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美香先輩登場

 やってまいりました最バス。

 今日はいつも通り体育館練習、つまり黒瀬先輩に会える。

 私と国語の先生がブチ切れた日の放課後。私と稲垣先輩はいつも通り体育館に向かっていた。

 かなり暑くなってきたので、稲垣先輩もジャージじゃなくて半そで短パン。腕も足も、細くて長くて白い。羨ましい。両腕で抱えているのは、制服が入っているのであろう、水色のポンポンがついた体操袋。ホント稲垣先輩って女子力高いな。稲垣先輩が女子力高い系女子なら、私は女子力他界系女子だよ。

 ……このネタ、面白いんじゃねと思って竜成に話したら、想像を絶するトーンで「えっつまんな」って言われたからもう言わないけど。


「あ、稲垣先輩」


 私が先輩の長く白い手足を見つめていると、一点に目が行った。

「膝擦り剝けてますけど、大丈夫ですか?」

 彼女の白い膝に、赤い擦り傷が出来ていた。

「あ、これ?」

 稲垣先輩は何故か慌てた様子で、「何でもないの、ちょっとここ来る途中、擦り剝けちゃって」と言う。

「そうですか……」

 いや、絶対そうじゃないでしょ。稲垣先輩が更衣室から出てきたところで鉢合わせになったのに。そんなバレバレな嘘つかないでも。



「うーっわ、ぶりっ子ブスがまだマネージャーやってるぅ」

「キモッ、そんなんでモテるとでも思ってんのかね」



 ヒソヒソと、でも面白がっているような高い声が、近くからした。

 辺りを少しだけ見渡すと、制服を着た女の子が二人、こちら側を見て話していた。

 私は思わず稲垣先輩を見る。見ると稲垣先輩は唇を引き結んで、体操袋をギュッと握りしめていた。


「ってか、隣にいる一年っぽい女子も、最バスマネ?」

「最バスマネってブス率高くね? 男子の身にもなれっちゅうーの」

「どーせ一年も男目当てでしょ」

「可愛くもないのに、どうしてそんな自信持てるんだか」


 胸が抉られるような痛みが、私の体を駆け巡った。

 ブス、ブス、ブス率が高い……可愛くもないくせに、男目当て……自信持ってる……。


 その女子達は、きゃはきゃは笑いながら「キャー、部活もう始まるぅ」「顧問マジ怖だよねー」などと言いながら走り去っていった。


 ブス……。

 知ってたけど、知ってたけど。まさか見知らぬ人から言われる一言が、竜成に言われるよりも何倍も辛いって、今、初めて知ったよ……。


 でも……。


 いくら私がブスでも。

 稲垣先輩やツジユリはブスなんかじゃない。同性の目から見ても、誰の目から見ても、可愛い。

 それはただの僻みだ。


 さっき私達のことを馬鹿にしたあの女子達。

 きっとそいつらには分からないんだろうな。稲垣先輩がどんなに良い人なのかを。最バスが男子にモテたい一心で務まるわけじゃないことを。力仕事で、力がない私が開始早々死にかけになったことを。

 きっと知らないんだろう。

 人から「ありがとう」と言われる嬉しさを。

 知らないから、男目当てだとか、何でも言える。

 私は、男目当てで最バスマネージャーをやっているんじゃない。ただ、人の世話をしたいし、それに、黒瀬先輩を遠くから見ていたいって言うのもあるけど、でも決して白瀬先輩から奪おうとしているわけじゃないし、モテたい一心でやっているんじゃない。

 初めての仕事が回って来た時、心底嬉しかったし、人からありがとうと言われて、舞い上がりそうになるほど嬉しくなったあの日のことを、あの人達はきっと知らない。知る由もないのだ。

 男子ばっかりの部活のマネージャーになった女子を僻んでいじめる人より、男子ばかりの部活に入って、陰口言われてもやり遂げるマネージャーの方が、格好良いってことを。

 そして私みたいに、マネージャーになってもモテない人がいるってことを。

 男子だけだろうが、女子だけだろうが、男女混合だろうが、何でもいいのだ。

 人から必要とされて、ありがとうと言われることが嬉しくて、ただ、男しかいない最バスに、入っただけで。

 何でそんなこと言われなくちゃならないの?


「い、いいよ真理ちゃん、そんなに睨まなくても」


 掠れた声が横から響く。稲垣先輩が力なく笑っている。その瞳には、黒い闇が広がっているように思えた。

「私のせいで真理ちゃんまでこんな酷いこと言われちゃって。本当にごめんね?」

 稲垣先輩は少しだけ口角を上げる。瞳は、今も上がっている太陽の光に照らされているけれど、全く光っていなかった。

「……いいですよ先輩。頼ってくださいって、言ったじゃないですか」

 私は目元をふっと和らげる。私としては彼女達のことを睨んでいるつもりはなかったのだが、周りから見たらそう見えたのか、おっと危ない。

「そう、だけど、でも」

「でもも何でももありません。とりあえず今は行きましょう。話はそれからですよ」

 私は稲垣先輩に向かって歯を見せるような笑い方をした。私の歯は白くないからな。汚いって思われるかもしれないけど、でもいいや。



「遅かったじゃん、どうしたの真理ちゃん」

「先輩達が早すぎるんですよー。高等部授業早く終わるんですか?」

 蒼葉先輩が私達にほんのり笑いながら注意してくる。白瀬先輩の笑顔が真夏の太陽なら、青葉先輩の笑い方は夜空に輝く満月って感じだな。

「違う違う。高等部は掃除の団結力スゴイから、もうちゃっちゃか終わっちゃうんだよね」

「そうそう。たまにふざける男子もいるんだけど、そいつら女子に睨まれて最後は真面目にやるから」

 あーホノカねー。ホノカに睨まれて平気な奴いないでしょーと先輩達は笑いながら話している。二人の周りに輝くヴェールがかかってるみたい。

 二人とも、私達は親友ですってオーラが出てるし、顔立ちが良いから、きっと人気者なんだろうな。

 それに比べ、私ときたら、いつも幼馴染み組だの何だのと馬鹿にされるし……。

 とそこまで考えてハッとする。いけないいけない、そんなこと考えてたら、業務に身が乗らない。


「そういえば最近、由莉香ちゃんが来ていないけど、どうかしたの?」

 蒼葉先輩の隣にいた白瀬先輩が私に尋ねてくる。学年も校舎も違うから、ツジユリの噂は聞いていないんだろうな。

「何か、呪いの人形作ってるって噂されてるらしくって」

「呪いの人形? プッ、何それー」

 白瀬先輩が途端に噴き出す。鈴の音のように響くその笑い声を聞いて、私は少しだけ安心した。心にほのかに灯りが灯ったようだった。

 そうだよね、やっぱり白瀬先輩も思うよね。ツジユリがそんなことするはずないって。

「呪いの人形って、誰かを呪ってるわけじゃないんだし」

 蒼葉先輩もうんうん頷く。

 じゃあ何で休んでるんだろうねって皆で話していると。


「由莉香ちゃんに、何かあったんじゃないの?」


 女子としてはちょっと低い、でもハスキーで甘い声が背後から聞こえた。

 体育館の入り口から、高等部のもう一人のマネージャー、美香(みか)先輩が入ってきた。

「美香さん」

「美香先輩」

 口々にマネージャー達がそう呼び、次々と「こんにちは」とお辞儀をする。ワンテンポ遅れて、私もいそいそとお辞儀をした。

「あはは、そんなに改まらなくてもいいのに、真面目だねぇ皆」

 こんな子達がマネージャーになってくれて助かったよ、と美香先輩は続ける。


 黒瀬響先輩の姉、黒瀬美香(くろせみか)先輩。黒瀬先輩に顔立ちが似ていて、姉弟なんだなぁと感じさせる。スッと通った鼻筋とか、二重の大きな目とか。

 そして、とても強くて、毒舌口調と噂されてて。


「由莉香ちゃんって、そんなに女子に好かれてるタイプじゃないでしょ」


 毒舌口調で有名な美香先輩が怒涛の言葉を放つ。一瞬動きがストップした白瀬先輩が「ちょ、そんなバッサリ言っちゃ……」と美香先輩を止めようとする。確かに、バッサリ言い過ぎだ。


「だって響ちゃんも優ちゃんも、何だっけ、あの、親の会社潰されて退学になった……あぁ、もういいや。女子二人組にいじめられていたんでしょ? 由莉香ちゃんもああいう系の女子にいじめられて、無理はないと思うよ」


 えっ。そうだったの?

 私が息をのんで目を見開く横で、稲垣先輩も私と同じような顔をしていた。口をあんぐり開けている。

 蒼葉先輩と白瀬先輩は「思い出したくない」と言った様子で顔を歪める。顔を歪めても美人って、おいおいそれは反則だろう。


「大体由莉香ちゃんは、あれ完全にぶりっ子じゃん。そりゃあ女子に嫌われてもしょうがないよ、女子に好かれなくて当たり前って思わなくちゃぶりっ子なんてやってけないよ。それでいて最バスマネージャーでしょ。よっぽどの図太い精神がなきゃ無理だよ」


 た、確かに。

 ツジユリは言ってしまえば結構なぶりっ子だと思う。本音を言うなら森尾姫ちゃんもそうだと思う。けど、二人とも良い子だから、全然気にならないんだけど。あともう一つ本音を言うなら、姫ちゃんというあんなに良い子と竜成がくっつくことを想像してみても、どう考えても姫ちゃんが可哀想でならない。


「おまけにあんなに可愛いしね。そりゃ、ぶりっ子で可愛いってなったら、最バスマネじゃなくても嫌われるよ。優ちゃんと響ちゃんだってそうだよ。可愛くなかったら、最バスメンバーはこいつらにはときめかねぇなってなって、相手にされないんだから」


 男ウケなら良いと思うんだけどね、と美香先輩は頷く。

 白瀬先輩と蒼葉先輩は「でも私達全然可愛くないし」などと全力で否定している。二人が可愛くなかったら、私は生きるのを恥じるほどの不細工じゃないか。

「可愛くなかったら下駄箱に死ねなんて書かれた手紙入れられることないでしょ」

 美香先輩が言うと、二人はあっという間に口を引き結ぶ。


「由莉香ちゃんもそうなってるかもしれないから、誰か由莉香ちゃんの悪口を見かけたら、即刻私達に伝えてね。私が睦月に頼んでそいつらをこらしめてやるから。以上!」


 美香先輩は両手をパンッという軽快な音を立てて合わせる。私達はその大きな音に飛び跳ねて、次々と解散していく。

 ま、まぁ、そうだよね。最バスの高等部に所属する睦月先輩は、イケメンでとんでもないぐらい大金持ちで、今は青葉先輩一筋の元チャラ男で、人を懲らしめたりなんて平気でするもんね。きっと、白瀬先輩達をいじめた女子も、睦月先輩によって大変な目に遭ったんだろうな。だから美香先輩がちょっと良いデートプランを考えたりとかしておだてれば一発。ツジユリを追いつめた人達のことを、木端微塵にしてしまうかもしれない。

 うん、睦月先輩、怒りの沸点が浅い元チャラ男だな。言ったら殺されるけど。

 まぁ、まだ決まった訳ではないからな。もしかしたらインフルエンザかもしれないし、海外旅行かもしれないし……。いや、羨ましっ。

 さぁ、切り替え切り替え。私も仕事が待っている。バスケのゴールを下ろして、外の体育倉庫からストレッチ用具持ってきて、バスケボールの数を確認して……それから。


 そこまで考えて、気付いた。

 あれ、私、嫌がらせをされていない……。いや、あの人形は分からないけど、でも、クラスの女子達に何も言われていない。

「可愛くなかったら、最バスメンバーはときめかないなって、相手にされないよ」

 美香先輩はそう言っていた。

 つまり、それはつまり、うん、最初っから分かっていたけど。

「可愛くない奴は、何も言われないよ」ってことだよね。まぁ、悪口を言われないってことは嬉しいんだけど。

 私、皆から可愛いって思われてないってことだよね!?

 ひえーん、私ってやっぱり、本物のブスなのかな。

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