第二十六話 全知の覇者
神聖な風が、戦場を駆け抜けていく。
暖かい魔力の波動に触れた悪魔たちは音もなく葬魂された。
黒い波のように蠢いていた悪魔たちが一瞬で消え、葬送官がざわめく。
「な。なんだ!?」
「おい見ろ、あそこだ!」
その風の発生源は、言うまでもなく一人の男。
英雄ジーク・トニトルスに、戦場中の視線が集中する。
「アレは……」
死徒と戦っていたシェンは、後輩の変化に気づく。
「ついにやるってのか、ジーク」
「ちょっとシェン! まさかアレって」
「あぁ。使徒化だ。アイツ、本気でやり合うつもりだ」
「嘘でしょ。修業の話は聞いたけど、もう習得したっての……!?」
ラナは驚愕に目を見開き、ジークに振り返った。
七聖将になった者たちに与えられる最初の試練が『使徒化』だ。
人類を超越した現人神の領域に至るため、新米七聖将は死に物狂いで修業する。
だが、天才と呼ばれてきたラナでさえ、使徒化の習得には十年の時を要した。
神と絆を深めるのに五年。
そこから神の力を受け入れ、魂を変質させるのに苦労したものだ。
それなのに、彼はたった一週間でーー
「……それが半魔の力ってわけ。でも、使徒化で暴虐に勝てるかはーー」
「いや」
シェンは頬を緩めた。
「アイツがあの状態になった以上、勝ちは確定だ」
「は? 何を言ってーー」
『ね、ねぇ。ウチの見間違いかな? ちょっとおかしい数字が出てるんだけどぉ~』
「トリス?」
通信機から聞こえた声は切迫した響きを帯びていた。
「どうした、何があった?」
『嫉妬』の攻撃をいなしながらアレクが問う。
クイ、と眼鏡を上げた智将の言葉に、トリスは答えた。
『シンクロ率、八十パーセント』
「「「は?」」」
『ジークちゃんの使徒化だよ。あの子のシンクロ率、八割を超えてる! 歴代七聖将の中でもトップクラス……ううん、類を見ないほどズバ抜けてるんだけど!』
「「「!?」」」」
驚愕しているのは四人だけではない。
「……ちょっと嫌な予感がするのだけど。どうしようかしら」
『憤怒』の大罪死徒リィン・リネットは戦慄と共に呟いた。
襲い来る武器の攻撃をいなしながら、彼女は額に汗を浮かべる。
「あんなの、七聖将どころじゃない……アレは……」
「ははッ! 今度の後輩はずいぶん元気がいいなッ、あたいは嬉しいぞ!」
「……っ!」
豪風を纏いながら振りぬかれる大斧を避けたリィン・リネット。
同時に魔眼を発動させ、第一席の攻撃をいなしながら後ろへ飛び下がる。
「……未だかつて叡智の女神の加護持ちが七聖将になったことも、使徒化した記録もありません。そして終末戦争の折、叡智の女神は最後まで前線で戦わず、後方で支援に徹していたと聞きます」
第一席は冷静に戦況を分析し、僅かに口角を上げた。
「全知の力を持つと言われる女神が力を振るえば……一体、どうなるのでしょうね」
ジークの全身から白いオーラが噴き出し、天界と地上を繋ぐ架け橋となる。
その神聖さ、その陽力の質は、彼らが良く知る者達と同質だ。
シンクロ率八十パーセントを超える神との同調。
ーーそれはもはや、神の現界だった。
◆
「カカッ! おいおいマジかよ」
白い光がジークを包み込んでいる。
その領域に一歩でも踏み込めば、自分と言えどタダでは済まない。
そう思わせる神聖さが彼にはあって、ルプスは手を出せないでいた。
やがて彼の身体が、瞳以外も変化を始める。
黒一色だった葬送官の制服は黒と白の民族衣装へ変わり、
肩にはシルバーの装飾、腰には短剣を携え、ショルダーには本が収められている。
服装だけではない。
ジークの背は一回り高く、足や腕はしなやかに伸びている。
顔立ちはより中性的になり、男とも女ともとれる容姿だ。
その雰囲気は、人類とも半魔とも違う、神のそれ。
変化が終わると同時に、白い光は燐光のように彼に纏わりついた。
『ふぅ……』
赤と青の双眸が、ギン、と煌めく。
『ルプス・トニトルス。お前をこれで終わらせる』
「叡智の女神との同調かよ。カカッ! どうやって口説き落としやがった!?」
『答えるつもりはないよ』
言いながら、彼であり彼女は両手を握り、身体の調子を確かめた。
(良い感じね、ジーク)
(アステシア様)
心の中で意識を重ね合う二人は会話する。
叡智の女神は悪戯が成功した子供のように、
(まさか私の意識まで引っ張るとは思わなかったけど)
(う……それ前にも聞きましたけど、やっぱり変なんですか?)
(まぁね。基本的に使徒化は神の力……その情報のみを降ろして現人神化するのよ。だから意識は七聖将のままだし、神の意識はない。けれど、あなたは私と深くつながり、私の意識まで降ろしてしまった。それが良いコトかどうかはさておき、珍しくはあるでしょう。というか私でさえ見たことがないわ。素晴らしいわねッ)
徐々に口調が興奮を帯びるいつもの女神にジークは苦笑した。
(ごめんなさい、アステシア様。出来れば使わずに終わらせたかった)
(元より使わずに済む相手じゃないわ。仕方ないわよ)
それより、と彼女は言った。
(あなたと戦えることが嬉しい)
(……)
(あなたの成長を見守るのも、戦いを見るのも好きだけど、そばに居るのも好きよ)
(……アステシア様、それ、絶対人には言わないでくださいね)
(? 言うわけないじゃない。私が寄り添うのはジークだけよ?)
(~~~~~~っ)
ジークは内心で羞恥に悶えた。
心と心が重なる今、二人の気持ち、考えたことはダイレクトに伝わる。
それでも二人が言葉にしているのは、あくまで彼らが独立した個であることを忘れないためだ。
けれど、言葉にする分、そこに込められた想いは鮮烈に心に焼き付いて。
(は、恥ずかしい……何もかも丸裸じゃないですかっ)
(今さら何を言ってるの。私はもう覚悟を決めたのよ)
(何の覚悟ですか!?)
(あなたと共に在る覚悟よ)
なんて恥ずかしいことを言うのだ、この女神は。
そんな事を思う眷属に女神はくすりと微笑み、(といっても)と声色を変える。
(実戦で初めての使徒化よ。長くは続かないわ。分かってるわね?)
(はい。短期決戦ですね)
(そうよ)
((じゃあ))
互いの思考をリンクさせ、彼であり彼女は前を向く。
『決着をつけよう』
「カカッ! まさか使徒化まで習得してやがるとは思わなかったが」
凄惨に、陰惨に、ルプスは嗤う。
「神になった程度で、俺様に勝てるつもりかよ?」
一瞬にも満たない刹那に、ルプスは後ろに回り込んでいた。
ゼレオティールの力をもってしても追いつけない、絶死の速力。
もはや地球上最速となった生物の拳は、ジークの頭を容赦なく殴り潰す。
ーー……ぶしゃぁあ!
鮮血が弾けた。
「…………ぁ?」
ルプスは怪訝そうに眉を顰める。
それもそのはず。殴り潰したはずのジークは健在で。
自分の拳が、木っ端みじんに斬り裂かれていたのだ。
剣を振り抜いたジークが、目の前に立っている。
『その未来は見えていた』
「……カッ! ならこれはどうよッ!」
ルプスは目にも止まらない速さで動いた。
右に、左に、上に、下に、残像で分身が出来るほどの動き。
フェイントを織り交ぜた動きは魔眼であっても捉えきれない。
魔眼に映る未来は無数に分裂し、情報の渦となって意味を為さず、
だからこそ、ルプスの蹴りはジークの胴を捉えるはずだった。
ーー先ほどまでなら、そうなっていただろう。
『世界よ、識れ』
刹那、ジークの視界が黒く染まり、無数に輝く点が現れた。
それは現在から無数に分岐する未来。ジークはそのうちの一つを選び取る。
あらゆる可能性の未来は消滅し、現在に索引、反映する。
無造作に振りかぶった剣は、ルプスの足を斬り落とした。
「……………………ッ」
(なんで)
鮮血が噴き出す自分の足を見ながら、ルプスは眉をしかめた。
本来は抱くはずのない違和感。
だが、世界最強の判断力はおのれにすら疑いを向ける。
(なんで俺様は蹴りを選んだ。遠距離からぶっ放せばいいだろうが)
それは一瞬の迷い、一瞬の思考。
迷いや思考とはすなわち、未来の揺らぎを意味する。
「まさか……!」
何が起きたのか。
全てを理解したルプスは戦いが始まって以来、初めて戦慄した。
(あの野郎……俺様の意思を無理やり決めやがった!)
叡智の女神の権能武装『超越者の魔眼』の常時展開だ。
ジークは攻撃の瞬間に存在するあらゆる未来を一つに絞り、確定。
ルプスの速度に合わせてカウンターを仕掛けたのである。
本来、たった一回未来を確定するだけで莫大な陽力を消耗する荒業。
使徒化したことで常時展開が可能となったジークの攻撃を避ける事は、実質不可能。
「ざけんなッ、俺様を誰だと思ってやがるッ!」
ルプスは吠えた。
「未来を変える事が出来ねぇなら、変わりようが無くなればいい話だろうがッ!」
分かっていても避けられない、防ぎきれない。
そんな攻撃を繰り出せば、叡智の力は破れるはずだ。
むしろそれだけが、使徒化したジークを倒せる唯一の突破口!
(出力、最大だ……!)
「『滅亡の雷鳴』!」
世界を真っ白に染めるほどの嵐が、一直線に向かってきた。
それは先ほど山を消した雷の五倍の威力。当たれば国が消し飛ぶだろう。
今、使徒化したジークに天威の加護は使えない。
雷で相殺することも出来ず、また、雷の速度で避ける事も出来ない。
それでもジークは動かない。
動く必要がない。
『世界よ、歌え』
次の瞬間、空に立ち込めていた暗雲が轟き、
自然界の稲妻が、ルプスの雷に直撃した。
だが、天災以上の威力を持つ雷だ。稲妻は直撃した瞬間に消える。
「馬鹿が、俺様の全力はそんなもん」
『一発だけならそうかもしれないけど』
嘲笑を受けても、彼であり彼女は動かない。
ただおのれが視る全てを世界に押し付ける。
『千発くらい落ちたら、さすがに効くよね?』
「!?」
ーー……バシィィィィイイイイ!!
ルプスの雷に落ちる、稲妻の雨。
一億ボルトを超える光の連続は、ルプスの雷を相殺する。
否。相殺どころではない。
次の瞬間、ガルパール平原の空に広がる暗雲が轟きーー
「な」
暗雲内に渦巻く電子粒子が、稲妻の雨となって降り注いだ!
視界が真っ白に染まるほどの、千を超える光が宙を奔る。
「……マジかよ、おい」
ただでさえ連続して稲妻が落ちる確率は限りなく低い。
ましてや、数十キロに渡って広がる全ての暗雲から稲妻が落ちるなどもってのほか。
しかし、例えそれが天文学的な確率であっても、そこに可能性があるなら。
無限世界を超越する今のジークに、不可能はない。
『天の怒りを喰らうといいよ』
「……!」
さすがに呆然としたのか、ルプスの回避が一瞬だけ遅れた。
とはいえ、ありえない速さで動くルプスだ。
自然界の雷を避ける事など容易い事である。
例え連続で雷が落ちたとしてもバラバラに落ちれば意味はない。
ガルパールの大地が全てを受け止めるだろう。
本来ならば。
『アルトノヴァ』
魔剣アルトノヴァは主人の意に応え、無数の槍に分裂する。
分裂した槍は雷を誘導する避雷針代わりとなり、敵を追尾。
剣に誘導された雷は、空中で曲がりくねってルプスに直撃した!
「が……ッ!」
一億ボルトを超える稲妻の連続だ。
ルプスの身体は分子レベルで崩壊し、塵と化した身体はすぐに再生を始める。
並の死徒ならば葬魂されて当然の威力なのだが……。
それでも生きているのは流石ルプスといったところか。
だが、
『まだだ』
塵と化した身体に、遅れてきた稲妻が追い打ちをかける。
落雷に誘引された雨が、ルプスの残滓に降り注いだ。
直撃のたびに一瞬で再生を繰り返すルプスだが、その一瞬はあまりに遅すぎる。
(今よ。ここが)
(勝機!)
女神と眷属は意思を重ね、ジークは剣を構える。
無造作に振るわれた飛ぶ斬撃は、再生中のルプスを切り裂き続けた。
「が、ぁ、ッ!?」
(再生が追いつかない……ッ! なんでだ……!?)
ジークが振るっているのは剣だけではない。
彼であり彼女は、自然界そのものを味方につけている。
最初に足を斬り落とした時、ジークは同時に暗雲に陽力を飛ばしていたのだ。
類を見ないほど深く神と同調したジークの陽力は、悪魔にとって毒そのもの。
陽力が沁み込んだ暗雲は、戦場全ての悪魔を怯ませる聖水の雨を降らせる。
ルプスの再生が追いつかないのは、再生途中の身体がその雨を浴びたからだ。
『これで終わりだ』
ジークが足を踏み出した瞬間だった。
「オルガ・クウェン様の仇! 死ねぇええええええ!」
戦場から飛び出してきた特級悪魔の一体が、ジークに飛び掛かってきた。
ジークは冷たく一瞥し、足元の小石を蹴り上げる。
それだけで、特級悪魔の頭は爆砕し、天に葬魂された。
「……馬鹿な」
ルプスの援護をしようとしていたのだろう。
悪魔の小隊はジークの所業に目を剥いていた。
「こんなの、どうやって」
『邪魔』
直後、偶然大地が崩落し、悪魔の小隊をーー
その背後にいる十万体以上の悪魔を亀裂の底へ呑みこんだ。
落ちていく先は海岸線の下にある洞窟だ。
どん、どん、と悪魔が落ちるたび、陽力の波動が悪魔を葬魂していく。
エルダーの大隊長は戦慄と共に呟いた。
「無敵、すぎる……!」
(いいえ。決して無敵の力じゃないわ)
口には出さず、アステシアは内心で応えた。
(……アステシア様)
(よく覚えておきなさい。ジーク。私の力は悪魔や神霊にこそ効くけれど、
神本体に効果はない。神の未来は見えないのよ。だからシェン・ユが使徒化した時も未来が見えなかった)
(はい。でも、逆を言うなら)
(えぇ、そうね)
アステシアはくすりと微笑み、眼下の悪魔たちを見やる。
大地の亀裂に呑み込まれていく悪魔たちに、なすすべはない。
(神以外なら、この力は有効よ。例えそれがーー)
「よそ見してんじゃねぇよクソガキッ! 俺様はまだ生きてんぞ!?」
(世界最強であろうともね)
再生を中断したルプスが、拳を振り抜いた。
ジークは頭を下げて、何もない空中に拳を振り抜く。
次の瞬間、豪風がルプスの身体を叩きつけ、神速で動く身体が拳一つ分ズレた。
直撃。
「がは……っ!」
血反吐を吐くルプス。
追撃しようとしたジークから距離を取り、ルプスは攻撃のタイミングを計る。
無駄だ。
どのタイミング、どの攻撃を加えても、防がれる未来が分かってしまう。
世界の未来を決められる相手に、どうやって戦えばいい?
『トニトルス流双剣術・異型』
泰然と構えたジークの内側から神秘のオーラが溢れ、剣に纏わりつく。
ルプスは本能的に腕をクロスし、防御に徹したが、
『滅尽』
ジークの攻撃は止まらない。止められない。
首、肩、膝、肘、足、手、避ける暇のない連続攻撃。
攻撃を受けるたびに魔力を吸収され、再生に必要な力が減っていく。
「この、」
ルプスは雷で全てを焼き尽くそうとするが、
魔剣アルトノヴァは使い手の成長に合わせて強くなる覇魔の剣だ。
アステシアと同調し、現人神となった今のジークは、ルプスと存在の格が違う。
「くそ、がぁああああああああああああ」
魔剣はルプスの雷を喰らい尽くし、彼の全身をバラバラに斬り裂いた!
数えきれないほど致命傷を受け、ルプスの魔力は限界だ。
ジークは地面を蹴り上げ、距離を詰める。
『これで本当にーー終わりだッ!』
誰しもが悟る、決着の瞬間。
この時、戦場中の全ての視線が二人の戦いに集まっていた。
「いけ」
誰かが呟き、戦場という水辺を波打たせる。
リリアが、ルージュが、オズワンが、カレンが、テレサが。
ルナマリアが、七聖将が、誰もがジークを想い、「いけ」と。
やがて波紋は大きな波となり、怒号がジークの背中を後押しする。
「「「いっけぇえええええええええええええええ!!」」」
ジークの剣が、ルプスの首に吸い寄せられていく。
世界最強、リヴァイアサンをも従える彼は、息子に討たれーー
否、だ。
(……っ、ジーク!)
アステシアの悲鳴と同時に、使徒化が解けた。
ジークの服も瞳も身体も元に戻り、使徒化の反動が彼に襲い掛かる。
脳髄が直接揺さぶられるような痛みが頭に響き、汚泥のような倦怠感が全身にまとわりつく。
(こんな、時に……!)
いや、まだだ。
ルプスが避けるまであとゼロコンマ一秒。
それだけであれば、ルプスの首を狩るには充分すぎる。
「ーーフッ!」
この首を狩れば、もはやルプスに祈祷に耐える魔力は残っていない。
攻撃せずとも祈祷を口にするだけで、世界最強は倒れるのだ。
ーーその筈、なのに。
「……………………………………っ!」
その瞬間、ジークの脳裏に巡る、父との思い出の数々。
『さっさと強くなりやがれ。オメェ、俺様のガキだろうが』
厳しい稽古のあとにタオルを持ってきてくれたこと。
『カカッ! おいおい、オメェ糞まみれじゃねぇか! カカカカ!』
魔獣から助けてもらったこと。一緒に魔獣の糞を踏んで笑い合った事。
『俺様は世界最強だ。オメェもそうなれよ』
焚火を囲み、母と一緒に頭を撫でてくれた優しい手。
悪魔になる前の父の行動が、伝わってきた想いが。
戦いの直前に見せた笑みが。
ジークの剣を決定的に鈍らせ、首を狩ろうとする腕を弱めた。
それが勝敗を分けた。
「……ッチ。やっぱりこうなるかよ」
ほんの一瞬。瞬き以下の出来事。
だが、使徒化が解かれたジークを御するには、充分すぎる時間だ。
「ぁ」
ジークの剣は容赦なく弾かれ、
豪風を纏ったルプスの拳が、ジークの腹に吸い込まれていく。
「言ったはずだぜ、クソガキ。相手から一瞬たりとも目を離すなって」
「……っ」
「オメェは今の俺様から目を離した。それが敗因だ」
だから、死ぬんだよと。
ルプスの拳が腹に触れる瞬間、彼はそう呟いて。
「ーー全く。あんたはいつまで経っても甘いねぇ」
声が、響いた。
「え……?」
愕然と、ジークは目を見開いた。
腹に痛みはない、弾かれた剣もこの手にあり、ルプスは目の前にいる。
ただ自分と相手の間に、家族の背中があるだけで。
「ごふ……ッ」
腹を貫かれ、血を吐いた女が居た。
自分を庇った女の腹から血があふれ出す。
「本当に……世話の焼ける……馬鹿弟子だよ……」
「し、しょう……?」
テレサ・シンケライザが、ゆっくりと倒れていく。