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斬罪  作者: 古海 皿
南の港
5/53

南の港-5

 邦秋は新聞紙の束を両手いっぱいに抱えていた。厚さはざっと三十㎝ほど、重みで持ち上げるのも一苦労なはずだが、顔色一つ変えずにすたすたとそれを運んだかと思うとどさりと机の上に置いた。

 机は安物ではないはずだが、わずかに音を立ててずれた。


「きみ、知ってはいたけれど怪力だよなあ……」


 鴉は引いたようにそう呟いたが、邦秋は特段驚く素振りも見せずに「それで」と永弘を促す。目の前の椅子に着席した永弘は、新聞紙の山のうち一枚目をぺらりと捲った。


「これらは、調べた新聞のうちわずかでしかないが……」

「わずか」


 復唱した鴉に邦秋の一瞥が向けられる。

 視線に圧はないが、上桐の彼ら特有の、奇妙に澄んだその瞳の色は思わず鴉が黙り込むほどの威力があった。


「……ざっと数十年分遡って調べたんだ、これだけのはずがないだろう。ともかく、調べたうちのわずかでしかないが、同じあの港で人死が出ている事例を集めたのがこの新聞の束だ」

「にしては量が多いね」

「量が多いことは確かだな」


 永弘の言葉を邦秋はそう肯定する。


「ただ、十数社の新聞社を当たっているから同じ事故が二重三重にカウントされているだろうし、関係ない事故が混じっている可能性も否めない」

「十数社」


 再び鴉は復唱したが、今度はどちらにも一顧だにされなかった。ふうん、と永弘は呟いて、新聞の山をさっと視線だけで眺めて、そして首肯する。


「では更に区分けした方が早いだろうな」

「まさかとは思うが」


 嫌な予感がして、鴉は口を挟んだ。


「俺もやるのか……?」

「「当たり前だろ」」


 邦秋と永弘、二人の声が揃った。鴉はげんなりと溜息を吐き出した。

 いやはやしかし、当初の量から手伝わされなくてよかった、と前向きに考えるべきなのだろうか。


 ……この滅多に他人を頼らない青年たちが揃って力を借りようとしてきているという事実は、鴉自身も心底から嫌なわけではないが、それはそれとして量が多い。


「さあ、始めるぞ」

「……はいはい」


 邦秋の鶴の一声。そして無造作に分けられた三等分の新聞紙。

 諦めて、鴉は椅子の座面の上でもぞりと座り直した。


「……それにしても、一つ疑問に思うんだがな」


 作業を始めてしばらく、そうぽつりと呟いた鴉に「なんだ」と邦秋が反応する。永弘も手を止めずに静かな口調で言った。


「手短にしてくれるとありがたいね」

「きみたち俺に対して塩対応が過ぎるんじゃないか……ああいや、それは本題じゃなくてだな」


 鴉は喋りながら耳の後ろに横髪をかける。新聞を素早く捲っていって、指先で新聞の文字を辿る速度は衰えない。仕事を任されたならなんだかんだ遂行するのが彼である。


「きみたちはあれをどうしたいんだ?」

「危険ならば速やかに排除しておきたい」


 邦秋が即答した。永弘は「人死と因果関係が明確ではないし、確定ではないけれどね」と邦秋の言葉に付け加える。


「けれど二重三重カウントされているにしても、どう考えてもこの量の人身事故はおかしいとこちらとしては思うわけだ」

「俺としては、たとえ危険だとしてもわざわざ排除する理由がわからんのだがなあ……」


 鴉の言葉に、邦秋と永弘、上桐の二人は訝しげに顔を上げた。鴉は記事から視線を外さない。


「あれがたとえば人喰いの怪異だとして、どうしてきみたちが手を出す必要がある?」

「……」


 二人は答えない。

 意図が読めない、とでも言うように眉を顰めた彼らを前にして、鴉はなんてことないような口調で述べた。


「原因を突き止めるだけできみたち自身は回避できるだろう? 人喰いだからといって何故排除する必要があるんだ?」


 新聞記事を手繰る手は止まらない。該当記事に鉛筆で印をつけながらも、鴉は小首を傾げた。


「人だって食事をするために他者の命を奪うのに」


 しばらく、沈黙が続いた。


「……まあ言いたいことはわからんでもないが」


 鴉から視線を滑らせ、再び紙面上の記事へと目を向けて、邦秋は溜息混じりに言った。


「理由など、俺たちが利己主義なだけの話だろ」

「人死を放置してはおけないから、原因となるものを排除する」


 永弘はあくまでもいつも通りの声色のままだ。ぺらりとまた一枚、新聞紙が捲られた。


「そこに高尚な理由などありはしないさ。知人が害されたくはないというだけの、ただの我儘だ」

「……そういうものかい」


 鴉は肩をすくめた。

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