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村での日常

 ジュリエッタさんの家出騒動があった翌日、僕は、村長の家を出ることにした。ヌガルさんからはずっと居て欲しいと言われたけど、客間を占拠し続けるのも悪いし、ジュリエッタさんみたいな年頃の女性のいる家にお邪魔しているのは気が引けたからだ。

 ヌガルさんから、リンダさんが酒場の二階で宿もやっていると聞いたので、そこに行くことにする。幸い、女神から当面の生活費程度のお金は持たされていた。

 リンダさんの酒場は、村のほぼ中央にあった。そういえば、村に連れて来てもらってからリンダさんには会ってなかったな。


「ごめんください」



 挨拶をしながら酒場に入ると、リンダさんが料理の仕込みだろうか? ジャガイモの皮を剥いていた。


「あぁ、あんたかい。昨日も、大活躍だったみたいだね」


 どうやら昨日の顛末は、村中に伝わっているらしい。僕は苦笑して、否定した。


「あはは、そんなことないですよ」

「で、うちになんの用だい? 酒ならたらふく飲ませてやりたいけど、あんた下戸なんだろ?」


 そんなことまで広まってるのか……。


「宿に泊まらせて頂きたいと思いまして」

「あら、村長さんの家にいればいいじゃないか。歓迎されてるだろ?」

「そうなんですけど、少し思うところがありまして……」


 ここでジュリエッタさんがいるからなんて言ったら、なにか良からぬ噂が広がりそうな気がして、僕は口を濁した。


「ふーん、まあいいさ。二階は全部空いてるから、好きなとこを使っていいよ」

「ありがとうございます。しばらく泊まりたいんですけど、宿賃はおいくらですか?」

「なに言ってんだい、あんたからお金なんて貰えないよ!」


 リンダに大声で言われて、僕は面食らった。怒ってるわけじゃないよね? いや、ある意味怒ってるのかな?


「でも、ただで泊まらせて頂く訳には……」

「本当に気にしなくてもいいんだよ。家は酒場がメインで、宿は開店休業なんだから。こんなド田舎に泊まりに来る客なんていやしないってね、あははは」

「ははは……」


 そこは笑っていいところなのかなと疑問に思いながら、僕は追従した。


「はい、これが鍵だよ」


 リンダさんが、鉄製の鍵を渡してくれる。


「鍵、あるんですね」


 僕は、思わず口に出してしまって、失敗したと思った。案の定、リンダさんがギロリと睨みつけてくる。


「あんた、今田舎だと思って馬鹿にしたね?」

「い、いえいえ、そんな滅相もないです」


 僕は、必死に両手を左右に振って弁解した。


「なーんて、こんな村じゃ鍵なんて必要ないってね、あはははっ」

「あは、ははは……」


 けたけたとリンダさんが笑い出すのを見て、僕は乾いた笑いを吐き出した。なんか、どっと疲れた気がする……。

 僕は、二階に上がってすぐの角部屋を使わせてもらうことにした。

 部屋に入ってみると、開店休業中と言っていたわりにホコリなどもなく綺麗だった。掃除はしているみたいだ。日当たりもいい。

 家具は、シングルベッドと机とタンス、それに小さなテーブルと椅子があった。


「必要十分って感じだな」


 部屋の様子を確認し終えて、僕は次に予定していた通りに村の外に行くことにした。そのことをリンダさんに伝えたら、パンとチーズ、それにリンゴをバスケットに入れて持たせてくれた。お昼に食べさせてもらおう。

 村の入口から外に出て、畑や、家畜が放牧されていない空き地を探す。


「うん、この変でいいかな」


 適当な場所を見つけて、僕はそこで魔術の練習をすることにした。


「威力の調整、しっかりできるようにならなきゃな」


 まずは、使ったことのある雷撃の魔術からだ。

 魔術は、イメージして解き放つこと。クロスケに言われたことを思い出す。つまり自分の中のイメージをより正確にすれば、望み通りの魔術を発動させることができるってことだよね?

 僕の想像できる一番弱い放電現象、それは静電気だ。冬場にセーターを脱ぐときや、ドアノブを触ったときにビリッとくるあれを思い浮かべる。


「小雷撃!」


 杖から、糸のようにか細い電撃が放たれた。威力は弱そうだ。というよりたぶん弱すぎる。


「うーむ」


 人を行動不能にするくらいの威力なら、そうだ、スタンガンだ。高校の時、クラスメートが学校に持ってきていて、さすがに人に当てはしなかったけど放電させていたのを見たことがある。

 あの時の青い発光を思い出しながら、魔術を発動する。


「小雷撃!」


 今度は、先程よりいく回りか太い雷撃になった。いい感じに思えるけど、実際のところは当ててみないとわからないんだよなぁ。

 僕は後ろを振り返って、バスケットの横で退屈そうにしているクロスケを見た。


「おい、トマル、おめえ今変なこと考えてねえだろうな?」


 なにも口に出していないのに、鋭いことを言う。以心伝心だろうか?


「えっ、考えてないって! ちょっと痺れてくれないかななんて、ちっとも考えてない!」

「てめえ、トマル!」


 怒ったクロスケが、こちらに走ってくる。あらら。

 僕は、近くにあった先のふさふさした草を毟って、クロスケの前で揺らしてみせた。


「ほーら、クロスケ、猫じゃらしだぞ~」

「俺様は、猫じゃねえ!」


 手の甲を引っかかれた。ごめん、クロスケ……。

 気を取り直して、他の魔術も同じ要領で威力の調整を試していく。炎や氷、風といった基本的な魔術だ。

 途中でリンダさんのバスケットの食料を食べて、日が傾くまでそれを続けた。


「ふぅー、疲れた。そろそろ帰ろ」


 バスケットを持って、村に戻ることにする。クロスケは、定位置の肩に乗ってきた。


「おまえ、アドバイスとかあったら、遠慮せずに言ってくれていいんだぞ」

「してやろうかと思ったけどよ、必要なさそうだからな。魔術のなんたるかってやつが、よく理解できてるぜ、おまえ」


 ストレートに褒められて、僕はなんだか照れくさくなってしまった。


「そ、そうかな?」

「けど、過信はすんなよ。おまえには、経験がまるっきりねえんだからな」

「はい……」


 リンダさんの酒場に帰ると、意外な人物が入り口脇に立っていた。


「ジュリエッタさん、どうかしたんですか?」


 気楽に訊いてみたら、彼女は火が着いたように一気に捲し立ててきた。


「どうかしたじゃないわよ! なんで勝手に出て行ってるのよ! ずっと、うちにいればいいじゃない! どうして、わざわざ宿なんて借りるのよ!」


 村長の家を出る時、まだジュリエッタさんは寝ていたので、昨日の疲れもあるだろうから起こすのは可哀想だと思ったんだけど……。


「いや、ずっとお世話になるのも申し訳ないし。ジュリエッタさんも、気を使うでしょ?」

「気を使う? 私がいつ気を使ったって言ったのよ! なんなの、私のせいなの? 私のせいで出て行ったの?」


 踏んだ。地雷だ、これ。


「ち、違うよ、違うけど、でもね、ほらさ、つまり――」


 たぶんなにを言っても収まらないだろうから、僕は適当に受け流しつつジュリエッタさんが燃焼し切るのを待った。

 その内に、彼女の言葉の弾幕は減っていき、荒い呼吸だけになる。やがて、それも落ち着いた。ふぅ、鎮火したかな?


「……あなたに、言っておきたいことがあるの」

「な、なに?」


 思い詰めたように言われて、ドキリとした。なんだろう、なんか失礼なことしちゃってたかな、僕。


「私、村を出るの諦めた訳じゃないから」


 えっ、あんなことがあったのに!? 若さって、恐ろしい……。


「でも、今度はちゃんとパパに許してもらう。だ、だから、あなたが村を出ていく時は……その時は……」


 なんだろうジュリエッタさんの顔が、また赤くなっている。でも、さっきとは様子が違うようだ。


「僕が村を出ていく時は、なんですか?」


 全然、先を言ってくれないので、僕は彼女の顔を覗き込んで尋ねた。本当に驚くくらい顔が赤い。熱でもあるんじゃないだろうか。大丈夫かな?


「うるさいっ! なんでもないわよ、馬鹿! ほんと、つまらない男!」


 ジュリエッタさんは潤んだ瞳で僕を罵ると、背を向けて走って行ってしまった。


「また言われた……」


 地味に傷つく。


「おまえ、鈍いな」


 クロスケが、肩をすくめて言った。


「はぁ、僕はこう見えても繊細なんだぞ?」


 鈍いなんて、心外以外のなにものでもない。


「可哀想にあの嬢ちゃん、おまえに惚れてるぜ」

「へ、なにそれ、ウケるんですけど」


 クロスケのジョーク、ほんと笑えてくる。ジュリエッタさんが、僕を? ない、ない、ありません。


「見ててわかんねえのかよ?」

「あの娘、十八歳だよ。僕と一回りも違うんだよ? そんなのあるわけないじゃん。エロゲじゃあるまいし、うふふ」

「はぁ、駄目だこりゃ」


 クロスケは僕の肩から飛び降りて、ひとり――いや、一匹で酒場の中にすたすたと入って行ってしまった。

 はーっ、久しぶりに本気で笑ったら、お腹減ったな。リンダさんの料理なにがあるんだろ? 今日は、シチューが食べたいなぁ。そんなことを考えながら、僕も酒場の中に入った。

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