こんな感じでどうだ」
「いいですよ。どうせ僕が勝ちますし」
イチカはきょとん。と目を丸くする。
直後、腹を抱えて笑った。
「はッ、はっははははははははッ! 言うじゃねぇか新人! そんじゃまぁ、」
「はい」
開戦の合図はなかった。
膝に力を溜め、二人の七聖将は同時に地面を蹴った。
「「ぶっ飛ばすッ!!」」
彼我の距離を瞬く間に殺す両者。
コンマゼロ秒に満たない視線の交錯が、両者に天啓じみた理解をもたらす。
(コイツ……やっぱり、)
(この人……変態だけど、)
((強い!))
一目で同じ印象を抱く七聖将。しかも互いに武闘派だ。
神々の天敵であるジークと、集団戦において多大な力を発揮するイチカ。
加護を使わない模擬戦とはいえ、両者の一合は部屋中に響き渡った。
ーー……ガキィインっ!!
耳障りな音を立てながら、斧の淵に剣を滑らせたジークは懐に入り込む。
流れるような動作。イチカは回避の挙動。左へ避ける、違う。
攻める気だ。
「……っ」
魔剣の切っ先がイチカの肌に赤い線を作る。皮膚一枚。浅すぎる。
頭の上に避けたはずの戦斧が大気を薙ぎ払う。
豪風がジークを吹き飛ばした。
「ぐ……っ」
(この人、怪我が怖くないの……!?)
剣四つ分の間合いを取りながらジークは戦慄する。
今、少しでもイチカが足を下げていれば既に決着はついていた。
なのにイチカはわざと斬られるように踏み込み、戦斧を振り切ったのだ。
(しかも重い。あの斧、何キロあるのさ……!)
「やるじゃねぇか新人。加護なしでもヤレんだな」
イチカの声は愉快そうだ。
「でもまだまだ、小手調べだぜ?」
イチカは引き締まった体躯とは裏腹の、軽い跳躍を見せた。
くるくると戦斧が宙を舞い、踊るようにイチカの腕が振り下ろされる。
「もっともっと、楽しんでいこうぜ、なぁッ!」
轟音。土煙。床を抉った礫が飛び散った。
加護じゃない。ただの暴力だ。だからこそ礫は使い手次第で武器となる。
「……っ!」
煙を裂いて飛来した礫をジークは難なく対処する。
一投目、避けた、二投目、弾く、三投目、フェイクだ。狙いは、
「後ろッ!」
魔剣の一閃が戦斧を直撃し、イチカは瞠目する。
重量差のある武器。しかもジークは片手だ。陽力強化だけで戦斧に抗うこの膂力。
しかも、完全に目は塞いでいたはず。
「お前、後ろに目でもついてんのか!?」
「付いているわけじゃないじゃないですか、お化けじゃあるまいし!」
「いーや、絶対付いてるね! しかもなんだよそれ、あたいの武器をそんな一本で受け止めるなんざ」
「誰が一本だって?」
「…………っ!」
反撃開始。懐に潜ませていたもう一本を抜き放つ。
ジークの武器は片手剣ではない。双剣だ。
例え重量はなくとも速度と手数では圧倒的なアドバンテージを持つ武器。
鍛え上げた体術に奇襲を加えれば、第三席と言えど避けられる道理はない。
鮮血が迸った。
「ぁー……やべぇな」
イチカは胸に走った赤い直線を見て、恍惚とした表情を浮かべた。
「うひひ。こんなんやられたらよぉ……興奮しちまうだろうが……なぁ?」
プシュッ! と音が響いた。
ジークはおのれの頬に手を当てる。血が出ていた。
戦斧が交錯した一瞬に、衝撃の余波をぶつけていたのか。
「その斧……やっぱり普通じゃないですよね」
「おう。トリス特製の魔導武器だぜ。卑怯なんざ言わねぇな? そっちの剣も大概だろ」
「言うつもりもないですよ。そんな事より、」
「あぁそうだな。やっぱお前もオスだわ。意地でも決めなきゃ終われねぇよな?」
飢えた獣のようにイチカは嗤った。
「どちらが上かってやつを、さぁッ!!」
「……フっ!!」
もはや言葉はなく、戦斧と双剣は甲高い音を響かせる。
右、左、下、上、時には天井。直径五百メートルの訓練場は二人にとって狭すぎる。
残像を交えながら怒涛の戦いを繰り広げる二人に、その場の誰もが魅入っていた。
「イチカ様と渡り合ってる……第七席。戦場で見たけど」
「やっぱりすごい……すごすぎるわね。あれで加護ナシっていうんだから」
ほう、と女葬送官の一人が息を吐いた。
「…………なんて、美しい剣舞」
その音色は澄んだ鐘の音だった。
双剣と斧。二つの異なる重さが奏でる美しい二重奏。
二人の剣が響くたび、葬送官たちは次々と武器を下ろし、達人同士の戦いを見る。
どれだけ金を積んでも、このような光景は見られないだろう。
葬送官にとって七聖将の稽古を見学することはこの上ない訓練となる。
(さすがはジークですね。それについて来られる第三席も大概ですが……)
一方のリリアは二人の戦いをじっと観察していた。
葬送官たちのように見稽古とするわけではなく、本当の意味での観察だ。
ジークは孤高の暴虐戦を経て陽力操作、体術、武術、全てが昇華している。
問題は、だ。
(第三席は七聖将の中でも中立派。ラナ様は元老院派なので要注意ですが第三席はどっちつかず。もしもジークを害するようであれば、どのように戦えばいいか……あの加護の説明が本当かどうかも確かめないといけませんね。カレンにも見てもらいたいところです)
この場でただ一人、リリアだけが別の戦いに思いを馳せている。
決して悟られてはいけない内心を押し隠し、二人の決着をじっと見守るが、
(ていうか、なんか激しくなってません!?)
「は、ははははははははッ! 楽しいな、楽しいなぁ新人!」
「笑う余裕なんてあるんですか、この女たらし!」
ガキン、ガキン、と刃を交えるたび、鮮血が迸る。
頬に、腕に、膝に、肩に、いたる所に傷が増えていた。
もはや稽古の域を超えている。
「と、止めなくていいんですか!?」
思わずリリアが問いかけると、女葬送官たちは顔を見合わせてため息をついた。
「イチカ様がああなると……」
「誰にも止められないから、無理」
「えぇ……」
リリアとて自分で止めたいのだが、二人の動きは早すぎる。
見慣れたジークの動きを予測するならまだしも、イチカの動きは予測不可能。
下手に水を差してジークが怪我をする事になれば本末転倒だ。
「ひひッ、あっはははははははは!」
「フ……っ!」
衝撃の余波が離れているこちらにも伝わってくる。
戦塵と共に流れてきた礫の一つが、リリアの頬を浅く裂いた。
「もうっ、ジーク、イチカ様、そろそろやめてーー!」
「まだダメッ! この人、全然反省してないんだから!」
「こんな楽しい所でやめられっかよ! あたしが勝ったらもっと揉ませろぉ!」
「……ぶっ殺すッ!!」
「ははっ! やってみろ!!」
リリアは唇を結んだ。
彼が自分の為に怒ってくれるのは嬉しいが、それにも限度がある。
こうなれば、この部屋全体を凍らせて強制的に止めるしかーー
その瞬間、二人の間に影が飛び込んだ。
鈍い音を立て、剣と斧が影の腕に止められる。
「--何してんだこの馬鹿どもッ!」
緑色の短髪を揺らす、貫頭衣を着た男。
七聖将第四席シェン・ユである。
ギリギリと、籠手で剣と斧を受け止める彼に二人は叫んだ。
「退いて下さいシェン先輩、その女、一回ぶっ飛ばさないと気が済みません!」
「そうだ、退けよシェン! こんないい所でやめられっかよ!」
「お前らなぁ……」
シェンは呆れ交じりに溜息を吐き、
「おいイチカ。姫様に言いつけるぞ」
「な」
「ジーク。お前、こんな事してる場合か? シンケライザ葬送官が泣いてんぞ」
「う」
「分かったら……」
呟き、シェンは腕を離した。
その途端、支えを失った二人はバランスを崩し、
「さっさとやめろ、アホ二人!」
「わ!?」
「ぐぉ」
跳躍と同時に回転蹴りが繰り出された。
目にも止まらぬあ速さの攻撃に、ジークとイチカは共に吹き飛ばされる。
地面に転がった二人を見て、シェンは深くため息をついた。
「ジークがイチカんとこ行くって聞いて、なーんか嫌な予感がしたんだよな。一応来ておいて正解だったぜ」
「……せっかくいいところだったのによぉ。あんたが相手シテくれんのか、シェン?」
「しねぇよ馬鹿。本気で姫様にいいつけんぞ」
「……ちぇ」
イチカはふてくされたように唇を尖らせる。
そのまま怒られればいいのに、と思いつつ、ジークは口を開いた。
「それで、部隊作りのコツなんですけど。シェンさんが教えてくれるんですか?」
「コツぅ? なんだ、そんな話してたのか」
「はい。勝負すれば教えてくれるって」
「よし。姫様に報告をーー」
「待て待て! コツならもう教えたから! あたい、ケツ叩かれんのはもうやだよ!」
「え、別に教えてもらってませんけど」
「教えただろうが、その身体に!」
ぱちぱち、とジークは目を瞬いた。
「もしかして、部隊に誘う全員と勝負したんですか?」
「あぁそうだよ、悪ぃかよ」
「悪いっていうか……」
ジークはリリアと顔を見合わせる。
「なんていうか、お馬鹿なんですね、イチカ様って」
「はぁ!?」
「馬鹿っていうか、ただの脳筋の変態じゃないかなぁ……」
「よぉし分かった! おいジーク、そこで待ってろ。今からあたいが……」
「イチカ?」
「ぐ……」
イチカは踏みとどまり、咳払い。
「まあお察しの通りだ。あたいは全員と戦ってぶちのめした。
それが一番分かりあえっからな。後は……そうだな」
ニヤリと笑って『華麗なる王鬼』は笑う。
「ベッドに連れ込んで確認とかな。お前が望むならあたいがコツを教えてもーー」
「だ、ダメ、ダメダメですよジーク! さすがにそれは許しません!」
「言われなくてもやらないよ。僕がそういう事するのリリアだけだよ」
「ば、ぁ、もうッ、こんなとこで恥ずかしいこと言わないでください!」
リリアは顔を真っ赤にして怒った。
最も、死んだ後はアステシアともすることになるかもしれないが、それはそれである。
大体、自分は大勢の人と関係を持てるほど器用ではないのだ。
(アステシア様との話し合いの夜も、リリア、すごかったし……)
あの日の夜を思い出してジークは身震いする。
意外と嫉妬深いところもあるしそこが可愛いのだが……。
普段が温厚なだけに、怒らせると洒落にならない。本当に。
「あ、リリア、怪我……」
不意に、ジークはリリアの頬に流れる血に気付いた。
リリアは、
「あぁ、これ。ちょっと余波に当てられちゃったみたいです」
そう言って、すぐに治癒を始める。
恋人の頬から流れる血を見て、ジークはごくりと息を呑んだ。
「……ぁ」
一歩、二歩と近づくにつれ、耐えがたい衝動が沸き上がる。
甘くかぐわしい香り。芳醇な果実の誘惑が彼を誘っているかのようでーー
「ジーク?」
ハッ、とジークは顔を上げた。
既に治癒を終えたリリアがこてりと首を傾げていた。
「どうかしたんですか?」
「な、なんでもない。それよりすごいねリリア。治癒術、もう完璧じゃない?」
「そんなことありませんよ。本職の人に比べればまだまだです」
「充分だよ。あー、僕も腕が痛くなって来たなー治してもらおっかなー」
「ふふ。ジークの傷ならいくらでも治しますよ。ほら、肩貸してください」
「あ、じゃあお願いしようかな」
(こらぁ! ちょーっと大人しくしてたらすぐそんなことするんだから!)
突如ルージュの声が頭に響き、二人は顔を見合わせた。
(公衆の面前でいちゃいちゃしないでよ! もう! あたしも混ぜてよ!)
いつも通りの妹の発言に二人は笑う。
「おし、ジーク。次は俺っちんとこ見ていくか」
「はい! お願いします」
第三席や鍛錬中の葬送官に挨拶をしてから、二人は手を繋いでその場を後にする。
黄金色に染まりゆく夕焼けを見ながら、ジークは内心でため息を押し殺した。
(さっき……何を考えていたんだ、僕は)
きっと気のせいだ。
そうに決まっている。
怪我をした恋人を見て思うことじゃ絶対にない。
ーー彼女の血が、美味しそうだなんて。