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斬罪  作者: 古海 皿
南の港
9/53

南の港-9

 白塗りの簡素な灯台が一つと、その足元に申し訳程度に整備された小さな広場。整然と生え並んだ芝生の合間に白詰草が咲いている。あと、草むら。


 それが鴎ノ岬の全貌だ。


 広場の周囲についた手すりには、大抵いつも、鴎が複数匹留まっている。人慣れした個体ばかりで、大の大人が近づいても身動ぎすらせずにいるような豪胆な鴎もいる。

 広場の中心に上桐の二人がやってきても、やはり鴎はさしたる反応を見せなかった。


 邦秋は、ふう、と息を吐き出した。彼の背には竹刀袋、そしてその片手に握られているのは鶴嘴、更に両方の手に軍手を填めている。

 もう片方の手は学生帽を抑えていた。この強風の中、手を離した刹那にも、学生帽は風に飛ばされかねない。


「……潮風がひどいな」

「そりゃあ、これだけ海に近ければね。それに今日は、風が強い」


 言いながら、永弘は空を見上げた。幾重もの雲が空にかかっている。見事なほどに曇天だ。

 色からして雨雲ではないだろうが、と永弘は内心呟いた。雨天は単純に面倒だ。どちらも傘を持ってこなかったので、この状況で雨が降ってくれば濡れ鼠になるのは避けられない。

 灯台の中に入れるのは灯台を管理している職員のみであるし、広場に庇などは存在しない。


 永弘の手には紙束が握られていた。あの小舟から取ってきた、願いの書かれた紙の束だ。

 紙束を眺め、彼は目を細める。ぱちくりと瞬いた瞳は深い青色をしている。


 そして永弘はおもむろに一歩踏み出すと、そのまま無造作に歩を進め、やがて広場の片隅で足を止めた。


「……上桐」


 永弘は自分の足元、から少し前方を指差した。邦秋は学生帽を深く被り直した。


「ここ掘れワンワン、といったところか」

「俺は犬じゃないんだがね」

「冗談だからそんな目で見るな……悪かった」


 素直に謝った邦秋は――何せ永弘の青い瞳が絶対零度の温度を保っていたので――指示通り永弘が指差した足元にしゃがみ込むと、その地点を鶴橋で掘り始めた。


 ざっくざっく。ざっくざっく。均された固い地面に、小さな鶴嘴を突き立てて、丁寧に掘り返していく。

 かつんと時たまぶつかる小石を取り除いて、更に掘り進めていく。


 潮風が吹いている。邦秋の頭から吹き飛びかけた帽子を、永弘が掴んだ。金髪がたなびく。


「――上桐」


 やがて邦秋が永弘のことを呼んだ。鶴嘴を脇に置くと、丁寧に土を掻き分けて、埋まっていたものを土の中から取り出した。


 彼が掘り返したのは小さな壺だった。

 陶器製で、蓋のところに糊で貼り付けられた紙、その上から細い縄で封が為されている。永弘は黒手袋を填めた手で壺を慎重に取り上げた。指先が封をされた蓋をなぞる。


「……確かだね」


 永弘は呟いた。邦秋が砂を払って、立ち上がった。


「根源」

「然り」

「斬っても」

「その方がいい」

「そうか」


 そうか、ともう一度呟いて、邦秋は竹刀袋を芝生の上に下ろした。袋の中から取り出したのは、黒塗りの鞘に収められた刀だ。


 無言で鞘から刃を引き抜いて――白銀の刃が鈍い光を帯びている――一閃。


 ちん、と音を立てて鞘に刃が収められた。止めていた呼吸を吐き出した邦秋の目の前で、壺が斜めに割れて、上半分が芝生の上に滑り落ちた。


 その中身は空っぽだった。

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