北の滝-10
ぱら、と自分の髪の毛をつまんだ永弘は、無言で邦秋に視線を移した。邦秋も同じように無言で永弘を見返していた。
「……金色」
「……お前こそ、銀色だ」
邦秋の言葉に折れた軍刀を放り出して、永弘は不貞腐れたようにその場に座り込んだ。
指先は自身の銀に染まった髪色をいじっている。
「地べたに座るな、次期当主が……」
「もう次期当主なんかじゃない」
「……だいたい、なんで勘当なんてされたんだ」
「売り言葉に買い言葉だ」
「つまり言いたくないんだな」
「なんだ、わかっているじゃないか」
「何年お前を見てきたと思っている」
二人はむっすりと押し黙った。風が吹いている。
山神の死体は塵となって消えてしまった。最後にこちらを鋭く睨みつけた山神に、まずい――と直感で理解したときには既に手遅れだった。
「呪いか」
「呪いだね」
二人は同時に溜息を吐き出した。どちらが山神にとどめを刺したのかはこの際黙秘するとして、問題はこの呪いだ。
「目が良くなってしまったようなんだけど」
「むしろこちらはさっぱり見えなくなってしまったようなんだが。……まさかとは思うが」
「俺の斬る力は綺麗に消えたようだね」
「冗談だろ」
邦秋はげんなりと言葉を吐き出した。冗談だったらどんなに良かっただろうね、と永弘は疲れた顔で呟いた。
邦秋の爪先が描いた軌跡がその場に残った死の穢れを切り落としたのを見て、永弘はとうとう頭を抱えてしまう。
本当に。
冗談ならどんなに良かったか。
「お前の見鬼と、俺の斬る力が入れ替わった、と」
「……冗談だろ……」
「もう一度言うけれど、冗談だったらどんなに良かっただろうね」
永弘は嫌そうに首を横に振る。山神のやつは、こちらの事情を見抜いていたかのように、的確な嫌がらせの如き呪いをかけていったものだ。
片や自分の影武者を立てられていたことで安寧を享受できていた事実に、激怒した身。
片や所詮代役という劣等感を抱えながら、それでも自分を認めてほしいと願っていた身。
勘当された永弘自身としては、血筋由来である能力が消え失せたことは願ったり叶ったりではあるが、問題は邦秋だ。
彼をちらりと眺めれば、つまらなそうな顔で自分の金に染まった髪を弄っていた。
「俺はお払い箱だな」
「……見えないと、どうしようもないか」
「ああ。……さて、どうしたもんかな……」
見えない――だからたとえ、斬る能力を持とうにも祓えない。そうくれば永弘の実家にとってはその存在は用無しだ。
「……俺のところにでも来るかい?」
「は」
永弘の問いに邦秋は短く笑った。
「なんだよ」
「いや、別に。そうだな、考えておくか。……それより」
溜息をこぼした邦秋は金色になってしまった髪の毛を無造作に掻き上げた。帽子はとうに吹き飛んでいた。
「呪いの侵食を食い止める。今の、能力が入れ替わっているだけの状況なら……まだ、マシだ」
「ぞっとしない話だね」
「言っていろ。……曲がりなりにも神の呪いだが、幸いにもこちらは神殺しだ。一応、格上」
「ただし二人がかりで討伐したからこそ、二人合わせて認識されなければいけない、と」
「その通りだ」
永弘の補足に、邦秋は頷いてみせる。
「不本意ながら、俺だけでは討伐できなかったという事実は認めるところだ」
心底嫌そうに呟いて、邦秋は手近なところに転がっていた枝を拾うと、地面をガリガリと枝先で引っ掻いて、その地に二文字の言葉を刻んだ。
「名前は人が最も幼くして手に入れるまじないだ――神を斬り殺した俺たちには、ちょうどいい名前だろう」
「……まあ、そうかもしれないね」
そうして、彼らは上桐となった。




