地蔵のような僕
じめじめとして、蒸し暑い夜だった。
部屋の中で結論の出ない考えに行き詰まっていた僕は、気分転換に外に散歩に出ることにした。近くの自販機まで、步こう……。
日付の変わった時刻、はっきり言って田舎な僕の家の周辺は明かりの灯っている民家もまばらで、街灯の少し冷たい光だけが照らす道を意識的にゆっくりと歩くけど、気分はがっつり下がったまま。むしろ、鬱陶しい湿気が体にまとわりついて、より一層気持ちを重くしているみたいだ。
もうすぐ三十かぁ……。心の中で、うんざりする事実を反芻すると、出したくもないため息が溢れる。
「はぁ……」
今のアルバイトを始めて、気が付けばもう十年近く。正社員になることを上司から薦められていた。
だけどなぁ……。給料はいくらか増えるだろうけど、うち完全にブラックだからなぁ。それ以上に増える労働時間、業務内容、責任。無理だよなぁ、僕じゃ。こなしている自分の姿が、まったくイメージできない。
もう、しっかりしなきゃいけない。そんなことは、わかっている。わかってるんだ。けど、でもさ……。
そんな風にイジイジと考えながら歩いていたら、自動販売機にたどり着いてしまっていた。ポケットから小銭を取り出して、適当に缶コーヒーを買う。
来た道を戻ろうとして、僕は始めて星に気が付いた。見たこともない、眩しく輝く星だ。
「星か。夜空を見上げるなんて、ずっとしてなかったな……」
つぶやきながら、何か違和感を覚えた。
いや、待って、星じゃない。星のわけがないじゃないか!
朝から降り続いた雨はもう止んでいたけれど、空はまだ分厚い雲に覆われている。現に、他には星なんて一つも見えない。
飛行機? 違うな、そんな感じじゃない。
思案している内に、その星の様なものの光が大きくなった。なんだ……近づいてるのか……?
大きさを変える光……これってUFOじゃん! そうとしか思えない。
「そうだ! カメラ!」
スマホで撮影しようとして、家に置いてきてしまったことを思い出した。
「あぁ、もう!」
なんでだよ! タイミング悪いなぁ! ツイッターに上げたら、バズるの確定なのに! 鬼バズなのにさ! いつも僕は、こうだ。ついてない。
今からでも、急いで戻れば撮れるかもしれない。僕は、夜道を駆け出そうとして――でも、一歩も踏み出せなかった。
「えっ?」
僕は、自分の目を疑った。最初は本当に、星にしては大きい程度だったものが、だんだんと大きさを増して、今はソフトボール大ほどに、って、思ってる間にバレーボール!? ぐんぐんと、見る間に大きさを増している。
まるで、一直線に僕に向かって来ているみたいじゃないか。それか、落ちてきてる? UFOじゃなくて、隕石?
逃げたほうがいいのか……? でも、どっちに? 前? 後ろ? それとも動かない方がいいの?
光は、もう僕の視界の大部分を埋めていた。それでも僕は、その場から地蔵みたいに動けずにいた。なんの判断も、行動もできない、まぬけだった。
わかんないよ! 誰か、誰か教えてよ!
僕の胸中の叫びなんて、当然誰にも届くことはなく、僕は眩ゆい光に飲み込まれた。