第十四話 古の儀式
喧々囂々とやり取りをしながら、合流した一行は城の上層へ向かう。
「今回はみんな一緒で良いんですね、イズナさん?」
「そりゃねぇ~。姫様の許可もあるし、こんだけの功績を残したレギオンの実力を認めないわけないよ」
「そうですか」
ジークは口元を緩めた。
未踏破領域の踏破は決して自分だけの力で成し遂げたものではない。
むしろ深淵領域以降の領域は、いつも以上に奮起した仲間たちの方が活躍したくらいだ。
自分だけじゃなく、仲間の功績を認めてもらえるのは素直に嬉しい。
そんな話をしていると、すぐに城の上層へ着いた。
ジーク以外の面々は、その場に漂う神聖な空気に圧倒され緊張しているようだ。
「大丈夫だよ。姫様、気さくな人だったから」
「気さくって……仮にも世界の頂点……葬送官を束ねるトップですよ、ジーク?」
「取って食われるわけじゃないから、大丈夫だよ」
「そういうものでしょうか」
緊張をほぐそうとしたのだが、上手く行かなかったようである。
まぁ、いい。きっとみんなすぐに慣れるだろう。
「とーちゃーく」
イズナに案内されたのは『七聖の間』と呼ばれる場所だ。
ギィ、と音を立て、古めかしい扉が開き、
「来たな、ジーク。待っておったぞ」
七体の神像が並んだ広間に、姫と七聖将は居た。
ルナマリアは白と金の刺繍が施された、巫女の聖装に身を包んでいる。
その隣には、珍しく正装をしたテレサも居た。
「姫様、師匠!」
「おかえりジーク、みんな。あんまり心配はしてなかったけど、元気そうだね」
「はいッ。でも色々あったんですよ」
「それは報告書で聞いてる。まー今回も派手にやったもんだよ、この馬鹿弟子は」
テレサは呆れたように肩を竦め、近くに寄ったジークの頭を撫でた。
「もう一人前だね。あたしが教えられるような事はないみたいだ」
「そんな事は……僕、たぶん喧嘩したら師匠に負けますよ」
「ハッ! 当り前さね。あんたがアタシに勝つなんてあと一年早いよ」
「具体的すぎる!?」
テレサは快活に笑いながらジークから離れていく。
それが妙に寂しかったが、ジークは仲間をちらりと見てぐっと我慢した。
「むう。テレサと仲が良いのう。妾にも同じようにしてくれていいじゃぞ?」
「姫様のこと、まだよく知らないから無理ですよ」
「それはそうか。ならばあとで存分に語り合おう。一晩でも二晩でも一週間でも付き合うぞ」
「--姫様、そろそろ」
メイドに囁かれ、ルナマリアはごほんと咳払いした。
「うむ。初めましてになるな、レギオン『最果ての方舟』の諸君。妾がルナマリアじゃ」
「「「……」」」
ごくり、と息を呑む音がした。
誰もが姫の容姿に驚き、その身に纏う雰囲気に呑まれていた。
(見た目はただのガキだが……なんだコイツ……うまく言えねぇが)
(人間、ではありませんね。まさか、リリア様と同じ天使……?)
(これがルナマリア様……アウロラ様が言っていた、始まりの……)
それぞれの感慨を抱く彼らは、慌てたように膝をつく。
ジークも彼らに倣うと同時に、ルージュを影から出して同じ姿勢を取らせた。
(お兄ちゃん……いいの?)
(いいの。ルージュの事は認めてもらったんだから)
そんな兄妹にルナマリアは苦笑し、頷く。
「今回其方らを呼んだのは他でもない。ジークの七聖将就任に当たって出された条件……十ヵ所の未踏破領域踏破における功績を称えての事じゃ。まずはオズワン・バルボッサ、カレン・バルボッサ。其方らを葬送官として承認し、オズワンには序列三〇五七位、カレンには序列二〇六一位を与え、下二級葬送官とする。存分に励むように」
「うっす」「かしこました」
順位に不満があったオズワンだが、獣人である自分は葬魂の祈祷が出来ない。
魔力を残さず使い切らせるしかない自分が葬送官として劣る事は認めていた。
(かッ! まぁいいぜ。おれはおれのやり方で、兄貴に並んでやる……!)
「それからリリア・ローリンズ。お主は……」
ルナマリアはリリアの方を見て、
「カオナシを通じて要望からあった事をこちらで検討した。その結果を伝える」
一拍の間を置き、僅かに口調を変えて彼女は告げる。
「《熾天使》リリア・ローリンズ。貴殿には異端討滅機構における特別審問官の地位を用意する。これはカルナックに住まう天使たちの上位権限であり、冬の神アウロラの正式な代理として認めるものである。神アウロラの一存により何らかの調査の必要が出た場合、他のレギオンの拠点を家宅捜索、全ての葬送官の取り調べを強制執行できる権限じゃ。故にレギオンへの所属は認めるが、こちらは貴殿を人間扱いせず、神の代理人として扱う。一般的な葬送官のような金銭的報酬は一切ない事を留意してもらいたい」
「それで構いません。神アウロラもお喜びになるでしょう」
ルナマリアは口元を緩めた。
「うむ。分かってくれて妾は嬉しいぞ」
本来、リリアが要望していたのは特別顧問官と呼ばれる地位だ。
これは引退した葬送官が後進の育成のために裏方に回り、本部に出入りする仕事である。
そこであれば異端討滅機構の情報を間近で受け取れると思ったのだが……
(ジークの力になれるという点では上々でしょうか。いざとなれば別の方法もありますし……)
内心で思考を整理するリリアをよそに、ルナマリアは話を続ける。
「さて、次にジークの七聖将任命式に移る。同席は許すが、仲間たちは下がっておれ。七聖将たち、位置へつけ」
『はッ』
リリアたちが下がるのと入れ替えに、広間の隅に佇んでいた四人が動き出した。
彼らはそれぞれの神像の前に陣取り、ジークを囲むように配置に着く。
「ジーク。お主はあそこへ。約二名は任務で外に出ているが……まぁ良かろう」
ルナマリアが指差したのは、アステシアの神像だ。
民族衣装を着て本を抱いた神像の前に、ジークは膝をつく。
ルナマリアは膝をついたジークの肩に剣を乗せ、騎士の誓いのように問う。
「汝、ジーク・トニトルス。お主は七聖将として人類の為に戦い、生き、死ぬことを誓うか?」
「いいえ」
周囲が瞠目する最中、ジークは顔を上げ、毅然と言った。
「僕は、僕の大切な者の為に戦います」
「人類の為には戦えぬと?」
「結果的に守るかもしれませんが……あくまで、僕は僕が望む『普通』の為に戦います。今までも、これからも」
「……我欲が転じて民の幸となるか。それがお主の功績というわけじゃな」
ふ、と葬送官を束ねる大姫は口元を緩めた。
「今の言葉、お主に加護を与えた叡智の神に誓えるか」
「はい」
「ならばよかろう。『神の巫女』ルナマリアがお主を認めようぞ」
ルナマリアは床に血を垂らし、天高く剣を掲げる。
「神々よ、ご照覧あれ! 今ここに、宣誓は為された!」
次の瞬間、足元の床が七色の光を放つ。
神像から神像へ、光の線が徐々に形を作り、魔法陣を描く。
複雑精緻な魔法陣はやがて宙に浮かび上がり、光の柱を天井に突き立てた。
「我が名の元に集え、光の神々よ、大いなる同盟者たちよ! ここに新たな子を人類最強の一柱と認め、神の使徒として闇を払う希望とならんことを希う! これに応えるならば、その恩恵を賜らん! これに応えるならば、加護を与えたもうた神霊の導きを与えたまえ! 『神の巫女』ルナマリアが願い奉る!」
朗々とルナマリアが叫んだ、その直後。
『宣誓を受け入れましょう。我らが使徒、ジーク・トニトルス』
ドクンッ、と心臓が脈打った。
淡い光の柱が天からジークに降り注ぐ。
すると、胸の奥から不思議な力があふれ出し、全身を包み込んだ。
(これは……)
【早い出世ね。我が眷属。我が使徒、誇らしいわ】
「アステシア様」
ふわり、と。
光の柱の中から現れた神霊アステシアがジークの肩に手を置いた。
実体のない透明な身体なのに、触れた指先の温もりが伝わってくるようだ。
【ジーク。あなたならきっと大丈夫。七聖将として上手くやっていける】
「そ、そうでしょうか……なんか色々と不安なんですけど」
【あなたは一人じゃない。そうでしょう?】
ハッ、とジークは広間の隅を見た。
リリア、ルージュ、オズワン、カレンの目には信頼が宿っている。
ジークはアステシアに視線を戻し、頷いた。
「はいッ!」
【いい返事ね】
微笑ましい空気はそこまでだった。
【フーッハッハハハハ! 相変わらず威勢が良いな。不肖の弟子よ!】
「「「!?」」」
アステシアの次の現れたラディンギルを見て、周囲の空気が凍り付いた。
そんな周りの反応など気付かず、ジークは「ラディンギル師匠」と微笑む。
「ラディンギル師匠も来てくれたんですね」
【弟子の晴れ舞台とあっては見に行かぬわけにはいくまい!】
「ありがとうございます」
心の底から嬉しそうに笑うジークに、リリアは冷や汗をかきながら小声で呟いた
(ぶ、武神ラディンギル様……? で、でもジークはアステシア様とゼレオティール様の加護しか持ってないはずじゃ)
(……まぁ、アイツの事だしね。余計な気を回してを言わなかったのかもしれない。あとで殴るしかないね)
テレサやリリアはそんな風に納得する。
(あ、兄貴……すげぇ、すげぇよ。こんなの前代未聞って奴じゃねぇのか!?)
(それが良いコトかどうかはさておき、これは驚きましたね……)
オズワンやカレンは驚愕に目を見開くが、、
【主役は遅れてやってくるってね! 待たせたわね、ジー坊!】
「「「???????????」」」
次に鍛冶神イリミアスが現れた瞬間、再び一同の思考が固まった。
「あ、イリミアス様、遅刻ですよ」
【全然遅刻じゃないわよ!?】
「それよりお土産はないんですか? 僕、天界の果実が食べたいです」
【あんたあたしをなんだと思ってるわけ!?】
やいやいと騒ぐ鍛冶神イリミアス。
透明な槌をジークの頭に振りかぶってじゃれ合う姿はまるで姉弟だ。
(ど、どういうことなの、この儀式で現れる神霊って加護を与えた神だけよね? なんで三柱の神も現れるわけ!?)
(三柱の神の加護を持っていた、という事か。叡智の神と雷神の加護だけではなかったのか……?)
瞠目しながらそれぞれ考察するアレクとラナ。
(俺っち、アイツの教育係になんの? 誰か変わってくんね? 無理ですか、そうですか……)
シェン・ユは乾いた笑みを浮かべる。
そして第六席、トリス・リュートは。
(きゃ~~~! イリミアス様~~~~~! 今日も可愛くてお美しいっ! お姿を見せてくれるなんてラッキーデイだよぉ~! ……それにしても~あの新人クン、ジークちゃんだっけ? イリミアス様と仲が良い? つまりあの子と仲良くなればどうやって仲良くなれるか聞けるって事ぉ? ……なるほど。検討の余地ありかも~)
トリスは目を輝かせながらジークに興味を持つ。
そんなそれぞれの感慨を周囲が抱いているとーー
【ふむ。待たせたかの】
『え……』
今度こそ、その場にいた誰もが絶句した。
光の柱から出てきたのは、長い髭をたくわえた大柄な老人だ。
それは、ルナマリアの背後にある神像と同じ人物をしていた。
「「「そ、創造神ゼレオティール様!?」」」
【うむ。儂じゃ】
カツン、と杖を突く音が、耳の奥に響いた。
創造神ゼレオティール。神霊として姿を見た者はルナマリアを除いて他に居ない伝説の神物。
まさかこの場に現れるとは思っても居なかった神の巫女は、引きつった笑みを見せた。
「ぜ、ゼレオティール様。まさかあなた様がいらっしゃるとは」
【お主なら儂ら四柱の神がジークに加護を与えたことは分かっていたはずじゃが?】
「それはそうですが……つまり、神霊を降ろせるだけの力を取り戻したと?」
【ま、そういうことじゃ。ジークのお陰でな】
「なるほど……いや納得しがたいですが、なるほど……」
ルナマリアは無理やりおのれを納得させようと何度も頷く。
驚きのあまり声も出せない周囲をよそに、当のジークはけろりとした顔だ。
「ゼレオティール様、こんにちは」
【こんにちは、ジーク】
「この前の冥界の時はありがとうございました。かなり助かりました」
【ホッホッホ。なんのなんの。お主は儂が加護を与えた唯一の男じゃからな。放っておけまい】
祖父と孫のように笑みを交わす一人と一柱。
世界で誰もお目にかかったことのないゼレオティールの笑みに、誰もが声を発せないでいた。
そんな静寂の中、ルナマリアはごほんと咳払い。
雰囲気を切り換え、再び儀式口調となって問いかける。
「我が大いなる同盟者たちよ。貴殿らはその子をおのが使徒と認め、七聖の輝きを担うことを許すか?」
【【【【もちろん】】】】
「--神々の承認は為された。新たな七聖の子に、あまねく天の祝福あれッ!」
「う……!?」
ーードクンッ!
ルナマリアが叫んだ瞬間、ジークの胸が強烈な痛みを発し始めた。
いや、胸だけではない。
ーードクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
まるで魂が悲鳴をあげているかの如く、全身が強烈な痛みを発している。
手足を引っ張られてバラバラにされるような痛みに、ジークはたまらずうずくまった。
「いだ……いだいだだいだいだ、痛い、痛い痛い痛い痛い……! ぁ、あ、ああああああああ!」
「「ジーク!?」
「お兄ちゃん!?」
床を転げまわるジークに仲間たちは顔色を変える。
七聖将も最初は見守っていたが、やがてアレクが顔色を変えた。
「姫様、これは……!」
「少し待て。様子を見よう」
事情を知っているかのような呟きを、リリアは聞き逃さなかった。
「何がまずいんですか!? あなたたちは……一体」
「お前ら、お兄ちゃんに何をした!?」
【待ちなさい、リリア、ルージュ】
怒りを露わにする天使と悪魔の兄妹に、待ったをかけたのはアステシアだ。
彼女は実体のない手のひらをリリアたちに向けると、床に膝をついてジークを看る。
【……うん、どうにか身体は保ってる。平気よ。しばらくしたら治まるわ】
「どういう事なのでしょう? わたくしたちにはさっぱり分からないのですが」
「この『七聖の儀』はただの任命式じゃない。神々がソイツの魂を昇華させる古の儀式よ」
腕を組んでジークを難しそうに見ている、ラナ。
「魂をより人間から神へ近づけ、陽力を身体に馴染みやすくする。生きながら疑似的な天使になるって言ったら分かりやすいかしら。この儀式を経ることで神々の加護はより強化され、ワタシたちは飛躍的に力を上昇させることが出来る。最も、資格のない身体で儀式をすると全身が弾け飛ぶんだけどね。ソイツは今、弾ける寸前だった」
「!?」
「まぁ当然だろうな。一つの加護だけでも相当な痛みを伴うってのに、四柱の加護……しかも大神級三つに主神の加護だ。死んだほうがマシなくらいの痛みだろうぜ」
「ぁ、カハ、ぁ、うえ、ゲホ、痛い、痛い痛い痛い痛い……ッ!」
シェンが冷静に分析している傍ら、ジークは胸を掻き毟っている。
だんだんと痛みが治まっているのか、悲鳴自体は小さくなってきているが、痛みから逃れようとするあまり自傷行為に走る彼の姿は、彼を想う者達からすれば苦痛以外の何もでもない。
「姫様。あなたはこれを分かっていて……!?」
「必要な事じゃからな」
ルナマリアは淡々と言った。
「これを乗り越えればジークはさらに強くなり、七聖将として相応しくなるじゃろう。戦歴の浅さゆえにおぼつかない陽力量も跳ねあがる。妾とてこの子に痛みを強いるのは辛い。じゃが……これからの戦いを思えば、今回の儀式は避けられんかった。お主なら分かるじゃろう?」
「……っ」
「だい、じょうぶ、だよ。リリア、ルージュ……みんな」
徐々に息を落ち着かせながら、ジークは脂汗を垂らしながら笑みを作る。
「かなり、痛いけど……大丈夫。なんとなく……そんな、気がする」
「お兄ちゃん……」
【幸か不幸か、冥界行きが功を制したという事かしら。運がよかったわね】
アステシアは安堵の吐息をついた。
(もっとも、四柱の加護を昇華させたこの子は既に半魔の枠を超えてる。やはりこの子は……)
【--無事、天界の祝福を受け入れたようじゃな」
叡智の女神の思考は寸断され、ゼレオティールの厳かな声が響く。
創造神は使徒を見て言った。
【お主の力はより大きく、強くなった。お主がその力を正しく使うことを願っているぞ】
「……は、い」
【では、我らは退散するとしよう。世界に光があらんことを】
ゼレオティールの姿が薄くなって消えていく。
続けてラディンギルが剣を掲げて言った。
【ジーク。貴様の成長、天界で見させてもらうぞ。武運を祈る!】
「ラディンギル様……」
ラディンギルの姿が消え、続けてイリミアスが、
【武器の手入れは怠るんじゃないわよ! あとそれからーー】
【ジーク。あまねく叡智があなたに祝福を与えんことを】
【ちょ、お姉さままだあたしが喋って
【またすぐに会いましょう。イリミアス、行くわよ】
【ぁぁぁぁあ!?】
イリミアスのしまらない悲鳴がその場に響いた。
神々が居なくなった室内で、疲れたようなルナマリアの声が響く。
「全く……何か起こるかもとは思ったが、こんな儀式は五百年間で初めてじゃ」
「文句は僕が言いたいですよ……はぁー……痛かった……」
ようやく痛みが治まったジークは深くため息をついた。
まだ先ほどの痛みが頭の中で息を潜めている。
少し気を緩めれば、記憶の中の痛みに身体が支配されてしまうだろう。
「多少痛くても無事に終わったから良いじゃろ。むしろお主の場合、お灸を据える形になってよかったと思うのは妾だけか?」
「はい。姫様だけだと思います。ねぇみんなも……あれ? なんでみんな頷いてるの?」
レギオンの仲間たちどころか、七聖将も全員「うんうん」と頷いていた。
おかしい。自分は何も悪いことをしていないはずなのに。
そんな風に思って首を傾げると、リリアと目が合った。
思わず微笑んだジークはしかし、凍り付いたように固まる。
「えっと……」
リリアは満面の笑顔だ。
しかしその瞳は全く笑っておらず、ごごご、と背後で怒りのオーラが動いた。
(あ、やばい。これは何かやばい)
あとで、お仕置き、です。と口が動いた気がする。
どうか見間違いであってくれと願うが、こんな時ばかりは自分の動体視力が恨めしい。
「ーーさて。儀式は終わったが、任命式は終わっておらん。次に、二つ名の贈呈に移る」
「二つ名……?」
ルナマリアが待ってましたとばかりに胸を張った。
「お主が未踏破領域へ行っている間、毎晩考えたのじゃ。よーく受け取るがいい」
(変な奴じゃないよね……?)
サンテレーゼではダーモンドの『轟震』やオリヴィア『戦姫』の戦姫といった二つ名に触れた。イズナも『戦場の舞姫』という二つ名があるし、テレサは『時空の魔女』の名前がある。せめて自分も彼らのようにカッコいい名がいいと思うが、果たして。
ごくり、と息を呑んだジークに、ルナマリアはゆっくりと口を開く。
「それはーー」
それは、天を穿ち、空を駆ける白き翼の異名。
それは、時代を変える兆しにして運命を打ち砕く申し子である。
「神殺しの雷霆。それがお主の二つ名じゃ」