誰が?
「何、これ……」
やっと出てきた言葉は、自分でも分かるぐらい、かすれていた。
「それが、ウチらにもよく分からないの。朝来たら、こうなってたの。誰がやったかなんて、分からないけど、でも……」
活発系の女子が口を開く。え、「でも」って何ですか。
「でもって、どういうこと?」
私が聞くと、その活発系の女子は周りの女子と顔を見合わせて、ゆっくりと口を開いた。
「あのさ、最近、辻本さんって学校、休みがちだったじゃん? それを、人形制作に当てていたんじゃないかって」
ぶっはっ。
……今の、心の中で噴き出しちゃったんだけど、まさか、顔に出ていないよね? 今の噴き出し方、絶対女子がするような噴き出し方じゃなかったから、見られたら恥ずかしい。
だって、ただの風邪で学校を休んだのかもしれないし、そんなのを「人形制作に当てていた」なんて言われたら、ツジユリにとってはたまったもんじゃない。
「ツジユリがそんなことするはずないよ。ツジユリが私を恨む理由なんて一つもないよ? 同じ最バスのマネージャーだから、「何であんなブスがマネージャーやってんの、私もやりたかった!」ってことじゃないと思うんだよね。それにツジユリの方が可愛いから、私なんて恨む必要ないと思う」
活発系の女子、吉田さんは、「違うの」と言って首を横に振った。
「真理ちゃんって、安城と幼馴染みでしょ? それでいて付き合っていないのに、あんな仲が良いなんて! って嫉妬しているのかもしれないよ?」
ふっはーーーー!
え、嘘、私に嫉妬する人なんかいるの!? え、え、そんな人いるの? 前代未聞なんですけど。
……えー、今、A組の中心的人物である可愛い系女子、吉田さんのことを馬鹿にしてしまい、まことに申し訳ございませんでした。
自分の脳内で自己完結して、何とか戸惑ったような顔を保つ。本当は心の中で笑っていたけど。
だって、私に嫉妬する人なんていないでしょうよ。確かに私が超絶美人で男子にモテモテだったら嫉妬する人もいたと思うけど、告白された経験ゼロ、可愛い:美人:ブスの比率で言ったら、ゼロ:ゼロ:十だよ。むしろ「あの子ブスで可哀想」なんて視線を送られると思うけど。
「安城って結構モテてるから、実は幼馴染みの真理ちゃんのことを恨んでいる人って、結構いるみたいで」
「マージかよ!」
大声を出してしまった。
皆、きょとんとしている。そりゃそうだ。私の本性が現れてしまったのだから。
竜成も教卓前で私を驚きと呆れのこもった目で見ている。ほーれ見ろ、幼馴染みは私のことこんな風に思っているんだぞ。だから私に嫉妬している人達よ、考え直すんだ。地味に恨んでいる人沢山いるって言われて悲しかったんだよ。
「だって私、竜成のことを何とも思っていないし、向こうだって何とも思っていないんだよ? 今そのこと証明してあげるよ、ね、竜成!」
えぇい、こうなったらやけくそだ。本来、カッターの突き刺さった人形を前にする態度が甚だしく間違っているのは認める。でも、カッターの突き刺さった人形を前にする正しい態度って何なんだ、分からない。人生で一度もこんな風に大胆に呪われたことはなかった。だから、どういう反応が正しいのか分からない。
だからここで思いっきり話を変更し、皆の視線を竜成に向ける。
さあ、これで人形から目を逸らすことができれば良いのだが!
竜成の言葉を見守っていると、竜成は「お、俺はっ……!」と意気込んでから、何故か急にしぼんでしまった。
「だ、誰が好きになるか、こんなブサイク!」
ズキッ。
何だか、胸が痛かった。
……幼馴染みの竜成に、はっきりとブサイクと言われたのが妙に切なかったのだろう。
今まで「運動音痴」だの「醜い顔が更に醜くなっている」だのと辛辣な言葉を言われてきたが、こんなにはっきりと「こんなブサイク」と言われたのが切なくもあり、悲しくもあった。
「……ほ、ほら、竜成、こんなに、私のこと嫌ってるんだよ!? なのに嫉妬とか、ホント、全然仕方ないよ!」
何故だか皆は、黙っていた。
誰一人喋る人はいなかった。皆、深刻そうな顔をしている。
深刻そうな顔をしたいのは、こっちだってば。
今まで、「こんなブサイク」と言われた経験は一度だってなかった。そりゃあ、ブスと言われたことはありますけど、「こんな」という修飾語をつけられて、ちょっとずきって来たのだ。
しかも、それを言ってきたのが、小さい頃から一緒だった竜成。
竜成とは「ブス」だの「調子乗ってる」だのと言い合ってきたものだが、あの声のトーンで言われるのは初めてだった。
それを皆感じ取っていたのか、一分経っても、誰も喋る者はいなかった。
チャイムが鳴って先生が来るまで、皆はずっとそのままだった。