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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 雷霆の誓い
106/231

第十五話 過去から今へ

 

神殺しの雷霆(ゴッド:スレイヤー)……」


 ごくり、と『最果ての方舟』一同は息を呑んだ。

 かつて『神殺し』の二つ名を与えられた人間は居ない。

 それは天界に住まう神々に不敬であることもあるし、神と対抗するような人間は居ても、神を殺せるような力を持つ人間が居なかったということでもある。


 だが、


 僅か四か月足らずで死徒を二体葬魂、

 煉獄の神ヴェヌリス、エリージア、ダルカナス、

 そして冥王と遭遇して生き残った彼は、既に人類を逸脱している。


 彼以外にこの名に相応しい者は居ないだろう。

 とその場の誰もが思ったのだが、


「なんか……ちょっと仰々しすぎませんか? 響きはカッコいいですけど」


 ジークは不満げに唸った。


「もうちょっと大人しい方がいいんです」

「むぅ。妾なりに精一杯考えたのかじゃが……」


 しゅん、とルナマリアが俯く。

 その瞬間、眼鏡をくい、と上げたアレクが詰め寄ってきた。


「貴様、何が不満だ。姫様が精魂込めて考えた特上の名を賜らんとは何事だ。本来であれば膝をつき額をこすりつけ泣いて喜ぶところであろうが。それが七聖将の、いやひいては人類全ての義務だ。分かるか、いや分からなくてもいい。分かれ。その魂に刻みこみ今後二度と姫様の表情を曇らせないと誓え」

「あ、アレクさん……?」


 クールな印象だった男の豹変にジークはたじろぐ。

 有無を言わさない彼への対応に困っていると、アレクの後ろから人影が現れた。


「はいはい、どう、どう。落ち着けアレク。新人に詰め寄ってどうするよ」

「む」


 初めて見る顔だった。

 薄緑の短髪、手足がやけに長い引き締まった体躯。

 少しチャラそうな雰囲気の男はジークを見下ろして、


「お前も、そこまで不満ってわけじゃないんだろ? じゃあいいじゃねぇか」

「はぁ……まぁ、はい。カッコいいとは思いますし」

「だとよ。姫さん」

「うむ! カッコいいじゃろ! お主は少しくらい派手な方が良い!」


 はっはは! と元気を取り戻した姫に七聖将はほっとした様子だ。

 ジークは少し悪いことをしたような気分になって、


「えっと、ごめんなさい。一生懸命考えてくれたのに」

「よいよい。二つ名を最初から受け入れられる奴の方が少ないからの」


 さて、とルナマリアは咳払いする。


「そろそろ顔合わせといこうか。二人欠けているが……ま、今後会うじゃろ」


 ルナマリアが促すと、七聖将がジークの前に並んだ。

 初対面が二人と、顔見知りが二人だ。

 後者の方から順番に進み出てきた。


「これからは正式な七聖将だ。立ち居振る舞いには気を付けろ」


 第二席『静寂なる海(ジ・マルタル)』アレクサンダー・カルベローニが言い、


「全く忌々しいけど、約束は守るわ。ワタシ(先輩)を敬いひれ伏しなさい、新人!」


 第五席『絶対なる焔帝(イグニス・カイザー)』ラナ・ヘイルダムが憮然と告げ、


「おはつ~。よろしくねぇ~。ジークちゃん」


 第六席『地平線の鍛冶師(マスター・スミス)』トリス・リュートが眠たげな目を擦りながら言う。

 そしてーー


「俺っちがお前さんの教育係だ。ま、ぼちぼちやろうぜ」


 第四席『至高の武(シュプレイア)』シェン・ユがジークの前に立つ。

 簡単な自己紹介を終えると、ルナマリアは満足げに頷いた。


「あとの二人は、帰還次第紹介しよう。これにて任命式を終了とする!」


 広間に張りつめていた緊張の糸がふっと緩んだ。

 端の方で待機していたレギオンの面々が駆け寄ってくる。


「ジーク、お疲れさまでした」

「うん、ありがと」

「お兄ちゃん、あとで」

「お話があります。内容は……分かってますよね?」


 にっこりと、リリアやルージュが笑う。

 先ほどと同じ黒い笑みに、ジークは頬をひきつらせた。


「あ、あはは。お手柔らかに……ぶへ!」


 がつん、と頭に衝撃が走った。

 慣れた痛みを受け、ジークはすぐに抗議の声を上げる。


「なにするんですか、師匠!」

「説教の前にまず殴る。これがアタシの教育方針だ」

「無茶苦茶すぎる!? ていうかお説教を受ける理由が分からないんですけど!?」


 やれやれと、テレサはため息を吐いた。


「全く……少しは成長したかと思えば、あんたはすぐコレだからねぇ」

「いや、だから別に僕は何もーー」

「あぁん?」

「仰る通りであります!」


 ビシ、とジークは敬礼して見せる。

 正直に言えばなんで殴られているのかも分からないのだが、リリアやルージュの笑みを見れば自分が何かをやらかしたのは分かる。恐らく神々の件だとは思うしその件についてはジークは何も悪くないはずなのだが、女が怒っているときはひとまず謝るのが母の教えだ。


「尻に敷かれてるな、お前……なんか安心するわ」

「どういう意味ですか、シェンさん?」

「そのままの意味だよ」

「……?」


 そんなやり取りを終えて、その場は解散となった。

 七聖将の面々は思い思いの挨拶をして去って行く。


「えーっと、じゃあ僕たちはどうしよっか」

「もちろん、ジーク様の七聖将任命祝いに決まっていますわ。既にお店も予約してーー」

「あー、ちょい待ってくれっか」


 カレンの弾んだ言葉を、その場に残っていたシェンが遮った。

 ジークの肩に手を置き、彼は言う。


「悪いが、お前はこれから初仕事だ。二時間くらいだけどな」

「え、僕、さっきのでお腹空いたんですけど……」

「我慢しろ。お前らも、二時間くらい良いだろ?」


 今は午後の三時を回ろうというところである。

 確かに夕食までは時間があるし、二時間ほど空きがあるといえばある。


「わたくしたちは構いません。お仕事ですものね」

「遅刻すんじゃねぇぞ、ジーク」

「先に拠点(ホーム)へ帰ってますね」


 カレン、オズワン、リリアがシェンに同意する。

 どうやら自分の意見は無視するらしい。

 これが仕事という奴か……とジークは唸った。


「ジーク。儀式を経て身体がどう変わったか、しっかり確認するんだよ」

「はい、師匠」


 テレサは頷いて、リリアたちと共に去って行った。

 残ったのはルナマリア、メイド、シェン、そしてルージュだ。


「ふふーん。あたしは外に行けないから、お兄ちゃんの傍にいるよ。嬉しい、ねぇ嬉しい?」

「心強いよ、ルージュ」

「えへへ。あたしもお兄ちゃんが初仕事でおろおろしてる所見れるから嬉しい♪」

「理由がひどすぎる!?」


 嗜虐的(サディスティック)な笑みを浮かべるルージュにジークは頬をひきつらせた。

 しかし、


「残念ですが、あなたは別室で待機です」

「なんで!?」

「ジーク様の初仕事は、姫様の護衛件対話ですので」


 ルナマリアの側に控えるメイドはすました顔で告げる。

「その通り」と当の大姫は頷いた。


「悪いが、少しだけ席を外してもらう。ジークと内密な話があるのでな。お主にも関係がないわけではないが……」


 ちらりと、ルナマリアはジークを見て、


「こういう話は、二人でした方が良かろう」


 その表情でジークは察した。


「ルージュ、悪いけど……」

「……分かった。お兄ちゃんが言うなら」

「メイドさん。念のために言っておきますけど、ルージュに何かあったら……」

「神殺しの(いかづち)を浴びた最初の人間にはなりたくありません。ご心配なく」


 メイドは丁寧にお辞儀をする。

 初対面こそルージュを攻撃した彼女だが、ルナマリアが認めている以上、手を出す気はないらしい。

 ジークはその言葉を信用する事にして、別室に行く二人を見送った。


「シェン」

「はいはい、分かってますよ」


 シェンは頷いて、ジークに向き直る。


「新人。お前の仕事は一つだけだ」

「一つ……?」


 ルナマリアの言葉にシェンは頷き、


「このあと二時間、姫は誰と会う予定もない。いいか」


 一拍の間を置き、彼は告げる。


「もし許可なくこの場所に入る奴が居たら、迷わずぶった斬れ」

「……!」


 先ほどまでの軽い声とは違い、その声は寒気がするほど冷たかった。


「ダチでも恋人でも家族でも、許可なく入ってきた奴は敵だ。返事を待たずに入ってきても斬れ。何が何でも斬れ。出来れば手足の腱を斬って拷問するのが望ましいが、出来ないなら殺してもいい。優先すべきは姫の命。どんな手を使っても姫を守れ。それがお前の仕事だ」


 言葉を切り、ふっとシェンは頬を緩めた。


「ま、誰も来ないだろうけどな。念のための護衛って奴だよ、新人」

「……」


 ジークは痛感していた。


(やっぱり、七聖将にとって姫様は重要なんだ)


 ジークは未だ七聖将の役割を真に理解したわけではない。

 彼らにとって姫がどれだけ重要なのかも、彼らの出会いに何があったのかも分からない。

 だが、彼ら七聖将が職務以上に姫を大切に思っている事は伝わってきた。


「分かりました。死ぬ気で守ります」

「おう。じゃ、また明日ロビーでな。七時に来いよ」


 シェンはひらひらと手を振りながら去って行った。

 ばたん、と扉が締まり、ジークはルナマリアと向かい合う。


「姫様、両親の話をしてくれるんですよね?」

「うむ。言ったじゃろ、改めて話をしよう、と」

「覚えててくれたんですね」


 ああいうのはお世辞か何かと思っていただけに、ジークは頬を緩めた。

 七聖の間にはいつの間にか机と椅子が用意されていた。

 促されて座ると、机に置かれた茶菓子をルナマリアが薦めてくる。


「どうじゃジーク。こういう甘いものは好きか?」

「はい、好物です」

「そうかそうか。まだまだあるでな、好きなだけ食べてよいぞ」

「ありがとうございます」


 チーズとベリーが合わさったケーキを手に取る。

 口に入れた瞬間、ジークは目を見開いた。

 ベリーの酸味とチーズの甘みが口の中いっぱいに広がり、それでいて甘すぎず、クリームが二つの味をまとめてくれている。今まで食べてきたものより数段美味い。


「め、めちゃくちゃ美味しいです……!」

「そりゃよかった。カルナック一番のケーキ屋じゃからな」


 ルナマリアは得意げに胸を張り、カップに口を付ける。

 その手は震えていて、二人の間には奇妙な沈黙が横たわっていた。

 やがて、ルナマリアはカップを置いて視線を持ち上げる。


「困ったの……どこから話したもんか。全てを話すには一日あっても足りぬし……」

「うーん……あ。じゃあ、父さんと母さんの馴初めって……」

「なんじゃ、そんな事も聞いておらんのか?」

「父さんも母さんも、自分たちの事はあんまり話してくれなかったんですよ」

「あぁ……まぁあの二人じゃからな」


 ルナマリアはくすくすと笑う。


「そうさな……まず、セレスの素性については聞いておるか?」

「はい。おじさんと……冥王と出会った時に」

「そうか。なら話は早い。当初、二人は殺し合う仲じゃった。お主の父、ルプスは腕の立つ葬送官で、セレスも名の知れた悪魔であったからな。じゃが、二人は同時に長きに渡る戦いに疲れていた。人と悪魔の違いについて悩み、衝突を繰り返し、やがて結ばれる仲となった。その時の妾の驚きと言ったら! お主には想像もつくまいて」

「想像はつきませんけど、なんとなく分かります」


 なにせ、傲岸不遜を地でいくような父だ。

 あの強気な男が女に惚れるとは、彼と出会った誰も思わないだろう。


「そしてルプスじゃが……ふふ。今のお主を知ったら奴はどう思うかのう」

「……? どういうことですか?」


 ルナマリアは笑って、


「お主の父が葬送官であったことは知っておるな?」

「え、はい。それは……」

「一介の葬送官が、元第一死徒であるセレスと戦えると思うか?」

「……まさか」


 ジークは目を見開いた、「そう」とルナマリアは頷き、


「お主の父、ルプス・トニトルスは元七聖将であり、第一席の座についていた」

「…………!」


 つまり、


「僕は、父さんと同じ七聖将に……?」

「そう言う事じゃ。奴は『孤高の暴虐(ベルセルク)』の二つ名を持つ大英雄じゃった」


 ルナマリアは我が意を得たりとばかりに頷く。


「奴も誇らしいじゃろうて。息子が七聖将にまで登り詰めたのじゃからな」


 確かに父と同じ七聖将になれたのは少し、いやかなり嬉しい。

 ただ、彼がジークの出世を素直に喜ぶかと言われたら……


「……どうでしょう。『カカッ! んだよ、第七席かよ。俺様の方が上だな、雑魚が』とか言いそうです」

「はっははははは! 違いない! 絶対に言いそうじゃな!」


 ルナマリアは腹を抱えて笑った。

 涙すら浮かべる彼女に微笑み、ジークは問う。


「他の人たちは知っているんですか? 僕の父がその……七聖将だってこと」

「シェンとアレク以外は知らんはずじゃ。知る権利はあるが……奴は姓も明かしていなかったし、奴にまつわる記録は全て禁忌事項に即しているからな。妾の許可がなくば情報に触れる事も出来ぬし、知ろうとも思うまいよ」

「禁忌事項……」


 不穏な単語に、ジークは眉を顰めた。


「どうして禁忌に?」


 ルナマリアは笑みを消す。


「決まっておる。セレスと結ばれたが故、じゃ」


 当時、第一死徒だったセレスと、

 当時、英雄として名の知れていたルプス。


 二人の婚姻は、異端討滅機構にとって醜聞以外の何物でもなかった。

 英雄が悪魔と結ばれれば、民衆に反感を買うのは間違いない。

 だから、


異端討滅機構(ユニオン)は、葬送官たちはセレスを受け入れなかった」

「……」


 ある意味、当然だろう。

 当時、セレスは元第一死徒。冥王の妹だ。

 彼女が命を奪った人間は数知れず、恨みを持つものは多かった。


「妾が何を言っても無駄じゃった。神の巫女と仰々しい名で呼ばれていても、所詮、妾は一人じゃ。一部の葬送官たちの、そして元老院の圧力にどれだけ反抗しても、妾を無視して彼らの反感はルプスに向かった。誰もがルプスを責め、セレスを殺すように訴えた」


 だが父は有象無象の言葉を突っぱねた。

 誰に受けいれられずとも母と共に生きることを選び、


「二人は異端討滅機構を去った。妾の制止は届かなかった」

「……姫様が悪いわけじゃないですよ」

「そう言ってくれると助かるが……今でも思い出す。あの時、妾にもっと力があれば……別の結末もあったのではないかと」


 ルナマリアは天を仰ぎ、


「ルプスが身ごもったセレスを連れてきたのは異端討滅機構を去ってから五年後の事じゃ。本来、悪魔と人の間に子供は生まれることはない。あのときは驚いたもんじゃよ」

「そうでしょうね……」


 そのあたりはアステシアにも聞いている。

 本来、冥界に属する悪魔の魂は彼岸の向こうにあり、現世の魂とは交われない。

 例え確執を乗り越え、人間と悪魔が結ばれたとしても子供は生まれるはずがなかったと。


「お主がなぜ生まれたのか、それは妾にも分からん。恐らく神々の力が働いておるのじゃろうが……まぁ言っても栓なきことじゃな。大事なのは今、お主が生き、多くの者に受け入れられているということじゃ」


 ジークが頷くと、ルナマリアはにんまりと笑った。


「生まれた赤ん坊はこ~~んなに小さくてのう。そりゃあ可愛かったもんじゃ」

「や、やめてくださいよ! そんなの覚えてないんですから」

「いやいや、アレはまさに天使じゃったぞ。あの時はルプスもセレスも、にやけ面が止まらなかったしのう」

「今さらですけど、なんか恥ずかしいですね……!」


 自分の知らない両親の過去を知っており、赤ん坊の自分とも会っている。

 さらに両親が自分を可愛がっていたなどと言われたら、何とも言えないものがある。


(嬉しいけど。嬉しいけど! でもなんか複雑!)

「まぁその時も色々あったのじゃがな。まず出産の場所を用意するのが大変で……」


 ルナマリアは多くの事を語ってくれた。

 もてなしとしてふるまわれた母であるセレスの料理が壊滅的だったり、

 ルプスが抱いた瞬間に泣きわめくジークをルナマリアが宥める時だったり、

 二人がいかに強く、異端討滅機構や不死の都の追手を跳ねのけたのかだったり。


 それはジークの知らない両親の姿で、

 二人が互いを愛し、ジークを産んだ旅路の物語だった。




 ◆



 あっという間に時間が過ぎていった。

 両親を知る人と話すのは新鮮で、彼らの人となりを語れるのは楽しかった。


『ーー姫様、そろそろ』

「ん、もうこんな時間か。まだ話足りないのじゃが……」


 通信機でメイドから知らせを受け、ルナマリアは寂しそうに笑った。

 名残惜しそうにこちらを見る大姫に苦笑し、ジークは頷く。


「またお話しましょう。ほら、僕が護衛の時にいくらでも話せますし」

「ん、そうさな。これからが楽しみじゃ」

「今度は僕がおやつ持ってきますね」


 告げると、なぜかルナマリアは目を丸くした。

 蕾がゆっくりと花開くように、彼女は笑う。


「うむ! よろしく頼むぞ!」


 メイドがルージュを連れてきた。

 こちらを見たルージュは「お兄ちゃん!」と言って胸に飛び込んでくる。


「ちょ、ルージュ?」

「寂しかった~。あたし、お兄ちゃんが居ないとダメみたい」

「なにそれ。たった二時間じゃん」

「だって退屈だったんだもーん。お兄ちゃんを虐めてないと寂しくて死んじゃうよ」

「ロクでもない理由だった!?」


 ルージュを影に隠して、ジークは扉に向かう。

 扉を出て左右を確認すると、壁に背を持たれていた男が顔を上げた。


「終わったか」

「はい、アレクさん」

「ならば交代だ。私が護衛につこう。変わったことは?」

「姫様は楽しい方だと思いました。敵襲はなかったです」


 アレクはきょとんとして、ふっと口元をほころばせた。


「ならばいい」


 アレクが姫に許可を取って扉に入っていく。

 ルナマリアは顔を出して、


「色々と語ったがな、ジーク。両親の事は既に過去の事じゃ」

「はい、分かってます」

「うむ。じゃからお主は、『今』を生きよ。死んだ者よりも、今生きている者との絆を……レギオンの者達を大切にせよ。セレスやルプスも、きっとそれを望んでおるじゃろう」

「はい! あ、姫様」

「ん? なんじゃ」


 ジークは口を開きかけ、やはり首を横に振る。


「いえ、何でもないです。また明日」

「……? うむ、また明日じゃ」


 一礼すると、扉が閉まった。

 七聖の間から背を向け、ジークは歩き出す。


(冥界で見た父さんの幻影の事……話さなくてもいいよね)


 きっとジークの見間違いだろう。

 魂の泉は異界にあるおかしな場所だった。何が起きても不思議ではない。


(父さんも母さんも、もう居ない。でも今はレギオンのみんながいる。テレサ師匠だって……)


 そういえばと、ジークは思う。


(テレサ師匠……あの人に出会ってから、まだ四か月しか経っていないんだなぁ)


 酒癖も口も悪い師匠だが、彼女が居なければ自分は葬送官になっていないし、どこぞで野垂れ死んでいたに違いない。

 あの瞬間、ジークは葬送官として生まれ変わったのだ。


 ならばーー


(何か、してあげたいな)


 ジークは大きすぎる恩に対して何も返せていない。

 両親に対して親孝行する事はもう出来ないけれど、せめて日頃からお世話になっているテレサに対しては何かしてあげたい。自分にとってテレサは師匠であり保護者であり……そして、もう一人の母親なのだ。そんなことを言ったら、テレサに怒られるかもしれないけれど。


(ねぇルージュ、どう思う?)

(いいんじゃない? 喜ぶと思うよ。料理を作ってあげるとかじゃなければ)

(え、手料理じゃダメ?)

(それは絶対ダメ!)


 ジークとルージュは影を通じて話しながら一階に降りていく。

 ロビーに行くと、たくさんの人に囲まれたリリアがこちらに気付いた。


「あ、ジーク! お疲れさまでした」

「リリア、待っててくれたの?」

「はい。そろそろ時間だと思って迎えに来たんですよ。他の三人は店で待ってます」

「そっか」


 リリアと合流して異端討滅機構本部を出る。

 大勢の視線から解放され、ジークは肺の息を吐き出した。


「ねぇ、リリア。なんかめっちゃ囲まれてなかった?」

「ジークのせいですよ? ジークとは喋れないから、わたしのところに来たようなものです。すごくジークの話を求められたんですから」

「あはは、それは申し訳ないかも。まぁ変なことされてないなら良かった」

「ジークの方は姫様と話せましたか?」

「うん。あ、それでさ……」


 ジークはリリアに、テレサの事を話した。

 彼女はすぐに同意をしてくれて、


「確かに、わたしもお師匠様に何も返せていませんね……」

(じゃあサプライズだ!)


 不意に、ルージュが影で意思を伝えてきた。


(お兄ちゃんに任せてたらロクなことにならない気がするから、お姉ちゃんが一緒に選んであげたら?)

「ルージュ……まぁ確かに、ジークはこの辺の機微には疎そうですが」

「リリアまで酷い言いよう……まぁ間違ってないかもだけど」


 ジークはまず、誰かに何かをあげた経験がない。

 そういう店には疎いし、ここはリリアに案内してもらった方がいいだろう。


「予約の時間までまだありますし……聖地で買い物と行きましょう!」

(「ぉー!」)





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― 新着の感想 ―
[良い点] 七聖将と第一死徒の間にジークが産まれる、納得です笑 [一言] 更新お疲れ様です! 今回もめっちゃ面白かったです! 次回も楽しみにしてます頑張ってください!
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