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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 雷霆の誓い
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第二十五話 父子の激突

 

「……始まったか」


 玉座に座るメネスは父子(おやこ)の対決を眺めていた。


「この戦いを制したほうが戦争の流れを制する。だが、ジークよ」


 冥王はただ、呟く。


「お前に父を殺せるか?」



 ◆



 ーーガキンッ! と。


 人外の硬さを誇る拳と、魔剣の切っ先がぶつかり合う。

 フェイントも駆け引きもない、それはただの小手調べ。

 ただそれだけで、周囲に衝撃波が走り、地面が蜘蛛の巣状にひび割れた。


「へェ。前よりマシじゃねぇか、おい」

「本気出してない癖によく言うよ」

「カカッ! 分かってんじゃねぇか。ま、今回は戦争なんでな」


 ルプスはニヤリと嗤い、


「俺様も、ちったぁやる気出さなきゃなんねぇわけよ」

「ーーーーーーーーーーッ!!」


 天を揺るがす咆哮が、ガルパール平原に響き渡る。

 死の海のヌシである最強の龍種は、主人の意を受けて空に浮かび上がった。

 ばさり、ばさりと、死の羽音を立てながら口の中に光を溜める。


「カカッ! 俺様諸共ぶっ飛ばせ、リヴァイアサン!」


 ルプスの声に応じ、リヴァイアサンが光を放出する。

 先ほど最果ての方舟が総力を挙げて受け止めたその一撃は、戦場を両断。

 数百人もの葬送官が一瞬で蒸発し、ジークに深手を負わせる……筈だった。


「アル、頼んだよ」

「キュォオオオオオオオオオ!!」


 白き翼が天を駆け、リヴァイアサンにも負けない雄たけびを上げた。

 その直径は十メートルほど。

 可愛らしい顔は鋭利で鋭い龍のそれに代わり、大きな翼を広げる。

 口元から迸るのは、神霊から吸い取った全ての魔力。


「ーーーーーーーーッ!」


 アルトノヴァの咆哮は、リヴァイアサンの光線に真っ向から立ち向かった!

 空中でぶつかる光線と光線。

 拮抗は長くは続かず、二つの光は溶けて消えた。

 リヴァイアサンとアルトノヴァは、地上の主たちと同じように睨み合う。


「従える神獣は互角、と。なかなか良い使い魔持ってんな」

「アルは友達だよ」

「言ってろ、バーカ」


 二体の獣が雄たけびを上げ、空中を滑空する。

 頭上に影が出来た二人は、甲高い音を響かせて互いに飛び退いた。

 小手調べは終わりだ。ここからが本当の闘い。


「そうだろ、なぁ、クソガキッ!」


 地面を蹴り、大気を置き去りにしたルプスの拳が空を切る。

 ジークが消えた、いや違う、

 下だ。


「フ……ッ!」


 懐に潜り込んだジークの剣が、ルプスの胴を捉えた。

 ルプスはすぐさま反応し、地面を蹴って宙返りしながらかかと落とし。

 回避と攻撃を同時に行う超高等技術を、恐ろしい膂力で体現する。

 だがジークもさるもの、身体をひねって蹴りを避け、続けざまにルプスの足を斬り裂いた。


(……っ、こいつ!)


 ジークの動きは止まらない。

 回転のまま上に方向を変える剣。

 身体を後ろに倒したルプスの鼻先を、水晶色の剣が通り過ぎた。

 続けてもう一本の剣が唸りをあげ、上から下へ連撃を加える。

 ルプスは身体をひねって避けるがーー防戦に回っていた。


(この野郎……この前とは別人だなオイッ!)


 ジークの全身をめぐる、一切の淀みない陽力。

 迷いを振り切った少年の剣舞は、世界最強の動きに付いて来る。

 右へ、左へ、下へ、上へ、目にも止まらない両者の戦いが白熱する!


「カカッ」


 ルプスは嗤った。

 心の底から楽しそうに、嗤った。


「カカ、カッカカカカカカカカカカカカカカカッ!!」


 拳を振るう。避けられた。殴る、殴る、蹴る、避ける。

 後ろに蹴り、違う、前だ。剣の攻撃と見せかけての雷。

 視界が白く染まった一瞬の隙に、奴なら。


「後ろ、だよなぁッ!」

「……ッ!」


 背後から首を狩ろうとしていたジークの刃を、ルプスは裏拳で受け止めた。

 続けて身体を回しながら、何度も拳を振り回す。

 目にも止まらぬルプスの拳撃に、ジークは剣で応えた。


「トニトルス流双剣術『真・百花繚乱』!」


 飛ぶ斬撃が咲き乱れーー

 凄まじい剣と拳のぶつかり合いが、戦場に嵐を巻き起こす!


「カカ、カッカカッ!」


 ルプスは嗤いが止まらなかった。

 目の前に迫る、ジークの剣に驚嘆と歓喜を感じていた。


(そうだ、そうだ、それでいい!)


 例え父親であろうと一切の甘さを捨て、容赦なく命を取りに来る。

 油断すれば互いに終わる。そのことを本能的に理解している。


 これが喜ばずにいられようか。

 世界最強の自分を相手に、対等に戦える男の存在を!


「何を、嗤ってるんだよッ!」

「カカッ! 嗤わずにいられるかよ!」


 剣と(けん)を交えながら、息子の叫びに父が応えた。


「ようやくここまで来たかと、喜んでやってんだろうが!」

「偉そうにッ!」


 言葉を交わすごとに戦いは加速する。

 一瞬で陽力を練り上げたジークに応えるように、ルプスも速度を上げた。

 身体に眠る魔力を練り上げる。拳に込める魔力が一気に倍増する。


「まだまだいけんだろうな、ついて来いや、クソガキッ!」

「……っ!」


 ルプスの魔力の質が変わったことをジークは瞬時に察した。

 こちらも同じように陽力を練り上げ、魔剣の権能を強めていく。


「トニトルス流双剣術抜刀の型」


 腰に力を溜めたルプスの拳と、神速の抜刀を繰り出そうとしたジークの剣が、


『絶……」


 ーー……ゾクッ!


 凄まじい悪寒が、頭頂からつま先までを駆け抜けた。

 本能が避けろと命ずる。だが無理だ。間に合わない。

 足は既に相手の間合いにあり、剣と拳はぶつかり合う寸前だった。


 ズドン、と。


 僅かにずらしたジークの剣を、ルプスの拳が叩いた。

 その瞬間、


「が……ッ」


 バシィッ! とジークの右手を衝撃波が叩いた。

 手首が嫌な音を立て、波のような波動が全身に伝わる。

 脳天に鋭い痛みを感じて、ジークは咄嗟に飛び退いた。


「いっづ……なに、今の……絶対にちゃんと受けたはず」


 腕を見てみるが、別に外傷があるわけではない。

 しかし現に手首の骨は皹が入っており、内蔵が軋むような嫌な感じもした。


「まさか……魔力で何かしたの?」

「発勁つってな。俺様の『気』をオメェに送り込んで叩いた。どうだ、痛ぇだろ」

「嬉しそうな顔するなよ……」


 ジークは顔を歪めて手首に陽力を集める。

 儀式を経て自己治癒能力も上がっており、徐々に痛みが和らいできた。

 プラプラと動かす。問題なく動くことを確認して、ジークは前を向く。


「発勁か……父さんに武術なんてものがあったんだね。師匠でもいたの?」

「ぁ? 馬鹿が。俺様がそんなもん習うわけねぇだろ。使い手から盗んだんだよ」

「……納得」


 発勁とは元々、旧世界の武術で用いられていた技だ。

 ルプスはそれを受け継いでいる者達から喧嘩を売られ、叩きのめしたのだ。

 その時受けた技を一度だけで理解し、自分で使えるのは流石ルプスと言うべきだろう。


(シェン先輩の業も同じような感じがしたな……でも、威力はこっちの方が上だけど)


 第四席『至高の武(シュプレイア)』シェン・ユは古今東西あらゆる武術を使いこなす、

 格闘術だけで言えばこの世界で彼に並ぶ者はいないだろう。

 だが、ルプスはそんな(ことわり)を超越した『真なる悪魔(トゥルー・デーモン)』だ。


 技術が疎かであっても、ルプスの魔力量は冥王と同等かそれを上回る。

 あの超人的な身体能力と魔力、さらに勁の力が合わされば、技術など関係がない。


(まぁ……それはこっちも同じか。僕には剣が、父さんには勁があるだけ)

「何をして来ようと、僕は僕の全力で戦うよ」


 呟きと同時、恐ろしいほどの(いかずち)がジークから立ちのぼる。

 まるで雷雲から現れた小さな獣だ。土煙が雷に触れただけで蒸発した。

 戦いのギアを一段上げたジークに、世界最強は嗤う。


「カカッ! あぁ、それでいい。全力でかかってこいやッ!!」

「ォ、ォオオオオオオオオ!!」


 暴力の化身と雷の化身がぶつかり合う。

 後の世に『ガルパールの怒り』と呼ばれる戦いの始まりだった。




 ◆




 それは常識を逸脱した戦いだった。

 空に、大地に、海に、

 互いに位置を入れ替えながらぶつかり合う力と力の衝突に大気が悲鳴を上げた。

 彼らが通った場所の地面は抉れ、海は荒れ、人魔の差別なく押しのけられる。


 頭上では主を持つ二匹の獣が光線を吐き、爪牙(そうが)を削り合う。

 主に負けじと力を増し、誇りを賭けて互いの命を狙っていた。


「ーー天変地異でも見てるみたいだね、こりゃ」


 城壁の上から戦いを見守るテレサ・シンケライザはそう呟いた。

 戦場のどこにいようが彼らは現れる。そこに人も魔もない。

 お互いがお互いを映す。彼らにとってはあの戦いだけが世界の全てだ。


「テレサ。お主はこの戦いどう見る?」


 隣に立つルナマリアの問いに、テレサは目を眇める。


 ーージークの成長は、凄まじい。


 戦いが始まって一時間が経とうとしているだろうか。


 悪魔と葬送官の戦いが長びくことは珍しくないが、通常、どんな傷も魔力で再生する悪魔は葬送官より優勢になるのが常だ。だからこそ葬送官たちは徒党を組み、魔導兵器を利用し、悪魔たちの超人的な肉体を超えようと日夜鍛錬に励んでいる。


 対して、ジークはどうだろう。


 戦いから一時間、彼の陽力は衰えるどころか増え続けている。


 七聖の儀で天界の祝福を受けたジークの陽力運用効率は跳ね上がっており、さらにアルトノヴァがリヴァイアサンの魔力を吸収してジークに還元しているのだ。大技を放たない限り、この戦いで『陽力切れ』という幕切れが起こる事はまずない。

 技の冴えも、攻撃を避ける嗅覚も、テレサが驚嘆を覚えるほど。


「じゃが、それは相手も同じ。そうじゃな?」

「そうですねェ……」


 相手はあの『孤高の暴虐(ベルセルク)』ルプス・トニトルス。

 世界最強を自負するのも頷ける暴力の化身だ。

 あの体格、あの膂力に加え、隔絶した格闘技術。

 

 ジークが放つ剣武を一度見れば対応し、即応する。

 しかもルプスには、一向に魔力が衰える気配がない。


「ジークが魔剣から力を得ているように、アイツも冥王から力を貰ってる……気がする。そうじゃなきゃ説明がつかない」

「正解じゃ。しかし、奴が受けているのは冥王の力ではない」


『神の巫女』ルナマリアは、あらゆる奇跡の源を看破する。


「死の神オルクトヴィアスじゃ。本来、冥王を介して送られる魔力を、奴はオルクトヴィアスから直接奪っておる」

「無理やりって……神だよ? いくらなんでも」

「そういう男なのじゃよ。無理無茶無謀、そんな言葉はあの男の辞書にはない」


 そして、一見なんでも出来るように見えるからこそ。


「退屈や拮抗を、あの男は何より嫌うのじゃ」



 ◆



「ハァ……ハァ……!」

「どうしたどうした、息が上がってきてんぞ、あぁ!?」

「……っ」


 長時間にわたる戦いに、ジークにも疲労が見え始めていた。

 体力的に、というわけではない。主に精神面での疲労だ。


「この……!」


 右の剣を真正面から繰り出しつつ左の剣を下から斬り上げる。

 同時に振るった剣はしかし、ルプスの拳に阻まれて届かない。


「お返しだ、クソガキッ!」


 光速の拳、避ける、受け流し、勁に陽力で対抗、目線が左、

 フェイント、と見せかけての左回し蹴り、間一髪で避けーー


 ぶしゅぅッ!


「……ッ」


 避けたと思った蹴りが伸びて、ジークの額を浅く切り裂いた。

 カマイタチを起こすほどの剛脚。

 受けた傷は治癒能力の促進ですぐに治る。

 だが、精神的疲労ばかりはどうしようもない。


「はぁ……! はぁ……!」


 ギリギリの戦いというのは常に精神を摩耗させる。

 戦いに置いて、一瞬の気の緩みで命を落とすことは珍しくない。

 ましてや、相手が世界最強を自負する怪物なら尚の事だ。


 しかも、


「そろそろ飽きてきたな。本気でいくか、ぉ?」


 これでまだ、()()()()()()()()()()

 加護も、異能も使わず(いかずち)を纏うジークと渡り合っている。

 アステシアの先視の魔眼で未来を視ても、それを上回る速度で攻撃を仕掛けてくる。


(やっぱり、強い……!)


 ガキンッ!とルプスが自ら拳を剣に合わせ、後ろへ飛んだ。

 丹田を中心に魔力がみなぎる。これまでと違う攻撃の予兆。


「そういえばーーオメェの仲間、アイツら中々やるな」

「……リリアたちと戦ったの?」

「おうよ。あいつらは俺様に本気を出させたぜ。まぁ、一瞬で決着(ケリ)着いたがな」


 ジークの記憶に過る、先ほど見た仲間たちの傷ついた姿。

 ルプスと相対しているところを見たわけではないが……。


(そっか。父さんはまた(・・)僕の友達を、妹を、リリアを傷つけたのか)


 自然と拳に力が入ったジークに、ルプスが嗤った。


「カカッ! そうだ、怒れ、憎め、その感情を自分のモンにしろ!」

「……っ」

「じゃねぇと……一瞬で死ぬぜ?」


 ルプスの全身に魔力の光が立ちのぼる。

 世界が禍々しい光に包まれ、周囲の大地は腐り果てる。

 全身の産毛が逆立つほどの魔力に、ジークはぐっと剣を握りしめた。


(今すぐ攻撃しなきゃヤバい……でも……動けない!)


 一歩でも動けば殺す。そう言われているような威圧感がそこにある。

 そしてジークが身体を動かすより先に、ルプスは呟いた。


「熾きろ、『終末の雷火(ミョルニル)』」


 ーーバチバチィバチィっ! 


 赤黒い雷が、周囲を奔る。

 吹き荒れる魔力の嵐に目を眇めたジークは戦慄した。

 自分の雷と同系統の力。しかしその力の『質』は全く異なる。


 ーー空気が、変わった。


(異能……! もしくは加護!? ここからが父さんの……!)

「言ったろ。一瞬だって」

「…………ッ!」


 眼前にルプスの拳があった。

 目を見開いたジークは咄嗟に頭を下げて回避する。

 同時に雷を放出し、牽制しつつ後ろへ下がった。


(速すぎる……! 僕の雷でも追いつかない……ならッ)


 ジークは全身に纏う雷を消した。

 その瞬間に動き出すルプスを見据えながら、


「僕は、拒絶する!!」


 絶対防御領域を展開する。

 これでルプスの雷は消え、魔力だけの戦いに戻るはずだ。

 それでもこちらが(いかずち)を使えないだけ不利だが、桁違いの速さで動かれるよりは遥かにマシ。培った経験と技術でなんとかルプスに対抗する……筈だったのに。


「カカッ! 効くかよバーカ!」

「なッ!?」


 ルプスは赤黒い(いかずち)を纏ったまま、拳を振り抜いた。

 めきめき、と肋骨がひび割れる音。ジークは決河の勢いで殴り飛ばされた。


「がは……!」


 血反吐を吐いたジークは空中で宙返りし、地面を削りながらなんとか着地する。

 陽力を集中させて治癒力を促進させながら、愕然と呟いた。


「ハァ、ハァ……なんで、加護が効かない……!?」


 天威の加護第二の力『絶対防御領域』。

 それはたった一つのみあらゆる加護、異能、権能を拒絶する力だ。

 例え体内に働いている加護であってもジークの加護は効果を及ぼす。

 なのに、なぜ。


「『失われし神の使徒(ロスト・アーク)』って知ってっか」


 愉しげに問いかけたルプスにジークは眉を顰めた。


「ロスト……なにそれ」

「神の加護を宿したまま、その神本人が死んじまった奴の事だ。クソガキ、オメェの力は確かに強力だけどよ、死んだ神の加護を完全に断つことは出来ねぇはずだ。ましてや俺様は世界最強。んな業が効くわけねぇだろ」


 ジークは歯噛みし、


「神霊には効くのに……なんで死んだ神だと効かないのさ」

「教えるかバーカ。言っとくが、俺様以外にも居るぜ? 神と人の混血の子孫だったり、堕ちた神の子孫だったり、神の肉体を埋め込まれた実験体だったりな。ま、割と珍しくはあるんだが……どうだ、絶対無敵の力だと思ってた加護が効かなかった気分は。ん? 聞かせろよ、おい」

「……相変わらず、性格悪いな、父さんは」


 最後の質問の答えが知りたいから饒舌に語ったのだろう。

失われし神の使徒(ロスト・アーク)』なんて言葉は初耳だが、その凶悪さは理解できる。

 加護を使う前でさえこちらがジリ貧だったのに、向こうの速度が上がればーー


「追いつけねぇだろ?」

「……っ!」


 ルプスの速力は、ジークの速さを圧倒する。

 百メートル以上離れていたと思えば一瞬で目の前に現れる。

 もはやテレサの空間転移と変わらない速さ。ギリギリ反応するのが精一杯で、


「カッ、カカカカッ、カッカカカカカカカカカ!!」

「ぐ、ぁ……!」


 雷を纏う拳が嵐のようにジークへ襲い掛かる。

 右、左、右、右、左、下、上、下、と、前後も上下も関係がない。

 先の読めない動きは、アステシアの加護をもってしても読み切れない。


「どうしたどうした、ここまでか、あぁ!?」

「まだ、まだぁああああああああッ!」


 挑発的な言葉に、ジークの心は奮い立つ。

 ガキンッ、と拳と剣が噛み合う音。

 ルプスが雷を使い始めてから初めて奏でる剣戟の音。


 鍔迫り合いながら、ジークは叫ぶ。


「僕はまだ、負けてないぞ、父さんッ!」


 ニィ、とルプスは応える。


「おう。かかってこいや、クソガキッ!」


 ぷッ、と口の中に堪った血を吐き捨て、ジークは地面を蹴る。


 ーーもっと、もっとだ。


 (いかずち)をより効率的に、より疾く、鋭く、一気に放出する。

 パワーよりもスピードだ。あの速さに追いつけなければ意味がない。


 ーーまだ、上がる。まだ上げられる。


 膂力を捨てて速力に切り替える。威力は要らない。速さこそ力だ。

 傷を癒す力も捨てる。今は目の前の相手を倒すことに集中する。


 ーーもっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと。


 想像(イメージ)しろ。シェンから受けた技の冴えを。

 創造(イメージ)しろ。おのれが思う、最高最速の自分を。


 音より早く、雷より速く、光より疾く、速さの(ことわり)を超越しろ。

 今ここで、おのれの全てをひねり出せ!


「ぁああああああああああああああああああああああああッ!!」

「……っ!」


 鮮血がほとばしり、くるくると大きな腕が宙を舞う。

 ぼとん、と落ちたのは、世界最強の右腕だった。


「……へェ」


 右腕を瞬時に再生したルプスは、ゆっくりと首を巡らせる。

 そこに居る、剣を振り切ったジークの立ち姿に、にやりと嗤った。


「いいね、いいな、楽しくなってきやがったッ!!」

「ーーフッ!」


 互いに振り向きざま剣と拳を振るう。

 鮮血が迸り、二人の姿が消えた。上だ。空中で渡り合い、互いの神獣の背で斬り結び、さらに地上へ。荒れ狂う海に雷を撒き散らしながら、二人は互いの力をぶつけ合う。

 紅き光が奔るたび、それに負けじと蒼き光が宙を駆ける。

 命を賭けたギリギリの戦いの中、ジークは恐ろしい速度で成長していく……!


「カカッ!」


 だが、それは相手も同じだ・・・・・・・・・・・・


 ルプスが(いかずち)を封じていたのは、彼が最強であるが故。

 本気を出せば一瞬で相手が倒れるからという理由に尽きる。

 普段は使わない、いわば錆び付いた力は、使えば使うほどにその精度を増す!


「これでも喰らえよ、クソガキ」


 ルプスが手を掲げると、その中心から雷が迸った。


「『破壊の雷デストルーク・トルメギア』」

「……っ、『荷電粒子砲・極(アルテマ・レールガン)』!」


 遠距離から放ったルプスの雷と、ジークの雷が空中で激突する。

 互いに破壊を撒き散らす二つの雷光は、しかし。


「ぁ……!?」


 ルプスの雷が、ジークの雷を喰らい尽くした!

 なんとか回避するものの、右腕は焼け焦げ、脳が焼けるような激痛が走る。

 それだけではない。


 --……ドォオオオオッ!


 恐ろしい音が聞こえたジークは、戦慄しながら振り返る。

 地平線の彼方に見える、山脈の稜線に煙が上がっていた。


「嘘、でしょ」


 ()()()()()()()()()()()()()

 そこに至るまでの地面が、一直線に深い亀裂を走らせている。


(どんな威力……めちゃくちゃ痛いし……何より押し負けた……ッ)

「……こんなもんかよ。まだ、足りねぇな」


 激痛に脂汗を浮かべるジークを、ルプスは失望の眼差しで見つめた。

 先ほどまで僅かだった疲労の差は顕著に現れ、今やジークは敗北を待つのみだ。


「いくらゼレオティールの加護つっても、本職の雷には負けるってか」


 ルプスに加護を与えたのは今は亡き雷霆神(らいていしん)エゾルギアだ。

 かの有名な破壊神と並び立つ双璧と呼ばれ、天界では覇を競い合っていたとか。

 そんな雷霆神の(いかずち)に特化した力とは違い、多機能な天威の加護では出力に違いが出るのも当然。さらに言えば、ルプスはまだ出力を上げられる状態だ。


 それでも(・・・・)


「……まだ、僕は負けてないよ、父さん」

「あぁ? どう見ても負けだろうが。こっから何が出来るってんだよ」


 ルプスは不快げに唾を吐いた。

 既にジークは疲労困憊。まだ剣は振るえても、敗北のルートは見えている。

 恐らくあと数十手……正確に言えば、十四手先で自分が勝つだろう。


「陽力も加護も拳も、全部俺様の方が上だ。オメェに勝ち目はねぇぞ?」

「そんな未来、誰が決めた?」


 ジークの雰囲気が変わる。

 身体についた傷は瞬く間に癒え、瞳に力が宿る。


「何をする気……いや、まさかッ」

「勝ち目がない事が決まっているなら、そんな未来、僕がぶっ壊してやる」


 ルプスの驚愕に、ジークは口元を吊り上げた。


「それが僕だって、言ったでしょ」


 ジークにあってルプスにはないもの。

 陽力でもなければ膂力でも格闘技術でもない。

 それは、彼がまっすぐな心で紡いできた友という絆。


「行くよ、アル。行くよ、僕の女神様!」


 魔剣アルトノヴァを、ジークは捧げるように掲げた。

 彼を中心に、陽力の波が渦巻いていく。


「……! オメェやっぱり……この短期間で、もうアレを習得したってのか!?」


 ジークは応えない。

 既に意識はおのれの内にあり、心は彼女(・・)と共にあった。


「『汝が眷属、ジークの名の元に希う。契約に従い、今ここに顕れよ』」

「させっかよ……!?」


 詠唱を阻止しようとしたルプスは、突如降り注いだ氷柱に目を見張った。

 振り払おうとする。無駄だ。足が影に縛られている。


「これはさっきのガキ共……! こんなものッ」


 遠く離れていても大切な人を支えたい少女たちの、声なき意思。

 無論、ルプスに傷一つ与えられない攻撃だ。

 だがそのために使うコンマ一秒は、ジークを相手に致命的すぎる。


 天が裂け、大地が震えた。


「『其は彼方まで()る女神なれば。

いざや振るわん、その知恵を。世界は識る。未来(さき)への道を」


 紅色の瞳の片方が、空のような蒼に染まっていく。


神人合一(しんじんごういつ)我ら(・・)は振るう、叡智の刃!」


 (あか)(あお)の双眸が煌めき、

 ジークの全身から、白いオーラが噴き出した。


 それは権能武装を超えた現人神の領域。

 それは葬送官の頂点、七聖将にのみ許された絶対権能。


「『無限世界の超越者アンリミテッド・ワールド・ブレイク』!」




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― 新着の感想 ―
[良い点] リヴァイアサンとアルとの戦いめっちゃかっこいい!ジークとルプスまだ本気じゃなくて山を消したりしてるの強すぎ笑本気出したらどうなるんやろ笑 [一言] 更新お疲れ様です 今回もめっちゃ面白かっ…
[良い点] いっつも思うけどみい先生のネーミングセンスやばいですね。 今回出てきたアルテマ・レールガンとか、アンリミテッド・ワールド・ブレイクとか、主人公が入ってるレギオンのオルトゥス・アークとか、め…
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