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ワインと箱入り娘

「いやぁ、助かりました。なんとお礼を申し上げればよいか、わかりません」


 村長――ヌガルさんは、満面の笑みで感謝してくれた。家畜に被害が出たり、村の外で遊んでいた子供達が襲われかけることがあったらしいので、村の責任者として頭を悩ませていたのだろう。

 あの後、村長さんの自宅に招かれた僕の前には、分厚いステーキ、ローストチキン、クリームシチュー、新鮮なサラダ、パン等々、たくさんのご馳走が並んでいた。クロスケは僕の膝の上で、丸まって眠っている。


「あの狼どもには、村の者も、ほとほと手を焼いていたのですよ」

「いえ、そんな大したことでは、ないので……」


 僕は、遠慮がちに答えた。実際、難しいことではなかったけど、普通の狼でも村人が駆除するのは、やっぱり苦労するものなのだろうか? 


「なんと謙虚なお方だ! さあさあ、遠慮せずに、なにぶん田舎料理でお口に合わないかもしれませんが、どんどん食べてください」


 ヌガルさんは、そう言って料理を薦めてくれるけれど、一通り手をつけただけで、もともと少食な僕の胃袋の容量は限界を迎えようとしていた。うぅ、せっかく用意してくれたのに、申し訳ないけど、これ以上は無理……。


「ほれ、ジュリエッタ、トマル殿にお注ぎしなさい。ほら、おまえも狼を怖がっていただろう? お礼を言わないか。申し訳ありません、愛想のない娘で」


 僕と、ヌガルさん以外にテーブルに着いていた女性――終始仏頂面で、不機嫌さを隠そうともしていなかったヌガルさんの娘さんが、嫌々という感じでワインのボトルを持って立ち上がった。二十歳前後の、箱入り娘然とした女性だ。失礼だけど、ヌガルさんとは全然似ていない。笑ったら可愛いんだろうけど、まだ僕は、まともに目も合わせてもらえていなかった。


「どうも……」


 僕がグラスを差し出すと、彼女は片手で乱暴にワインを注ぎ始めた。あっ、ちょ、もっと静かに入れてくれないと、溢れちゃうよぉ。


「大丈夫、もう大丈夫です!」


 ストップを掛けると、ジュリエッタさんは一拍遅れて、僕を睨みつけてから――僕には、そう見えた――注ぐのを止めた。


「ふう……」


 注いではもらったものの、グラスの中の赤色の液体をどうしたものか、僕は思案した。僕は、下戸だ。それも、匂いで酔うレベルの。パラメーターっぽくいうなら、酒耐性×だろう。

 まぁ、一口ぐらいは大丈夫だろう。口を付けなかったら、ジュリエッタさんが余計に不機嫌になるかもしれないし。


「いただきます」


 僕は、ワインを一口、苦手なアルコールの味は無視して飲み込んだ。それが、いけなかった……。

 すぐに、顔が熱くなった。村長の他愛もない世間話が訳もなくおかしくて、何度も吹き出してしまう。しばらくすると、天井がぐるぐると回り始めた。


「すみません……酔っ払っちゃったみたいで……」


 僕は過去の経験――結婚式や同窓会で吐いた――から、これは駄目だと悟ったので、ヌガルさんにそう宣言した。

 ヌガルさんは、えっ、まさか? みたいな顔をしたけど、僕を客間に案内してくれた。


「では、ごゆっくりおやすみください。本当に、ありがとうございました」

「……はい、おやすみ、なさい……」


 なんとか就寝の挨拶を、つっかえつっかえ言えたけど、その時にはもう部屋の扉は閉まっていて、

ヌガルさんは消えていた。


「……あれ?」


 ローブをその場に脱ぎ落として、ベッドに倒れ込む。精神的、肉体的疲れと、酔いから、すぐに眠りに落ちそうだった。起きたら、今日のことは全部夢だったりしてね、ふふ。

 心地よい眠りの中に入り込もうとしていた、刹那、僕はあることに気付いて目を開いた。


「クロスケ」


 慌てて呼んだけど、居場所を確認するまでもなく、クロスケは目の前で僕を見下ろしていた。


「おまえ、なんも食べてないらろ……? なんか、貰ってくるか……?」


 クロスケに、なにも食べさせていなかったことを思い出して、訊いた。


「神獣の俺様に、食事なんて面倒なシステムは必要ないね」


 そうなのか、ならいいや。寝よう……。


「ちなみに、睡眠もな」


 なんだよ、狸寝入りしてたのかよ……。そう思うのと同時に、僕は深い眠りの底に落ちていた。




「ねえ、ねえったら!」


 誰かが、何度も肩を揺さぶっている。もう、朝だろうか? いや、感覚的には、入眠してからまだそれほど時間は経っていないように思う。


「クロス――」


 クロスケかと思って目を開けた、僕の前にいたのは、予想外の人物だった。


「やっと起きた。あなた、お酒弱過ぎね」


 ジュリエッタさんが、僕の寝ているベッドに腰掛けている。僕を見下ろす彼女の表情は、不機嫌な仏頂面ではなく、不敵な笑みだった。

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