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第一話 自称することによる意味。

あらすじの【注意】は読まれましたか?

……そうですか。あなたもまた迷える子羊というわけですね。

「――うわ、お前サイコパスじゃん!」


 五月某日。昼休みの教室で、そんな声を聞いた。

 ふと見れば、二人の男子生徒が一つのスマホを間にして騒いでいる。


 きっと最近流行りの『サイコパス診断』というものをやっているのだろう。

 そして「サイコパスである」などと診断されたのだろう。


 見ていて恥ずかしい。


 おおかた、解答者である男子生徒はその診断内容を知っていて、サイコパスと診断されるために知らないふりをして解答していたに違いない。


 それは、思春期によくありがちな「自分は他の有象無象の人間とは違っていたい」という精神からできあがる痛々しい行動。


「いやいや! 俺は普通に答えただけだから! その診断間違ってるだろ! 俺サイコパスなんかじゃねーし!」


 聞いてるだけで背中がむず痒くなってくる。

 間違ってない。お前はサイコパスじゃない。むしろサイコパスなら、その診断内容を先に把握しておいて「サイコパスではない」という結果を導きだすまである。


 つまり、真のサイコパスならサイコパスだとバレないよう振る舞わなければならない。


 ……この、俺のように。


「もうお前の友達やめるわぁ」

「マジかよぉ。なら、最後に住所教えてくれ。年賀状くらいは送るからさ」

「お前絶対殺しにくる気じゃん! サイコパスってバレたから殺しにくるサイコパスじゃん!」

「違うって!」


 イタタタタ。なんでサイコパスってだけで簡単に殺人鬼にしちゃうんだよ。しかも、否定している男子生徒がまんざらではない感じがさらに痛い。


 真のサイコパスなら、そんな露骨に住所を聞いたりしない。

 そもそも彼の家までわざわざ出向くようなことすらしない。なにせサイコパスとは、他者の行動に自分を沿わせるようなことができないからだ。


 ……ボッチである、この俺のように。

 

 結論を言えば、彼はサイコパスじゃなくサイコパスを騙りたいエセサイコパス。

 真のサイコパスならばサイコパスとはバレにくい。

 なにせ彼らは人の中に溶け込む術を心得ているから。

 彼らはわかっているのだ。社会において自分たちが断罪される存在であることを。


 だからこそ、彼らは行動においては身勝手ではあるものの、それを隠すために繰り出される言葉、演技において常人を凌駕した。


 つまり、サイコパスの在るべき処遇を知り、バレないようにしている者こそが真のサイコパス。


 そして、俺は敢えて(・・・)人の中に溶け込まない。

 なぜなら、断罪されるべきであることを享受しているから。


 それこそが社会のためなのだと信じていたからだ。


 その後、俺も教室の隅でこっそりサイコパス診断をやってみる。

 そんな診断テストはネット上にいくらでも転がっている。


 そして。



――おめでとうございます! あなたは至って普通の人間です!



「はっ。……たかがネット上での診断じゃないか」


 サイコパスじゃない人間がつくった診断に、サイコパスの何が分かるというのか。

 そんなもの……わかるはずがなければ、わかられたくもない。


 おそらくこれは内なるサイコパスが、サイコパスだとバレないよう自分とはかけ離れた選択肢を無意識に選ばせたに違いない。なるほど……やはり俺こそがサイコパス。


 とはいえ、世間が認識しているサイコパスと、俺が認識するサイコパスには大きなズレがあるらしい。


 だから俺はサイコパスを自称(・・)することにした。


 これならエセじゃない。自称だから。自称サイコパス。


 診断でサイコパスじゃないと診断されようが、残念な人だと思われようが、自称なら問題ない。

 そしてこの自称サイコパスは何にでも使えた。


「――須黒(すぐろ)くん。放課後みんなでカラオケ行くんだけどどう?」


 不意に近くにいた女子生徒が話しかけてくる。それに俺は「嫌だ」と即答。


「えぇー? なんで? 須黒くん帰宅部でしょ? 暇じゃん」

「俺、自称サイコパスだから」

「……あっそ」


 彼女は呆れてそっぽを向いた。もう会話を続けることも嫌だといった具合に。

 彼女は、俺がサイコパスだとは本気で思うまい。なぜなら、サイコパスがサイコパスを自称するとは考えにくいから。


 裏の裏をかいた表戦法。


 これは「普通の人ならこうするだろう」と決めつけている人にとても効果的な戦法だった。


 まぁ、一歩間違えれば危ない賭けではある。じゃんけんで例えるのなら、自分が何を出すのか申告しているようなもの。

 ただ、それは相手が心理戦を仕掛けられている自覚があるからこそ増す危険性であって、この場合は当てはまらない。


 彼女はじゃんけんをさせられていること自体知らない。


 だから、俺が「グーを出す」と言った宣言に対して、簡単に「パー」を出してしまう。


「須黒ってやっぱ変だよねー。友達いないのも頷けるわ」

「だからやめときなって言ったじゃん。誘ってあげるとか優しすぎぃ」


 聞こえてるんだが。まぁ、聞こえるように言っているのだろうが……。

 ほんと、わざと負けてる俺は強い。


 俺は、他人の言葉で自尊心が傷つくことがなかった。

 それはあくまでも他人の言葉でしかなかったから。


 それを気にしないからこそ、俺は自称サイコパスなんて痛い真似ができる。罵倒されても平気な顔をしていられる。


 サイコパスを演じるわけじゃない。

 だからといって隠すわけでもない。


 そうやって他人を遠ざけることは、孤独を好む俺にとっても、おそらく彼らにとっても良いことだと思っていた。




◆◆◆




 その日の放課後。俺は部活動連中やどこで寄り道するかなどを話している奴らを素通りし、最短で下駄箱へと向かった。

 そこで靴を履き替えていると、ふらりと行く手を阻む人の影。

 ふと見れば、一つ下の女子生徒が立っていた。


「……あの! 一目惚れしました! 私と付き合ってください!」


 こんなところで告白か。すごい根性だな。


 そう思いながら告白されたであろう相手を探してみる。しかし、ここには俺と彼女の二人しかいない。


 ……ん?


 いやいや、そんなわけないから。

 想像しかけた可能性を捨て去り、諦めて外へと向かう。


 しかし、その女子生徒はそんな俺の制服の裾を掴んできたのだ。


「……えっ、なに。俺なの?」

「はいっ。あなた以外いません。あなた以外考えられません」


 恥ずかしげに見上げてくる丸い双眸。まだ幼さを残す顔立ち。肩を掠める栗色の毛先は柔らかく揺れ、頬には外から差す夕刻の橙色がほんのりと張りついている。


 告白なんてされたことない俺は固まってしまう。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻して「ごめん」とだけ呟いた。


「なんでですか!? もしかして……もう恋人がいます?」


 不安そうに滲む声。それに俺は首を振る。

 そして、伝家の宝刀を抜き去ってみせた。


「恋人はつくらないようにしてるんだ。俺は自称サイコパスだから」


 自称サイコパスの乱用。

 俺はこれまで、この言葉だけで幾人もを呆れさせてきた。その数を数えるのも面倒になるほどの必殺技。それを聞いた者たちは、一瞬にして俺の性格を悟り己が意思で離れていく。


 そして、今回もそうであると疑わなかった。

 なにせ、これまでがそうだったから。


 なのに。


「やった。ありがとうございます! あの……それじゃあ一緒に帰ってもいいですか?」

「礼には及ばない。俺は当然の事実を告げただけだか……え?」


 一目惚れした相手が自称サイコパスだと教えてあげるのも優しさ。叶わぬ夢なら最初から期待させてはいけない。俺はその女子が呆れたものだと決めつけて会話を続けていたが、なにかおかしいことに言いながら気づいた。


「じゃあ一緒に帰りましょう!」

「……は?」


 腕にしがみついてきた女子生徒。ふわりと甘い女の子の香りがして、華奢な体のくせに柔らかな何かが腕に押し当てられる。


「待て。待て待て。俺は今断ったんだ!」

「えっ……でもその理由がサイコパスだからって言いましたよね?」

「自称な。自称。そこ重要だから」

「自称……? まぁ、なんでもいいです。わたしサイコパスでも愛せますので!」


 下から覗きこむようにして少女は笑う。その軽さに、俺は表情を強ばらせた。


「わたしは西川(さいかわ)花帆(かほ)って言います! よろしくお願いしますねっ!」


 西川はそう言ってニッと笑った。


 果たして……告白の成功とは一体なんぞや。

 そんな命題を思わせる彼女に、俺は戸惑いしかない。


「俺は……須黒(すぐろ)(さい)。二年だ」

「ですよね。校章の色が緑なので」


 俺が通うここ私立清栄高校では、三年生は紺色、二年生は深緑、一年生は橙色として、学年により色分けがされている。西川が一つ下だと分かったのは、彼女の制服に着いているリボンが橙色だったから。


「言っておくが、俺は付き合うことを承諾したわけじゃない」

「でも、付き合ってる人いないんですよね?」

「そうだが……」

「ならいいじゃないですか。ほら、帰りましょう。他の人たちも来ちゃいますし」


 廊下の奥からぞろぞろと帰宅部の連中がやってきた。

 ここで西川と議論しても意味がないと判断した俺は、その提案に従うことにする。誰かに見られて噂されるのは良くない。


 無論、西川にとっての話だ。


 俺は他人に興味がないし何を言われても気にならない。だからこそ、そのへんは気を遣わなければならない。

 誰もが誰も俺みたくあるわけじゃない。


 自称サイコパスだからこそ、俺はそう結論付けて校舎をでた。

【シゾイド/スキゾイド】


・パーソナリティ障害の一つ。

ただ、その障害はシゾイド自らがクリアしてしまう性格の変化を遂げるため自覚症状がない。その性格の変化に実害はなく周りは「変わり者」くらいにしか思わないため誰も気づけない。


・他者への興味が極めて薄く感情の起伏がない。

故にサイコパス、ソシオパスと同じにされがちだが、シゾイドには高い共感能力があるため正反対とされている。この共感能力を押さえつけるためにシゾイドを発病させているとも考えられる。


・現実主義者であり一貫した孤独主義者。

シゾイドは独自の思考を持つが、それらは現実から取り込んだものであるため極めて合理的であることが多い。数学、天文学、哲学に強い興味を示す。また、あまりにも合理性を求め自分の都合を簡単に無視することがある。それは時に家族ですら理解できないため、多くのシゾイドは弁解を諦め孤独を選ぶ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、恋愛脳とサイコパスが共感するというアイデアからすれば、コメディーでもシリアスでも、いくらでも話が展開できますね。続きも楽しみにしています。
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