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焚き火とパンと寝不足と

 バリバリと音を立てる雷撃に包まれた幽霊たちは、動きを止め耳障りな断末魔を上げてかき消えた。幽霊、いるんだ……。

 そうだ、あの子大丈夫かな? 僕は、倒れている女の子のもとへ走った。


「大丈夫ですか!?」


 肩を抱き上げて、問いかける。


「うぅ、大丈夫……ありがと、助かったわ。あんた、すごいのね」


 少女は、笑顔を見せて礼を言ってくれた。よかった、平気そうだ。ジュリエッタさんと、同じくらいかな? もう少し若いかも。十代後半の女の子だ。ショートカットで、少しつり目気味。スカートではなくズボンを穿いていることもあって、活動的な印象を覚えた。


「いえいえ。立てますか?」

「うん」


 彼女は、立ち上がろうとしたけれど、


「いたっ!」


 短い悲鳴を上げて、途中で断念してしまう。


「足、挫いたみたい……」


 彼女は、困ったような視線を僕に向けて来た。うわぁ、山道でそれは辛いな。どうしようか?


「僕に掴まってください」


 僕は少女に肩を貸して、とりあえず焚き火の近くに座らせてあげた。


「僕は、トマルです」

「私は、マリア」


 互いに自己紹介した。ついでに、


「こいつはクロスケ」


 と付け加えてクロスケを撫でる。子猫は、嫌そうに身をよじらせた。


「この辺に住んでるんですか?」

「そうよ。あんたは旅の人?」


 訊いてみたら、マリアさんは頷いた。


「僕は、この山にある集落に用事があって」

「へえー、それじゃあ、きっと私の村だね。この山に他に集落なんてないし」


 だったら、道案内してもらえるな。彼女が動けるようになったら、だけど。


「マリアさんは、どうしてこんな時間に外に? 危ないですよね?」


 僕は、率直な疑問をマリアさんにぶつけた。さっきのゴーストみたいなのが出るんじゃ、地元の人でも夜の山は危険だろう。


「まあね、あいつらに追いかけられたのも初めてじゃないし。でも、背に腹は代えられずってやつでさ」


 マリアさんは、大事そうに抱えていた蓋付きのカゴから小さなキノコを取り出して、僕に見せた。


「ゲッコウダケっていって、薬になるからそこそこいい値で売れるんだ。ちっこいから、なかなか見つからないんだけど」


 彼女がキノコを差し出して来たので、僕は受け取った。本当に、小さい。傘の部分でも小指の先程しかない。


「暗いところで見てみて」


 言われた通り、焚き火の明かりの当たらない暗闇で見てみると、ぼんやりと蛍光塗料のような光を放っていた。


「光ってますね」


 僕は、彼女にキノコを返した。


「うん。だから、夜のほうが見つけやすいんだ」


 確かに見つけやすいだろうけど、大変だな、女の子なのに。ご両親は、どうしてるんだろ? そう思ったけど、これ以上尋ねるのは失礼な気がしたのでやめておいた。


「そうだ。お腹空いてませんか?」

「ううん、大丈夫」


 マリアさんはそう言ったけど、食事を意識してしまったせいなのか、彼女のお腹の音が山中に響いた。ちょっと気まずい。


「これ、よかったらどうぞ」


 僕は苦笑しながら、彼女に残していたパンを渡した。


「い、いいよ、あんたのだろ?」


 マリアさんも苦笑いしている。恥ずかしいのか、日に焼けた顔が少し赤くなった気がした。


「僕は、もう食べましたから」


 押し付けるようにさらにパンを近づけると、ようやく彼女は受け取ってくれた。


「それなら……ありがと」


 おずおずと一口目を食べると、彼女の表情がぱーっと輝いた。


「美味しいね、これ!」


 そこからは気持ちのいい食べっぷりで、パンはあっという間にマリアさんの胃袋に消えしまった。ほんとは、相当お腹減ってたんだろうな。


「まだ、ありますよ?」

「え、もういい……」


 口ではそう言うけれど、僕がさらに取り出したパンを見つめる彼女の瞳は、そうは言っていなかった。


「遠慮しないでください」

「うん……」


 マリアさんは照れくさそうにパンを取ると、ふたつ目も幸せそうに食べてくれた。なんだかこっちまで、嬉しくなってくる。 


「その足で夜の山道は危ないんで、今日はここで野宿しましょうか?」

「そうだね。寝たら、足よくなるといいんだけど」


 僕の申し出に、彼女は同意してくれた。


「じゃあ、近くにいますけどなにかあったら、すぐに呼んでくださいね」


 僕は火を絶やさないように、焚き木を集めてくることにした。それほど離れなければ声が聞こえたらすぐに戻れるし、クロスケもいるから大丈夫だろう。

 数分後、抱えられるだけ枯れ木を集めて戻った僕は、その場の状況を見て愕然とした。


「えっ」


 彼女は、地面にくの字で横になっていた。微かに寝息を立てて、完全に眠っている。


「ずぶてぇ姉ちゃんだぜ。すぐに寝ちまいやがった」


 クロスケが、僕を出迎えて言った。


「すごいよな。山に慣れてるからかな?」

「そうじゃねえよ、この状況で、よくこんな無防備に寝てられるなって話だ」


 状況? 無防備? 危機感的な話か。


「あぁ、幽霊か。明るいとこには出ないんじゃない? 僕もいるしさ」

「だからそうじゃねえって! はぁ、説明すんのもバカらしいぜ。おまえも早く寝ろよ」


 クロスケは怒鳴って――それでもマリアさんは起きなかった――焚き火の前で丸まって目を閉じてしまった。


「なんだよー。もやもやするじゃん。正解、教えとけよ。だいたい、おまえ寝ないんじゃなかったのかよ。おーい、クロスケさーん」


 クロスケは、もう完全に僕を無視するつもりらしかった。僕はといえば、睡魔は完全に消え去さり、虫とか寄って来そうだなと考えてしまったら、もうここで眠れる気がしなかった。それに、


「知らない人が近くにいると、寝付けないんだよね、僕」


 マリアさんを一瞥して、独りごちる。焚き火の揺らめく炎を、話し相手になってくれればいいのになと思いながら、僕はずっと見つめ続けた。

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