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斬罪  作者: 古海 皿
西の橋
13/53

西の橋-3

「妖などを題材にした書物なら、二階に上がって右手、手前から二番目の棚ですよ」


 すらすらと答えた司書に――彼女は貸本屋に存在するおよそ全ての書物について完璧に記憶している、らしい――「ありがとう」と礼を返して、永弘はとんとんと階段を上る。その後ろに続くのが邦秋だ。

 鴉はどうしたのかといえば「俺は事実ではない噂を本当かもしれないと言いながら盛り上がりたかったわけで、実際に起こる怪奇現象には興味がないんだ」と不貞腐れて新しいネタを探しに行ってしまった。つくづく自由人である。


「――で、どういうことだと思う」


 階段を上りながら、口火を切ったのは永弘だった。

 邦秋は顎に手を当てた状態で「前提として」と応じる。


「お前だけに見えたということは()()()()()()があったことは間違いないのだろうな」

「……俺が何かを見たことを疑わないあたりがお前らしいと俺は思うよ」

「実際、疑う理由もないだろう。……お前の目が確かであることくらいは知っている」


 永弘の両眼は妙なものを見ることができる。その事実を、邦秋を筆頭とした彼の知人たちは知っている。

 妙なもの、とは、たとえば妖であったり、幽霊であったり、人やものに絡みついている縁であったり、そういう諸々のことを指す。

 当然普通は見えるわけもなく、永弘自身も意識的に見ようとするか、よほど気配が強いものでない限り、そういうものを見ることはない。


 そして今回は。


「どちらなのかと問われると微妙なところだね……鴉が持ってきた噂だということで、少し警戒していた覚えはあるから」

「確かにあいつ、この手の話において妙な嗅覚を発揮するからな……」


 毎回とまでは言わない。言わないが、彼らが行動を起こす発端となるのは、十中八九、町中の些細な噂が始まりである。そしてその噂を誰から伝えられたかというと、大抵の場合鴉経由なのだ。

 その分警戒して橋を眺めていた永弘は、もちろん、意識的に見ようとしていたわけである。そして、見た、と感じ取ったのも一瞬のこと。身構えていたとはいえそのほんの刹那の間に、それの正確な力量など測れるはずもなく。


 階段を上りきれば、目の前に広がるのは整然と並んだ本棚の群れ。

 その静けさになんとなく足音を潜めるような形で、司書に教えられた通りの本棚に辿り着いた彼らは、本棚に並んだ本たちを物色していた。


「まあ、危険でなければ動く必要もないが……」


 溜息混じりに呟いた邦秋の隣で、本を一冊抜き出して、ぱらぱらと捲りながら「ただ」と永弘は眉根を寄せた。


「ん?」

「……何か、だったことが気がかりなんだよなあ」


 一拍置いて、邦秋は本棚を眺める視線はそのままに、返す。


「……誰か、ではなく、という意味でか」

「そう」


 それは鴉も指摘していたことだ。

 ただの言葉の綾として片付けるのは簡単だが、こういうことで無意識のうちに働く勘というのはなかなかに馬鹿にできない。永弘自身がやけに気にしているという事実もまた同様に。


「……この後にでも二人で検証にでも行ってみるか?」


 思索に耽る同居人を前に、邦秋はそう提案してみせる。

 ついで、付け加えた。


「恋愛事など無縁だが」

「……そうして、下手に何事もなく渡り切ってしまった場合それはそれで複雑だ」

「まあそれもそうだな」


 奇妙な矜持だと笑いたければ笑うがいい。少なくとも邦秋は神妙な顔で同意した。

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