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発覚

 ツジユリが私を呪った説がA組に浮上して、早一週間が経った。

 それが色んな組にまで広まって、ついにツジユリのいるD組にまで話が広まった。ツジユリは学校を休んでいたから、直接聞いてはいなさそうだけど。クラスLINEとかで聞いていそうだなー。


「というか、辻本は今日も休みかー。最近、欠席しすぎじゃないか? 期末テスト期間、近づいてるぞ」

 本織先生は今日もそんなことを言っている。確かに、最バスの三人いるマネージャーのうちの一人が不登校状態が続いちゃ、顧問と言う立場でも危ういのだろう。恐らく「最バス内でいじめがあるんじゃないか」とか言われているのだろう。本織先生は何にも悪くはないのに。

 一体ツジユリ、どうしちゃったのだと言うのだろう。


 今日は雨が降っているから、部活は全面的に中練。自然ヶ丘学園中等部内をアップとして五周し、そこから本格的練習をする。ちなみに雨が降っていると、部活は早めに終わる。私は密かに、この中練が毎日あればなと願っていた。早めに切り上げることができるから、早めに家に帰ることができる。

 だけど、自然ヶ丘学園は広いから、中練になると意外と大変。マネージャーは学校内をアップなんてことはしないけど、その間、雨の降りしきる外の体育倉庫に行ってストレッチの用具を取りに行かなければならない。しかもここ数週間、中等部には二人しかいないから、結構大変なんだ。

 普通の体育館練習の時は、高等部のマネージャーもいるんだけど、校内とかになると、高等部は自然ヶ丘高等部で練習しちゃうんだよな。雨だとここぞとばかりに、普段は外でやっている陸上部やテニス部が体育館を占領しちゃう。


 早く帰れること以外は、普段と何もかも違う中練。ツジユリと稲垣先輩と一緒に、「早く帰れるけど、地獄だよねー」などと愚痴っていたのを思い出す。


 私はふっと隣にいる稲垣先輩に目を向ける。そうだ、彼女は何か知っているだろうか。


 稲垣先輩は下を向いて、無表情だった。

 凍てついた視線を床に向けている。彼女の口から飛び出る「最バス、ファイトー!」の声も、今は出ていない。私は元々大声で言えないタイプ。だからツジユリと稲垣先輩が率先して声を出している。のに、稲垣先輩は無言無表情、ツジユリはいない、私は小声で、結局マネージャー陣から声は殆ど出ないという羽目になった。私出してるんだよ!



「稲垣先輩?」


 私は稲垣先輩に尋ねる。すると先輩はハッとした様子で、すぐに私の方を向き直った。凍てついた視線も消えて、いつもの柔らかな瞳が私を捉えている。

「何? どうしたの?」

「あの、元気なさそうですけど、どうかしましたか?」

 私がそう聞くと、稲垣先輩は一瞬ひゅっと息を吸って、それから「何言ってるの」と口角をちょっと上げた。

「気にしてなくていいよ。ただ、夜遅くまで勉強してて、眠くて」


 そうなのかな。

 ちょっと気になることが増えた。

 本当に、そうなのかな?

 

 稲垣先輩、無理してるんじゃないのかな。

 優しそうな瞳のすぐそばに、小さなかすり傷。

 自然ヶ丘学園中等部女子用のかなりお洒落なジャージに、よく見れば上履きの跡がついているのが分かる。

 目の下に出来たクマ、ちょっと切り方雑じゃないかなって思うような、髪の毛先。


 それに。

 出しゃばってごめんねって、謝ってたあの時。リュックサックが二つ、彼女の背中にあった。

 友達の分まで背負っていたのかななんて思っていたけど、今、違うことが分かった。



 稲垣先輩、いじめられている?



 最バスのマネージャーになったことがきっかけで、陰口を言われて、いじめられているのだとしたら?

 そして、もしかして、ツジユリも、同じ目に遭っているのだとしたら?


 ツジユリが不登校になった理由も、もしかしていじめられたから?


 そこまで考えた時、いやいやと脳内で否定した。進藤真理、こうやって考えすぎたりするのは良くない、こうやって勘違いするのは良くないよ。初等部の頃、ないないって言って皆に探してもらった筆箱がランドセルの中に入ってたなんてこともあったでしょ。口に出さないに越したことはない。


「困ったことがあったら、何でも相談してくださいね」


 でも一応、これだけは後輩として言っておかなくちゃ。

 稲垣先輩がちょっとびっくりしたような表情をしたけれど、それでもいい。

 もしこの勘違いが、間違っていないとしたら。だったら、稲垣先輩を助けなくちゃならない。


「ありがとう」


 小さな、ささやきのような、ため息のような声が、稲垣先輩の口からこぼれた。


 よしよし、今、こうやって予防線を張っておいたからね。

 稲垣先輩、いつでも私に頼ってくれていいからね。


 ◆◇


 それから数日経って、結局ツジユリは復帰してこないし、稲垣先輩も私に悩みを相談してくれることはなかった。


「あぁーもう、全っ然上手くいかない!」


 国語の授業中。

 周りの人と話してみましょうと先生が言うものだから、皆ここぞとばかりに周囲の人達と話している。先生は主人公の心情を話し合いましょうと言っているのに、周りから聞こえてくる声はゲームの話だとか部活の話、たまに国語の話が混じるだけで。あんたら、特に男子、何のための交流だと思っているんだ。

 確かに分かるよ、主人公の心情なんて作ってもない私達に聞くことじゃないと思うよ。でも今は一応国語の授業の訳でさ。


 違う話ばっかりしている男子と、自分の何もしてやれない不甲斐なさが入り混じって、椅子の背もたれに寄りかかって小声で言う。

 こんなに周りは煩いから、誰も聞いてる人はいないだろうと思って、また一つ、ぽつりと呟く。


「黒瀬先輩とも、全然話せてないし……」


 そう、まともに全く、全然話せていない。

 以前まともに会話したのは、忘れもしないレストランアイゼリサでの出来事。それ以来、まともに喋ったことがない。マネージャー面白いな、と黒瀬先輩から言われたことは覚えているが、会話のキャッチボールが出来ていなかった記憶がある。


「なーにが、全然話せないんだ?」

「っぎゃっすっ!」


 竜成からの突然の後頭部奇襲。

 手刀は見事にクリティカルヒット。私は見事に叫んで机ごと前に倒れこみ、前の席の人に机を押しつけたばかりか、絶叫を上げて、クラス中の注目を浴びた。

 辺りは沈黙に包まれ、さっきまであんなに煩かった男子達も、今はきょとんとして私達二人を見つめている。

「あ、あ、あ、何でもないですぅ、はい」

 いきなりコミュ障丸出しにする私と、「どうした皆、真理に後頭部チョップしたら、何か駄目なのか?」とへらへらしている竜成。


「もー、また幼馴染み組かー」

「いくらお互い好き同士だからって、公衆の面前でイチャイチャするのは良くないと思うぞー」


 男子の一声で、辺りは大爆笑。

 いつもなら大爆笑の渦の中心にいる竜成も、これには戸惑って、「おい、誰がイチャつくんだよ」などと口ごもっている。

「どーせ付き合ってるだろー」

「幼馴染みは大体くっつくんだよー」

 デリカシーのないことを言う男子達! 女子達が「男子サイテー」って引いてるから、やめなよ、と言う気には、私はなれない。

 だから私は思わず、立ち上がって叫んじゃって。



「竜成のことなんか好きじゃない! 勝手に決め付けんなよ!」



 突然の暴言に、男子達、またも沈黙。

 今度はさっきとは別の沈黙が流れていることを、私も重々承知していた。でももう引き戻れない。


「幼馴染みはくっつくとか、それどこ情報だよ! どうせ漫画とかだろ? ここは現実! 漫画じゃない、だから漫画みたいに行くことも行かないこともあるの! 中学生、しかも自然ヶ丘中等部中学一年生なんだから、そんなことぐらい分かるよね? 付き合ってるとか、勝手に言わないでくれる!?

 私だって好きな人ぐらいいるんだよ!」


 絶叫して、気付いた。

 察した。男子はこれにきっと乗っかってくる。


「え、マジ、誰誰、進藤の好きな奴って誰!?」

「幼馴染み差し置いて、好きな人いるのかよー」

「竜成、ドンマイ、今度慰めてやるよー!」


 はい、予想通り。もうホント、テンプレでも頭に組み込まれてるのかってぐらい、的確に女子の思っていることを言いだすよね。

 男子達、またも騒ぎだす。あーあ、吉田さん達が、「男子サイテー」「デリカシーないわー」ってひそひそ話してるよ。こういうことしてると、先生、ブチ切れるよ。



「静かに! 騒ぐな、席に座れ!」



 先生の一言で、男子達は大人しく席に着いた。女子も。もちろん、私も。


 竜成だけはタイムラグなのか分からないけれど、皆よりワンテンポ遅れて、自分の席に戻っていった。

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