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兄への思い

 結局、明け方にうつらうつらできただけで、僕はほとんど眠ることができなかった。


「ふぁ~~」

「おはよう……」


 長いあくびをしていたら目を覚ましたマリアさんに挨拶されて、僕は慌てて口を抑えた。


「あ、おはようございます。足はどうですか?」


 僕は、立ち上がろうとした彼女に手を貸した。結構痛がってたし、まだ無理だろうな。


「うっ、少しましになった気がするけど、山道はきついかな……」


 やっぱり。僕が運ぶしかないけど、山道はちょっと怖いな。バランス崩した時とか。

 僕は、クロスケの目を見つめて念を送った。あー、クロスケが助けてくれたら楽なんだけどなー、安全なんだけどなー。助けてくれないかなー。助けてくれないのかなー。

 僕の言いたいことが伝わったのか、クロスケは不承不承という感じで、肉球を僕の靴に触れさせた。舞い起こった風が、落ち葉を吹き上げる。

 試しに軽くその場で跳ねてみる。軽い、軽い! 風の加護は、しっかりかかってるみたいだ。これなら大丈夫。ありがとうな、クロスケ。


「マリアさん、僕が背負っていきますよ」

「え? 大丈夫なの? だって、その……」


 マリアさんは、不安そうに言い淀んだ。あらら、信用されてないな。まあ、僕の貧弱な体じゃしかたないけど。


「大丈夫ですよ。見た目よりは力あるんで。ついこの間も、女の子おぶって何キロも走りましたし」


 僕は、自分の薄い胸板を叩いた。


「この間もって、あんた、そんなことばっかしてんの……?」


 マリアさんの目が、不審そうに細められた。ぐはっ、なんか逆に疑われてる?


「ち、違いますよ、たまたまで! その娘も歩けなくなってたんで、しかたなく……」

「しかたなく……そうだよね、しょうがないよね。家に帰らないといけないし」


 言い訳――じゃない、説得が効いたのか彼女が納得してくれたので、僕はほっとした。

 クロスケを鞄に入れてから、マリアさんを背中に乗せる。


「ほんと、悪いね。色々迷惑かけて」

「いいんですよ。僕も道に迷いそうでしたし、道案内してもらえて助かりますから」


 マリアさんが申し訳なさそうに言うので、僕は正直に答えた。お互い様だ。

 風の加護のおかげもあって、特に問題もなく三十分ほどでマリアさんの村に着いた。山の中に十数軒の家屋が寄り添っている、本当に小さな集落だ。


「うちは、あそこよ」


 僕は、マリアさんが指さした家に向かった。ドアをノックしようとしたら、


「大丈夫。誰もいないから」


 彼女に止められた。ドアを開けてみると、確かに人影は見当たらない。

 僕は家の中に入って、マリアさんをそっと降ろした。ご両親がいるかと思ったけど、留守なのかな? 変に説明とかしなくて済むからいいけど。


「座って」


 彼女が薦めてくれたので、僕は丸太の椅子に腰を下ろさせてもらった。


「ほんとに、ありがと。あんたがいなかったら、帰って来られなかったかも」


 彼女が、改めて礼を言ってくれた。大袈裟かと思ったけど、確かに僕が偶然近くにいなかったら、ゴーストに取り憑かれたりしちゃってたのかな?


「なにかお礼がしたいんだけど……」


 マリアさんは、口ごもった。必要最低限度の物しかない質素な室内を見れば、理由は自ずとわかる。


「お気持ちだけで充分ですよ」


 言ってから、この村に来た本来の目的を思い出す。


「あ、そうだ! トーマス――えーと、トーマス・アブリールさんのお宅ってご存知ですか? 僕、妹さんに用事があって」


 トーマスさんの名前を口に出した瞬間、マリアさんが目を見開いて表情を強張らせた。彼女の体が小刻みに震えている。 


「……ここよ」


 マリアさんが、ぼそりと言った。あっ、そうか! マリアさんが、トーマスさんの妹さんだったんだ。ご両親がいないのも、それで合点がいく。


「いやぁ、偶然ですね。僕、お兄さんに頼まれて届け物を――」

「私に兄なんていない!」


 突然、マリアさんが絶叫したので、僕は言葉を途中で飲み込んだ。


「ど、どうしたんですか?」

「あんなやつ、うちの人間じゃないわ! 私には、なんの関係もないのよ!」


 彼女が、痛む足も気にせずこちらに詰め寄って来たので、僕は立ち上がって、よろめいたその体を受け止めた。


「ちょっと、落ち着いて、落ち着いてください。危ないですから」

「あいつは私達を捨てのたよ!? 父さんが死んでから、私と母さんがどれだけ苦労したと思ってるの! あいつは逃げたのよ! 私に全部押し付けてね! その上、盗っ人になってるなんて。こんな狭い村で、口には出さなくても、泥棒の家族だ、泥棒の妹だって目で見られる気持ちがわかる?」


 マリアさんは僕の体を掴みながら、感情を爆発させるように一気に畳みかける。トーマスさんのしてきたことを考えたら、歓迎はされないだろうと思っていたけど、こんなに激しく拒まれるなんて考えていなかった……。なおも彼女は続けた。


「父さんが死んでから、母さんいつも言ってた。トーマスがいてくれたら、トーマスが帰ってきてくれたらって。私は、いるのに……。病気で寝込んでからも、今際の際になっても、トーマス、トーマス、トーマスって、掠れた声で言ってた。世話をしてるのは、私なのに! ここにいるのは、私なのに! なんで? なんでよ! 私は、いらないの? 私は、なんなのよっ!」


 途中から、マリアさんの目からは涙が流れ出していた。それを拭いもせずに、彼女は叫び続けた。これがマリアさんが十数年間ずっと感じ続けて、抑え込んでいた思いなのだろう。もちろん全てを吐き出すには、これでも全然足りないんだろうけど。

 僕は、なんと言ってあげられるだろう? なんと答えてあげればいいのだろう?


「……お気持ちは……わかります……」


 口から出て来たのは、自分でもびっくりするくらい薄っぺらな言葉だった。

 マリアさんの、よりつり上がった目が僕をキッ、と睨んだ。涙を流し続けるその瞳から目を逸らさないことが、僕にできる精一杯だった……。


「出てって」


 マリアさんが、出口へと僕を押しやろうとした。


「そういうわけには……」

「いいから、あんな男の頼みなんて忘れていいから。早く、出てって」


 彼女の力に抗うのは難しくなかったけれど、僕は少しずつ後ずさってしまっていた。正直なところ、すぐにでもこの場から逃げ出したかった。いたたまれない。胸が苦しい。


「こ、これ、お金、五千ゴールドあります。これを渡して欲しいって、トーマスさんが」


 僕は、鞄からお金の入った革袋を取り出して、マリアさんに見せた。


「どうせそれも盗んだお金なんでしょ?」

「違います、これは――」


 僕は、言うべきか迷ったけれど、彼女に事情を話した。


「ふふふ、なぁんだ、それあなたのお金じゃない。あんたも騙されたのね、可哀想に、ふふふ」


 マリアさんは、泣き笑いの表情になった。それは、とても痛々しかった。


「僕は、騙されたとは思ってません。トーマスさんは、待っていてくれます」

「そんなわけないでしょ! あいつは家族を捨てたのよ! そんな男が約束を守ると思うの? 守ったらおかしいじゃない!」


 彼女は僕の胸に、何度も拳を叩きつけた。今更、信じられるものではないのかもしれない。それでも、僕はトーマスさんの思いを伝えたかった。  


「トーマスさん、僕に必死に頼んでました、土下座までして。自分はもう捕まってもいいから、せめて妹に兄らしいことをしてやりたいって。あの言葉に、嘘はないと思うんです……」

「私は、あいつを一生許さない」


 決然とした、拒絶だった。


「お願いします、どうか受け取ってください」


 これで最後だと思って、僕はマリアさんに懇願した。しばしの沈黙の後で、


「……受け取ってあげる。あんた、いい人だもんね。それに、本音を言ったら助かるわ」


 彼女は、お金を受け取ってくれた。これで、トーマスさんとの約束は果たせた……果たせたよね。


「それじゃあ、僕はこれで……」


 僕は背を向けたけれど、


「あんたみたいな人が、兄さんだったらよかったのに」


 声をかけられて振り返った。もう、まともにマリアさんの目を見返すことができない。


「いえ、僕なんかじゃ……」


 たぶん、同じようなことになっていただろう。


「もし、あいつが逃げてなかったら伝えて、ずっと恨んでるって」


 僕は答えられず、黙ってまたマリアさんに背中を向けた。


「それから、もう私に関わらないでって」


 扉を出る瞬間、追い打ちをかけるように言われる。僕は一瞬立ち止まったけれど、もう振り返らずに外に出て扉を締めた。


「まっ、こんなもんさ」


 鞄から顔を出して、クロスケが言う。僕はクロスケになにも返さずに、無言で転移の魔術を使った。

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