南の港-6
「港から海への身投げの例だけを中心に集めたが……五年周期で一時期に五、六人、か」
指で紙面を辿りながら、邦秋はそう呟いた。
「確かに軍が動くとなると微妙な数ではあるな」
「ただ、これだけ続けば噂話自体は把握するに至るだろうね」
仕分けした新聞記事を元に完成させた、被害者早見表をさっさか辿って傾向を書き留めつつ、永弘と邦秋はそんな言葉を交わし合う。
椅子の背もたれに寄りかかった鴉は、うんざりしたような顔でぐるり、首を回した。
「なんだ、軍も関わっているのか? 俺はあの集団は苦手なんだが」
「安心してください、わたくしどももあなたに積極的に接触することは容認されておりません」
彼らが会話する様を眺めながら、壁の前に背筋を伸ばして立つ少尉は淡々とした声で言った。「それは何より」と鴉は皮肉っぽくぼやいた。
別に寄りかかったり座ったりしても誰も咎めないんだがな、と永弘がこぼしたその言葉は意図的に無視された。永弘は軍の人間ではないからだ。軍の剣である少尉の最優先事項は、いつだって軍からの指令である。
閑話休題。
彼らが目下話題としているのは〈十の波止場〉あるいは〈灯の波止場〉の噂が蔓延る港についてだ。
「死体が漁船に拾われない場合の打ち上げられる先も判を押したように決まっているな」
「死体が打ち上げられる鴎ノ岬はカモメが集団を作るからそう呼ばれるようになった。……損傷は著しい」
「カモメは肉食だから」
「なのに必ず身元が判明しているのは何故だ?」
「そも、水死体の顔は激しく変形する……身分を証明するものが手元に残されていた可能性が高い」
「自殺者が身分証明を持ち歩いている、か」
「このご時世身元がわかる遺体の方が少ないというのに」
「これだけ死んでおいて、今まで、自殺が多発している現場として名が上がらないところも奇妙だね」
「作為的だな」
「本当に。……鴉はどう思う?」
「この流れでそれを振るのか?」
ぽんぽんと立て板に水の如く流れる会話に何とは無しに耳を傾けていた鴉は、永弘から唐突に水を向けられて困ったように尋ね返した。
「俺に人間の死体の話はハードルが高いんだが」
というかきみたちの会話って一人の人間が独り言をしているようだよな。
鴉の言葉に二人は揃って嫌そうな顔をする。ほとんどの場合いつも一緒に行動するくせに、どこか違うようで似通っているくせに、一括りにされるのは嫌がるのだ。
……ともかくとして。
「死体のことはわからないが、気になることはあるぜ」
「聞こう」
「そもそもの話だ」
鴉はずいと前のめりになって、机に頬杖を突いた。行儀が悪いとぴしゃり、永弘が叱る。少し不満げな顔で頬杖をやめた。
そしてまず、尋ねた。
「結局きみたち、鬼火についてはどう思っているんだ?」
その言葉に思考するように視線を彷徨わせ、そして口を開いたのは邦秋だ。
「一説には鬼火とは、死体に含まれた成分による自然発火だとは聞いたことがあるが……あれは作り話らしいしな」
「そういう話をしているんじゃなくてだな」
「わからん」
「そうかい」
正直で何よりだ、と鴉は呟いた。心なし呆れているようでもあった。
「十の波止場の詳細についてはよくわからんが……鬼火というからには炎のような存在が浮かんでいるのだろう」
そう言って、鴉は机の上で指を組む。
「素人の拙い発想ではあるがな、それが昼間に目撃されるものか?」
ぱちり、と上桐の二人が目を瞬かせた。
「……怪奇現象はお決まりの丑三つ時、というわけかい?」
「そうとは限らないが、そうである可能性は否定できないだろうということさ」
鴉の言はつまり、遠回しの肯定である。ぴ、と彼は指を立てた。
「もしも十の波止場と鬼火がなんらかの形で関係しているのならば、深夜に訪問してみることで何か条件が変わるのかもしれない」
「……夜更かしは苦手なんだが」
「しかし試してみる価値はありそうだ」
三人の会話に、少尉は静かに目を細めた。




