表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/20

第十五話 朝の渡り廊下。

「日曜日はずいぶんとお楽しみだったみたいですね?」

「変な言い回しはやめてくれ」


 初デートから一夜明けた月曜。

 朝はやく登校した俺の下駄箱には手紙が入っていて、その内容は「渡り廊下まできてください」というものだった。


「昨日の夜にカホからLINEきましたけど、本人嬉しそうでしたし、うまくいったのは間違いないんですよね?」


 渡り廊下で待っていたのは、もちろん武藤咲。


「まぁ……」


 そんな彼女の開口一番に、俺は歯切れの悪い返事をしてしまう。


 正直なところ、あれを"上手くいった"と解釈していいのかは疑問が残った。

 しかし、西川が武藤に「初デートの報告」をした事を考えれば、おおむね成功といえるのかもしれない。

 人は、嫌だったことを自分から口にはしたがらない。それを話すことで嫌だった気持ちを思い出してしまうからだ。


「愚痴とかは言ってなかったか?」

「いえ、とくに。まぁ……強いて言えば、映画上映中に先輩が寝ていたことぐらいですかね」


 西川が武藤に報告したとおり、彼女が『本当に楽しんでいたのか』どうかはわからなかった。

 それでも、誰かに話せたということは総合的にプラスではあったのだろう。


「でもカホは嬉しそうでしたけどね? 「先輩の寝顔が見れた」って」

「なら良かった」

「……普通は呆れるんですけどね。彼女が隣にいて寝るとかありえませんから」

「他には何か言ってなかったか?」

「他は、えーと……面倒臭いのでその時のLINE見ます?」

「見ない」


 武藤が画面を見せようとしてきたが、俺は顔を逸らして見ないようにした。

 別にプライバシーがどうのこうのと言うつもりはないが、そういうのは守りたいと思った。



 もし、それを見てしまったら……俺までそういうものを見せなければならないような気がして。



「先輩って意外と硬派ですよね?」

「……意外とってなんだ。俺はサイコパスだから断罪されないよう慎重に生きてるだけだ。ことわざで石橋を叩いて渡るってあるだろ? あれだ。なんなら石橋を叩いて壊すまであるし、サイコパスだから喜んで壊してるまである」

「なんですか……それ」


 武藤は呆れてみせ、それから。


「先輩はどうだったんですか?」


 そんなことを聞いてくる。


「なにが?」

「先輩は楽しめましたか? カホとのデート」

「あぁ。楽しかった」

「……楽しかったら普通は寝ないと思いますけど」

「別にいいだろ。極論、俺が楽しむ必要はなかったんだ。大切なのは西川が楽しめたかどうか」

「先輩も楽しむ必要はあったと思いますけどね。わたしは」

「それはお前の意見だろ。武藤は武藤であって西川じゃない」

「わたしもカホも女の子ですけどね?」

「すまんな。俺は老若男女で人を区別しないんだ。だから、それを『女の子の意見』としては受けとらない」


「やっぱり……先輩って硬派ですよね」

「硬派か……?」

「はい。ちゃんと、わたしを"わたし"として見てくれてるところとか」


 そう言って武藤は視線を逸らす。


「カホは可愛いから、昔からわたしは『カホの友達』っていう位置付けをされてたんです。あまり……わたし個人を見てくれる人はいませんでした」


 そして、声のトーンも落としてしまう。


 こんなとき、モテる男子なら「そんなことない」だとか「気にするな」とかの言葉をかけてやるのかもしれない。


 しかし、俺はそうじゃなかった。


「別にそれでいいだろ。西川の友達であることは事実なんだから。むしろ羨ましいよ。俺は友達いないからな?」

「そうですかね……」

「そうだろ。それは自信持っていい武藤のアイデンティティだ」


 自己の認識と他者からの認識は一致しないことがある。


 テストで良い点数を取る奴が「勉強してないよー」とか言うのもそれだ。自分は勉強してないつもりでも、相手から見たら十分勉強している。

 そういったすれ違いは世の中に多々あるが、自分も他人も認めている事というのは案外少ないものだ。


 俺がサイコパスを自称するのも、他者から見た須黒賽がサイコパスじゃないと知っているから。もし、他人から見た俺がサイコパスだったなら、自称なんてしていない。


 そして自称とは常にイタイタしい。


 だからこそ「勉強してないよー」とかいう奴らは、無意識に誰かの怒りを買った。


「重要視されるのは事実であって誰かからの評価じゃない。西川にとってお前の存在は"友達である"ということを大切にしたほうがいい」


 そう。勉強してるかしてないかなんてのは関係ないのだ。

 大切なのは点数を取れるか否か。


 そして点数を取れていたのなら、全部認めてしまえばいい。

 そうすれば、それは自信にできる。


「なんだか……先輩って変な人ですね」

「変じゃない。サイコパスだ」

「やっぱり変です……」


 そんな武藤はクスリと笑った。


「そんなこといってくれる人は初めてでした。なんか、ありがとうございます」

「悪かったな? お前の初めてを貰っちまって」

「……その言い方やめてもらえますか。気持ち悪いので」

「それ言われたのは初めてじゃないな……ははっ」


 初めてじゃないのにやっぱり傷つくものなんだね。気持ち悪いって……ははっ。


「でも、正直嫌いじゃないかもしれません……先輩のこと」

「悪いことは言わない。嫌っておけ」

「言われたからって嫌いになれるものでもないと思いますけど?」

「自分に言い聞かせりゃいい。あれだ。可愛い女の子を見て胸がときめいたら「いや、そんなはずない。俺はあの子なんて好きにならない」って何度も何度も自分に言い聞かせればいい」


「……先輩」


 なぜか残念そうな視線を送ってくる武藤。ばっ、おまッ……違うよ? 俺の友達の話だから、それ。別に俺の経験談じゃないから。


「……まぁ、なんだ。人を嫌うってのは案外簡単なんだ。その人の悪い所を一つでも見つければいいんだからな」

「それ普通逆じゃないんですか?」

「人の良い所を見つけろって?」


 それに俺は笑ってしまった。

 そんなこと誰もしてないから。


「たしかに人の良いところは探さなきゃ見つからない。むしろ、悪いところは探さなくたって見つけられる。……なら、無理して探すより無理せず見限ったほうがずっと楽だ」


「うわぁ……なんか最低ですね」


 最低って……あなた最初俺のこと殺すって言ってなかった? 簡単に見限ってませんでした?


「とにかく、俺のことは嫌っておいて損はしない」

「ほんと……変な人ですね」


 その時、朝礼開始十分前のチャイムが鳴った。

 もうこんな時間か……。


「あぁ、そういえば……探すっていう単語で思い出しましたが、カホ……先輩の弱みを調べてみるって言ってました」

「……俺の弱み?」

「はい。なんか「先輩が完璧すぎるから可愛い部分を知りたい」って」

「なんだよ、それ……」

「それだけです。では!」


 武藤はそう言い残し、急いで教室へと戻っていく。

 取り残された俺は、彼女が最後に言った不穏なことに顔をひきつらせるしかない。


 ……というか。


「結局……なんで俺はここに呼びだされたんだ……」


 武藤が俺をここに呼び出した理由。それが分からなくて、しばらく呆然とするしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ