第二十二話『最強』 vs 『最果ての方舟』
「カカッ! 人に偉そうに言っておいてあの様かよ。笑えるぜ、おい」
仲間の死徒と引き離されたルプスは鼻で笑う。
雪崩で押し流された先は海岸線、悪魔が上陸する様が一望できる砂浜だ。
爆炎が天に咲き誇り、熱風がここまで伝わってくる。
「それで」彼は眼前に向かい立つ、四人の戦士に目を向けた。
「オメェらだけで俺様を止められると、本気で思ってんのか?」
「あなたは最強であっても無敵ではない。お師匠様に腕を落とされたのがその証拠です」
『熾天使』リリア・ローリンズは因縁の相手を睨みつける。
「言ったはずです。これ以上、私たちの大切なあの人を傷つけさせないと」
ルプスは鼻白み、
「……ずいぶんとまぁ、あの鼻タレ坊主を信頼してんじゃねぇか、おい。忘れたのか? アイツにお前らの声は届かなかったんだぜ? 情けなく泣いて地面に這いつくばってよ。完膚なきまでに俺様に負けやがった。そんなアイツを、これ以上支える意味がどこにある? 強くねぇ大将なんざ、居るだけ無駄ーー」
「んなこたぁ関係ねぇんだよッ!!」
オズワンが吠えた。
「強くあろうがなかろうがッ、あいつは俺たちを救ってくれた恩人で、ただの仲間で、友だッ! 連れが傷つけられて黙ってるようじゃ、漢が廃るってもんだろうがよッ!」
「全くその通り。漢ではありませんがーーあの方には返しきれない恩がある。今度はわたくしたちが力になる番です」
カレンが同意し、
「例え相手が世界最強であろうと……わたくしたちが挑まない理由にはなりません!」
ルージュは首肯する。
「お兄ちゃんの敵は皆殺し。この命を賭けて、あんたを虐め抜いてやるんだから」
「……悪魔。オメェの見た目……そうか。オメェ、あの計画の生き残りか」
ルプスは鼻を鳴らし、リリアたちの顔を見回した。
そしてーー
「……いいダチ、持ってんじゃねぇか」
そう呟き、彼は口元を緩め、柔らかく笑った。
最果ての方舟一同が思わず目を丸くするほど、それは息子を誇る父の笑みで。
だがそれも刹那だ。
「カカッ!」次の瞬間、彼の笑みは凄惨な様相へと変わる。
「雑魚がどれだけ群がったところで俺様には勝てねぇよ。オメェら全員ぶっ殺して、アイツに死に顔を届けてやる!」
「やれるものなら、やってみなさい!」
静寂は一瞬。
一陣の風が吹きすさび、両者は同時に動いた。
襲い来るは『孤高の暴虐』ルプス・トニトルス。
元七聖将第一席であり、かつて世界最強の名をほしいままにした暴力の具現。
迎え撃つは『最果ての方舟』リリア、ルージュ、オズワン、カレン。
格上の相手に挑む彼らは友への想いを胸に刻み、決意をみなぎらせる。
ーー両者の激戦が、始まった。
◆
『孤高の暴虐』は空間操作系の力に弱い。
それが戦場に着く前、リリアが出した結論だった。
とっかかりは言うまでもなく、テレサが行ったあの切断術である。
リリアやルージュが歯が立たなかったルプスの身体を、彼女は難なく切断してみせた。
ーーもちろん、あれだけでは論拠に欠ける。
たまたま奇襲で上手く行ったと言い切れないからだ。
それでもリリアが断言に踏み切ったのは、
(この世に絶対無敵の力など存在しない。どれだけ強かろうが突破口はあるはずです)
傍から見れば絶対的な力を持つジークでさえも、弱点が存在する。
そうであるならば、例え世界最強であろうと何かしらの欠点を抱えているはずだ。
そうでなくては世界のつり合いがとれない。
例えそれが砂漠に落ちた宝石を探すような無理難題でも、可能性があるなら、
「いきますよ……みんなッ!」
『応ッ!』
たった一つの希望を胸に、最果ての方舟は最強へ挑む。
瞬足で踏み込んだオズワンの顔面を、ルプスがさらなる速度で捉えた。
「砕け散れッ!」
「ォ、ラァッッ!!」
だがオズワンもさるもの。
大気を叩くすさまじい拳打を、頭突きを以て受け止めて見せた!
「…………ッ!」
ビリビリと、額から身体全体に走る衝撃。
恐ろしい威力を一身に受けながらも、オズワンは動かない。
血を滴らせながら、彼はニヤリと笑う。
「どーだ、オイ。受け止めて、やったぞコラ……!」
「……オメェ、俺様が顔面を殴るってことを読んでやがったな」
ルプスの言葉通り、オズワンは攻撃を読んでいた。
否、より正確に言えば、山勘で当てた。
(悔しいがッ、おれにはコイツの攻撃は全く見えねぇ……!)
そもそも自分が勝てる相手ではないのだ。
天と地を比べても足りない歴然たる力量差を、オズワンは身に染みて分かっている。
それでも。
「おれは倒れねぇ。バルボッサ家のきかん坊舐めんなァ!」
「それでこそわたくしの弟です、オズ!」
オズワンの狙いは時間稼ぎ。
ルプスの拳が自分の額と拮抗する一瞬の隙を、姉に託す。
竜人の姉は両手をパン、と叩き合わせ、
「大地の子よ、大地の子! 我が敵を取り込め!」
オズワンが飛ぶと同時にルプスの足元がぐわん、と開く。
突然現れたのは、地下一キロは下らない深い穴だ。
一瞬の不意を突かれたルプスは、しかし、空中に魔力を放出して脱出しようとした。
直後、
「そう来ると、思ってたよッ!!」
「あん?」
ルージュの放った重力場がルプスを叩き落とした!
ばさりとローブをはためかせ、悪魔の眼光が紅く煌めく。
「あんたはもう、そこから出させないッ!」
「カカッ! こんなもんで俺様を縛れると思ってやがんのか?」
大地の穴に堕とされながら、ルプスの哄笑が響き渡る。
「舐めんじゃねぇぞ、クソガキどもがッ!」
「……っ!」
周囲の光が歪み始めるほどの最大出力。
もはや小ブラックホールと呼ぶべき異能の力に、ルプスは真っ向から抗った。
だんッ!と大気を踏みしめ、『孤高の暴虐』は我が道を往く。
穴の側面と側面を軽業師のように蹴りつけ、空に脱出しようとした。
「……っ、リリア様、準備は!?」
「まだです! あと一分……いえ、三分稼いでください!」
錫杖に力を籠めるリリアにカレンは歯噛みした。
(あのバケモノをあと三分も……! 想定以上の無理難題ですわね……!)
改めて『孤高の暴虐』と相対したカレンは身をもって実感していた。
奇襲を受けた時には感じる暇もなかった、絶望的な実力差を。
(アレには絶対に勝てない……! わたくしたちの攻撃など、露ほどのダメージも通らないでしょう)
ジークが負けたというのも頷ける話だ。
リリア達から話を聞いて分かっていたが、実際に相対すればその凄さが分かる。
軽薄な態度とは裏腹の、鍛え上げた魂のオーラ。
加護に頼らない純粋な『力』を鍛え上げた、惚れ惚れするほどの肉体的完成度。
自分たちでは勝てない。
そんな事は分かり切ってる。
それでも、彼らは戦うのだ。
「……やっぱりこの手しかないね」
「ルージュ様……!」
ばさりとローブをはためかせ、ルージュは呟いた。
顔色を変えたカレンに、彼女は優しく微笑む。
「手筈通りにする。カレンさん、お願い。もしもの時は……」
「……っ」
カレンは唇を噛みしめながら頷いた。
視線を戻したルージュは腕を伸ばす。
そして手刀の形にした右手を、おのれの胸に思いっきり突きこんだ!
「がは……!」
鮮血が舞う。命が減る。再生に時間のかかる致命傷。
大きく魔力を消耗した、今だからこそ。
「う、が、がぁあああああああああああああああああああ!」
ルージュの悪魔としての力は、禍々しい力を放つ。
彼女の足元が蜘蛛の巣状にひび割れ、爪や牙がより鋭くなった。
「あぁ? んだオメェ。何して……」
地上に脱出しかけたルプスは、ガクン、と重力が増したのを感じた。
空中に居る自分の魔力だけでは抗い切れない、恐ろしいほどの魔力密度。
(まさか、これは)
「小娘、オメェ……冥王の魔力を使ってやがんなッ」
「う、ゥウウ……!」
再び堕ちていくルプス。
獣のように唸ったルージュに、カレンは奥歯を噛みしめた。
ーーそう、ルプスの言う通りだ。
ルージュは普段、ジークの陽力を取り込むことで冥王の支配を逃れている。
死の神オルクトヴィアスが冥王を介して送り込む魔力を遮断しているのだ。
だがそれは、悪魔としての力を半減させているのと同義。
普段ルージュが使っているのはセーブした力であって、その才能の全てではない。
本来、冥王の妹と同じ血を持つルージュの潜在能力は、並の死徒を遥かに凌駕する!
(理性を保つギリギリまで抵抗を弱めることで冥王の魔力を受け入れ、おのがモノとする……! まさにルージュ様しかできない荒業ですが、そんな無茶をすれば、ルージュ様は……!)
当然、諸刃の剣だ。
一歩間違えればルージュは冥王の支配を受け入れ、人を襲う悪鬼と化すだろう。
悪魔になったばかりならまだしも、今、完全に支配を受け入れれば、もはや元には戻れない。
この作戦を聞いた誰もが反対したが、それでもルージュは聞かなかった。
全ては愛する兄のため。これ以上、大好きな兄に悲しい思いをさせたくないから。
「負け、なイ……あたし、たち、ハ……負けなイ……!」
この状態でもルプスには勝てないだろう。
それでも、時間を稼ぐことくらいは出来るのだと、
『もしもの時は……カレンさん。あなたがあたしを殺してね』
それほどの覚悟を以て、ルージュはこの戦いに臨んでいる。
ーーその仲間の想いに、応えない女がどこに居る。
カレン・バルボッサは、血の涙を流しながら叫んだ。
「大地の子よ、大地の子! 我が敵を封じ閉じ込めろ!」
次の瞬間、ルプスが落ちた穴が左右から閉じていく。
だが、完全には閉まらない。
「クソガキ共が……!」
穴の半ばで両手を広げたルプスが抵抗をしているのだ。
大地が軋みを上げるように、ミシミシと地面が揺れる。
重力に加えた大地の圧力。力と力の相乗効果に、孤高の暴虐は動けない。
「こんな力、そう長く持つわけがねぇ……! 我慢比べでもしようってか!?」
「ぐ、うう……!」
ルージュと同じく、カレンも目から血があふれ出した。
精霊への負担が彼女自身に返ってきている。それほどに抵抗が強いのだ。
元より大地を丸ごと動かすには相当な力が要る。ルプスの言う通り長くはもたない。
だが、そんな事は百も承知。
ここまで全て、想定通り!
「いまです……やっておしまいなさい、オズワン!」
「グォオオオオオオオオオオオオ!!」
友と姉の想いを背負い、地竜は咆哮する。
穴を覗き込むオズワンの口から、赤い光線が放たれた。
一直線に放たれた光線は重力でカクン、と方向を変え、真下の穴を焼き尽くす。
『………………………………!』
熱風が吹きすさび、破壊の波動が落とし穴を駆け抜ける。
たださえ強力な地竜の咆哮は、重力と合わさる事で絶死の一撃と相成った!
地面を溶解させるほどの攻撃にーーしかし、ルプスは。
「ぬりい」
「ぁ」
無傷だ。
燃えさかる光線も、おのれを潰す重力も、大地でさえ。
『孤高の暴虐』の前では、全て児戯に等しい。
焔を魔力のオーラで防ぎ、
ルプスは側面に腕を突き刺しながら、淡々と這い上がってくる。
「努力は認めてやる。並の死徒ならやれたかもしれねぇ。だがな、俺様を誰だと思ってやがる」
暴力の具現は、陰惨に嗤った。
「俺様は最強だ。雑魚共の攻撃なんざ、効くわけねぇだろう」
「……元より、攻撃が目的ではありませんわ」
カレンは笑った。
ーー何とか稼ぎ切った、奇跡の三分。
「あとは頼みましたよ、リリア様……!」
「みんな、ありがとうございます」
しゃらん、と。錫杖の音が響いた。
凛と目を開いたリリアが、決意と共に言い放つ。
「コレで終わりです。ルプス・トニトルス!」
「カカッ! 馬鹿が。これからどうするって……」
次の瞬間、ルプスは強烈な眠気を感じた。
四肢から力が抜け、頭が朦朧とする。身体に纏う魔力のオーラが弱まった。
「な、ぁ……!」
次の瞬間、襲い来るオズワンの灼熱。
皮膚という皮膚が焼きただれ、汗が蒸発し、眼球が消し飛ぶ。
抵抗のために魔力を強めようとしたがーー無駄だ。魔力が練れない。
「こいつぁ……!」
「ルージュ様、今です!」
「『真・重力斬』!!」
戦場を俯瞰するカレンの合図を受け、ルージュは両手を合わせた。
次の瞬間、ルージュがかけていた重力が超圧縮し、空間を両断する刃となる。
光を呑みこむ無数の刃は、ルプスの身体をバラバラに斬り裂いた!
「………………!」
声なき呻きをあげたルプスはすぐさま傷を修復しようとする。
だが遅い。常なら一瞬で再生するはずが、再生力が弱まりすぎている。
(一体、何が起こって……!?)
「《それは母の子守歌》、《微睡みに抱かれよ》、《眠る大地と共に》、」
燃えさかる焔の中、ルプスは朗々と響き渡る詠唱を耳にする。
見れば、穴の側面に白い霜が広がり、凍り付いていく様が見えた。
(ーーこれは、世界が)
ピキピキと、霜は急速に広がる。
大地へ、空へ、海へ、あまねく全てに。
「《そこは楽園》、《魂の眠る場所》、《全てが凍る冬の果て》」
しゃらん、しゃらん、と鈴の音が響き渡る。
リリアの瞳が銀色の輝きを放ち、翼から燐光が漏れ出した。
それは冬の神から預かった、熾天使であるリリアの権能。
世界を眠りに誘い、生命に死を与える冬の神の真骨頂!
「《顕現せよ》、『世界死の棺』!!!!」
次の瞬間、ルプスは物言わぬ氷像と化した。
生きとし生けるものが眠り、死に誘われ、命の存在を許さない氷の棺。
大地に空いた穴を、ルプスはただひたすら落ちる事しかできない。
「大地の子よ、大地の子! 堕としなさい、どこまでも!」
(クソガキ、共、がぁ……!)
深く、深く。大陸のプレートに届くまでカレンは精霊を動かし続ける。
暗闇の中に『最強』の姿が消えた瞬間、穴を閉じた。
静寂が広がり、一同の身体からどっと力が抜ける。
「はぁ……! はぁ……! なんとカ、なっタ……?」
「ぜぇ、ひゅー……はい、ハァ、恐らくは……」
膝をつき、息を荒立てたルージュ、
滝のように嫌な汗を流すリリアが言った。
既に穴は閉じているが、今もカレンが大地を操作している最中だ。
身体を動かせないルプスは、今も地下を落ち続けているだろう。
「それよりルージュ。わたしの血を吸ってください」
「で、でモ」
「ジークには及びませんが、わたしは神の眷属です。応急処置程度にはなるでしょう」
「うん……」
ルージュは苦しそうに胸を抑えながら、リリアのうなじにかぶりついた。
鋭い痛み。甘く切ない疼きが走り、思わず「んっ」と変な声が出てしまう。
「ふ、ぅう……」
どくん、どくん、と自分の血が吸われているのが分かる。
ルージュの元に陽力が流れ込み、彼女の顔色は目に見えてよくなった。
リリアは妹の頭をそっと撫でつけた。
「……よく頑張りましたね、ルージュ」
とはいえ、これも長くはもたない。
ルージュが冥王の支配を拒めているのは冥王の血縁でありゼレオティールの加護を宿すジークの陽力があるからで、他の誰でもいいというわけではない。彼女がこうして自分たちの側にいるのは奇跡的なことなのだ。早く戦いを終え、ルージュだけでもジークの元に帰さなければ。
「はぁ、ぜぇ……なぁ、これで倒せたと思うか」
地竜化を解いたオズワンが息も絶え絶えに問いかけてくる。
リリアは首を横に振って、
「間違いなく、死んではいません。そもそも、倒すような業ではありませんし」
「……まぁそうか、けど」
オズワンは呆れたように白い息を吐きだした。
「あんたもとんでもねぇな天使サマ……熾天使の権能ってのは」
「連発が出来ない諸刃の剣ですけどね……」
リリアは苦笑と共にオズワンの視線を辿る。
ーー眼前に広がる世界は凍り付いていた。
海も空も何もかも、ルプスが居た場所を中心に氷原が広がっている。
まるでその場所だけ冬の景色を切り取って張り付けたような、歪な環境だ。
『世界死の棺』。
神アウロラの権能を現世に顕現させる、リリアにとっての権能武装である。
冬とは秋から春にかけ命を眠らせ、新たな命に生まれ変わらせる死の体現。
動物が冬になると冬眠するように、リリアは世界の命に干渉し、一部のみ冬に変えた。
そんな荒業を為せば消耗も馬鹿にならず、準備にも時間がかかる。
今のリリアが使えるのはひと月に一度というところだ。
「あのバケモノを止められるなら、これくらい安いものです」
「確かにな……」
全員の消耗は馬鹿にならないが、リリアたちは成し遂げたのだ。
これでジークが彼と戦う事はない。あれ以上彼が悲しむこともない。
もちろんリリアが死ねば権能は解けるが、ジークが生きている間は問題ないだろう。
「ルージュ、あなたのお陰ですよ」
「……あたし一人じゃ、どうにもできなかったよ」
リリアの首から顔を離し、ルージュは笑って見せる。
「みんなの勝利って奴。さ、早く帰ってお兄ちゃんに会いに行こ?」
「そうですね」
ーー問題はここからだ。
ルプスが居なくなったことで、リリアたちの背後には悪魔の軍団が押し寄せている。
その数、一万は下らないだろう。
全員が消耗している今の状態で、あの津波を越えなければならない。
しかも、時間をかけすぎれば次のミサイル爆撃に巻き込まれてしまうのだ。
「ふぅ……結構きついですね」
「みんななら出来るよ。あたしたち、あの『孤高の暴虐』にも勝ったんだから」
「ハッ! たまにゃいい事言うじゃねぇか。ルージュ」
ルージュは目を丸くし、ふ、と口元を緩めた。
「あたしはいつもイイコトしか言ってないよ、馬鹿オズワン」
「くす。二人とも相変わらずですわね。なんだか安心します」
絶望的な状況下の中、いつものやり取りを交わせるのは貴重な才能だ。
カレンは微笑み、気丈にしているリリアの背に手を当てた。
(リリア様。実は見た目以上に消耗が激しいでしょう?)
(……っ、やっぱり、分かります?)
(分かりますわ。二人も気付いていて触れていないのでしょう)
ここはわたくしに任せてくださいませ、とカレンは手を合わせる。
すると、彼女が呼びかけた精霊が大地を操り、無数の土人形が生まれた。
「さぁ、お乗りくださいませ。わたくしが砦まで運びますわ」
「助かります。じゃあお言葉に甘えて」
リリアは遠慮がちに足を踏み出し、土人形に手をかけた。
ピキ、と耳の奥に響く、土が欠ける音。そのまま背に飛び乗ろうとして、
いや、違う。
「……………………………………嘘でしょう」
リリアは硬直し、慌てて振り向いた。
ただならぬ表情を見た全員が異常事態を察し、同じ方向を見る。
そこには、リリアが現出させた冬の景色がーー
ーー……バシィイイイイイイイイイイイイイイイイ!!
冬の景色が、赤い雷に染められていく。
バチバチと迸る波動は雪を溶かし、雪原を穿ち、冬を荒野に塗り替える。
カレンが閉じたはずの大穴が、凄まじい音を立ててひび割れた。
「まじかよ……あんだけやっても、まだ!?」
「……!」
一同の脳裏に過る、一人のバケモノの存在。
もはや疑いようもない事象に、しかし、消耗した彼らが出来る事はない。
そしてーー
ーー……ドンっ!
花火のような音と共に、何かが地面から飛び出してきた。
否、『何か』ではない。それは疑いようもなく、あのーー
「……一瞬、一瞬だ。オメェらは俺様から本気を出させた」
『孤高の暴虐』ルプス・トニトルス。
逆立つ黒髪、全身に赤い雷を纏い、彼は宙に浮かんでいる。
「誇っていいぜ。やるじゃねぇか。さすがあのガキの仲間ってか」
ルプスは快活に笑う。
軽い口調。褒めるような声なのに、微塵も喜べない。
「ぁ」
ピキ、ピキ、と氷がひび割れる音が聞こえる。
それは一同の心が砕ける音か、はたまた、大地が上げる悲鳴なのか。
きっとどちらでもあるのだろう。
それは絶望の音だった。
「こっからは遊び抜きだ」
ルプスは表情を消し、口元に指を当てた。
「呑み込め、『絶死海龍』」




