次元の狭間 I
『コルネ・ディソナンツ』そう名乗った少女は俺を庇うように立つ。
その姿勢は何が何でもこの人を守るというように見え、一瞬でも死を覚悟していた俺からすると不謹慎ではあるが見惚れてしまっていた。
「失礼、少し容体を確認させてください」
コルネは少しだけ身体をこちらに向け、右手の掌を上に向ける。
するとタブレットの極小版みたいなものが現れ、それを人差し指でスクロールさせていた。
少しがっていたのかタブレットの文字が透けていて、背面からでも何かの文字がずらずら並んでいるように見受けられた。
「傷口が数カ所に出血もあるので手当も必要です。体温が上昇していますが、危険領域ではありません。しかしこれは……」
横目でチラリと俺を見ているが、少し困惑したような表情をしている。
「貴方の心臓付近で異常値が検出されています。こちらの方が命に関わります」
タブレットで俺の身体が何かしらの操作でスキャンされたのはわかる。
そして、熱はあるもの死ぬほどまでに達していないのも理解はした。
(でも、そろそろ意識が朦朧としてきた)
コルネに指摘された心臓付近が俺の身体では持ちこたえない領域に達している為、座り込んでいた俺は地面に向かって倒れてしまう。
(もうだめだ、限界)
そのまま瞼を閉じてしまった。
「─────。─────」
遠くからコルネが何かを言っているのは聞こえるが、何を言ってるのか俺には分からなかった。
声は遠のいていき、意識は眠りに近づいているような感覚だ。
そこからの記憶は途絶えてしまった。
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー
沈む。沈む。
辺りは真っ暗でその中で身体が落ちて行く。
瞼を閉じでいるのでどこまで落ちて行くのか分からないが、ただ緩やかに落ちて行く感覚がある。
これが夢なのか現実なのかはわからない。
全身に力を入れようとするが、身体に力が入らない。
今の自分は生きているのか死んでいるのかもわからない。
だから多分、これは夢なのだろう。
どこまで落ちる夢なのかはわからないが、いけところまで行ってしまおう。
チリーン。チリーン。
(……………?)
鈴の音が聞こえた。
鈴の音は不定なリズムで音を鳴らせている。
チリーン。チリーン。チリーン。
音のする方向に何があるのだろうと瞼を開け、首を傾けた。
チリーン。
(白い、猫?)
この場に似つかわしくない鈴をつけた白い猫が、こちらをじっと見つめて座っている。
白い猫の視線と俺の視線が全くズレていないことから白い猫も自分自身もどこかに落ちているのだけは理解ができた。
『久しいな、ここに人がくるのは』
どこからともなく声が聞こえた。
男のような声だ。
顔だけを動かして周囲を見回したが、俺と猫以外がその場にいるようには見えなかった。
(猫が喋ってる…?)
『猫が喋るのは珍しいか。お前、表の者か』
(……心が読まれた!?)
『なぁに、そんなに驚くことないさ。知らないならこれから知れば良い』
白い猫は口を動かして俺の心と会話しているその光景がやはり変だと思ってしまう。
『時間がないので手短に。ここは次元の狭間。次元については数々の事象・伝承があるので一概にどれとは答えられないが、お前がいる世界には数多の世界線が密集しているがそれのそれを外部から見ることができる世界とでも認識してもらおう。』
(世界線を監視する世界?よくわからないな)
『すぐには理解するのは難しいだろうが、その話は次の機会に取っておこう。本題に入ろう。』
白い猫は背筋をピンと伸ばし俺の目を見据えてきた。
『元よりこの次元の狭間はそうやすやすと外部から介入できる場所ではないのだ。どんなに魔法が使えても次元干渉しようなんて天地がひっくり返ってもありえない。だが、五十嵐疾風。君はここへやってきた。君には古代兵器が埋め込まれているようだね。』
(古代兵器?)
そんな代物聴いたこともなければ見たこともない。
ましてや、そんなわけがわからない物が自分の体内に埋め込まれているというのが俄かに信じがたい。
そもそも人の体内に物を埋め込むというのがどういう方法で行われたのかがわからない。
『現段階ではあまり多くを語ると君は混乱してしまうので現段階で必要な情報のみを提示するよ。君は魔武器職人の中で最高名誉に値する魔武器製作者の作品でもある、 古代兵器の一つが体内に埋め込まれているので、次元の狭間にやってくることができた。次元の狭間にやってこれるということは次元干渉が出来る、要は時間にも干渉できるのだよ』
(時間干渉……。そういえば、変な女に殺されそうになった時時が止まったような?)
『そう、それが時間干渉能力。そしてその能力が使える人のことを次元観測者と我々は呼んでいるよ』
次元観測者。
白い猫にそう言われたもののピンとこない。
それどころかより一層わけがわからなくなってしまった。
『これ以上話すと君には混乱してしまうからここまでだよ。徐々に理解していけばいい。さて、そろそろ出口が見えてきたよ』
白い猫が落ちている方向に目線を向けているので俺もその方向へ顔を向けると一筋の光が見えた。
白い猫が言う出口があの光のことなのだろうと理解はできる。
だが、全く理解できていないこと様々な疑問が今になって出てきた為、まだ白い猫に聴きたいことがたくさんある。
(まだ聞きたい事があるんだ!)
『駄目だよ、疾風。今回はここまでだ。それに君は次元観測者だ。現状の打破する事も君は思い出すかも知れない。我々では 古代兵器の使用方法を教える事ができないから自分で見つけ出すんだよ』
一緒に落下していた白い猫は途中で止まり、俺は光の方向へ落ちて行く。
何もわからない…。
けど、何かがわかったような気もする。
そんな不思議な感覚を抱きながら再び瞼を閉じ、終わりを迎えているであろう夢を閉じた。