東の林-9
永弘に向かって問うのは、共に暮らし始めてからはいつだって邦秋の役目だった。
「どういう意味だ?」
今回も。
永弘は勇魚が持ってきた資料を脇に退けて、畳んでいた地図を開く。紙面に指を滑らせて指したのは方位を記した印だった。
「勘違いしていた。出雲はひがしのはやしとはいったが東の林とは言っていないんだ」
「上桐、少しわかるように噛み砕いてくれ」
「言葉通りの意味だとも。……確かにひがしのはやし、とは言ったが、それが指す意味が東方面にある山林などとは一言も言ってないんだよ」
そう言われれば他の面々にも彼が言いたいその意図は伝わる。
「解釈の問題か?」
「どちらかといえば漢字の変換の問題だ。……東の林じゃない、東の囃子だ」
こちらの、はやし、だ。永弘はそう言って、虚空に文字を描く。
邦秋が口元に手を当てて、小さな声で呟いた。
「東の囃子……海巫女祭の始まりと終わりには、それぞれ祭囃子が鳴り響く。明けの囃子と終わりの囃子、二回あったはずだが……」
「おそらくは明けの囃子の方だね、あれは東から西に向かって打ち鳴らす」
「つまりこれがあれの言う宝探しの刻限ということか? ……明日じゃないか」
「明日だね、まだ今日に気づけただけマシだったということだとは思うけれど」
つまり残る問題は、肝心な場所だ。幽霊曰くこれは宝探し、ならば宝が隠されているらしい場所を突き止めるまでが仕事だ。
ひがしのはやし、という言葉自体が場所の手がかりであるというのは本人が明言した通りなのだろうが。
「どこだ?」
「順当に考えれば明けの囃子の出発点、五月雨神社で間違いないんだろうが……」
永弘が濁した言葉端は邦秋にも読み取れるものだった。あの女だしな、という諦観にも似た思いだ。
短い間しか接していないが、あの幽霊出雲の性格の一端は彼らにも理解できてしまうのであった。
つまり、愉快犯と故意犯が融合したようなほとほと厄介な性質だ。
しかも本人に罪悪感は皆無。これで頭を抱えない方がどうかしている。
「……灯台下暗し、とも言ったんだったか?」
ふとこぼしたのは鴉だ。
視線が向けられるのにも構わず、何やら考え込むような様子を見せる彼。「鴉?」と永弘が呼べば鴉は首をひねった。
「……そもそも聞いた話からして、どうにも、一筋縄で行く相手のようには思えないんだよな」
「それで?」
「ひがしのはやし、というのは本当に東の囃子という意味なのか?」
「要領を得ませんね」
少尉の鋭い一言に顔を顰めて、つまりだな、と鴉はガリガリと自分の頭を掻いた。
「東の林……東方面に生えている、木々、という意味の林。そちらの意で使われている可能性だ」
「……それはだから、どこにそんなものが存在しているんだという話になってしまうだろう? 少なくとも町の中心部から見て東側には山林は存在しない」
「それもそうなんだが……」
「いや――待て」
今度は声を上げたのは邦秋だ。鴉と口論になりかけていた永弘が「なんだい」と少し苛立たしげに振り返る。
それを手で制して、邦秋は地図をひったくるようにして自分が見やすいように回転させた。
ぐるりと机の上で半回転した地図は、邦秋から見てちょうど東が右手側に来るようになっている。
「東の林――」
邦秋の指が地図を辿る。何も描かれていないのは海だ。
「――そうだ、東の林だ! 上桐、灯台下暗しだ!」
「だから、何が」
「珊瑚礁だ!」
「……ええと?」
困惑の表情を浮かべた永弘に対して、海のある一点――鴎ノ岬を示して、邦秋は捲し立てた。
「おそらく出雲がこぼしたのはダブルミーニング――一つの単語で、二つ以上の解釈が可能な状態のことを指すんだが――だと思う。東の囃子、これは上桐、お前の解釈で間違いないとは思う」
「根拠は?」
「もう一つの意味、東の林に繋がるから」
たんたん、と邦秋の指が地図を叩く。
鴎ノ岬に多数集まるのは鴎だ。一説には、鴎ノ岬周辺が最も餌の集まり方が良いからだとされている。つまり。
「珊瑚礁だ。海の熱帯林とも呼ばれる存在だ。水温十八度ほどまで形成されるからこの地域でも見られる。鴎ノ岬は南東にあって、そのすぐ周辺にも珊瑚礁が形成されている」
「――それが、東の林だと?」
永弘が尋ねた。邦秋は頷いた。
「それに、灯台下暗し――鴎ノ岬には灯台がある」
「……だけど、なんでそれが俺の解釈も肯定することになるんだ」
「いえ、わかりますよ」
彼らの会話に横入りしたのは勇魚である。。彼女もまた、邦秋と同じく少し早口になっていた。
「そろそろ大潮の時期です。明けの囃子が鳴らされるのは干潮の時間帯と一致します――というか、干潮の時間帯に合わせて鳴らされるはずです」
しばし、その場が静まり返った。




