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斬罪  作者: 古海 皿
北の滝
32/53

北の滝-了

 滝の裏というからわざわざ岩場を登って回ってみれば、ちょうど滝の裏といえる地点にはぽっかりと洞窟が口を開けていた。

 問題は。

 しげしげと洞窟の入り口からその奥を覗いて、奥が見えないなと小さな声で呟いた永弘は、振り返って、邦秋、勇魚、藤に視線を移し、問いを投げた。


「こんな洞窟、昔はあったか?」

「さあ……」

「……こんなもの、あったら地図上に書き込まれているだろう」

「まあ、だろうね」


 永弘は頷いた。


 つまり、そういうことだ。


 つるりと洞窟入口の岩肌をなぞる。きめの細かい砂が付着した。邦秋はしばし洞窟の中をじっと見つめていたが、やがておもむろに足を踏み出して、一歩、洞窟内に踏み込んだ。

 数歩そのまま躊躇もなく闇の中を進み、誰もついてこないことに気づいて眉を顰めて振り返る。


「何しているんだ、行くぞ」

「そういうところで度胸があるんですからこの男は……」

「わかっているよ」

「ああ、あなたもそういう人間なんですね。わかりました。この上桐たちは、とでも言っておくべきでしたね」


 やれやれと首を横に振る勇魚に、二人とも怪訝そうな表情を浮かべた。

 藤が控えめに「姉様、行かないの?」と服の裾を引っ張る。仕方なさそうに溜息を吐いた勇魚は、藤の身体を抱き上げて、彼らの後に続いた。


「にしても暗いね……つめたっ」


 ぱっと首筋を抑えて天井を見上げた永弘。邦秋は気にする様子もなく呟く。


「鍾乳石が垂れ下がっているから……まあ、雫は落ちてくるだろうな」

「冷たい」

「首に布でも巻いてろ」

「お前の対応も冷たいな」

「あなたがた、仲がよろしいですねえ」


 勇魚の言葉には鼻で笑う音が二重奏。仲がいいという評価は不本意だったようだが――そんなに嫌か。

 やれやれといった表情で勇魚が肩をすくめるのを他所に、二人はすたすたと先へ進んでいく。


 永弘は虚空を掻くような仕草をした。


「この縁がある時点で何かあるのは確定なんだけれどな……」

「先に言え。……奥へ続いているのか?」

「その点については悪かったよ。……うん、どうにもね」


 低く落とした声を交わし合いながら、早足に彼らは奥へ進んでいく。そのあとを勇魚と藤の右京姉妹が追っていく。そうして一番奥まで辿り着いた彼らは、訝しそうに顔を歪めることになった。


「……なんだこれ」


 和紙の山に墨、そして筆。邦秋は無造作に和紙のうち一枚をつまみ上げた。洞窟の中は湿気がこもるはずだが、和紙は不自然なほど乾燥している。ぱらりと地面に落ちた和紙に永弘が目を止める。

 彼らはどちらも夜目が効くので、この暗闇でもはっきりと読み取れた。


 尾張剣


「……少尉の名前じゃあないか?」


 呟いた永弘に「確か本名がそんな名前だったな」と邦秋が応じる。少尉とは誰のことですか、と勇魚が首を傾げた。


「祓い屋から出奔した俺たちへの見張りのようなものだよ」

「融通の効かないやつだが……それにしても」


 邦秋は怪訝そうに首をひねった。


「……この文字の癖、どこかで見た覚えがあるんだが……」

「さりげなく怖いことを言い出し始めましたね。どんな魔界で既視感など身につけてきたんですか?」

「祓い屋がこれしきで怖いことなどと言っていたら終わるな」

「ふふふ、意地悪ですねえ」

「姉様も上桐の邦秋さんもいちいち喧嘩しないでよ……」

「構っていたらキリがないだろうよ。無視していいのさ、藤くん」


 さらりと酷いことを言いながら、それにしても、と永弘は首をひねった。確かにどこかで見たことのある筆跡だ。

 さてどこかで見たとしても、いったいどこで見たのだろうか。比較的ここ最近だろう。


 そして、少尉の名前がここに記されている理由もわからない。


「――あ、」

「うん?」


 考えを巡らせしばらく、邦秋が声を漏らした。勇魚に藤、そして永弘を含め、誰も彼も一様に邦秋を見遣った。

 顎門に片手を当てた姿勢のまま、少しだけ目を見開いた邦秋は、確か、と呟いた。


「ほら、上桐、以前港で小舟を見つけたことがあっただろう」

「……ああ、鴎ノ岬の蠱毒の事件のことを言っているのかい?」

「さらっと蠱毒という単語が出ましたね」

「解決済みの案件だ。……それだ」


 それだ?


 怪訝に眉を顰めた永弘に、邦秋は言葉を続ける。


「あのとき、願いの書かれた紙を見つけただろう」

「あったね。……ああ、あれか」

「そうだ。あの筆跡と一致している」


 邦秋がそう口にした途端。


「だーいせーいかーい!」


 きゃらきゃらとはしゃぐような、高い声が洞窟中に響き渡った。


 びく、と肩を震わせた藤。藤を片手で抱き寄せた勇魚は、もう片方の手で扇を持ち油断なく周囲を見渡す。

 背負った竹刀袋から刀を取り出したのは邦秋で、永弘は無言で天井を見上げた。


 黒髪の少女と目が合った。


「あれ、バレた?」

「……誰だい」


 あっけらかんとした声。


 かろうじて言葉を絞り出した永弘に、少女――暗闇の中でも、まるで猫のように、緑色の目が輝いていた――は、黒髪を両手で整えて、にっこりと笑った。


「僕は大和(おおなぎ)出雲(いずも)! ねえ、いつも楽しそうだよね、僕とも一緒に遊んでよ!」

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