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斬罪  作者: 古海 皿
南の港
7/53

南の港-7

 北の空に星が輝いている。


「――で、結局ついてきているあたりきみはなんなんだと問いたいところではあるかな」


 鴉の嫌味に「そっくりそのまま、あなたにお返し致します」と淡々とした声で少尉は答えた。いつものように静かな声音ではあるが、その声に棘があるように聞こえるのは果たして気の所為か否か。

 どちらにせよ、少尉は尋ねれば否定することだろう。


「そしてわたくしは彼らの監視係です。同伴するのは当然ともいえます」

「監視係、ねえ。それなら俺だって手伝いとして選ばれたんだが」

「……ねむい」

「上桐お前本当に夜に弱いな」

「……さむい」

「潰れる」


 軍嫌いと軍の剣。どこまでも相性の合わない二人の横で、永弘に後ろから負ぶさるように伸し掛られた邦秋は引き攣った声で呻いた。永弘は眠たそうに目を瞬かせている。

 いつも早く就寝して早起きするような人間なので、夜更けに起きているのはなかなか苦行なのだ。


 時刻は深夜の二時。この町ではまだ漁師も活動しない時間帯である。ざざぁん、ざざぁん、と波の音だけが響いている。

 鴎ノ岬には灯台が建っている。その光が遠くでぼんやりと輝いていた。


 波止場は暗闇に包まれていた。


「……四、五……」

「それにしても、おもしろいものだよね」


 邦秋が波止場の数を数えるその後ろで、欠伸を噛み殺すついでに少し舌足らずになりながらも、愉快そうに永弘は笑った。


「数えられるということは視認できているはずなのに、踏み込めるのは九つ分だけ。まるで十番目の波止場が侵入者を拒絶しているようだ」

「それ、面白いか?」

「……その心情は理解不能です」

「面白いじゃないか」


 相性は合わないが、感性は合うらしい。二人に理解しがたいものを見る目で眺められた永弘は、小首を傾げてそう反論する。


「人知を超えた力というのは文化が発展したところでどこまでもつきまとう。短命な人間たちがどうやっても抵抗できないことはどこにだってあるんだ」

「八、九……」

「そんな理不尽に立ち会えるなんて愉快で、素晴らしく、面白いことだよ」

「きみには被虐趣味でもあるのか……」

「特にないが、どういう意味だい?」


 笑顔の永弘から鴉はそっと目を逸らした。


「……面白いかどうかはさておき、上桐、朗報だ」


 ぴたりと立ち止まり、邦秋は永弘を振り返る。必然、後ろについてくる形となっていた鴉と少尉も視界に入れることになる。

 面白い、と言うわりにはいつも通り邦秋の表情は真顔のままなのだから、本当に面白いと思っているのかどうかは不明だ。


「どうやら、十番目の波止場に踏み込めるようだぞ」


 邦秋の背後の波止場の一つ、その奥の奥。ゆらゆらと輝く光がぽっかりと空中に浮かんでいた。

 灯台の光はこの位置から考えれば、邦秋の背後とは真反対にある。まず間違いなく、灯台の輝きではない。灯台が反射しているにしては、角度がおかしい。邦秋と永弘は夜目が効くので、鴉や少尉のように懐中電灯を持ってきてはいない。つまり邦秋の懐中電灯の光である、という推測は潰れる。


 そして何より、その灯はどう見ても青白く、まるで炎のように揺れていた。


 まずは散歩でもするような足取りで邦秋が踏み込んだ。その後ろを永弘がやはり軽々と続く。肩をすくめた鴉が足を踏み出して、そして最後の最後に、警戒でもするように慎重な素振りで少尉がしんがりについた。


 ぼんやりとした焔――いわゆる、そして噂の鬼火に全体を薄く照らし出されてはいるが、やはり夜の闇の方が色濃い。

 周囲の海は不自然に暗く、鬼火の光を反射する様子は見せなかった。少尉は懐中電灯を少し傾けて、海に向ける。


 懐中電灯の光は海の闇を照らし出すことはなかった。


「……空間がずれていますね」

「だろうな」

「俺たちは海に浮かんでいることにでもなるのかもね」

「きみたち……呑気だな、もう少し何かあるだろうに」


 上桐の彼らののんびりとした言葉に、呆れたように突っ込んだ鴉が、ふと怪訝そうに眉を顰めた。

 鴉の持つ懐中電灯は波止場の一番奥を照らし出していた。


「何かないか?」

「何か?」


 光を辿って、皆の視線が波止場の奥へと向けられる。

 懐中電灯の光が照らし出したのは、古びた木製の手漕ぎ舟だった。


 永弘と邦秋は視線を交わし「俺が行く」「頼んだ」と短い言葉のやり取り。いやそれはまずいんじゃないか、と嫌な予感を覚えたのは残りの二人だ。


「ちょっ、きみら……ああ……」

「……疑問。警戒心の有無について」


 鴉が止める声を顧みるどころか、躊躇すらなく小舟の中に片足を突っ込んだ邦秋に、少尉は静かな声で呟いた。心なし呆れたような声色だった。


 邦秋自身は彼らに構う素振りを見せるどころか、すぐにもう片方の足も小舟の中に突っ込んで――このときはさすがに慎重な様子だったが、どちらかといえば小舟がひっくり返らないように重心の均衡を気にしているような慎重さだった――小舟の中で屈んで、手を底板に這わせる。

 もはや何も言うまい、と鴉は閉口した。少尉は何を考えているのかわからない無表情ではあるが、少なくとも感心はしていないはずだ。


「特に、何も怪しいものは……」


 かさり、と指にぶつかった何かに邦秋の言葉は不自然に途切れた。「おい、上桐?」そう訝しげに覗き込んだ永弘の動きは邦秋の手に制される。永弘は口を噤んだ。


 指先を伸ばして手繰り寄せ、緩慢な動作で邦秋が引っ張り出したのは、紙切れの束だった。

 十数枚、という量ではない。山のように積み重なってはいるが、綺麗にまとめてしまえば、その厚さは軽い辞書ぐらいにはなるだろう。


「……更科くんと一緒の班になれますように」


 土汚れを指先で払った邦秋は紙面をじっと見つめて呟いた。紙の束を半分ほど手渡された永弘は一枚、更に一枚とめくってふむと唇を指でなぞる。


「筆跡が全て同じだな。気味の悪い。……出世できますように。女狐に盗られた聡さんが目を覚ましますように。幸野さんともう一度会えますように」

「幸野サン?」


 少尉がずいと近づく。なんだい、と応じた永弘に少尉は相変わらずの無表情で答えた。


「自殺者の一人が、生前、家族に会わせたいと言っていた人物が幸野です。不可解な話ではありましたが」

「その理由は?」

「彼女の周りで幸野と呼ばれる人物は幸野美咲一人、既に鬼籍です」


 なるほど、とその場に声が落ちた。

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