魂を欲する従魔
十分ほど進むと、ニーナの村と同じ様な小さな村にたどり着いた。
犯人たちはさらに先に進んだ可能性もあるけれど、僕にはこの村にいるだろうという確信があった。あんな短絡的な犯行をする連中が、自制なんてできるはずがない。いきなり大金を手に入れてすることといえば――
「酒場を探そう」
ちょうど昼時でもあるし、きっとそこにいるはずだ。
酒場は、すぐに見つかった。村で一番目立つ通りにあって、看板から食堂も兼ねているらしいとわかる。ジュリエッタさんを降ろして、入り口からそっと中を覗いてみた。
「……あいつらか?」
見た瞬間に、それだとわかった。店の一番奥の席で酒や料理を並べて、どんちゃん騒ぎをしている三人組の男達がいる。他にもカウンターや別の席にお客さんがいたけど、みんな目を逸らして関わり合いにならないようにしているようだった。
ジュリエッタさんにも、確認してもらう。
「うん、あいつらだよ、間違いない」
少し怯えた様子で、彼女は頷いた。
さて、見つけたのはいいけど、どうしたらいいかな。ここに来るまでにジュリエッタさんに訊いたけど、この辺りの村に常設の兵士なんかはいなくて、たまに巡回に来るだけらしい。それを待ってはいられない。
僕が、どうにかするしかないか……。
もう一度、男達の様子を覗ってみる。全員、髪はぼさぼさ、みすぼらしい身なりで所謂ゴロツキだろう。強そうには見えないが、腰からナタのような大型のナイフを下げていた。
んー、雷撃の魔術は使えないよな。威力を調節する練習はまだできていないから、狼の時みたいに殺してしまうかもしれない。逆に威力を下げすぎれば、行動不能にできなくて逆上される危険もあった。
「ねえ、やっぱりいいよ、私、パパに謝るから」
ジュリエッタさんにローブの裾を引っ張られた。不安そうな顔だ。もしこのまま帰ったら、彼女はずっと後悔を抱えて生きていくことになるだろう。それは駄目だと思った。
「大丈夫ですよ、ちょっと待っててください」
笑って彼女に告げて、僕は覚悟を決めた。
僕はローブのフードを目深に被り、クロスケを肩に乗せて店の中に入った。静かに、ゆっくりと、馬鹿笑いしている男達のテーブルに近づく。
「なんだ、てめえ?」
「酒でも恵んで欲しいのか?」
「陰気臭え野郎だ、なんとか喋りやがれ!」
男達の雑言を受け流して、僕はなるべく低い声で宣告した。
「俺は、ニーナの村の村長から依頼を受けた冒険者だ。娘から奪った金を返してもらおう」
男達は、露骨にたじろいだ。まだ、追手がかかるとは思っていなかったんだろう。
「な、なんだと……?」
「あの小娘、村長の娘だったのか――」
「おいっ!」
口を滑らせた男を、別の男がたしなめた。
「ふっ、どうやら、貴様らで間違いないようだな。金を置いて出て行け」
不敵に――思われたかどうかはわからないが――笑ってみせる。
「うるせえっ、返して欲しきゃ力づくで来やがれ!」
男のひとりが、ナイフに手を掛けた。
「やめておけ、俺はレベル20の魔術師だ。貴様がそれを抜いた瞬間、死ぬことになるぞ、三人ともな」
僕は、内心の緊張を押し殺して、淡々と告げた。
「レベル20……?」
「はったりだ! そんなやつが、こんなとこにいるわけがねえ」
「そうだ、誰がそんなでたらめ信じるかよ、馬鹿にしやがって!」
あれ、無理かなこれ? 本当なんだけどなぁ。信じてよ。魔術のひとつも見せなきゃ駄目かなと考え始めた、その時、
「けけけ、なあ、こいつらの魂、俺様にくれよ」
肩の上のクロスケが、不気味な哄笑を上げた。場の視線――僕も含めた――が、この黒猫に集中する。
「な、なんだ……?」
「猫が喋りやがった……」
「気味がわりぃ……」
いい感じに、男達が引いている。クロスケ、ナイス!
「我が従魔は、貴様らの魂を欲しているようだな」
「人間の魂はご無沙汰だからよぉ、こんなゴミみたいなやつらでもご馳走に見えてくるぜ。けけけけけ」
気味の悪い笑い声を上げ続ける、クロスケ。いや、ほんとにちょっと怖いぞ、おまえ。まさか本当に、魂を奪ったりしないよな?
「お、おい、これマジなんじゃ?」
「まじぃよ、これ……やばいって」
「お、お、おち、おち、落ち着けって……」
男達は、すっかり得体の知れないものに対する恐怖に取り憑かれている。今だ、と思った。
「もう一度だけ言う、命が惜しいなら、金を置いてさっさと消えろ!」
僕は、ミスリルの杖を突きつけて、精一杯の大声で叫んだ。
「ひぃぃ、勘弁してくれぇ!」
「返す、金なら返すから!」
「おい、おまえら待て、俺をおいてくなよ!」
男達は、我先にと店の外に逃げ出して行った。
「ふぅー、なんとかなったか」
フードを脱いで、一息つく。慣れない演技をして額に浮かんでいた汗を、僕は腕で拭った。
「ありがとな、クロスケ、僕に合わせてくれて」
「おまえの考えそうなことだったからな」
額を指で掻いてやると、クロスケは気持ちよさそうに目を細めた。
僕は、テーブルの上にあるお金の入った革袋を回収して、店の主人に声をかけた。
「あの、支払いなんですけど……」
男達が散々飲み食いしたみたいだし、精算しないわけにはいかないだろう。
「いらねえよ」
スキンヘッドの強面の主人は、ぶっきらぼうにそう言った。
「でも、そういうわけには――」
「誰も怪我しなかったし、店に被害を出さずに治めてくれた。それで十分だ」
主人は、ニカッと笑って僕の肩――クロスケのいないほうを叩いた。ゴロツキ達のことは、兵士が巡回に来たら報告してくれるという。なにからなにまで、ありがたい。
「ありがとうございます」
僕は、主人に頭を下げて、ジュリエッタさんのいる店の出口に向かった。
「はい、これ」
革袋を差し出すけど、彼女がなかなか受け取ってくれないので、
「あなたから、ヌガルさんに返してください」
少し強引に押し付けた。
「ありがとう……」
ポツリと彼女が言って、僕は定型文を返した。
「どういたしまして」
「私、あなたに酷いこと言ったのに……つまんない男なんて言って、ごめんなさい」
「いいんですよ、否定できませんし」
面白いか、つまらないかでいったら、間違いなく僕は後者だ。
「さあ、帰りますよ? いいですか?」
「うん」
ジュリエッタさんの手を取って、昨日着いた村の入口を思い浮かべる。
「転移!」
魔術を発動させると、目の前の景色がモザイクみたいに揺らめいて、次の瞬間には僕達はニーナの村の入口に立っていた。
「ジュリエッタ!」
娘の帰りを今か今かと待っていたであろうヌガルさんが、こちらに駆け寄ってくる。
「ちゃんと、謝りましょう?」
僕は、どうしていいか戸惑っている、ジュリエッタさんの背中をそっと押してあげた。
「パパ……ごめんなさい……」
「おぉ、ジュリエッタ!」
娘が帰ってきたら厳しく叱ると言っていたヌガルさんは、人目もはばからず涙を流して彼女を抱き締めていた。
「私……大切なお金だって知らなくて……本当にごめんなさい」
ジュリエッタさんも、泣いていた。もう、彼女が家出をする心配はないだろう。
「いいんだ、いいんだよ、おまえさえ無事に戻ってくれたら、それだけで充分だ」
僕は、目を逸らしたほうがいいかなと思いつつも、しばらくの間、父娘の抱擁する姿をじっと見つめていた。




