分かりやすい奴等のご登場だ
少しすると、人外が何か鼻を嗅いで、その後時折怯えるような動作を見せた。
なんでわかるかって? どうもオバチャンはベテランの受付係だったらしくてな……正直これについてはオカルトだと思うんだが、なんか患者や相手の何気ない動作から心情を感じ取れるらしい。言葉が通じなくとも、肉体言語で意思疎通しようとすることあるだろ? このオバチャンはソレの読み取り精度がヤバい人……だったらしい。
言葉が通じない患者や、そもそも症状によっちゃ喋れなくなるのとかあるしな。俺も全く心あたりがないわけじゃないが……人外相手まで通じる精度はちょっと俺も信じがたい。まぁ既にファンタジー状況だったし、藁をも掴む心情だったのか、大馬鹿は素直に信じたそうだ。このお人よしめ。
んで不安に思った人外なんだが、犬かきの姿勢で地面をゴリゴリ掘り始めたそうだ。これがまたすごい速度だったらしくて……掘り出された土がもりもり積み上がっていくのが見えたそうだ。ちょっと俺も調べたんだが、シベリアンハスキーは穴を掘るのが好きな犬種らしいな。だから別段、おかしなことじゃないらしいが、にしたって素手で掘り進めるのはヤベーよ。
大馬鹿も同じこと思ったらしく、小屋を軽く調べてみればボロのシャベルがいくつか残ってた。ちょっと都合良いようにも思ったが、物置扱いの小屋だし無いことはないか。
差し出してやると、目を丸くして人外が受け取り、ただでさえ異常な速さで掘ってたのに、倍以上早くなったらしい。鬼に金棒、人狼モドキにシャベルってか? ……悪い、自分で言っても意味わかんねーや。
穴を掘る理由はよくわからないが、暗くて土埃も出てくれば光源が欲しくなる。大馬鹿がオバチャンに要求すると、病院側から色々持ってきてくれた。ライトとか、未開封のコンビニサンドイッチとか、飲み物とかまぁ使えそうなのを雑多に色々。……後々これがファインプレーになるんだよな。人外の怯えようから、このオバチャン予測していたのかもな。
そうやって穴をモリモリ掘っていると、外から黒塗りのバンと護送車のような車の二台が病院周辺をうろつき出した。いかにも怪しげなコレを見かけた瞬間、そりゃあ露骨なまでに人外が怯えたらしい。どうもコイツらに追われていたみたいだ。普通の人間の感覚なら、この時点で引き渡すのも考えるんだろーが……この二人はすっかり情が移ってたんだろうな。
間違いなく人外を狙ってきた。そうとしか思えない連中から隠れるために大馬鹿はダミーの穴を掘り始め、オバチャンは二人にウインクしてからこっそりと小屋から抜け出した。
何しに行ったかって? 時間稼ぎだよ。
やがて、やってきた古い漁師と呪術師を足して二で割ったような恰好の、へんな奴らが病院に踏み込んできた。何食わぬ顔で受付に戻ったオバチャンは、田舎特有の長話でこいつらを足止めしてくれていた。
しかも、探し物の正体を知っているから、しれっと気を引く発言をしながら……けれども核心をはぐらかす。胡散臭い連中にとっちゃ、手がかりめいているから気になるのに、モノがモノだから迂闊なことは出来ない……いやぁ名女優ですな!
ただ、所詮は時間稼ぎにしかならない。他の職員にも尋ねられちまえば、小屋にへんなのがいるってことはすぐわかる。オバチャンも粘ろうとしたみたいだが、物騒な気配を滲ませられちまったら引っ込むしかない。
そして黒ずくめの連中が小屋に踏み込んだ頃には……もぬけの殻さ。
痕跡はちらほら残っちゃいるが、追われてるの分かってりゃあ、自分たちが逃げる場所には一切残さず消えていて、大馬鹿が掘ったダミーの穴に夢中で……結論から言うと人外と大馬鹿は逃げ切れた。
え? そこの描写がないって? 仕方ないだろ、ここの部分はあんまり詳しく話してくれなかったんだよ。ソース元の人間も、ここだけは明確に喋らなかったんだろうな。
ただ……ああ、これは後々の展開知ってるから言えるんだが、秘密の地下通路とか、地底人の秘密基地じゃねぇけど、多分そういうのがあったんじゃないか? んで人外は大馬鹿を信じて、二人でそこまで穴掘って逃げたんだろう。幸い、光源と食料はオバチャンが用意してくれてたし、追っ手を撒くには無難な選択肢だと思う。
で、地上の方は逃げられた事を悟った怪しい連中が、急に慌てて引き返していった。オバチャンやそれを見てたスタッフの証言だが、ケータイ取り出して悲鳴上げてたとか……ともかくまぁ、上の方で何かあったんだ。そそくさ逃げ出すように帰っていく怪しげな連中を見送った後、オバチャンが「もう大丈夫」って声かけに小屋に戻ったんだが……大馬鹿はしばらく帰って来なかったらしい。
オバチャンにしてみれば長い時間だったそうだが、実際はそんなに経ってないと大馬鹿は言ってたらしいな? 藁束の下からひょっこりと顔を出して、大馬鹿一人は帰ってきた。
人外はどうなったかははっきりしないが、どうやら大馬鹿を見送った後、自分たちの住処に帰っていったらしい。オバチャンは大馬鹿の手を握って、無事を確かめたら泣き出しちまってなぁ……無理もないか。
大馬鹿も大馬鹿で涙ぐんでるし……大の男が情けない、なんて心無いことを言うのは無粋だよな。そういう奴なら、人外も信用しなかっただろうし。
ひとしきり涙を流し終えると、大馬鹿は藁の下に埋もれていた、綺麗で大きな鉱石をオバチャンに見せたんだ。もちろん、隠れた時は置かれてなかった物さ。
あの人外が、二人に向けて渡した贈り物って訳だ。宝石の原石じゃないし、魔よけの石でもないこれは……あの人外が追われてた理由でもある。
そうだな、ちょっと長く話しちまったし、一旦これで区切ろう。次で最後だし、もう少しだけ付き合ってくれよな。