第十二話 勝利の余韻、新たな決意
ダルカナスの残響が消えていく。
戦いを終え、ジークはげんなりと肩を落とした。
「……あんな気持ち悪い神様いるんだね……二度と会いたくないな」
あんな奴すぐに忘れよう、とジークはかぶりを振る。
剣を納めて振り返ると、呆然とした様子のリリアが立っていた。
「あのヒュドラと神霊を……ジーク……あなたって人は」
「わたくしたちでは、まだまだ力不足ですわね……」
苦笑気味に呟くカレンに、ジークは首を横に振った。
「みんなも万全の状態だったら勝てたと思うよ。僕も、あのヒュドラに神霊が入ってなかったらやばかったかも」
「ですが、ジーク様はヒュドラの力を無効化できるのでは?」
「神獣が持つ『力』の方はね。純粋な膂力とか素早さとかを拒絶できるわけじゃない」
そう、暗黒竜ヒュドラの真の恐ろしさは暴力そのものにある。
巨体を生かした重量と素早さを合わせた高速攻撃。それに合わせた九つの首の力。
ダルカナスは『力』に溺れるあまり、ヒュドラの特性を生かし切れていなかった。
「神霊には意思がある。意思があるって事は、意図があるって事だから」
意図があれば次の戦術が読みやすくなる。
ジークが一番恐れていたのは、龍脈の力を使ったヒュドラが力任せに暴れることだった。
「……つまり、ダルカナスは実戦経験が足りなかったという事ですね」
「そうだね」
(それだけで勝てる相手ではないと思いますが……いえ、言い訳はやめましょう)
きゅっと、リリアは拳が白くなるほど錫杖を握りしめる。
ーー実戦経験が足りないのは、自分の方だ。
まだ人間だったころの戦いが染みついている。
ルージュやオズワンに前衛を任せ、後方から戦場を俯瞰するような戦い方だ。
むしろ人間だったころより『力』が増している分、技術がおろそかになっているきらいがある。
それはそれで、後衛としての一つの在り方なのかもしれない。
けれど、リリアが求めているのは後ろから戦いを見守るのではない。
後衛であっても精神的に隣り合い、対等に、共に戦いたいのだ。
この戦いのような、ジークに全て任せて後は見守るなんて戦い方はクソだ。
絶対に繰り返してはならないとリリアは決意する。
思えば天使として全力で戦ったのはこれが初めて。
天使としての、独特の戦い方が自分にはあるはず。
それを探すことが、今後の課題となるだろう。
ーーもっと、あなたの力になりたい。あなたを支えたいんです。
神霊をたった一人で一蹴する、孤独な英雄になどさせはしない。
自分が、自分たちが、絶対にあなたに追いついて見せるから。
「「……帰ったら、修業しないと」」
ハッ、とリリアとカレンは顔を見合わせた。
言葉が重なった彼女も、どうやら同じようなことを考えていたらしかった。
二人は苦笑をかわす。
(どうしたのかな……? まぁいいか)
顔を見合わせる二人に首を傾げ、ジークは鞄から大きな石を取り出す。
七色に光るそれは『聖霊石』と呼ばれる石である。
これは未踏破領域のヌシを倒してから龍脈に投げ入れ、周囲の瘴気を浄化するもので、各街の姫の陽力が込められている。
「ほいっと」
ヒュドラが現れた場所には穴が空いていた。
膨大な力が噴き出している間欠泉のような場所に、ジークは聖霊石を投げ入れる。
すぐに間欠泉が弱まり、ぶわッ、と神聖な空気があたりを満たし始めた。
「良し」
これで周囲の瘴気を浄化し、未踏破領域を人の領域に変える事が出来た。
普通の人間でも入れるようになったから、いずれ異端討滅機構の調査隊がここに来るはずだ。
魔獣の護衛のために葬送官も駆り出されるし、かなり忙しくなるのは間違いない。
最も、時間が経てば聖霊石の効果も消失する。
しずれ新たなヌシがこの場所を支配し、未踏破領域は再び人を拒むようになるのだが。
「そこまでは僕の知ったことじゃないしね……ん?」
ジークはヒュドラが倒れていた場所に落ちていた、牙と爪を見つける。
ヒュドラの古い爪だろうか。
よく見れば、神殿の窪みには魔獣の骨が大量に転がっていた。
「頑丈な防具が出来そうな骨ばかりですわね。出来れば全部持って帰りたいです」
「カレンさん」
「それならあたしにお任せってね!」
ジークの隣で魔獣の骨を覗き込んだカレン。
その彼女の後ろから、元気に飛び跳ねたルージュがやってきた。
「ルージュ様、もう動いて大丈夫なのですか?」
「もーまんたいだよ。お兄ちゃんのアレ、たっぷり注ぎ込んでもらったから♡」
「まぁ……♪」
「誤解を招くような言い方しないでよルージュ!? あとカレンさん目を輝かせないで!?」
嗜虐的な笑みを浮かべたルージュを慌てて止めたジーク。
彼女は茶目っ気たっぷりにウインクして、
「あたしはいつでも準備できてるからね、お兄ちゃん♪」
「あ、あはは」
何の準備だ、何の。とは口にしないジークである。
ルージュは構わず、
「これくらいの量なら、アタシの影で一発で運んじゃえるよ」
ひゅい、と手を掲げ、その場の死体や骨をすっぽり影包み込んでしまった。
影は大きな塊となって、ルージュの足元に溶け込む。
「ちょーっと重いけど、まぁ、修業だと思えば」
「そんな事も出来るのですね、ルージュ様は……」
尊敬をにじませたカレンの言葉に、ルージュは「ふふん」と胸を張る。
「まぁね。あたし、天才だから♪」
「素晴らしいです」
本気で頷くカレン。
真摯な瞳に、ルージュは照れくさそうに視線を逸らした。
「そ、それよりゴリラの手当てしないと! しぶといから死なないだろうけどっ」
「そうですわね。愚弟はこの程度で死ぬほどヤワな鍛え方はさせていませんから」
「このあたりの魔昌石も相当な純度ですよ。ほぼ天界に生えているものに近いです。その他にも色々と綺麗なものがありますし……ルージュ、お願いできます?」
「まっかせといて!」
「ーーあぁ、そういえばそれも必要なんだっけ……」
魔晶石を採掘するのも七聖将になる条件だったとジークは思い出す。
そもそも未踏破領域を踏破するのは、七聖将になるためだったのだ。
すっかり忘れていた、とは口にせず、ジークは号令をかける。
「やる事やったら、出来るだけ早くここから出よっか」
「はい! その間にジークはしっかり休んで……」
「みんな頑張ってくれたから、今夜は僕がすっごい御馳走作ってあげるよ!」
「「それはやめて!?」」
天使と悪魔の悲鳴が響いた。
「お兄ちゃんの料理なんて冗談じゃないよ、ただの拷問だよ!」
「ジーク、祝勝会は賛成ですが、水を差すような真似はしないでください」
散々な物言いの二人に不満を表明するジークである。
「えぇ……別に、変なもの出さないよ? 美味しいよ?」
「ジーク様の手料理……いいですわね。わたくし、食べてみたいです」
「あ、ほんと? やった!」
「「カレンさん!?」」
リリアとルージュがカレンの口を抑えにかかった。
(カレンさん何考えてるの!? 馬鹿なのアホなの死ぬの!?)
(そうですよせっかく全てが丸く収まろうとしていたのに、爆弾を投下しないでください!)
(お、お二人がそこまで反応するほどのもなのですか……?)
カレンがごくりと唾を呑むと、リリアは真剣な顔で頷いた。
(ジークには悪いですが筆舌にしがたいです)
ルージュも続く。
(あたしもお姉ちゃんに対抗して一度食べたことあるけど、すぐに後悔した。お兄ちゃんの料理を食べるくらいなら、研究所で出された味のない食事の方がマシだったよ)
(ルージュ様がそこまで……?)
ジークを絶対的に慕っているルージュがそこまで言うのだ。
よっぽどアレなのだろうとカレンは察するが、
(わたくし、ますます気になってきましたわ)
((カレンさん!?))
カレンは身を乗り出し、
「ジーク様、ちなみにどのようなものをお出しになるつもりですか?」
「え? それ聞いちゃう? 聞いちゃう?)
「ジーク、無理して言わなくても……」
「しょうがないなー……えっとね、」
「聞いてないし!?」
(どんなものが出るか驚かせようとしたけど、今話して楽しみにしてもらうのもオツだよね)
ジークは頷いて、指を一本立てる。
「まずはアレね。入り口あたりに居た蜘蛛の魔獣は外せないよね。あれ、毒抜きして唐揚げにしたらきっと美味しいよ。あとあと、ヒュドラのお肉も美味しそうじゃない? 骨ごと丸焼きにしてかじりついたら絶品なこと間違いなしだよ。あとは、ん-。ネズミの丸焼きでしょ、トンボの煮付けに、コオロギの砂糖漬け、蜥蜴肉のサンドイッチ、蝙蝠の塩焼き……まぁ、あとは色々かな」
「色々……」
「これ以上は秘密だよ。シェフの秘密ってやつだね」
ふふん、とジークは胸を張ってみせる。
先ほどのルージュと同じような仕草だが、今ばかりは全く嬉しくないルージュである。
(なんでロクでもない内容で胸を張れるの!? 強くなりすぎて頭イッちゃったの!?)
(食べられそうなのがヒュドラの丸焼きしかない……ていうかヒュドラも毒を持ってたんですがそれは)
(色々っていうのがもっとやばいよ。一体何を出すつもりなの……?)
天使と悪魔の姉妹は肩を寄せ合いながら戦慄する。
(でも、これだけ聞けばカレンさんも味方になってくれるでしょ)
(カレンさん、ジークにも欠点はあるんです。みんなで止めましょう)
リリアとルージュはそぉっとカレンの顔を覗き込む。
この中で一番常識人のカレンだ。彼女なら分かってくれるはず。
ほら、顔が引きつって今にも叫びそうなほど身体が震えている。
彼の料理に恐れおののいているのだ……。
「……す」
「「「す?」」」
一拍の間を置いて、カレンは顔をあげた。
「ーー素晴らしいですっ!!」
「「は?」」
「殺めた命を無駄にせず、おのれの糧とするその気概! 常識にとらわれない食事の発想! このカレン・バルボッサ、感服いたしましたわ!」
「「はぁあああああああああああああ!?」」
両手を合わせ、ジークに鼻先を近づける竜人の姉。
尻尾をぶんぶん振り回すカレンを、リリアとルージュは慌てて引き戻す。
「カレンさん、本気で言ってるんですか!?」
「あのね、カレンさん、いくらお兄ちゃんの気を引きたいからって自分の嫌なものを好きだと見せるのはイヤらしい雌豚の発想だよ。そこまでお兄ちゃんに近付きたいの? 馬鹿なの死ぬの殺すよ?」
「お二人とも、何をおっしゃいますか!」
カレンは振り向き、真剣な顔で言った。
「命とは喰らい、喰らわれ、受け継がれるもの。人が死ねばまた肉となり土と還り、微生物や様々な魔獣の糧となる、そうして命は連綿と紡がれていくのです。大小さまざまな命を分け隔てなく愛し、自らの糧とする。そんなジーク様の姿勢こそ、わたくしたちが見習うべき心でありましょうや!」
「「ぐっ……」」
それが正論かどうかはともかく、謎の説得力がカレンの言にはあった。
考え方は人それぞれというが、そもそも獣人には魔獣を喰らうという発想がある。
とにかく何でも食事にしてしまうジークと通じるものがあるかもしれず、ルージュは頬をひきつらせた。
(や、やっぱりカレンさん、伏兵……! お兄ちゃんには近づけさせないよ……!?)
そのルージュの表情を読み、カレンはふっと微笑む。
「安心してください。ルージュ様。わたくし、あなた様の立場を奪うつもりはありません」
「……カレンさん」
「何なら、わたくしは三番目でも四番目でも構いませんので)
「やっぱり敵!?」
ルージュが悲鳴を上げている傍ら、リリアは恐る恐る振り向いた。
(ジークの手料理を初めて肯定してくれる相手……これは、ジークにとっては)
「カレンさん……僕、そんな事言ってくれた人初めてだよ」
(や、やっぱりーーーー!?)
ジークは感激したように目を潤ませていた。
「僕、頑張って作るね、とびっきり美味しいの作るから!」
「じ、ジーク、あの」
「リリアがね、ちょっと不味そうにしてたから、僕、料理も頑張ったんだよ」
「ぅ……!?」
リリアは痛そうに胸を抑えた!
「ルージュもね、酷いからさ。僕、修業の傍らずっと料理の研究をしてね」
「ぅぐ……!?」
ルージュは崩れ落ちた!
「だから、カレンさんがそう言ってくれて嬉しい! 僕、頑張るよ!」
「はい♪ 楽しみにしておりますねっ!」
最悪の組み合わせが誕生した瞬間であった。
「あー、あたし、さっき魔力を補充したからお腹空いてな……」
「ルージュ? 一人だけ逃がしませんよ?」
逃げようとしたルージュはにっこり笑ったリリアに阻止されてしまう。
ジークは生き生きとした様子で食材を集め始める。こうも楽しそうな彼を見るのは久しぶりで、リリアやルージュも「たくさん勉強したなら大丈夫か」と一抹の希望を抱くようになったのだが……。
ーー甘かった。
「お、お兄ちゃん、あた、し……がく」
「ルージュ!?」
「…………………………………………」
「リリア!? なんで魂みたいなのが出てるの!? 戻ってきて、リリアーー!?」
ジークの必殺料理に対し、次々と倒れていく面々。
一方、獣人の姉弟は「美味いじゃねぇか」「さすがジーク様です」と言いながら食べたという。
だがそれは見かけ上の事で、まるで遅効性の毒のように、獣人の姉弟もダウンした。
カレンは三人からこっぴくどく叱られ、
ジークに二度と料理をさせてはならない、とレギオンが結束した。
最も、
「きゅぁー!」
約一匹だけ嬉しそうにジークの手料理を食べていたため、
遠くない未来、またジークが料理を振るう機会があるのだが……。
それはまた、別の話である。
◆
未踏破領域攻略から一時間後。
ジークたちは変わり果てた『深淵領域』のありように驚いていた。
「凄いね、これは……」
「はい。まるで神殿……いえ、要塞のようです」
薄暗い坑道や洞窟はどこへ行ったのか。
一同の前に広がっているのは、緑と光に満ち溢れた心地よい場所だった。
どういう仕組みなのか、天井は青空が広がり、太陽の光が差し込んでいる。
「元々は闇の神々の拠点だって聞いてたけど……」
「明らかに人工的なものです。もしかしたら、闇の神々を崇拝する人たちが作ったのかもしれませんね」
感嘆の息を吐くジークに、リリアが述懐する。
ーー残念ながら、悪魔教団と同様、闇の神々を崇拝する人類も存在するのだ。
彼らは終末戦争の折、闇の神々について人類を内側からかき乱したという。
そして闇の神々の居場所を作る為、当時の建築技術を駆使してこの場所を作り上げたのだ。
最も、今は組織ごと壊滅させられて久しく、生き残りは悪魔教団と合流しているらしいが。
それはともかく。
「ヌシを倒したから、変な魔獣がいっぱい出てきたね」
斬ッ、とジークは剣を振るう。
光が満ち溢れた草むらの影から、赤い宝石を額に宿した兎が現れたのだ。
奇襲を行った兎は身体を真っ二つにされ、赤い宝石が額から外れて足元に落ちる。
「わ、なんか綺麗。拾っておこうっと」
「おいあに……じゃねぇ、ジーク。あの花ってどうなんだ、食べられんのか?」
オズワンが指差したのは水晶で出来た花々である。
野草の類に詳しいジークも知らない品種だった。
「水晶は食べられないと思うけど……でも、綺麗だからいくつか摘んでいっちゃおうか」
「おっしゃ!」
薬になるかもしれないし、と付け足すジーク。
そうして魔獣を狩ったり色んなものを採取しながら、一行は未踏破領域を後にする。
入り口に着くころ、ちょうど朝日が地平線を照らし出していた。
来た時に感じたような瘴気は微塵もなく、朝の涼気が穴の周りを満たしている。
ルージュは「うわぁ」と眩しそうに目を細めた。
「あれって朝日だよね? もう一日経ってるの?」
「わたくしたち、一晩中未踏破領域に潜っていたようですわね」
「途中で休憩は挟んだけど……さすがにあたし、へろへろだよ……」
「おれも眠い。腹減ったし……ぐぅ……」
「立ったまま寝ないでくださいオズワンさん!? っと、それより」
リリアは振り返り、踏破した深淵領域を見やる。
底の見えない穴の底で戦っていたことを思い出しながらーー
「ここを踏破したことを報告しなきゃですね。ジーク、一度聖地に戻りますか?」
「ん? あー、その必要はないんじゃないかな」
「「「?」」」
首を傾げる一同の前でジークは息を吸い込み、
「イズナさんッ、居るんでしょう? 出てきてください!」
大声で、そう叫んだ。
ジーク以外の面々は首を傾げる。
深淵領域の周辺は草木の生えない荒野だ。周りには何もない。
事実、ジークの声に反応する者は誰もいないが……。
「んー。出てこないつもりかな。じゃあいいや、アル」
「きゅぁー」
「この辺り全部、焼き尽くそう」
「きゅ、きゅー!」
「え、ちょ、ジーク!?」
元気よく空を飛ぶアルの口腔に、蒼白い光が溜まっていきーー
「ーーわぁあああ! たんまたんま! そんなの喰らったらイズナちゃん死んじゃうよ!?」
「「「!?」」」
突如、何もない虚空から女の声が響いた。
ぐにゃりと、さびれた荒野の一角が歪み、空気の層がはがれるように女が現れる。
可愛らしい耳を揺らし、興奮したように尻尾を太くする獣人の女は。
「イズナ・エルブラッド特級葬送官!?」
「やっほー、りったん! 元気そうだねぇ」
「元気そうだねって……いや、なんでここに?」
「あはは! そりゃあ可愛らしい弟妹弟子がちゃんと帰れるか心配で
「嘘つき。七聖将の誰かから命じられたんでしょう?」
ジークの鋭い突っ込みに、イズナは不満そうに頬を膨らませる。
「そーだけどさー、もうちょっとこう、ないの? ジっくん? せめて驚いたりさ?」
「機械で監視しようとしていた人たちに言われたくありません」
「それだよ! ジっくんがそれを壊すからイズナちゃんが出っ張ってきたんだよ、もう! さっきも本気で雷撃とうとしてたでしょ!?」
「撃ちませんよ、あれはただの脅しです」
「絶対嘘だ!?」
イズナは大仰に頭を抱えて見せる。
その砕けた様子に、ようやくジーク以外の面々も理解が追いついてきた。
恐らくジークは未踏破領域でもやって見せたように、周囲に電子粒子を放って空間を探査していたのだろう。最後まで油断しないというか……イズナだと分かったのは恐らくカマをかけたからだろうが。
「んっと、じゃああたしたち、ずっと監視されてたの?」
そこまで思考したルージュの問いに、ジークは首を横に振る。
「ずっとていうか……たぶん、ここに着く前くらいじゃない?」
「そだよー。君たち、ちょっと車飛ばしすぎだからね? 街中だとスピード違反で逮捕されちゃうよ?」
「うふふ。街中じゃないので問題ありませんわね」
「ハッ! 車の速度に余裕で着いてこれたんだから文句言うんじゃねぇよ、クソが」
上品に口元に手を当てながら目が笑っていないカレンと、
唾を吐いて敵意をむき出しにするオズワン。
イズナは似たような反応を取る二人の様子に頬をひきつらせた。
「ジっくーん? この獣人の姉弟、ちょっと口が悪くなーい?」
「仕方ありませんよ、わたしだって、監視されてたっていうのは気分がありませんから」
「リったんまで!?」
「お兄ちゃん、この猫うるさいよ。無視して捨てていっちゃお?」
「妹ちゃんも!? まさかの味方ナシ!?」
ノォォ~~~~~! とイズナは頭を抱える。
その態度をどこまで本気にしていいか分からないが、
「捨てちゃだめだよ、ルージュ。この人には頼みたい事があるんだから」
「あー、分かってる分かってる、ジっくん。未踏破領域を踏破したんでしょ?」
イズナは威厳を取り戻したようにけろりと笑って、
「前人未到の領域を踏破するなんてさすがイズナちゃんの弟弟子! テレサ様も鼻が高いと思うよ。任せといて! ジっくんたちが『深淵領域』をクリアしたことは、姉弟子であるこのイズナちゃんがしっかりと姫様に報告をーー」
「いや、そんな事じゃなくて、ルージュ」
「え? なにを……あ、そういうことか」
ルージュは嗜虐的に笑う。
てくてく、とイズナの元へ近寄ると、
「イズナお姉ちゃん、お土産だよ♪」
「ほえ?」
ダダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダダダダダダダダダダダダダダァーー…………!
スコールのような音が響き渡った。
無論、これは朝早くから天気が急変したわけではなく。
「な、なにこれ!?」
ルージュが影の中から取り出した、大量の荷物が降る音である。
一トンを超える魔晶石、ヒュドラの胴体、爪、牙、骨、首、赤い宝石や水晶の花々。
そのほか、深淵領域に住まう魔獣の死体がごっそりと取り出され、並べられる。
その数、千は下らないだろう。
愕然とするイズナをよそに、リリアは納得したように頷いた。
「つまり、イズナさんを使い走りにするわけですね」
続けてカレンも理解を得る。
「このあと、踏破した深淵領域を調査するために調査団が訪れるはず。彼らは領域の調査で手が一杯になり、これらの荷物を精査する暇がない。監視役のエルブラッド様を荷物運びに任命すれば、鬱陶しい監視も居なくなり、わたくしたちは落ち着いて未踏破領域を踏破できる……そういうことですわね?」
「ハッ! いいじゃねぇかジーク! 力の使い方ってのを分かってきたみたいだな、オイ!」
(仮とはいえ、兄貴は七聖将になる男だ。こいつには断れねぇって寸法かよォ!)
全員が理解したのを見て、ジークは微笑む。
イズナの方は口をパクパクさせて呆然としていた。
「じ、ジっくん、これ……?」
「弟弟子からのお願い、聞いてくれますよね?」
「あ、あのぉ、これはね。えーっと……」
「お願い、しますね?」
「はひ」
イズナはただ頷くことしかできなかった。
呆然とする彼女を一人残し、ジークたちは休養のため近くの街へ向かうのだった。