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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 雷霆の誓い
108/231

第十七話 最悪の再会

 

「とう、さん……なんで」


 その言葉は、あらゆる疑問を含んでいた。


 ーーなぜ、父が生きているのか。

 ーーなぜ、オズワンやカレンが倒れているのか。

 ーーなぜ、今ジークたちの前に現れたのか。


 しかしジークは無意識のうちに悟っていた。

 それを認めたくないだけで、答えは目の前にあるからだ。


「なんで? カカッ! んなの決まってんだろ」


 だがルプスは息子の甘えを許さない。

 彼はおのれの耳に触れ、見せつけるように首を傾けて見せた。


「俺が悪魔だからだ。悪魔は人間を殺す。そうだろうが?」

「……っ」


 そう、父の耳は鋭く長かったのだ。

 姿形は異形化していないようだが……。

 その身から溢れる禍々しい魔力は、悪魔の力そのものである。


「父さんが、悪魔に……じゃあ、どうして、オズたちを……どうしてッ」


 ジークは一歩踏み出し、


「どうして、帰ってきてくれなかったの!?」


 悲鳴のように、糾弾する。


「悪魔になって生きてたなら、連絡くらいくれてもいいじゃないか! 僕が、僕がどんな風に過ごしてきたと思ってるの!? 父さんが死んでから、大変だったんだよ。苦しくて、辛くて、どうしようもなくて……父さんが生きてくれてたらって、何度も思ったのに! 父さんなら、冥王の魔力も拒絶できるでしょ!? どうして……今になって現れて……僕の仲間を傷つけたのさ!?」


 ルプスは呆れたように嘆息し、


「……ほんっと相変わらずの甘ちゃんだな、オメェ。確かに俺様は冥王の支配を受け付けねぇよ。だがそれがどうした? なんでオメェの所に帰んなきゃなんねぇんだ? ざけんなよ」


 ルプスは吐き捨てるように言った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え」


 心臓がきゅっと締め付けられるような痛みを帯びた。

 彼の言った『大嫌い』は、今まで聞いた言葉の何よりも冷たかった。


「俺様がオメェを育ててたのはセレスへの義理だけだ。死んだら義理もくそもねぇからな。好き勝手させてもらうのは当然だろ?」

「う、そだ」

「嘘じゃねぇよ。俺様は今も昔も、オメェもことが大嫌いだよ」

「嘘だッ!!」

()()()()()()()()()()


 ルプスはゆっくりと腕をあげ、オズワンとカレンを指差す。


「大嫌いな奴の仲間だから、ぶっ飛ばしたんだろうが?」


 ひゅっ、とジークは息を詰まらせた。

 言葉の刃が胸に突き刺さり、心臓に裂けるような痛みが走る。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。


「ね、ねぇ……嘘、だよね、ねぇ……父さん」


 大好きなのだ、大好きだったのだ。

 いつだって父は自分を助けてくれる、自分を見守ってくれている。

 暴力的なのはジークを鍛えようとしているだけで、

 不器用な男だけど、ふとした時に優しさを見せる、カッコイイ男なのだ。


「嘘だって言ってよ、ねぇ、父さんッ!」


 張り裂けるように叫ぶジークに、ルプスは露骨に溜息を吐いた。

 こちらに背を向け、窓から覗く、カルナックの街並みを見やる。


「クソガキ、俺様はこの街を……人類を滅ぼすぜ」

「え」

「オメェの仲間をボコボコにしたみてぇによ。街の人間一人一人、顔を潰して、鼻を削いで、骨を折りまくって、生きていてごめんなさいって泣きついて来るまでよーー全部、壊してやる」

「……っ」

「こっちの神から聞いた。オメェ、七聖将になったんだろ?」


 その瞬間、ルプスが目の前にいた。


「守って見せろよーー英雄」


 みぞおちに強烈な衝撃が走る。


「か、はッ……!」


 肺の中の空気を吐き出され、ジークは決河の勢いで吹き飛んだ。

 拠点の壁を突き破り、そのまま外へ飛び出し、


「いつまで迷ってやがんだ?」


 空中にいるジークに、ルプスは追いついてきた。

 目を見開いたジークの顔面に拳、続けて肩を強打し、背中を蹴り、足を掴まれる。


「カッ、カカカカカカカッ!!」


 回転と共に、思いっきり投げ飛ばされた。


「ジーク!?」


 水切り石のように転がり、ジークは悲鳴を上げるリリアの足元へ。


「ゲホ、ゲホ、う、づぅ……!」


 びちゃびちゃと、大量の血を吐き出すジーク。

 リリアは瞠目し、ぎりぎりと錫杖を握りしめた。

 未踏破領域ヌシすら傷一つつけず倒した恋人の負傷した姿に、


「どこの誰かは知りませんが……!」


 怒りが一瞬で沸点を超え、天使は吠える。


「ジークを傷つける輩は、誰であろうと許さない!」


 しゃらん、と錫杖を鳴らし、

 前方、戦塵を巻き上げる拠点に、リリアは陽力を放つ。

 指向性を伴う陽力は、相対する全てを凍り漬けにし、何者の生存も許さない。


 その筈だった。


「なッ」


 ーー……バシィィイイイイッ!


 空気を叩く甲高い音が響き渡り、リリアの陽力は跳ね返された。

 攻撃が無効化されると同時に戦塵が晴れ、その姿が露わになる。


「んだよ、挨拶もなしにいきなり攻撃か? いい性格してんじゃねぇか、女」

「……いづぁっ!」


 直後、リリアの腕から氷柱が突き出してきた。

 氷になる寸前の陽力が跳ね返り、おのれ自身を傷つけたのだ。


「お返しだ。バーカ」


 獅子のような男が纏う闘気にリリアは思わず気圧され、目を見開いていた。

 雰囲気は似ても似つかないが、その顔立ちはどこかジークに似ているーー


「リリア、怪我……!」

「これくらい問題ありません! それより、あれは何者ですか? もしかして」

「……僕の、父さん。悪魔になって……生きてたみたい」

「……!」


 目を見開いたリリアの手が、一瞬の迷いを帯びる。

 だが、彼女の影に潜むもう一人の少女に、我慢などできはしない。


(例えお兄ちゃんのお父さんでも、お兄ちゃんを傷つける奴は全員敵だよ)


 ルプスの足元に影が蠢く。

 影は触手のようにしなり、鍛え上げたルプスの身体を貫いてーー


(…………………………は?)


 貫いては、いない。

 それどころか、避けてすらいない。


 ルプスは有り余る魔力を纏うだけで、影の触手を弾いて見せた。

 神霊ダルカナスですら貫いた影を、だ。


「んだコレ、そこに(・・・)なんか居るな……雑魚が。群がんじゃねぇ!」


 一喝と共に振り下ろされる震脚!

 ごぉん! と地震が起きたような揺れが発生する。

 その揺れに乗せた魔力が、影の中に潜むルージュを傷つけた!


(いっづぁあ……!?)

「「ルージュ!?」」


 影の中で悲鳴を上げたルージュ。

 足元を見るが、ここが街中である以上、彼女を出すわけにはいかない。

 歯噛みし、再び錫杖を構えたリリアだが、その前にジークが立ち上がった。


「お願いだから下がってて、リリア」

「ジーク、でも!」

「あの人には勝てない。元七聖将第一席の、あの人には」


 リリアは喉元まで出かかった言葉を止めた。


 ーーそれはジークも同じではないですか、と。


 ジークは強い。誰よりも強い。

 死徒や神霊を倒してきたまぎれもない英雄だ。

 そんな彼に弱点があるとすれば、それはーー


(身内への甘さ……例え悪魔になろうと非情になり切れない、その優しさこそが……!)


 半魔として生きてきたジークは自分を受け入れてくれる者に深く親しみを覚える。英雄という肩書がつく前、半魔である彼を受け入れたテレサやリリア、ルージュなど特に顕著だ。

 それゆえに、


(アンナさんの時もルージュの時も無理だった。七聖将になっても、それは)


 きっと変わっていない。

 変わらなくていいとすら、リリアは思っていた。


 彼の甘い分は自分が杖を振るえばいい。

 彼が足りないところを自分が補えればいいと。


 それなのにーー


「カカッ! んだソイツ、お前の女か?」


 ルプスは挑発的に笑い、リリアの身体を上から下まで舐めまわすように見やる。

 そこに卑しさはない。むしろ圧倒的な敵意が天使を包み込んでいた。


「ーーソイツを殺せば、オメェは本気になるかよ?」

「……っ!」


 瞬間、ジークに眠る、心のナニカが裂けた。


「黙れ」

「あ?」

「お前は、父さんじゃない。父さんは、そんなことを言わない……!」


 目の前の男が『父』であることを否定する。

 思い出の中の父が壊れないように、ジークの弱さは都合の良いエゴを作る。


(きっと冥王に操られてるんだ。じゃないと、だって……!)


 奥歯を噛みしめ、ジークは剣を向ける。


「父さんの姿で、その声で、それ以上喋るなッ、この悪魔め!」

「だったらどうすんだ?」

「ぶっ殺してやる!」

「カッ!」


 ルプスは嗤った。

 陰惨に、凄惨に、この世の悪意を煮詰めたような、それは悪魔の笑みだった。


「カッカカカッ! 女の前じゃ啖呵を切るかよ! 俺様を否定して? カカッ! 笑わせやがる!」


 だが、と。

 彼は表情を消し、指を突きつけるのだ。


「違う。そうじゃねぇ。俺様が望んでんのはソレじゃねぇんだよ」

「……なにを、言って」

()()()()()()()()()。俺様は正真正銘、オメェの父親だ。ルプス・トニトルスだ。何ならオメェがオネショした数でも教えてやろうか?」

「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! お前は、もう」


 膝に力を溜め、ジークは飛び出した。


「黙れッ!!」

「ジーク、ダメ!」


 リリアの制止を無視し、雷の速さでルプスの懐に入り込む。

 ゼロコンマ一秒の刹那に雷を消し、『絶対防御領域』に切り替える、同時に先視の加護を全開にした。

 相手の異能を打ち消し、未来を視る今のジークに死角はない。

 この戦い方で、ジークはキアーデやダルカナスを倒してきたのだ。


「遅ぇ」


 それでも(・・・・)、ルプスには通じない。


「……………………は?」


 ジークは目を疑った。

 魔眼に映る、ブレて見える可能性の未来が追いつかなかったのだ。

 まるで、早送り映像でも見ているかのようなーー


「そんなもんかよ、オメェは?」

「……………………ッ!!」


 右頬を思いっきり殴られた。

 頬骨が砕けるような衝撃、脳が揺れ、視界がブレる。

 後ろへ吹き飛ばされる寸前、ジークはギンッ!と紅色の瞳をギラつかせた。


「まだ、まだまだぁぁあああ!」


 雷の力を全開にし、左頬を殴ろうとしていたルプスの腕をかがんで避けた。

 続いて跳躍、足を避け、首筋に全力で刃を振るう。

 外れだ。ルプスの筋肉が内側へ動く。

 視線が左に、回避の動作。ならば外、いや違う。


 ーーフェイントだ!


 ガキンッ!


 猛烈な勢いで迫る拳が魔剣の刃と激突する。

 互いに位置を切り替えながら、二人は拳と剣を交わす。


「カカッ、カッカカカカカッ!」


 ーー身体が重い。


 心に嵌められた枷が動きを鈍くする。

 戦う意思に身体が追いつかず、身体と心がちぐはぐだ。

 全身で痛くないところを探すのが難しいほど、身体の不調が酷かった。


 ーーそれでも。


(この人は、僕が止めるッ!!)


 次の瞬間、硬いもの同士がぶつかり合う衝撃が、放射状に亀裂を奔らせた。

 彼らの間に割って入る余地などない。

 それは卓越した実力者達が放つ絶死の領域だ。

 無論、リリアも、ルージュも動けなかった。


(動きが速すぎて残像にしか見えない……これじゃ援護しようにも……!)

(あのお兄ちゃんと余裕で渡り合ってる。これが、お兄ちゃんの父親なの!?)


 戦慄する二人をよそに、二人は鍔迫り合っていた。

 魔剣アルトノヴァの力を使っても吸い切れない圧倒的な魔力のオーラ。

 傷一つ付けず拳で剣を受け止めたルプスは口元に弧を描いた。


「まぁまぁやるようになったじゃねぇか、なぁ、クソガキ」


 挑発的な嗤いに、くしゃりと顔が歪んだ。


 ーーあぁ、同じだ。


 心の弱さが覆い隠した真実を、身体に刻まれた動きはいとも容易く暴き出す。


 ーー全部、同じなんだ。


 その顔も、その声も、その動きも。

 人を小馬鹿にしたような笑い方も、傲岸不遜な在り方も。

 何もかも、ジークが知っている父と酷似している。


 ーーいや、もう認めよう。


 目の前の存在は、父だ。

 ルプス・トニトルス張本人だ。

 冥王に操られているわけでもなければ、記憶を失っているわけでもない。

 ありのままの彼が、ジークを否定している。


「……なら、どうして、だよ」

「あぁ?」


 泣きそうな声で、ジークは問う。


「僕の事が嫌いなら……どうして、僕を助けてたんだ」

「言っただろ。それは、セレスへの義理でーー」

「父さんは、そんな奴じゃないだろ」


 認めたくない。

 認めたくないけれど。


「義理とか借りとか、そんなの全部踏み倒す。それが父さんじゃないか」

「……」

「なのに、どうして……?」


 ジークは懇願するように言った。


 か細い希望でもよかった。一縷の希望を抱きたかった。

 本当は自分を焚きつけるためにそんなことを言ったのであって。

 心の奥底では、自分への愛が残っていると思いたかった。


「ハァ。オメェ、時々鋭いんだよな。俺様の事が良く分かってやがる」

「……何度もボコボコにされたからね」

「カカッ! 違ぇねぇ。まぁそうだよ、俺様がオメェを助けたのは義理なんかじゃねぇ」


 ギリギリ、と鍔迫り合いの向こうで、ルプスの瞳が光った。

 ようやく聞けた答えは、しかし。




お前が兵器だからだ(・・・・・・・・・・)




 想像の埒外にある、最悪なものだった。



「…………は?」



 今度こそ、ジークは固まった。

 頭に理解が追いつかない。言っている事が分からない。


 ーーヘイキ? 平気? 兵器って、言った?


 呆然としてしまうジークにルプスの拳は容赦しない。

 力が抜けた途端、鍔迫り合いの拮抗が崩れ、ジークは胸を殴られた。

 ビキビキ、と肋骨が折れる音が響く。


「がッ!」


 勢いよく吹き飛ばされたジークに、しかしルプスは追撃を仕掛けなかった。

 地面を転がる彼の側に移動し、ジークの腹を踏みつける。

 いつかのように、愛しい思い出のように。


ジーク(お兄ちゃん)ッ!!」


 リリアやルージュがたまらず氷や影で援護する。

 だが無駄だ。熾天使と特級悪魔の攻撃を受けてルプスは微動だにしない。


 彼はジークを見下ろし、淡々と告げる。


「疑問に思ったことはねぇか? オメェが神共の加護を何個も宿せるってことをよ。いくら半魔であろうがベースは人間だ。なのにお前の力は人間を逸脱している。第六死徒、第七死徒、神霊、半魔だからっつー理由だけじゃ無理だろ。冥王じゃあるまいし」


 ーー考えた事が、ないわけがない。


 どうして自分がと考えた事はあった。

 けれど深く考えないようにしていた。


 ただでさえ半魔だというだけで辛いのに。

 これ以上『なんで自分が』と考えて何の意味がある?

 だから、問題から逃げた。



「答えは簡単だ」



 けれど運命は、いつだって逃げる事を許さない。



「お前の正体は、()()()()()()()()()



 淡々と、残酷に。



「それがお前だよ、クソガキ」



 これでもまだ立つのかと、問いを投げつけるのだ。



 静寂が、その場に満ちていく。

 一拍の間を置いて、ジークは口を開くが。


「………………うそ、だよ、ね」


 ようやく絞り出せた声は、風に溶けて消えそうなほどか細かった。

 頭が理解を受け付けず、感情が現実に追いつかない。


「僕は。母さんから生まれたって、そう、ルナマリア様が、」

「母体を提供しただけだ」

「と、父さんも、息子だって……!」

「俺様が神の奴から受けた依頼は、お前が成長するまで見守ることだった」


 今はもう死んじまった神だがな。とルプスは付け加える。


「お前がゼレオティールの力を使えるようになるのは時間がかかる。だからそれまで世界からお前を隠し、密かに成長させ、来るべき時までに鍛え上げる。それが、神が立てた計画だ。これで分かんだろ? いくら神の依頼だからといって、死んでまで約束を果たすほど俺様は義理堅くねぇ」


 つまり、


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ぁ」


 父から子へ贈る、それは残酷な決別宣言だ。

 ただでさえ受け入れられない現実が、モノクロ色に染まっていく。


(アレは、全部、嘘だった……?)


 魔獣から助けてくれたことも。


(父さんは、僕を愛してなかった……?)


 泣きべそをかく自分を背負ってくれたことも。


(僕は兵器で、全部、神の依頼で、そのために、父さんは嘘を)


 泥だらけになるまで殴りつけ、鍛えてくれたことも。

 本当は自分が嫌いで仕方ないけど、神の依頼の為に、仕方なく演技をした。

 大嫌いだと言っていたのも真実で、ジークの感じた愛情はどこにもなかった。


 それが真実。

 それが現実。


「ぁ」


 ジークの視界に映る、傷ついた恋人の姿。影に潜む妹の気配。

 自分を助けようと攻撃するたびに彼女たちは傷つき、悲鳴を上げている。

 このまま続けていれば、いずれあの時のようにーー。


(いやだ)


 瞳に涙が浮かぶ。心がミシミシと軋みを上げた。


(いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ)


 脳裏に浮かぶ、血まみれの身体、冷たくなる体温、消える鼓動。

 おのれの無力を思い知らされる絶望感、生きる意味を失う恐怖、


 兵器でしかない自分の為に、彼女たちを、また。


 ーー永遠に、喪う事になる。


「ぁ、ぁ、ぁあああああああああああああああああああ!」


 蒼き雷が、天に突き立つ。

 ルプスは身体が呑みこまれる寸前、その場から飛び退いた。

 暴走させた恐ろしい『力』を身に纏い、ジークの心に雷が応える。


「ジーク、ダメ……そっち(・・・・)に行っちゃダメッ!!」


 リリアの声が響くが、無駄だ。

 今のジークには、恋人の言葉すら届かない。


「ぅ、ぅうううう……ッ!」


 神聖な蒼き雷は黒く、禍々しく。

 アルトノヴァは毒々しい色に染まっていく。

 血色に染まった眼光が、悪魔のように煌めいた。


「……カッ! 現実を拒否してひきこもりか。それで勝てるつもりかよ?」

「ぁぁあああああああああああああああああああああ!」


 黒き稲妻が地上を奔る。

 距離の概念を殺し、ジークはまたたく間に彼我の距離を詰めた。

 通り過ぎた大地を陽力の余波だけで深く抉る、圧倒的な暴力。


 しかし、


「弱ぇ」


 理性を無くした攻撃で殺せるほど、ルプス・トニトルスは甘くない。

 ダルカナスを一方的になぶった雷を、彼は指一本で受け止めて見せた!


「…………馬鹿な、ありえない」


 リリアは驚愕の声を漏らす。

 当然だろう。ジークの雷は、あの冥王にすら届いたのだ。

 それはすなわち、世界の頂点に通用することを意味する。


 それなのに。


「つまんねぇ真似しやがって」


 ルプス・トニトルスには、傷一つ付けられない。


「これならさっきまでの方がマシだ」


 リリアの語った『優しさ』以外にも、ジークには明確な弱点が存在する。


 それはメンタル面でもなければ、

 彼が持つ加護に欠陥があるわけでもない。

 単純故に誰もが気付かないジークの弱点。それはーー


「弱すぎるぜ、オメェ」


 加護に頼らない(・・・・・・・)純粋な力(・・・・)だ。


 あらゆる力を否定する絶対防御領域でも、魔力自体を消す事は出来ない。

 魔剣でも吸い切れない純粋かつ圧倒的な魔力。そしてそれを扱う格闘技術。

 理論上、これがあれば誰であってもジークに対抗することが出来る。


 問題はそれを為しうる存在が、今まで冥王以外に居なかったことだ。

 否、正確に言えばーー

 あの冥王ですら、死の神以外の加護を使ってジークと戦っていた。

 その事実に気付き、リリアは震えた。


(ちょっと、待ってください……あの人、加護や異能ナシでジークに渡り合ってるってことですか!?)


 例え身体の内側に働く異能であってもジークの絶対防御領域は打ち消す。つまりルプス・トニトルスはーー二つの力を宿していない前提だがーー今の今まで、何の異能も加護もなく戦っている事になる。

 心を閉ざし、攻撃本能の塊となった暴走状態のジークを、だ。


「そんなの……バケモノどころじゃないですよ……!?」


 これが、これこそがルプス・トニトルス。

 かつて七聖将第一席の座につき、『孤高の暴虐(ベルセルク)』と謳われた暴力の具現。


 彼を知っている者は、今でも語る。

 何があっても敵に回してはいけない存在とは、彼の事だと。


「こんなに弱ぇならーーもう、死ねよ。オメェ」

「ジーク!!」

「お兄ちゃん!!」


 指先で止めていたジークの雷を天に逸らし、暴虐が牙を剥く。

 リリアが疾走し、ルージュも影の中から飛び出すが、遅すぎる。

 ルプスの拳は迷うことなくジークの胸を貫いた。


 誰もがそう思ったその瞬間だ。


「ーーぁ?」


 ぼとり、とルプスの腕が落ちた。

 リリアやルージュですら傷一つ付かなかった身体を、いともたやすく。


「全く世話の焼ける……何をしてんだい、馬鹿弟子」


 突如現れたテレサは、ジークを抱えて短距離転移した。


「お師匠様!」

「オズワンたちを運んでたら遅くなった。悪いね、リリア」


 自分の腕を空間ごと落とした女に、ルプスは訝しげに眉を顰める。


「テメェ……なんか見たことあんな」

「お目にかかるのは久しぶりだ。会いたくなかったよ、『孤高の暴虐(ベルセルク)』。クソ野郎」


 ルプスは目を見開いた。


「……そうか。オメェ。確か俺が葬送官の時に喧嘩売ってきた……」

「道の真ん中で『退け』って言われて『嫌だ』って答えただけだよ。誰があんたに喧嘩売るか」

「カカッ! 老けたなオメェ。あの時は逃げられたが、今度こそ決着つけっか」

「必要ないね。だって、」

「ーーお前の相手は俺っちだぜ、悪魔野郎」


 ……ズドンッ!!


 重く鈍い音が、天から降ってきた。

 拳と拳が激突し、ばさりと貫頭衣を揺らした男が言った。


「悪いが、そいつはウチの新入りでね。手ェ出さないでもらえるか」

「オメェ……」


 ジンジンと、ルプスの手に痺れが走っている。

 それは相対する男の『武』が、自分のそれに比肩しうることを示していた。


「この力……七聖将か……!」

「お初に、センパイ」


 第四席『至高の武(シュプレイア)』シェン・ユは戦場に降り立つ。


「シェンさん……!」

「遅くなって悪いな、ローリンズ特別審問官。近くの葬送官たちを避難させるのに手こずっちまった」


 そう、リリアはジークが拠点に向かったとき既に、七聖将へ応援を要請していたのだ。事態を重く見た七聖将は二次被害を避けるために付近の葬送官たちを誘導していた。だからこそ、戦いの音を聞いて誰も駆けつけてこなかったのだ。


「わたしたちは問題ありません。でも……」

「ぅ、ゥウウウ……!」


 問題は、理性を失ったジークだ。

 テレサに助け出された今も雷を纏い、獣のように唸ってじたばたと暴れている。

 そんな愛弟子の姿に、テレサは憐憫(れんびん)の眼差しを向けた。


「……少し、大人しくしな。馬鹿弟子」

「ぁッ」


 カクン、とうなじに手刀を落とし、テレサはジークを眠らせる。

 意識を失った息子を見やったルプスは、呆れたように嘆息した。


「手刀一つで落ちるとか、鍛え方が足りなさすぎんぞ」

「誰もあんたと一緒にされたくないだろうけどね。それで、どうすんだい?」


 まだやるかい? とテレサは問いかける。

 ルプスの眼前では、油断なく目を光らせたシェンが構えを取っていた。

孤高の暴虐(ベルセルク)』は興が覚めたように嘆息する。


「……やめだ、飽きた。つまんねぇ戦いだったぜ」

「俺っちが逃がすと思うのか?」

「カカッ! 粋がんなよ、七聖将。オメェ、悟ってんだろ? 俺様には勝てねぇってよ」

「……」

「それでいい。正しい判断だ。オメェらの誰も、俺様には勝てねぇ」


 ルプスは踵を返す。


「俺様に勝てるのは、俺様だけだ」

「ーー待てッ!」


 シェンの制止もやむなく、ルプスは一瞬で姿を消した。

 途端、世界が息を吹き返したように、風が音を立てて流れていく。


「……ハァ。義務的に引き留めたものの、ゾッとしたぜ。何だあのバケモノ」


 シェンは肺に詰めていた息を吐きだした。

 全身に流れていた冷や汗が、びっしょりと服を濡らしている。

 どうやら単独のようだが、もしも仲間(死徒)を連れていたら死んでいたのはこちらだ。

 既にカルナックから気配が消えているが、一体どうやっているのか……。


「と、今の問題はこっちか」


 ジークはテレサの膝に頭を預ける、新人の姿を見た。

 全身はボロボロ、あちこちの骨は砕け、浅い呼吸を繰り返している。


「お兄ちゃん……」


 泣きそうな表情で兄にすがりつく妹の悪魔。

 兄妹の様子を眺めながら、シェンは肩を竦めた。


「華々しいデビュー戦ってのは、飾れなかったな」

「相手は実の父親です。それがあんな態度を取られたら……」


 ジークに天使の治癒術を施しながら、リリアはきつく目を瞑った。

 例えどれだけ蔑まれようと、彼は半魔であることを恥じたことはない。

 彼は、自分が両親に愛されていたことを誇りに思っていた。


 地獄のような苦しみの中、両親の事だけが彼を支えていたのだ。

 それを崩されれば、我を失ってしまっても無理はない。

 リリアは我知らず、拳を握りしめる。


(わたしの声も、届かなかった……)


「悪いが、父親であろうと何だろうとコイツには働いて貰わなきゃなんねぇ」


 満身創痍の後輩を見つめつつ、シェンは無情に告げる。

 咎めるように顔を上げたリリアとルージュだが、


「最前線から連絡があった。不死の都に動きがあったらしい」

「……!」


 シェンの放った言葉に、一同は顔色を変えた。


「まさか、来る(・・)ってのかい?」

「あぁ。久々にデカい戦争(ヤマ)だ。最前線に着くまで、あと一週間もないだろう」


 だから、と。


「こいつには強くなって貰わなきゃ困るんだよ。『孤高の暴虐(ベルセルク)』に勝てるぐらいな」

「……そんなの、出来るの?」


 ルージュが不安そうに言った。


「お兄ちゃん、全力で戦ってたんだよ。それが、あんな一方的に……」

「そうですね……」


 リリアもまた、顔を顰めた。

 父親云々を抜きにしても、絶望的な実力差を見たからだ。


「悔しいですが、わたしも同じ意見です。アレに勝つなんて誰にも……」

「出来る」


 シェンは断言し、続ける。


「コイツはまだ、七聖将としての力を使いこなしてねぇ。俺っちがコイツを強くしてやる」


 なにせ、


「俺っちは教育係だからな。こいつのことは俺っちに任せろ」



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― 新着の感想 ―
[良い点] ジークのお父さん強すぎやろ笑、神の力に頼らず自力であんなに強いなら使った時どうなるんやろ笑 [一言] 更新お疲れ様です! 今回もめっちゃ面白かったです!次回も楽しみにしてます頑張ってくだ…
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