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第二十話 サイコパスを自称するイタイ奴を演じるシゾイド。

 マザーテレサは言った。愛の反対は憎しみではなく無関心である、と。


 この言葉から出される言葉、それは『憎しみも愛の一部』だということ。だから、多くの人々は「憎むことも憎まれることも愛なのだから許しなさい」と口にした。


 しかし、それはただの偽善だ。


 許すことは並大抵のことじゃない。頭で理解していても、それを許してしまうには多くの時間を必要とする。


 一度芽生えた憎悪、殺意はなかなかに消えてはくれない。


 それが愛なのだ、といくら理解していたとしても……感情はそれを受け入れてはくれない。


 そして、もし仮にその憎悪、殺意さえもが『愛』なのだとしたら。


 それによって人を殺してしまうこともまた、許されなければならない愛なのではないだろうか?


 なのに、彼らは犯してしまった殺人に対して絶対に許そうとはしなかった。


 その矛盾があるからこそ、俺はその言葉を使う者たちが嫌いだ。


 マザーテレサに限らず、多くの名言を人々は都合の良い解釈をして他者に教え込もうとする。


 そして、それはまるで世界の真理であり正義であるかのような顔をする。


 だから、俺はそんな者たちの独善的思考に吐き気を催してしまうのだ。


 そして、そう考えてしまう己こそが異端だと分かっているからこそ……俺は己を殺さなければならないと常々思う。




◆◆◆




 俺の家は、学校から徒歩十分ほどにある安いアパートの一室だった。


「えっ……先輩って一人暮らししてるんですか!?」


 鍵を開けて名取を部屋に入れたとき、名取は心底驚いていた。


「一人暮らし……とは少し違うな? 生活費も学費も親がすべて払ってる。正確に例えるなら住んでる場所が俺だけ違うだけだ」


「いや、でも何か凄いですね……」


 玄関で立ち竦んでいる彼を、狭い部屋に招き入れた。他人を部屋に入れるのは初めてだった。俺は、誰かをプライベート空間に入れることが嫌だったが、今回に関しては仕方ない。


 名取はおそるおそる部屋の中央付近に座る。部屋には必要最低限の家具や家電しかなく、娯楽といえるものはテレビだけ。


 そんな寂しい空間を紛らわすように、テレビだけはつけておいた。


「麦茶しかないが、それでいいか?」

「なんでも大丈夫です。なんか部屋に余計なものがないのもサイコパスって感じですね……」

「なんでだよ」


 笑いながらそう答え、冷蔵庫で冷やしてあった麦茶をコップに注いで名取にだしてやる。


「ゲームとかも……ないんですね」


 彼はまだ部屋を見回しながら呟く。


「中学の頃はハマってやってたんだが、今は興味が一切ない」

「趣味ってあるんですか?」

「人間観察くらいだな」

「へぇ……」


 やはり、名取は俺のことを調べるつもりで近づいてきたのだろう。質問はすべて、サイコパスに関わることではなく俺自身のことばかり。


 そのとき、テレビがとあるニュースを報道した。


 それは、通り魔によって何の罪もない高校生が死んだという悲惨なニュースだった。


「怖いですね……僕たちも気を付けないと」


 何気なく言った名取の発言。


 それに俺は、ピクリと反応してしまった。



気を付ける(・・・・・)って、何をだ?」



「何って、僕たちも刺されないように」

「逆じゃないか?」


「逆……?」


 それに俺は頷く。


「おまえはサイコパスになろうとしているんだろ? だったら、気を付けるべきは『犯罪者にならないこと』じゃないのか?」


 その言葉の意味が分からなかったのか、名取はしばらく沈黙していた。


「……どういうことですか」

「だから、サイコパスになろうとしている名取が心配すべきことは『被害者になるかもしれない』ということじゃない。『加害者になるかもしれない』ということだ」


 名取の瞳が一瞬揺らいだ。まるで、その考えはなかったと云わんばかりに。


「名取は教室で「ロリコンは犯罪者予備軍だ」って言ったよな?」

「……はい」

「サイコパスも同じだ。だから、サイコパスは犯罪者にならないよう常に気を付けなきゃならない。多くの奴らは、今みたく『被害者にならないように』と思うかもしれないが、俺は『加害者にならないように』と思う」


「いや、加害者って……先輩が通り魔になるかもしれないってことですか……」


「可能性はなくもない」


 その瞬間、名取の表情が強ばった。


「人の感情は分からない。自分さえも自分の感情をコントロールすることはできない。だから……いつ自分が悪の感情によって支配されるかも分からない」


 彼は何も言わなかった。

 ただ、淡々と言葉を並べる俺に対して恐怖を滲ませるだけ。


 そして、俺は告げる。


「だから俺はサイコパスを目指したんだよ。感情をコントロールすることは絶対にできない。なら、その感情は殺すしかない」


「感情を……殺す……」


「そうだ。感情を殺せば怒りはなくなる。憎しみさえもなくせる。それはつまり、人に危害を加える可能性を潰せるということ。……ただ、それによって俺は喜びも失った。ゲームがないのもそのせいだ。俺はありとあらゆることに興味がなくなったから、趣味という趣味がない」


 誰も成りたくて加害者になろうとするわけじゃない。加害者になってしまった者たちには、そうでなければならない事情があった。


 そして、それは許されることじゃない。


 だから、気を付けなければならない。


「名取な誰かを殺したいと思ったことはあるか?」


「……」


 名取は答えない。それに今度は俺が驚いた。

 てっきり「ない」と答えるものだと思ったから。


「もし……あるのならそれを許してしまうのは難しい。だが、感情に任せて殺してしまうことはあまりにも愚かだ。だったら、手っ取り早く感情を殺してしまうに限る。そうすれば、俺たちは普通でいられる」


「……普通」


「だが、覚悟はしておけ。感情を殺せば世界の色は途端に失われる。ありとあらゆる喜びが失われる。誰かとなにかを共感することができなくなる。相手の怒りがわからなくなる。そして、誰かを好きになることさえも難しくなる」


 そして、ハッキリと名取に教えてやった。


「おまえは、好きな人の理想になるためにサイコパスになりたいと言ったな? だが、サイコパスになったら、その恋心はなくなるぞ。それでもいいのか?」


「それは……」

「嫌だろ? なら、やっぱりおまえはサイコパスを目指すべきじゃない」


 結論。それに名取は何も言い返さなかった。


 ただ、最後に彼は聞いた。


「あの……先輩が殺したいと思ったのは誰なんですか?」


 おそるおそる聞いてきた質問。たぶんその回答は、西川が望む"俺の弱み"になるだろう。


 そして、その弱みは彼女が"俺を諦める理由"にもなるはずだ。


 だから。


「分からないか? なぜ、俺が親と離れて生活をしているのか」


 名取は目を細めて考えていたが、やがてそれは大きく見開かれる。


「それって……つまり」

「その先は答えなくていい。だが、思い浮かべたそれはおそらく正しい」


 名取の目的は果たされた。彼は俺の弱みを聞き出すことに成功したのだから。

 そして俺の目的も果たされた。その情報は、すべからく西川に伝わるはずだから。


「話はここまでだ。他に聞きたいこと、あるか?」


 呆然としたまま名取はゆっくりと首を横に振る。

 そんな彼に俺は笑いかけた。


「サイコパスにはなれないかもしれないが、別に手段は一つじゃない。どんな奴を好きになったのかは知らないが、その恋は諦めるなよ」

「……わかりました」


 そうして、名取は帰った。

 最後、パタンと扉がしまった後で俺は酷く落ち込んだ。


 その話は誰にもするつもりなんてなかったからだ。


 だから、これは最終手段だった。


 部屋にあるベッドに倒れこみ、呼吸だけに専念する。

 頭の中をリセットすることだけに努めたが、ネガティブはどんどんと出てくる。



 俺は、両親から虐待めいたものを受けていた。

 しかし、それを虐待だとはまったく思わなかった。病院にいくほどではなかったし、我慢さえすれば普通に生活をおくれたからだ。


 それに俺は大きな勘違いをしていたのだと思う。


 それは……俺が親から愛されている証なのだと思い込んでいた。


 同じように妹が虐待をされることはなかった。


 それが、俺の勘違いを助長させる。


 その暴力は、俺だけが受けられる特別な愛なのだと勘違いしたうえに、俺がそれを受けることによって妹を守れるという正義感を持ってしまっていたからだ。


 まったく、馬鹿な人間だったとつくづく思う。


 それでも、俺は両親の育てかたが間違っていたとは思えない。

 俺が真実に気づき、それでも親を殺さなかったのは、彼らが俺に世の中の善悪を教えてくれていたからだ。


 それに……おかげで俺は強くなれた。


 精神的にも、身体的にも。


 自慢じゃないが、俺は喧嘩で負けたことはなかった。痛みに慣れていたからだ。

 誰かに罵倒されて落ち込んだこともない。自分を殺せるのは、自分だけだと気づいたからだ。


 悪口を言われると何十億という脳細胞が死ぬらしい。しかし、それは悪口を言われたからではなく、それを受けた自分がそう思い込むことによって自ら殺しているのだ。


 だから、過程はどうあれ結果として俺は強くなれた。


 だから、感謝をしていた。それと同じくらい彼らを憎んでいる。


 それを抱えたまま彼らと共に生きることは、少なくとも今は無理だ。


 だからこそ、俺は家から離れた学校に進学したのだ。

 理由は彼らから離れるため。


 その憎しみと殺意が、いつか消えることを信じて。


 しかし、それはいまだ心の奥底で燻っている。


 俺は、ただそれを必死で抑え込むことしかできなかった。

【シゾイド/スキゾイド】

シゾイド発祥である多くの原因は、家庭環境によるもの。家族すらも信用できなくなったが為に、自己以外の全てに心を閉ざしてしまう。しかし、育てかたが間違いであったとは言い切れない。

彼らが心を閉ざした思考には、酷く正しい理念があったからである。その正しさを植え付けたのは、他でもない親だからである。

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