表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

ある男の結末

 魔術の練習場に戻ると、すぐに草むらを掻き分けてトーマスさんが駆け寄って来た。


「トマル兄さん、おかえりやせえ! 妹には会えやしたか?」


 期待に満ちた目で、僕を見つめている。ほら、ちゃんと待っていてくれたじゃないか。僕が信じた通り。


「ええ、五千ゴールド、ちゃんとお渡ししましたよ」

「おぉ、ありがとうごぜえやす、ありがとうごぜえやす。こんな俺のバカな頼みを聞いて頂いて、俺ぁ、なんとお礼を言っていいやら、わかりやせん」


 トーマスさんは僕の手を取って、何度も何度も頭を下げた。それから、


「ところで、妹は……その……俺のこと、なにか言っていやせんでしたか?」


 彼は恐る恐る躊躇いながら、僕に尋ねてきた。ギクリとして、心臓が跳ねそうになる。落ち着け、動揺するな。自然に笑え。マリアさんは、なんて言ってた?


『ずっと恨んでる』


 違う! そうじゃない! 彼女はそんなことは、言っていない。トーマスさんが聞きたかったのは、そんな言葉じゃない。僕が望んでいたのは、そんな言葉じゃない。マリアさんは――


「ありがとうって、言ってました」


 そう言ってた。そう言ってたんだ。だから、僕も滑らかに口にできた。笑顔も、いつもみたいに頬が引きつったりしていない。目もキョドってない。だって、事実なんだから。そう思い込む。


「そうですか……」


 嬉しさを噛みしめるような、トーマスさんの顔。目も潤んでるじゃないか。喜んでもらえて、僕も嬉しい。行った甲斐があった。


「それから、いつか会いに来て欲しいって」


 今は無理でも、トーマスさんが罪を償い終えたその時には、その時には、マリアさんだってわかってくれるはずだ。


「そうですかい……そんなことを……」


 トーマスさんは、“マリアさんの言葉”を胸中で反芻しているようだった。


「ありがとうごぜえやす、トマル兄さん。これで俺の未練は、きれえさっぱりなくなりやした。さあ、今度は俺の番だ。役人を呼んで、引き渡してくだせえ」


 トーマスさんは吹っ切れた表情で、そう言った。これでいい。これでよかった。これが正しいんだ。


「はい、村長さんのところに行きましょう」


 僕は、トーマスさんと並んで、ゆっくりと歩きながら村長さんの家に向かった。




 僕は、ヌガルさんに賞金首を捕まえたことだけを伝えた。トーマスさんは、移送の馬車が到着するまで、納屋に見張りを置いて監禁されることになった。

 ヌガルさんは、本当に貴方は村の救世主だ、なんてオーバなことを言って感謝してくれた。リンダさんも、さすがだねえと褒めてくれた。村の人達も。けど僕は、嬉しいはずなのに、なんだか後ろめたい気持ちでいっぱいだった。

 それから僕は、魔術の練習もせず、宿のベッドの上で無為な時間を過ごした。その間、トーマスさんに会いに行くことも、僕はしなかった。





 三日後、馬車が到着してトーマスさんが移送されると聞いて、僕は見送りに出た。

 兵士に両脇を挟まれて納屋から出されたトーマスさんは、僕を見つけると深々と一礼をした。それだけで、言葉はなかった。なにか話せば、一時的にでも僕が彼を匿ったことが、露見すると考えたのかもしれない。

 トーマスさんを荷台に乗せた馬車が、城下町へ向けて出発をする。僕は、だんだんと遠ざかって行く彼の姿をぼんやりと見つめながら、隣にいたヌガルさんに何気なく尋ねてみた。


「……トーマ……あの人は、どれぐらいで外に出られるでしょうね?」

「それは……」


 予想外にヌガルさんが口ごもるので、僕は視線を向けて答えを促した。


「あの男は、窃盗の常習犯だと聞いています。それに加え、今回の脱走となると……」

「え、窃盗ですよね? それだけなら、出て来られますよね?」


 雲行きを怪しく感じて、僕はヌガルさんを問いただした。そんな、まさか、そんなこと……。


「ほぼ間違いなく、処刑されるでしょう」


 ヌガルさんは首を横に振った。処刑? それじゃあ、もう会えないじゃないか。僕も、マリアさんも!

 僕は、考えるよりも先に走り出していた。馬車はもうかなり先に進んでいたけれど、大丈夫、まだ追い付ける。


「おいバカ野郎、止まれ!」


 クロスケの忠告に、聞く耳を持つつもりはなかった。けれど、


「止まれって言ってんだろ!」

「いったっ!」


 耳に鋭い痛みを感じて、僕は立ち止まらざるを得なかった。こいつ、思いっきり噛み付きやがった。血が出てるじゃないか。


「なにすんだよ、おまえ!」


 僕は、クロスケの首根っこを掴んで怒鳴った。こんなことをしていたら、馬車に追いつけなくなる。


「それはこっちの台詞だ。追いかけてどうするつもりだよ、おまえ」


 どうするって、それは……。


「兵士ぶっ飛ばして、あいつを逃がすか? それで、ふたり仲良くお尋ね者になるか?」


 そんなこと、できるわけないだろ……。


「それとも、本当のことをあいつに言うのか?」


 それは……それは……言うべきなのか……黙っておくべきなのか? わからない……考えたってわからないよ!


「まぁ、その必要はねえけどよ」

「必要ないって、どういうことだよ?」

「あいつの閉じ込められていた納屋、俺様の入れる隙間なんていくらでもあったからなぁ」


 おい、おいおいおい、クロスケおまえ!


「おまえはあのざまだったし、暇つぶしに覗いてみたらよ。猫の大将なんておだててくるもんだから、つい喋っちまった」

「なにしてくれてんだよ、おまえ! せっかく、トーマスさんも満足してたのに!」


 苦労して信じてもらったのに、全部水の泡じゃないか!


「やっぱり、だってよ」

「はぁ……?」


 僕は、間抜けな声を出した。そんな、そんなはずないって。トーマスさんは、信じてくれてたじゃないか。あんなに感動して、嬉しそうで、僕に感謝してくれて。


「おまえの嘘な、致命的に下手だぜ。あんなんじゃ、ガキも騙せねえよ」


 僕は、その場に崩れ落ちた。ぼろぼろと、子供の頃迷子になった時のように涙がこぼれ落ちる。じゃあ、なんでトーマスさんは、あんなにすっきりした表情をしていたんだ? たぶん、自分がもう死ぬってわかっていたはずなのに。納屋の中で、ひとりでなにを考えていたんだろう? 今、馬車に乗せられて、なにを?


「それでな、嘘をついてくれてありがとう、だとよ。あぁ、言っとくけど、これは嘘じゃないぜ」


 涙が溢れ続ける僕の目には、馬車はもう滲んだ点にしか見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ