第二十三話 英雄回帰
「--------------ッ!」
指笛と同時に、声なき咆哮がガルパール平原に響き渡る。
大きな波音を立て、戦場を見渡すように起き上がったのは死の海のヌシ。
「…………!」
リヴァイアサンの蒼き瞳が、リリアたちを射抜いた。
その口が大きく開き、光の粒が口元に凝縮していく。
「……っ、全員、わたしの後ろへ!!」
「遅ぇ」
光線が、放たれた。
一直線に大地を抉りながら進む絶死の一撃。
その途中にいた悪魔たちは悲鳴を上げる間もなく蒸発し、リリアたちに襲い掛かる。
「止まりなさいッ!!」
しゃらん、と錫杖を鳴らし、リリアは二十メートルもの氷壁を創った。
だが無駄だ。
光線に触れた瞬間に溶ける氷では、リヴァイアサンの一撃を止められない。
コンマ一秒で一メートルの氷が消し飛び、リリアは奥歯を噛みしめた。
(このままじゃ……!)
「なら、大地はどうです!」
パンッ、とカレンは手を合わせた。
「大地の子よ、大地の子よ、我らを守る壁をここに!」
ダ、ダダン、と大地が起き上がり、リリアの氷の前に壁が出来上がる。
しかし、大地も氷と同じだ。
硬い岩の塊が、バターのように溶けていく。
「そんな……!」
大地は削られ、氷は消し飛び、残るは。
「あたしが、やる……!」
「ルージュ、ダメです!」
リリアの制止は届かない。
ルージュは自ら魔力を放出し、超圧縮した小ブラックホールを形成。
光を呑みこむブラックホールは、リヴァイアサンの光線を呑みこんでいく。
ーーだが、ただでさえルプス戦で消耗した魔力だ。
一秒、二秒、あと数秒もすればルージュは人を襲う悪鬼と化す。
今もルージュの額には滝のような汗が流れていた。
「負け、ナイ……負け、たく、ナイ……!」
「……っ、踏ん張れっ! おれがお前らを支える!!」
リヴァイアサンの光が、戦場を白く染め上げた。
そしてーー
「……カカッ、凌いだか。大したタマだよ、全く」
「ぜ、ひゅ……! ぜぇ、ぜぇ、ひゅー……!」
リヴァイアサンの光線を、ルージュたちは凌いだ。
いつの間にか衝撃の余波で戦場の真っ只中に押し流されていた。
計らずとも他の葬送官たちを守ったことになるが、今の攻撃で、ルージュは完全にガス欠だ。
否、ルージュだけではない。
リリアも、カレンも、三人の身体を後ろから支えていたオズワンも。
既に限界を超えていて、いつ倒れてもおかしくはない。
「ハァ、ハァ、ルージュ、大丈夫ですか、ルージュ!」
「う、ぅううう……!」
リリアが必死にルージュに呼び掛けるが、無駄だ。
今もルージュの瞳は赤く明滅していて、いつ正気を失うかもわからない。
リリアの陽力を分けようにも、彼女には既に陽力が残ってないのだ。
ーーそして運命は、いつだって理不尽を突きつけて来る。
「熾天使だッ! 疲れてる今がチャンス、討ち取れぇえええええ!!」
「オォオオオオオオオオオオオオ!!」
冥王麾下、エルダーの大隊長が叫び、リリアたちに兵を差し向ける。
数百人にも及ぶ、上級悪魔の軍団。
さらにその向こうには、いつでも本気を出せるルプス・トニトルスが控えている。
だが、ルプスと戦った後のリリアたちは力を使い果たしていて。
指一本動かすだけでも激痛が走る、最悪な状況。
それでも。
「……おれが囮になったからよ。あんたは二人を連れて逃げろ、姉御」
オズワンは立ち上がった。
全身が血まみれになりながら、その眼光は鋭い。
「オズ、あなただって限界でしょう!? 置いて行けるわけありません!」
「兄貴ならこうすっぜ、姉御。おれはまだ弱ぇけどよ……譲れねぇもんがあんだろ」
本当は怖い。今すぐ逃げ出してしまいたい。
『孤高の暴虐』も、悪魔の軍勢も、怖くてたまらない。
それでも彼は決めたから。
震えてばかりで何もできない、姉に守られるだけの自分は嫌だと。
あの大きな背中に追いつきたいと、そう思ったから。
オズワン・バルボッサは震える膝を叱咤し、叫ぶのだ。
「ここで立たなきゃ、漢が廃るってもんだろうがよ!」
「……っ」
「来いよ悪魔共。全員、ぎったぎたに叩きのめしてやらァ!」
「ーー押しつぶせ!」
啖呵を切るオズワンに、悪魔たちが群がる。
だがそれよりも先に、彼の背中へ飛び掛かる影があった。
「う、がぁああああ!」
「……ッ!?」
ルージュである。
我を失った獣のような叫びをあげ、オズワンの首元にかぶりついた。
皮が裂け、肉が抉られ、骨が軋む。
仲間の凶行に目を剥いたオズワンだが、
「うわぁああああ!? な、なんだこれ!?」
「構うな、進め、進み……ぐぁ!?」
自分に飛び掛かろうとしていた悪魔に血の槍が刺さるのを見て、呆然とする。
見れば、自分に噛みついたルージュの瞳には、僅かに理性の光があった。
「かっこ、ツケ、すぎ……ゴリ、ラの、くせ、に」
「テメェ……」
暴走状態半歩手前、といったところか。
もはやルージュに時間はなく、ただ暴走するのを待つだけ。
そうであるなら、オズワンと共に敵に一泡吹かせようと、そう言うわけだ。
「ハッ、やっぱテメェ、兄貴の妹だな。根性あるじゃねぇか」
「う、っさイ、馬鹿」
「……馬鹿は二人ともですわ、本当に」
オズワンの隣に、呆れた顔をしたカレンが立つ。
「あなた達を残したまま、わたくしたちが逃げられるわけないでしょうに」
「……姉貴」
「全くですね……そういうところは、ジークの真似をしなくていいんですよ」
リリアも覚悟を決めたように、仲間の隣へ並び立った。
いつ倒れてもおかしくないような状態だが、あんな啖呵を聞かされては。
「二人とも。帰ったらお説教です」
「……そりゃ、おっかねぇな」
オズワンは肩を竦めた。
四人はそれぞれ笑みを交わし、悪魔の軍勢を睨み見る。
「我ら『最果ての方舟』、最後まで共に!」
『応ッ!』
「相手は死にかけの四人だ。臆さず潰せぇえええええええええ!」
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
悪魔の軍勢と四人の戦士がぶつかり合う。
雄叫びと雄たけびがぶつかり合い、鮮血が舞い、戦場が紅く染まる。
そんな中、後方に控えたルプスは動かない。
まるで何かを待っているかのように、リヴァイアサンの背に立ったままだ。
その目が上を向きーー口元が、にやりと弧を描く。
「来たか」
「ぇ」
ーー……バシィイイイイイイイイイイイイイイイ!!
蒼き雷が悪魔たちを蒸発させ、白き翼が天を駆ける。
「『哀れな魂に光あれ』ターリル」
祈祷詠唱。
リリアたちと戦う数百体の悪魔は、またたく間に葬魂された。
「ぁ」
四人の脳裏に過る男の顔。
予想違わず、天から降りてきたのは小さな人影だった。
「ーー遅れてごめん、みんな」
ボサボサの黒髪、色褪せた外套が風に揺れる。
魔剣を握りしめ、ジーク・トニトルスは今、戦場に降り立った。
「ジーク、なんですか……?」
リリアは呆然とした表情で問う。
本当は分かってる。
目の前に居るのはジークだ。
それでも訊いてしまうほど、彼が纏う空気は以前と別物だった。
「うん、僕だよ」
振り返り、笑みを見せた彼はいつもの顔で。
その魂を昇華させたジークはまず、ルージュの顔に手を当てた。
愛する兄に陽力を注がれ、ルージュの瞳に瞬く間に理性の光が宿る。
「……お兄ちゃん」
「無茶しすぎ」
「……ごめん」
「ううん……謝るのは僕の方だ。ありがとね」
ジークは苦笑し、妹から手を離した。
リン、と空気を切り、双剣を握りしめた彼は戦場に向かう。
「みんな頑張ってくれてありがとう。後は僕に任せて」
「ジーク……!」
リリアは思わずジークの裾を掴んでいた。
先ほどから、彼は自分を直視してくれなかったから。
「待って、わたし……!」
嫌だ、行かないで。もう戦わないで。
言葉にならない思いが、形にならず消えていく。
「わたしは……!」
ーーまた、ジークを戦わせるのか。
メネスと戦った時のように。
深淵領域の時のように。
先日のルプスの時のように。
自分だけ助かって、安全なところで見ていて、
彼だけ戦わせて、自分には何もできないというのか。
そんな事を繰り返してばかり。もう嫌だ。
お願いだから一緒に戦わせてほしい。一緒に居させてほしい。
「わたし、わたし……!」
あなたの力になりたい。あなたを支えたいのだ。
父親となんて戦わせたくない。
もう悲しい思いなんてしてほしくない、あんな顔、見たくない。
そうじゃなければ、自分はーー
「……リリア」
ジークは恋人の名を呼ぶ。
振り向きざまに、リリアの頬に手を当てて、
「…………っ!」
唇に、熱く口づけた。
柔らかな感触から伝わるジークの体温、
言葉よりも雄弁な想いを伝えてなお、それでも彼は。
「愛してる」
「ぁ……」
「この前は、情けない所を見せてごめん。
こんなに大事なものが目の前にあるのに、僕はそれを見失ってた……恋人失格だね」
眦から涙を流し、リリアはブンブンと首を横に振る。
そんな事はない。あなたはいつもわたしを支えてくれているのだと。
そう言いたいのに、喉から出る声は嗚咽ばかりで。
「ぐす、う、うぅ……!」
「この戦いは、僕が決着をつけないといけない事なんだ。だから……待ってて」
ジークはリリアの頭を撫でて、
「約束する。必ず、君の所に戻るから」
「……っ、はい!」
顔をくしゃりと歪めたリリアは、泣き笑いながら頷いた。
ジークは微笑み、恋人の後ろにいる仲間たちを見た。
「ルージュ、踏ん張ってくれてありがと。さすが僕の妹だ」
「……っ、当たり前じゃん。お兄ちゃん、来るの遅すぎ」
ルージュは抱き着きたいのを堪え、
「カレンさん、いつも頼ってごめんね」
「……ジーク様のお役に立つことが、わたくしの喜びですわ」
カレンは優しく微笑み。
「オズ。前よりずっと強くなったね」
「ハッ! 当たり前だろうがボケ。すぐに追いつくから覚悟しろ」
(兄貴……また強くなりやがって……やっぱすげぇよ、あんた)
オズワンは尊敬のまなざしで笑う。
それぞれの想いに応え、ジークは戦場の先を見た。
数キロ先、リヴァイアサンから飛び降りたのは彼の父だ。
「遅ぇじゃねぇか。待ちくたびれたぜ」
呟き、ルプスは嗤った。
「ここまで来てみろよ、クソガキ」
直後、
【--へェ、あなたがジーク・トニトルスね?】
天から舞い降りた声が、ジークの意識を引き付けた。
見れば、透明な身体をした神霊たちが、戦場中からジークの元に集まっていた。
冥王を傷つけたという噂の半魔。運命の子を、一目見ようとしているのだ。
【なかなか可愛いじゃない。ちょっと欲しくなっちゃうわ】
どろどろの身体をくねらせた神霊、沼の女神は言った。
【わーたしーもー。そぉのー子ーほーしーいー】
やけに間延びした声で、子供のような神霊、霧の女神は言う。
【うーん。でも戦うのは嫌だなーオレは遠慮しとこっかなー】
遠くから観察する、やる気のなさそうな神霊、森の神は言う。
ここまで全員、ジークの知らない神々ばかりだ。
しかして、
【……やっぱり、来たのね……運命の子】
ジークにも所以のある、月の女神エリージアが現れた。
銀髪の美しい立ち姿。その弓はジークに狙いを定めている。
本体ではなく神霊だが、その威圧感は他の神霊と一線を画していた。
その隣にはーー
【この子がそうなのね、なのね? 親子の再会なんて、運命とはかくも残酷なのね!】
微塵も思っていなさそうな声で、美貌の女神は笑う。
エリージアに勝るとも劣らぬ威圧感。
恐らく闇の神々の軍団長クラスだろう。
「あなたは?」
【わたしは魔の女神サタナーン。気軽にサっちゃんと呼んでいいわ? いいわ?】
「いえ、結構です」
戦場に居た五柱の神霊が自分の元に集まった。
その意味を理解できないほど、ジークは愚かではない。
(……ここが勝敗の分かれ目、かな)
空から戦場を俯瞰したジークには戦場の状況がよく分かっていた。
時折発射されるミサイルは効力を発揮し、悪魔と人類の戦いは拮抗している。
あちら側にも神霊がいるように、こちら側にも神霊が何柱かいるのが見えた。
今、闇の神霊たちが居なくなれば味方の神霊が自由になり、人類側に流れがやってくるだろう。
だが、もしもここで自分が負ければーー
(逆に流れを持って行かれる。まだ父さんもリヴァイアサンだっているんだし)
ここぞという時の勝負勘を、ジークは外さない。
こんな大規模な戦争は経験したことが無くても、勝負の流れは見えている。
「……負けられないね。でも、ここを超えなきゃ父さんには……」
「ーーキャハ! 簡単に超えさせると思ってるの?」
次の瞬間、ジークは本能的に目を閉じた。
同時、飛んできた魔力の糸を断ち斬り、誰何の声を上げる。
「また新手……今度は誰ですか?」
「私は第三死徒『憤怒』リィン・リネット。まとめて相手して頂戴な」
「クハッ! おいおい憤怒の。こんなうまそうな獲物を独り占めか?」
ジークは目を閉じたまま、剣を上に掲げた。
直後、硬いもの同士がぶつかる音と共に、凄まじい衝撃が手のひらを伝う。
電磁波を張り巡らせて感知し、ジークは呟いた。
「死徒が二人……」
「お初にお目にかかる。運命の子。我が名は第四死徒『暴食』のーー」
「いいよ名乗らなくて。君、この中で一番弱いし。すぐ死ぬでしょ」
『暴食』はきょとん、と目を丸くし、そして嗤った。
「ーークハッ! なんとまぁ、食いでがありそうな小僧じゃわい!!」
凄惨に嗤い、暴食の大罪死徒は憤怒の隣に降り立つ。
それからまた二人、死徒の隣に現れた。
目を閉じているため姿は見えないが、その力の強さは伝わってくる。
「……死徒が全員、かな? 手厚い歓迎だね」
「あぁ妬ましい……あんなにも神々に愛されるなんて……妬み殺したい……」
「うふ。楽しい夜を過ごしましょうね、坊や」
ジークの背後でリリアは目を剥いた。
奇しくも闇の軍勢の最高戦力がこの場に集まった形だ。
それほどジークを危険視しているということだろうがーー
(五柱の神霊……四体の死徒! これはいくらジークでも……!)
ジークの本命は神霊でも死徒でもない、ルプスだ。
彼を相手にするために出来るだけ体力を残しておかなければならないはず。
だが、いくらジークでも彼ら全員を相手に無傷で突破するのは不可能だ。
(このままじゃ……!)
【運命の子……あなたは……確実に……滅ぼす。この面子なら、あなたも……】
「ーーならば我らの相手もしていただこうか、月の女神」
その瞬間、ジークの隣に降り立つ気配。
知り合っても間もないが、その鋭い声は間違えようがない。
「アレクさん」
アレクサンダー・カルベローニだ。
人類の軍略を担う『静かなる海』が、戦場の潮目を見逃すはずがなかった。
「遅いぞ、ジーク・トニトルス。七聖将たるもの、五分前行動を心掛けろ」
「全くね! もうちょっと早く来なさいよ。べ、別にワタシは微塵も待ってないし、どうてもいいけど!」
アレクの後ろから、焔と共に現れた女性。
『絶対なる焔帝』ラナ・ヘイルダムは腕を組んだ。
「ラナさん」
「言っとくけど、ワタシはあんたの全部を認めたわけじゃないから」
「分かってますよ」
真面目な口調で言うラナに、ジークは苦笑を返した。
すると、
「面白れぇことしてんじゃねぇか、新人! あたいも混ぜろよ!」
見慣れない気配が、アレクの隣に降り立った。
底知れない力を秘めている。声の質からして女性だろう。
「第三席、推参ってな! 初めましてだな、新人!」
「はい。ジーク・トニトルスです。よろしくお願いします」
「目ぇ閉じたまま自己紹介する奴があっかよ! 挨拶は後だ、後! なぁ第一席!」
「そうですね」
凛とした声が響く。
「後でたくさん話しましょう。今は彼らをどうにかしないといけません」
ジークの肩に手を置いたのは、力強い女性の手だった。
第一席と呼ばれた彼女はジークの耳元に口を近づけて、
「合図をしたら目を開けて。第三死徒は私がなんとかします」
「……分かりました」
ふぅ、とジークは息を吐く。
今も第三死徒から魔眼の睨みを効かされているのを感じる。
絶対防御領域で無効化してもいいが、ルプスと戦う為に少しでも力を温存したい。
(……アル。リリアたちを乗せてテレサさんの所に運んで。後で来てね)
(きゅー!)
内心で魔剣に呼び掛けたジークをよそに『暴食』が凄惨に嗤う。
「くはッ、七聖将揃い踏みか。いいだろう、ここで決着を付けーー」
「うっさいわよ。永遠にその口を閉じなさい、『暴食』!!」
ラナが叫ぶと同時に、ジークは飛ぶ斬撃を無数に放った。
「トニトルス流双剣術一の型三番「『真・百花繚乱』ッ!」
爆発と同時に咲き乱れる、斬撃の刃。
大地を深く抉るその技に、数十体の悪魔たちが消し飛んだ。
だが敵もさるもの。『嫉妬』が前に進み出ると、地面から飛び出した悪魔が斬撃を受け止めた。
「あぁ、妬ましい……技も力も友達も、何もかも持ってるお前が妬ましい……!」
『ーーいやぁ、妬むくらいなら自分で作っちゃえばいいじゃない~?』
ーー……ひゅんッ!
銃声と共に宙を奔った銃弾が『嫉妬』の頭をぶち抜いた。
ぐらりと揺れた『嫉妬』は、しかし、足を踏ん張って虚空を睨みつける。
「……この銃弾……『地平線の鍛冶師』ね……!」
『援護はウチにお任せ~』
「トリスさん……!」
どこからか響く眠たげな声にジークは頷いた。
目を閉じたまま『嫉妬』の横を潜り抜け、続いて第三死徒の元へ。
「キャハッ! いい度胸じゃない。真正面からだなんて……!」
『憤怒』は怒りに顔を歪め、
「メネスちゃんに傷をつけたからって舐めるのも大概にーー」
その瞬間、彼女の時間は凍り付いた。
言葉は途切れ、動きが止まり、世界から取り残されたように彼女が硬直する。
それはゼロコンマ一秒にも満たない刹那の一瞬。
だがその一瞬があれば、
(ーーこれが合図!)
ジークは目を開き、全身に雷を纏った。
爆発じみた速度で地面を蹴り、悪魔の軍勢に真っ向から立ち向かう。
「噂の半魔だ! 者共、アイツを、」
「どけ」
数百体の悪魔たちは一斉に崩れ落ちた。
通り過ぎる一瞬、ジークは数百もの剣撃を放ったのだ。
そんな彼の元に集うのは、五柱の神霊たち。
【あは! ここを通れると思ってるのかしら? かしら?】
「通して下さい」
【無理だと言ったらどうするの? するの?】
「押し通るッ!」
叫び、ジークは五柱の神霊に飛び掛かった。