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第五話 ロリコン松田

 放課後になった途端、松田が声をかけてきた。


「須黒、少し付き合ってくれないか」


 それに俺は断りをいれようとしたのだが、西川のことを考え誘いを受けてしまう。


 西川の気持ちを諦めさせるには、物理的に離れることも必要ではある。

 会えないことで逆に相手のことを考えてしまう恋愛理論というものがあるが、あれは空腹時に好きな食べ物のことを考えてしまうのと同じだ。さらに時間をかければ、人は空腹を忘れてしまうように、相手を想う気持ちというのも次第に冷めていく。

 遠距離恋愛が上手くいかないのもこのためだろう。


「せーんぱいっ!」


 俺が松田の誘いを受けたところで、教室の扉からひょこりと顔を出した西川。


「悪い。今日は急用ができてな。一緒には帰れない」

「えぇー!? 嫌です!」

「嫌ですって……そもそもの話をすれば、俺とお前が一緒に帰る理由もないんだが」

「付き合ってるじゃないですか!」

「付き合っていたとしてもだ。それとも、お前は『俺と一緒に帰るため』に付き合いたいと思ったのか?」

「そうじゃないですけど……」

「なら察してくれ」

「はぅ……」


 そんな彼女の脇を悠然として通りすぎる。

 後ろに控えていた松田は落ち込む西川に対して気まずそうだったが、それでもそうっと彼女をすり抜けて俺を追ってきた。


「お前、あれ大丈夫なの?」

「なにが」

「なにがって……メチャクチャ可哀想になったんだけど」

「俺と付き合うってことはそういうことだ」

「鬼畜だ……」


 ふと振り返れば、楽しげに下校していく奴等の中にポツンと佇む西川の後ろ姿。

 その光景にキリキリと心が痛んだが、足が止まらぬうちに前を向いた。


 頼むから諦めてくれ。


 沸き起こる負の感情をため息と共に吐きだす。


「で? 付き合うって何するんだよ」


 そして、改めて松田へと顔を向けたのだ。


「あぁ、これから行きたい店があるんだが、その前にちょっと……な」




◆◆◆




 松田が向かったのは学校の近くにある公園だった。

 そこはあまり広くはなく、設置されている遊具も種類は多くない。ただ時間帯もあってか、数人の小学生や保護者同伴の保育園児が各々で遊んでいた。


「――俺たちもいつか、ああやって子供ができるんだろうな?」


 は?


「なんか……そう思うと不思議だ。ああして遊んでいたのは、つい最近だった気もするのに」


 は?


 現在俺は、その公園にあるベンチに座っている。

 松田はベンチに鞄を置いたまま立っており、楽しそうに遊ぶ子供たちを優しげな瞳で見守っていた。


 そんな彼から出てきた発言に意味がわからず沈黙してしまう。

 彼が俺に何を求めているのか察することさえできない。


「なんだよ急に……悩みでもあるのか」

「いや……実は先に謝っておきたかったんだ。今日、何人かに須黒の最低な噂を流した。だから、あいつらはお前のことを最低な人間だと思ったはずだ」


 あぁ、なるほど。そういうことか。


「別に気にしなくていい。それは俺が頼んだことだ」

「まぁ、そうなんだろうが……それでも罪悪感はある」

「怒らないさ。むしろ感謝したいくらいだ。それは俺にできないことだからな」

「そうか。強いんだな……須黒は」


 そして松田は俺へと振り返った。


「まぁ、周りの奴等がお前のことをどう思おうと、俺だけは須黒の理解者だ。……それを言いたかった」

「言わなくたって知ってるさ」

「だよ……な。ありがとう」

「いや、ありがとうは俺が言うべきだろ」

「たしかに。ただ、今日スッキリ(・・・・)したから」


「スッキリ……?」


 なんというか、松田が纏う仏のような穏やかさが俺にはよく分からなかった。

 それが原因なのか、話の疎通がうまくできていないように感じてしまう。


「昔は良かったよな。人間関係に不安なんかなくて、そういった面倒臭いこともなくて、ただ純粋に今を楽しんでた」


 彼は再び子供たちへと視線を向ける。

 それはたしかにあるのかもしれない、と思った。


 俺は元々サイコパスを自称していたわけじゃない。いろいろあって、それが正しい生き方なのかもしれないと思い込んでいるだけだ。


「戻りたいなんて思わないけど、あの純粋さには戻れないんだよな……少し悲しくなる」

「失ったわけじゃない。引き換えにしただけだ。等価交換だろ。生きていくためには仕方のないことだった」

「まぁ、そうなんだろうけどさ」


 そうして松田は鞄を持つと「そろそろ行こう」と言った。


 どこに行くのか俺には知らされていない。

 彼も敢えて言っていない気がした。


 だから、俺は黙って立ち上がり彼についていく。


 そうして着いたのは……。


「なんだよ……ここ」

「ん? 何って……アニメ専門の店だけど」


 そこは街中にあるアニメの専門店。

 可愛らしい女の子のイラストが至るところに貼られた店内には、これまた可愛らしい声で歌われるBGMがかかっている。


 俺がこれまで入ったこともない店……というよりは、あまりにも世界観が違いすぎて、どこか異国に迷い混んだかのような錯覚に陥る。


 そこで松田は、ライトノベルと呼ばれるシュリンク包装された可愛らしい表紙の本を次々と手に取っていった。

 チラリと見れば、タイトルには『妹』や『ロリ』などの文字があって、それらを何の躊躇いもなく手に取っていく様には、慣れた犯行であることを思わせた。


 そんな松田は、まるでお宝を漁るトレジャーハンターのように店内を歩き、誘った俺をおいてけぼりにして自分の世界へと浸っている。


「おい……これ俺を連れてくる意味あったか?」

「ん? 違う違う。俺はロリコンじゃない。小さい子供たちがまだ持っている"純粋さ"が好きなだけなんだ。勘違いするなよ?」


 会話が噛み合っていない。


「お前……まさか、この言い訳のためにわざわざ公園に寄ったのか?」

「違う違う。俺は、小さい女の子が好きなわけじゃなく、俺たちが失ってしまった"純粋さ"に憧れをもっているだけだ。そして、その"純粋さ"を得られるのが、小さな女の子……ただ、それだけなんだよ」


 熱弁は結構だが、それは聞いてないし答えになっていない。


 俺は、ため息を吐いてから松田との会話をあきらめた。

 もはや今の彼には何を言っても無駄な気がしたのだ。


「俺にも妹がいれば、こんなことにはならずに済んだのかもしれないが……まぁ、仕方ないことなんだよ」


 そして補足を付け加えてくる松田。


 その後、彼は一時間ほど店内を見て回り、買うものをよく選別していた。俺は、後半ついていくのをあきらめて、本棚に設置されていたアニメ特集のPVを無限に眺めていた。


 店を出た彼はホクホクとした笑顔で一言。


「今日はありがとな!」


 なんのお礼だ。俺は何もしていない。むしろ、俺の一時間を奪ったのだから謝ってほしいくらいだ。


「制服だったからR18コーナーには入れなかったけど、機会があれば見て回ろうぜ? 買うことはできないけど、見るだけなら大丈夫だからさ」


 コイツ何を言っているのだろうか。

 一時間も俺を放置しておいて、また来ようなどとは……タチが悪すぎる。


「そういえば、須黒って妹いるのか?」

「……」

「おいおい、そんな目で見るなよ? 聞いただけだろ?」

「いるが……お前には会わせないぞ」

「小学生とか?」

「中学生だが」

「なるほど……な」


 今ので何を納得したんだ。


「羨ましいよ。俺には妹がいないからさ」

「別にお前が買ったような本の中の妹なんてこの世にはいないぞ。いたとしても身内をそういった目で見たりしない」


「まぁ、みんなそう言うよな?」


「やめろ。その「俺だけは世界の真実を知ってます」的な発言。」


 しかし松田は、それを異に返さずフッと脱力して笑った。


「まぁ、いいや。これからもよろしくな?」


 そして、軽く手を上げて俺から離れていく。


 本当に……あいつはなぜ俺を付き合わせたのだろうか……。


 その疑問だけが取り残された。


「なんだったんだ……いったい」

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