とある場面の記録
「はぁっ……はぁっ」
身体が…熱い。
熱い上に身体にあちこち傷が入っており、その傷口から血が滴っているので余計に熱く感じてしまう。
それに加えて心拍数が通常より跳ね上がり、息をするのもやっとの状況である。
「うっ…」
全力で走っている足がそろそろ限界に達して足にきているようだ。
ここで後ろを振り返ると今まで逃げていたものに対面せざるを得ないので動かなくなっている足を無理にでも動かすように全力で走る。
(後ろを振り向いてはダメだ)
誰かに言われたわけでもそういうルールでもない。
ただ、自分の本能がそう叫んでいる。
振り向いたらその瞬間で自分という存在は無くなってしまうような気がしたからだ。
ギィィ…ギィィ…
金属を擦り合わせているかのような
何かを引きずっているような音が未だに耳に纏わり付いているが、一向に離れる気配がしない。
走り出してから5分程度は立っているが、一体何に追いかけているのかもさえ考える余裕がなかった。
今どこに向かって走っているのかも自分ではわからなくなっている。
「マジかよ…」
少し走って角を持つ曲がれば逃げ切れるかと思ったが、そこに見えるのは高い高い大きな壁。
流石にこれを登るのは無理だろうと一瞬で判断はできたが、同じくして後ろから追いかけていた音がピタリと止んだ。
「っ……うっ…一体、何をしたっていうんだ…」
背後からの威圧感がひしひしと伝わり、次第には子供のような笑い声が周囲響いてダイレクトに脳へと聴こえてくる。
『クスクス…フフ…』
『ウゴカナイネー』
『モウ…オワリ⁇…オワリナノ』
頭がおかしくなってしまいそうになりながらも、現在の状況の打開案を必死で考える。
(考えるだ…この状況を抜け出す方法)
子供のような笑い声が止まらない中、いくら考えても答えは見当たらない。
そうわかっていても後ろを振り向くことやろうとはしない。
これが最善の方法だと誰も思わないだろう。
「ねぇ、もうオニゴッコはおしまい?」
ふと、頭上から声が聞こえた。
本当は見るべきではないのはわかっている。
だが、反射的に見上げてしまった。
「ひっ……!?」
目があってしまった。
合わすべきではなかった。
そう脳が警告を鳴らしているがすでに手遅れだ。
「こんばんは。わたし、人と接すると久しぶりなの」
暗闇で特徴はつかめないが、ワンピースを着ていて、目が赤く、髪が長い女であること。
それに……
「そろそろ追いかけるのも疲れてきたの。だから、オニゴッコ終わりにしてもいいかしら?」
左手には血を流し、右手には女の身長より大きな鎌。
死神という空想上の生き物がいるとしたらこの人のことを言うんだろう…
不本意ながら、空想上の出来事に憧れている節がある自分はその光景を『美しい』とまで思ってしまう。
「あら?熱っぽい視線を向けてくださるなんて」
「し、死にたくない…助けてくれ!」
「私、殺すつもりはないんですよ」
流石にその言葉は嘘だと断言できる。
道を歩いていたら知らない女が皮膚を切りつけ、血が出ているのが何よりの証拠だ。
「もうこれ以上はいいでしょう?少し楽しんでいたのですが、卿が覚めました。私が疲れたのです。だから……そのお喋りな口を塞がないといけませんね?」
女性は微笑んだ。
その光景が脳に焼き付いて自分の記憶から離れない。
徐々に視界が暗くなり、意識がそこで途絶えた。
その後、自分がどうなったのかは永遠にわからないままだ。