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「あら、貴方の顔何処かで…」
「……っ!!」
「あっ…」
手に持っていた荷物を地面に落とし、頬に添えられていた女の手を振り払った。
恐怖心のあまり動かなかった足を無理やり動かしてこの場から離れるために全力で逃げる。
後方から女が何かを叫んでいたが、そんなのに気を取られている場合ではない。
持てる力を振り絞って全力で逃げることだけを考えないと確実に殺される。
こんな訳がわからない状態で殺されていいはずがない。
この場を全力で逃げる、それだけを考えて身体を動かす。
『ドコニニゲルノ?』
『オイカケッコカモネ』
『ジャア、ボクタチガオニダ』
全力で走っていたら子供のような声が周りから聴こえてきた。
女の姿が見えないぐらい距離を離したので女以外は誰もいないはず。
走りながら後ろを振り向いたが、やはり誰もいなかった。
「はぁっ…はぁっ……不気味すぎるんだよっ…いや、そんな事より大通りに……はぁっ……逃げて警察に……駆け込もう……」
不気味な声に反応している場合ではない。
間違いなくこの女が世間を騒がせている殺人犯なのだ。
祖母の指導のおかげで人並み以上は強いとは自覚しているが、実戦と練習とは訳が違う。
あの女にいくら剣で挑んでも返り討ちに合うに決まっている。
俺一人で事態をどうにかできないなら今は藁にでもすがる思いで警察に駆け込もう。
それに警察だって馬鹿じゃないんだ、殺人犯に対する何かしらの対応策ぐらいは考えているはずだ。
「はぁっ…はぁっ…」
見慣れている土地なので迷う事なく近道を利用して全力で走る。
細い路地を走っている為、腕には壁で擦ってしまった擦り傷が出来てしまった。
手当は後で充分にやるとにかく走るそれだけを考え、そして、見慣れた大通りに出て安堵したのも束の間……
「な、んだよこれ………」
大通りは車は一台も通っておらず、大きなビルが何個も聳え立っているが、街灯を含め明かりは一つも付いていない。
大通りに出てすぐ見えるはずの交番ですら明かりがついていないのだ。
「っ……!」
節電の為に電気を消しておるかもしれない…そう思い交番へ向かって走るが、誰もいなかった。
「はぁっ……すみません!誰かいませんか!!!!」
奥にいるのではないかと思い掠れる声で何度も叫んでみたが、誰か居る気配がなかった。
「何が、どうなって……」
いくら考えてもわからない。
走ったから心臓が余計にバクバクいっている上に息苦しい。
誰もいない状況が理解できなくて冷や汗がとめどなく流れてきた。
ギィィ…ギィィ…
「っ……!」
さっきまで聞こえていなかったあの嫌な音がここへきて大きく聞こえてくる。
交番からに向けていた顔をゆっくり音の聞こえる方へ向ける。
「貴方も足が速いのですね」
女は大通りの中央へ立ち、ドス黒い何かを纏わせこちらを見つめていた。