賞金首
僕が魔術の練習を始めてから、十日くらいが経過していた。だいぶ思う通りの威力に調節できるようになった気がする。
練習後いつものようにリンダさんの酒場に戻ると、店は満員御礼だった。普段から村のおじさん達を中心に繁盛しているようだったけど、今日はテーブル席が全て埋まっている。その内のふたつは、鎧や僕のようなローブを身に纏った、冒険者風の一団が座って盛り上がっていた。
「今日は賑やかですね」
定位置にしているカウンターの端に座って、僕はリンダさんに言った。
「あぁ、これさ」
リンダさんは、カウンター内の壁にある張り紙を手で叩いた。昨日までは、そんなのなかったな。
読んでみると、賞金首の手配書のようだった。つり目で頬に傷のある三十代くらいの男で、名前はトーマス・アブリール。脱獄犯!?
「この辺に逃げて来てるんですか?」
「そうらしいね。おかげで珍しく冒険者なんかがうちに来てくれて、商売繁盛ではあるけどねえ」
リンダさんは、もう賞金首を捕まえたみたいに歓声を上げている、冒険者たちのほうを顎でしゃくってみせた。賞金首の懸賞金は六千ゴールド。ここの料理や、村の雑貨屋の売り物を元に計算してみたら、一ゴールドは百円程度だったので六十万円くらいか。
「物騒ですね……」
兵士どころか自警団もないこの村じゃ、みんな不安なんじゃないだろうか? ヌガルさんも、また頭を悩ませていそうだ。
「まあ、ケチな窃盗犯みたいだけどね。さすがに、戸締まりをしなきゃいけないねえ」
強盗殺人犯でないだけましかもしれないけど、何事もない内に早く捕まって欲しいな。
「そうだ、あんたが捕まえておくれよ」
「ぶっ!」
リンダさんの言葉を聞いて、僕は、口の中のアルコール抜きの蜂蜜酒を吹き出しそうになってしまった。
「あんたなら、簡単に捕まえられるんじゃないかい?」
「やめてくださいよぉ」
僕は咽ながら、リンダさんに文句を言った。ふと、店内の喧騒が止んでいることに気付く。
恐る恐る振り返ってみると、さっきまであれほど楽しげに騒いでいた冒険者の一行が全員、僕を値踏みするように睨んでいる。いや、大丈夫ですよ? 僕はライバルなんかじゃないですからね。
僕は、得意の下手な作り笑いをして、ゆっくりカウンターに向き直った。
「きっと、優秀な冒険者さんがすぐに捕まえてくれますよ」
棒読み気味に言って、僕は、リンダさんが出してくれたカリカリのチキンソテーに意識を集中させた。
翌日も僕は、魔術の練習をするために空き地に向かった。さて、今日はどうしようかな?
「ん、なんだあれ?」
少し離れた背の高い草むらの中に、なにかがある。いや、いるかな?
「動物……?」
また狼だろうか? 僕は、警戒しながら草むらに近づいた。
「えっ!?」
そこにあった予想外のものに驚いて、僕は声を漏らしてしまった。人だ。人が、うつ伏せに倒れている。
「大丈夫ですか?」
慌てて声をかけると、その男性は弱々しい呻き声を出した。村で見たことのある人ではない。服装から判断すると、旅人のようだ。けど、なんで街道から外れたこんな場所に、旅の人が倒れているんだろう?
「み……」
男の人が、なにか言葉を発しようとしている。僕は、彼の口に耳を近づけた。
「水……水を……くれぇ……」
「水ですね! わかりました。ちょっと、待ってください」
自分で飲むために持ってきた、水を入れた瓶を取って来て、男の口に当ててあげる。一口、二口と飲み込むと、男は瞑っていた目を見開いて、僕の手から瓶を奪い取った。起き上がり、ごくごくごくと瓶の水を飲み干してしまう。
「どうしたんですか、いったい?」
尋ねてみたが、男は聞こえているのかいないのか、僕の小脇にあるバスケットの中のサンドイッチに充血した視線を注いでいる。
「食べます?」
そっとバスケットを差し出すと、男は両手でサンドイッチを掴み、噛むのももどかしいという勢いで口の中に詰め込み始めた。
「あっ、そんなに慌てて食べたら、体がびっくりしちゃいますよ。もっとゆっくり……」
僕の忠告なんかお構いなしに、男はサンドイッチを平らげていく。あぁ、リンダさんのサンドイッチ、楽しみにしてたのになぁ。せめて、ひとつ残してくれないかなぁ。
望みも虚しく、男は一切の遠慮をみせずサンドイッチを完食した。
「ふぅ、生き返ったぜ~」
男は、腹をぽんほんと叩きながら満足そうにつぶやいた。案外、大丈夫そうだな、この人……。僕より少し年上で、狐みたいなつり目、頬に刃物でつけられたような傷がある。
んー? この人、どこかで見たような? 記憶の糸を手繰り寄せて、僕は思わず手のひらを叩きそうになった。
傍らのクロスケに目配せすると、うんうんと言うように二回頷いた。
「いや~どこのどなたが知りやせんが、命拾いさせてもらいやしたぜ」
深々と頭を下げる男に、
「雷撃」
僕は、魔術を直撃させた。