東の林-7
「やっほー大丈夫? 生きてる? そんで進んでる?」
「……」
なんだこれ。
上桐二人の感想はその一言だった。
今日も今日とて仕事を放ったらかして宝探し。出版社からの怒涛の原稿の催促が溜まっていく中、東の林の見当は今日も見つけられず、彼らは落胆して眠りについた――はずだった。
前も後ろも、右も左も、上や下すらも真っ白に染まった空間。ちょうど頭上斜め四十五度の位置にふわふわと浮いているのは、あの傍迷惑な幽霊らしき何か、出雲である。
隣に互いがいるのが唯一の救いであり、また唯一の絶望でもあった。どうにも夢じゃなさそうだという意味合いでの絶望である。
「夢だよ! 一応ね!」
「……なんだ、心でも読めるのかい?」
「そりゃまあ、僕だしね」
冗談として口にしたはずの言葉があっさり肯定されて、永弘、撃沈。
出雲は前に会った時と同じく、にこにこと笑っている。
「君たちの夢にちょちょいって干渉してみたんだ。だから今、僕は君たちの心の中に入り込んでいるような状態だし、君たちはお互いに見たり聞いたり話せたりするわけ。すごいでしょー」
すごいかどうかは置いておいて。
「そうか……」
いや、いろいろ、言いたいことはあるが、そうか……。
上桐二人の心のうちはどちらも同様で、それを読み取ったらしい出雲が「つまんないなあ」と呟いた。こんなときにまで面白さを求めないでほしいというか、なんというか。
……ともかく。
こめかみに指を当てて、深呼吸をした邦秋は口火を切った。
「お前は、大和出雲、だったか」
「うん? 確かにそれは僕の名前だよ」
あっさりと肯定された言葉。邦秋の台詞に一つ頷いて、出雲は小首を傾げた。それがどうかした? とでも言いたげな表情だ。
邦秋はしばし迷って――心まで読めるならこの葛藤すら読み取っているわけだから躊躇う必要もない、と迷いを勢いよく投げ捨てる。比喩である。
「俺たちの住む、この町……昔は村だったこの地を含めた領地を、戦国の世の間支配していた、小さな武家が、大和だ」
「そうだね」
それは少尉から得た情報だった。大和という字は普通、おおなぎという読み方をしない。
だからこそ辿り着くのは遅れたが、大和という字と出雲の苗字、おおなぎが結びつけば話は早い。
少尉の言った大和家とやらは、戦国時代の始まりあたりに彼らの住まう町を含む一帯を支配し、江戸時代が始まる頃には戦の影響で途絶えたらしい。
その期間は短いようで案外長く、おおよそ百年に及ぶ。
当然、町の成り立ちを綴るならば大和家の要素は欠かすことができず、資料もある程度残っていた。
辺鄙な町の貸本屋であるにしては妙に品数が揃っている、司書の店を訪ねてみて、そこで彼らは資料を見つけたのだ。
「その家で生まれた娘のうち一人が大和出雲――お前と同じ名前だ」
「うんうん、正解」
くるりと空中で宙返りをした出雲は、ぱちぱちとわざとらしくも彼らに拍手を贈った。
邦秋は苦々しい表情になり、永弘はあからさまに溜息を吐き出す。
「つまり――お前は昔も昔、今の時期から換算するとおおよそ二百年以上は前に生きていた人間だ」
「ぴーんぽんぴんぽん!」
高らかに出雲は歌った。
ただでさえ武家の女系の面々は情報が少ないはずであるが、大和出雲に関しては意外と資料のあちこちに出没していたので情報を集めやすかった。
一族の中でも変わり者で、爪弾きにされていたこと。この町をよく訪れていたこと。若くして亡くなったこと。
大和家は出雲が没して数年で転がるように没落の道を辿っていったので、彼女が祟ったのではないか、と巷では言われていたらしいが、上桐二人は本人を目の前にして確信していた。
うん、ないな。
もしかしたら遊び半分で祟ったような可能性はあったかもしれないが。
「祟ってないよ、勝手に自滅したんだよあの家は。まあ僕がいなくなって加護とかいろいろなくなった可能性は無きにしも非ずだけどね!」
「そうか……ちなみにその軍服はどういうことなんだ? あの時代、そんな服装などなかっただろう」
「うん? 似合うでしょ」
「……似合うが……」
「趣味だよ、大した理由はないね」
あんまりにもあっさり言い切られて、永弘、邦秋、双方脱力。
つまり彼女の外見から出身地を特定しようとしていた自分たちの苦労は無駄だったらしい。なんてことだ。
「それで?」
出雲はにこにこと笑っている。
「宝探しは順調?」
「……全然」
永弘は小さく呟いた。
順調ではないことは紛れもない事実だった。東の林、という出雲曰く、ヒント。それが指す意味が綺麗さっぱり見当がつかず、今のところ完全に手詰まり状態といえるだろう。
永弘の言葉に出雲はむうと唇を尖らせる。
「もうちょっと頑張ってほしいところなんだけどなあ……そうだ、見つけられなかったらペナルティとか、どう?」
「ぺなるてぃ?」
「罰、という意味だ。……勘弁してくれ」
「でも東の林、なんて簡単なヒントなんだけどなあ」
「簡単なと言われても、とっかかりが見つからないんだよ……」
上桐二人の嘆きに「うーん仕方ないなあ」と呟いた出雲は、頰に手を当ててしばらく考え込んでいたが、そうだ! とおもむろに手を拳で打った。
「じゃあもう一つヒントね! ――灯台下暗し」
あと、見つけられなかったときのペナルティもちゃんと考えておくから!
笑顔のその言葉は、死刑宣告に等しいと、彼女自身が気づいているかどうかは不明だ。




