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急転直下

 無意識に目をきつく閉じて、腕で顔を庇って、どれくらいそうしていただろう? しばらくすると、瞼の上からでさえ眩むほどだった強烈な光が、収まったのがわかった。

 どうなったんだろう、僕は? 実は、もう死んでたりして……? 恐る恐る、目を開けてみる。

 最初に瞳に映ったのは、長身の女性だった。というか、はっきりと言ってしまえば、女神だった。まるっきり、完全に。


「ようこそ、異界の人よ」


 慈愛に満ちた微笑みと、声。それだけで、幸福を感じた。間違いない。この人は、女神なんだ。そう、確信する。

 こ、これは、この状況は……。

 女神の傍らには、巨大な狼が寄り添っていた。伏せの状態でも、女神の肩ほどの高さがある。立ち上がったら、どれほどだろうか。不思議と、怖いとは思わなかった。全身真っ白で、神々しい。

 彼女たちの背後に目をやると、巨大な柱が並び立ち、その向こうには鮮やかな青空が広がっている。ここは、天空に浮かぶ神殿といったところだろう。

 もう、間違いないでしょ。ねえ、ねえ!


「私の名は、テトキネス。この世界の女神です」


 後ろで纏めた長い金色の髪を、キラキラと後光のように輝かせて、女神は言った。

 はい、確定!


「は、はい、あの、はじめまして、僕、僕は、真宵、真宵当麻流(まよいとまる)といいます……」


 僕のガチガチの自己紹介にも、テトキネスは、にこやかに笑みを向けてくれる。あぁ、まさしく女神だ。


「勝手と知りながら、あなたをこちらへ招いたのは、その力を貸していただきたいからです。今この世界では、邪悪なるものどもが蠢きだしています。それを打ち払えるのは、あなたしかいません。」


 ですよねー! 任せて下さい! まあ、僕に力なんてないですけど。運動音痴だったりもしますけど。でもでもでも、あれですよね? あれしてくれるんですよね?


「もちろん、私の権限で与えられる限りの能力を授けましょう」


 僕は、心の中で強くガッツポーズを決めた。控えめに言っても、ぱっとしなかった僕の人生が、今動き始めたんだ! どこかから歓喜のファンファレーが、聞こえてくる――気がする。


「そして、この神獣を、旅の供として連れてお行きなさい。大いに旅の助けになってくれるはず――」


 神獣と呼んだ巨狼の頭を撫でた後、こちらに向き直った女神の顔から、初めて笑顔が消えた。言葉が途切れたまま、続かない。あれ、どうしたのかな? なんか、僕の顔に付いてる?


「あら、あらあら?」


 こめかみに指を当てながら、ずいずいとこっちに近づいてくる女神。


「おかしいわ~。そんなはずは、ないのだけれど。でも、これは~」


 僕の頭の天辺から、つま先まで、何度も舐めるように視線を往復させた女神の口から出た言葉は、


「ごめんなさい。あなたでは、なかったみたい。間違えちゃった、てへ♪」


 なんともふざけたものだった。舌を出して、自分の頭をコツンと叩く。態度も、舐めきっていた。僕は、キレた。人生一、キレた。


「てへ、じゃねえよ! まじ、ふざけんなよ!? ありえないからね、これ? やっと、やっと、胸を張って生きられるって思ったのにさあ! 最初から持ってないより、与えられたものを奪われる方が辛いんですよ? わかるの、ねえ、あなたに!? てか、僕はまだ与えられてもいないから、セーフか? いや、セーフなわけねえだろ! どアウトだわ!」


 自分でも何を言っているのか、わからない。


「本当に、ごめんなさいねえ。とりあえず、落ち着きましょ、ね?」


 テトキネスが、僕の両肩に手を置いてなだめてくるが、もはや、おっちょこちょいなおばさんにしか思えない。


「はぁ、期待した僕が馬鹿でした~。どうせこうなるって、わかってました~。どうすりゃ、いいんすか、僕はこれから? こんな虚しい気持ちを抱えたまま、これまで通りの生活に戻れっていうんですか?」


 辛い。そんなの辛すぎる。夢だと思えば、いいのだろうか? せめて、記憶を消して欲しい。


「う~ん、それもちょ~と、難しいかしらねえ」


 この女神は、よおっ!


「じゃあ、なんですか? こんな見ず知らずの土地で、野垂れ死ねって言うんですか! こっちはねえ、ホームグラウンドでも生きるのに、ひいひい言ってるんですよ!」


 僕の素の能力で異世界なんかに放り出されたら、三日も生きられないだろう。賭けてもいい。


「それは大丈夫よ。人並み以上の能力にはしてあげられるし、ほら、この子も付けちゃう。まだ小さいけど、立派な神獣なのよ」


 そう言って、嘘つき女神は、僕に黒い毛玉のようなものを押し付けてきた。


「神獣って……? これ、猫じゃないですか。しかも、子猫」


 どう見たって、紛うことなき猫だ。真っ黒な、子猫。普通に可愛いが、それだけ。猫っぽいとか、猫みたい、ではなく混じりっけなしの猫。ははあん、また騙そうとしてるな、こいつ。僕のことチョロそうとか、思ってんでしよ? 冗談じゃない。僕だって、言う時は言うんだ。はっきり落とし前付けてもらうかんね。


「わからないことがあったら、その子に聞いてね。この世界も、暮らしてみれば案外悪くないと思うわよ。じゃあね、風邪引いちゃだめよ」

「はあっ?」


 じゃあね、の意味を理解するよりも早く、足元の感覚が消失した。

 神殿の床に丸い穴が開いていて、その中からクソ野郎がニコニコと手を振っているのが、一瞬見えた。死ねばいいのに(呪)。

 幾層も雲を突き抜けて、僕は高速で落下して行く。僕にできたことといえば、手放さないように子猫を必死に抱きしめることだけだ。

 ほどなくして意識を失えたことは、僕にとっては久しぶりの幸運だった。

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