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斬罪  作者: 古海 皿
空の骸
51/53

空の骸-9

「祭りをしよう!」


 輝かんばかりの笑顔の出雲に、肇は生ぬるい温度の笑みを浮かべ、朔弥の弟であり五月雨神社の神主となった少年――この頃、既に彼は青年となっていたが――はなんとも形容しがたい表情を浮かべた。

 ただ少なくとも、その表情の大部分を占めているのは、確実に嫌悪の感情であろう。


「ん? どうしたの?」


 ほらもっと盛り上がって!

 出雲は彼らの反応がどうしてそう芳しくないのか、というその理由に気づいていてなお、そういう無茶をのたまっているわけであって。その証拠に顔がにやにやと笑っている。やめてやれと。


 肇が「主」と静かな口調で呼びかけた。


「わたくしはあなたの頭が常人とは随分違うことぐらいはよくわかっていたつもりですが、今の発言は甚だ理解不能でして」

「なんで?」


 理由をわかっているのに、にやにや笑いを引っ込めた出雲は、心底から不思議そうな表情を浮かべた。演技派である。

 神主が額を抑えて天を仰いだ。そういうところはさすが姉弟と言うべきか、往年の朔弥を連想させる。


「今日が何の日だか、あなたさまは理解しておられますか?」


 心なし、肇の口調が先程よりも丁寧になった。ちなみにこれを人は俗に慇懃無礼と呼ぶのである。


 そんな肇の主を主と思わない態度もなんのその、出雲は元気いっぱいに答えた。


「朔弥の命日!」

「理解しておられるようで何よりです」


 肇は丁寧な口調を崩さずに言った。出雲を見つめる神主の目は、こいつ……、という感情がありありと浮かんでいる。


 出雲は実家との縁を切っていた。建前としては、元夫の死を悼んで神に仕える身となるので俗世の関係を清算する必要があった、というものだが、実際のところ実家の方で殺されないように立ち回るのが面倒になってきたのでしれっと遁走した、というのが正しい。

 もちろん、神に仕える身となるために選ばれたのは、彼女の友人がいた五月雨神社だ。

 面の皮厚すぎねえ? とは呆れを全面に浮かべた神主が告げた台詞である。それに対する出雲の答えは「分厚いけど、それが?」だった。


 いい加減にしろ。


「ほら、巫女が領主に殺されたせいでちょっと人の足が遠のいちゃってるじゃん?」

「そろそろ縊り殺してもいい気がする」

「落ち着いてください神主殿」

「神主サマもちょっとこの時期になると辛気臭いじゃん? いい加減引きずるのやめようよ」

「……」

「なるほど、こういうときは無表情が一番怖いものなのですな」

「だから祭り! 祭りしよう!」


 神主の顔に浮かぶ感情が完全なる無となったのだが、そんなことを気にすることもなく出雲は高らかに言った。


「鎮魂祭しよう!」

「――なに?」


 神主の表情がようやく少し動いた。神主を宥めていた肇は、呆気にとられたようにぱちくりと目を瞬かせた。

 出雲はどこからか紙を取り出して、ばん、と机の上にそれを広げて叩きつける。


「タテマエとしては、少し前に流行病があったからそれが使える!」

「……お前……クズだよな」

「ごめん僕自分が楽しいようにしか生きてないから」


 出雲はにこにこと言い放った。知ってる、と神主は頷いた。


「領主のお機嫌損ねて死んだ巫女のことなんて誰も触れたがらないから、誰も掘り返さないしたぶん文献にも残らない。つまり僕の友達で君のお姉さんの死は、たぶんひっそりとなかったことになる。それは当然の帰結と言っていいし、実際この村の人たちにとって所詮他人がやらかしたってだけのこと――他人事なんだから、あともう少しすればきっと全員が忘れ去る」


 それはきっと自然の摂理と言ってもいいことだ。実際、この村は――神主すらも含めて――元通りの生活に戻っているのだから。

 神主はすうと目を細めた。

 出雲は柔らかに、自分が広げた紙の上に描かれた文字をなぞった。


 ――月朔祭(ついたちさい)


 のちに、海巫女祭と名前を変える祭りの名称である。

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