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斬罪  作者: 古海 皿
西の橋
19/53

西の橋-9

「――で、どういうことだ?」


 ところ変わってここは上桐の彼らの自宅である。

 腕組みをして促す永弘を前に「ちょっと待ってくれ」と身を翻した邦秋は自室に引っ込んだ。待つこと数分。邦秋は少し古びた新聞を一部手にして戻ってきた。


 彼が十数社の新聞社の新聞を綺麗にまとめて溜め込んでいることを、永弘は知っている。というか、彼の自室には本棚に整頓された数多もの新聞が整然と並んでいるので、彼の自室に入ったことのある人間は全員知っているだろう。

 さすがに十年二十年前のものとなるとどこかから借りてくる他ないようだが、ここ数年分であれば邦秋の自室には資料が十二分に揃っていた。


 十数社と契約するだけでも結構な金が流れていくのに、まあよくやる、と永弘は呆れ気味ではあったが、それが役に立っていることもまた確かだった。


「たぶん、というか……十中八九、鮎河や扇沢が言っていたのはこのことだ」


 邦秋は新聞を捲って、実験中の死亡事故、と見出しが掲げられた面を掲げてみせる。


「中学校で授業中の死亡事故。これにより老朽化した備品など総とっかえが起きたというが……まあ、正直長ったらしく書かれた詳細なんぞはどうでもいい」


 自分で言ったことなのにそんなぞんざいに切り上げてしまうのか。第一、一応死亡事故という出来事であるからしてそれを果たしてそう簡単に切り捨ててしまって良いものなのか。


 諸々考えて半眼になった永弘の目の前で、邦秋は広げた新聞記事のある箇所を指差した。


「これ」


 文句は多々あれど今は黙っておこう。そう考えつつ指差された箇所に視線を移した永弘は――ぱちくりと目を瞬かせ、そして邦秋の持つ新聞に手を伸ばした。

 邦秋から新聞を受け取った永弘はその文面をしばし無言で眺める。


 該当箇所を三回読み直して、永弘は一つ溜息を吐き出した。

 溜息を吐くと幸せが逃げるぞ、邦秋にそう言われて「余計なお世話だよ」と憎まれ口を叩く。


 そして浅く息を吸い、呟いた。


「……やけに詳しいと思ったら」

「まあ、そういうことなのだろうな」


 その記事には被害者の名前と同時に、被害者の婚約者であったという少女の名と、加害者と疑われた幼馴染の名前が記されていた。

 婚約者の名前は苗字だけ公開されていて、扇沢。疑われた幼馴染の名は鮎河光。彼らの苗字はよほど珍しいというわけではないが、田中や佐藤のようにそこらにありふれたものというわけでもない上、この組み合わせで察せない二人でもない。


「女だったのか」

「どうだろうな」


 どうでもよさそうにこぼされた永弘の言葉に、やはりどうでもよさそうに邦秋が応じる。


「あいつの姉妹の可能性、というのもまだ残っているが」


 実際のところ、一応少年たちやら彼らやらと呼称してはいるが、永弘も邦秋もあの同名の二人組が男なのか女なのか知らない。少年という呼称は、どちらの性別も含むので。


 それに正直な感想を言うなれば、どちらであっても興味はない。


 少なくとも、この時代、女が生きにくい世の中であることは確かだろうと二人とも考えている。


「……ところで上桐、鮎河の言葉を覚えているか?」

「いつのだよ」

「先日の、蠱毒の事件のときに、鬼火の話について聞いたことがあるかで、会話しただろう」

「……十の波止場の噂を教えてもらったときのかな?」

「そう」


 邦秋には言葉足らずなところがある。

 状況はわかったが具体的にどの台詞を指して言っているのかがわからない。そんな顔をした永弘の内心を汲み取ったのか、それとも単に話を進めたいだけか。

 おそらく後者であろうが、ともかく邦秋はその言葉とやらを口にした。


「願いにはそれ相応の対価が必要なものでしょ、と」

「……ああ、言っていたね」


 邦秋の言葉に永弘は目を細めた。そのときはなるほど確かにと納得した台詞だ。古今東西どこにでもあるような昔話などにも、強欲にはしっぺ返しがある、そのような教訓は山とあるわけだし。


 それ以上の追及もなかった単なる言の葉ではあったが、ここに来て様相を変える。


「対価、ね」


 永弘は再び腕組みをして、そう独り言ちた。邦秋はとんとんと自分のこめかみを指先で叩いた。


「……猿の手、という物語を知っているか?」

「知らないよ」

「異国の小説家が発表した短編小説だ。持ち主の願い事を三つ叶えてくれるという魔力を持つ、猿の前足のミイラを主軸に展開される物語。願い事の成就には高い代償を伴う、という教訓じみた怪奇小説だな。……どうにも、今回はその物語と似た雰囲気を感じる」


 しばしの沈黙が降りた。


「……一つ、考えていた仮説がある」


 ふー、と大きく息を吐き出した永弘はぐしゃりと自分の前髪を片手で掻き上げた。


「基盤となるだろう出来事が存在しないような橋。けれどどう考えても齎された結果は強力で、凶悪だ。……恋が叶う、という前向きな願掛けではなく、破局するという後ろ向きな願掛けの方が有名になったのは人の不幸は蜜の味ということもあるが、実際に訪れるのがそうした不幸であったからと考えた方がわかりやすい」


 訥々と並べられる言葉は、あえて聞かせようとしているわけではなく、口に出すことで整理しようとしているのだろう。

「それで?」と促した邦秋に向かって、永弘はにこやかに微笑んでみせた。


「ちょっと山へ芝刈りにでもいかないかい?」

「……は?」

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