西の橋-了
鴉は不満そうに唇を尖らせた。
「きみたち、俺がいない間に随分面白いことをしていたんだな」
「面白いか……?」
首を傾げたのは邦秋だ。特に面白いようには思えなかったけど、と永弘は応じた。
「だよな……そもそも、お前がいなかったのは単に序盤でいなくなったからだろうに」
「そういうことは突っ込まないお約束だろう」
「すまない、そういうお約束は全くさっぱりわからない性質なんだ」
「……」
笑顔でそう言い切った永弘に、鴉は無言でむくれてみせた。永弘と邦秋の上桐二人は顔を見合わせて、同時に肩をすくめてみせた。
実際理は上桐たちの方にあるので、拗ねられても困る、といったところ。
「上桐のお二方」
今まで静かに本棚の本を整理していた司書が、ふと顔を上げた。
「解決したんですよね?」
「もちろんだとも」
「それは何よりです」
司書は頷いてまた本の整理に戻る。解決してしまったのか……と鴉はぼやいた。
まるで解決して欲しくなかった、と言わんばかりだが、それではいつまでたっても危険なものを放置しておくに同義であったことに気づいているのか否か。
こいつ相変わらずだな。永弘も邦秋も呆れ顔だ。
「……そもそも、あれはいったいなんだったんだ?」
今更の疑問だった。
机の上に両手を置いて、その上に顎を乗せた鴉。彼の問いに「なんてことはないよ」と永弘は言う。
「あれはある種の祝福であり、ある種の祟りだった。それだけのことさ」
「……うーん?」
小首を傾げる鴉。永弘と邦秋は視線を交わし、そして邦秋がすっとその視線を外した。
諦めたように永弘は溜息をついて、少し視線を彷徨わせ、そして貸本屋の小窓に目を止める。
「司書、この窓、開けても?」
「構いませんよ」
許可が出たなら遠慮する必要もない。永弘はガラガラと音を立てて窓を開けた。
窓の外を見渡した彼は、とある山を指差す。
「そこの山に神社があったことは知っているかい? 正確には今もあるんだけどね、一応」
「……そもそもその山の名前すら俺は知らんな」
「まあだろうと思った。どうにも、最後の神主が死んでから神社の存在自体忘れ去られたみたいでね」
永弘は窓を閉め直して、それを背にして鴉を振り返った。
「俺たちはこの間、その神社を訪問しに行った。とうに古びて、散々に荒らされて、その残骸だけが残されていたよ。盗人でもいたのかもしれないね、石灯籠なんかもいくつか盗まれていた」
「罰当たり極まりないな」
「そうだろう?」
思わずといった拍子にこぼされた鴉の言葉に、永弘は柔らかに微笑む。
「ましてや、その石材を使って、おそらくは供養なんぞもなしに橋を作るだなんて神を恐れないにしても限度があると思うわけだ」
「――まさか、」
「まさかと思ったのは俺たちの方だったんだがな」
邦秋がぼそりと呟いた。鴉の視線が自分に移ったことを悟った彼は、嫌そうに顔を顰める。
永弘に助けを求める目を向けたが、笑顔で返され、渋々話し出した。
「言っておくが……元になるような逸話がその場所に存在しないのであれば、問題なのは場所ではなく素材なのではないか、と言い出したのは上桐だ。墓石や神社、寺院の何かしらである可能性が高いと言い出したのも上桐だ」
「それだけの手がかりと少ない文献を元にして、盗まれた神社がどこに存在するのか特定したのはお前だけどね」
「手柄のなすりつけ合いは楽しいか?」
鴉の生暖かい視線に「特に」と二人は声を揃える。
ともかく、と邦秋は学生帽を深く被り直した。
「あの神社が祀っている神は、縁切りの神であったそうだ。そんなところから盗まれた石を使って、希橋は作られた。だからこそ、石材を媒介にして、橋を通る人間を参拝客に見立て、彼らの願いを糧にして、祝福と祟りを送っていたわけだろう」
「……ん?」
邦秋の言葉に、鴉は怪訝そうに首をひねる。
「願いを糧にして、とはどういうことだ? 自分の恋愛の破局を願う人間ばかりだったということか?」
「……自分の恋愛の破局を願うより、他人の恋愛の破局を願う人間の方が多いだろう。そういう人間たちの願いを聞き届けていたんだ」
願いを糧にそれらは具現化して、願いを忠実に叶えていった――ただし、それらは正しく祀られていないからこそ、ねじ曲がったやり方を選んだ。
たとえば、とある少女は自分が恋敵を突き落としたのだと錯覚したが、それはある意味当然の錯覚であったということだ。
すれ違って、別れてしまえばいいのに――そんな願いを食らった希橋が、願いを忠実に再現したのだろうから。
「わざわざ山に登って、綺麗に掃除して、もうお休みくださいと言って、ついでに念には念を入れて、上桐に橋と繋がった縁を斬らせておいたからね」
永弘は滑らかに言ってのけた。
「たぶん、もう騒ぎが起きることはないよ」
「そうか……少し残念だな」
「全く残念ではないが、一つ気になることはあるな」
ぴっ、と邦秋は一本指を立てた。なんだ、と鴉は心なし目を輝かせた。鴉の反応に永弘は心なし半眼になった。
この男、基本的に情動が興味のあることにしか動かないので、たまに人でなしのような言動をする。
「……で、どういうことだい? お前、終わった直後はそんなこと言ってなかったくせして」
「今気づいたんだ」
眉を寄せた永弘にそう返して、邦秋は、寄りかかった本棚の側面をとんとんと指先で叩く。
「そもそも、だ。……あの橋ですれ違った人間が破局する。そういう噂が流れなければ、あの橋で無意識にも願い事をする人間なんていなかったはずだろう」
「うん? ……うん、まあ、そうだろうな」
邦秋の言った台詞を脳内で反芻して、鴉はそう同意を示す。その反応を見て、邦秋は言葉を続けた。
「おそらく、すれ違う人影というのも、噂を聞いた人間たちの固定観念を希橋の方が忠実に再現したものであるはずだ」
「そりゃあ、そうだろうね。……ああ、なるほど」
邦秋の言葉に相槌を打った永弘は、得心のいった表情になった。
「本来は根も葉もなかっただろう噂を、最初に流したのは誰だろうという話かな?」
「そういうことだ」




