三人のマネージャー
親友二人は運動部、芙実ちゃんと純玲ちゃんは文化部。
私一人が……マネージャー……です。
マネージャー業は、それなりに大変です。
最バスは強豪バスケなので、もちろん朝練あり。更に七時半から八時半まで練習。マネージャーは七時十五分までに体育館にいなければならない。中等部は特に。何故なら最バスとして活動してから、まだ少ししか経っていないから。高等部は遅くても構わない。
……ってさ。
いやぁ、さ。私も、マネージャーとして、尽くしていきたい気持ちはあるんですよ。
主に黒瀬先輩に。
マネージャーとして頑張る姿を、見てもらいたいのよ。
主に黒瀬先輩に。
こうして考えてみると、私、本当に恋しちゃったのかと感じる。
私はまず、六時に起きる。そして少しの間、勉強をする。そして弟が見てる朝の子供向け番組を、朝ごはん食べながらだとか、制服に着替えながら見る。髪をクシで梳かして、日焼け止めを塗る。
学校へダッシュで向かうと、既に最バスの人達はいる。「遅かったねぇ、髪の毛乱れてるよ」と女子力高い白瀬先輩達が髪を整えてくれる。
そしてそれを「ダサッ」と小馬鹿にしてくる竜成がいる。
朝っぱらから気分が悪くなる。そしてマネージャー業が乗り気じゃなくなる。黒瀬先輩を見てて中等部の先輩に怒られる。
そして気分が最高潮に悪くなる。
その悪循環が今日まで続いている、私、進藤真理。
ミニ中間テストが終わり、とりあえず良い成績をとったであろうが、はたまた部活のマネージャーというものが待っているのである。
◆◇
「今日も宜しくね、真理ちゃん」
「あ、はい、宜しくお願いします!」
高等部の最バス女子マネ、白瀬先輩がひらひらと手を振る。両手にはスポーツ飲料二リットルが五本。そんなに重たいのにどうやって手を振ったんだと考えたくもなるが、今はそんなことを気にしてなどいられない。
何たって私も、スポーツ飲料二リットルを六本も抱えているんだから。
「随分と重たそうだね。持とうか?」
「い、いいです……蒼葉先輩は、それを、運んで……ください……」
「今にも死にそうな顔してるけど」
蒼葉先輩は苦笑いしながら私を見つめる。
蒼葉先輩の手には、最バスメンバー全員のユニフォームが握られている。何年間も使っているのだろうが、そんなことを感じさせない真っ白さだ。
「ロッカー行って、それぞれの水筒に入れるからね。皆、ついてきてくれる?」
「はーい」
皆。
そう、中等部の最バス、何と、私以外にもマネージャーが三人もいたのです!
いやぁ、嬉しいことこの上ないね。何たって優しい人達なんだもん。しかも可愛かったり美人だったり。顔が本当に可愛い人って性格も良いからね。うん、よかったよかった。
よく男子部のマネージャーって、男目当てっていうイメージがある。正直言って私は、一度も告白されたことがないから、少しはモテたいなんて気持ちもあるんだけど、男子にちやほやされたいからマネージャーになったわけではない。
ただ、人のお世話をしたいっていうのと、黒瀬先輩のそばにいたいのが本音だ。
「真理ちゃん、行こう!」
「うん、分かった、稲垣先輩!」
ひーひー言いながらロッカーへ一緒に向かう、ロングヘアーの美人、稲垣優実さん。二年生で、華奢な体形。美人なのに男子が守ってあげたくなるような人なのだ。
「あー、待ってくださいよ~、稲垣先輩、真理っち!」
後ろから、とてとてと走ってるのか歩いているのか分からない女の子が、こっちに向かってくる。
「もー、遅いよ、ツジユリ!」
稲垣先輩がちょっと笑みを浮かべながらツジユリを呼ぶ。
一年生の辻本由莉香ちゃん。通称ツジユリ。セミロングにハーフアップの、可愛い女の子だ。
「ごめんなさーい。これが重たくってぇ」
「もー、ツジユリったら、いちいち下ろしながら来たんでしょ?」
「はい、そうですぅ……」
ぺこり、と発音して頭を下げるツジユリ。
「持っとくからさ、ウチ。一緒にロッカーまで行こう」
稲垣先輩は笑顔を絶やさずに、ツジユリ持っていたスポーツ飲料を持って、ロッカーまで走って行った。
◆◇
ロッカー前で、最バスの男子が水筒片手に楽しそうに喋っている。
はぁ、最バスってすごいなぁ。あんなにウザい竜成まで、バスケやってると格好良いんだから。
やっぱスポーツってすごいな。人を変えることが出来るんだもん。
「皆、水筒出してー。水入れるよー」
蒼葉先輩の号令で、最バスの先輩や男子達が次々と水筒を机に置いておく。自然ヶ丘学園のロッカー前、すなわち男子更衣室前は、大きな机が壁とくっつく形で置いてある。
たまにそこに座る竜成とかもいるんだけど、それは放っておく。
「おー。やっぱ白瀬の入れる飲み物って、何か、他の女子が入れるのとちげーな!」
「他の女子、黒瀬の水筒に入れたんだ。へー。優は入れてないって言うけど」
「なわけねぇじゃん、他の部活の女子マネと、白瀬では、大違いだって言いたいの!」
「ほーーん」
白瀬先輩が一番最初にスポーツ飲料を入れる水筒、それは決まって黒瀬先輩だ。
そりゃあカップルだから、しょうがないのかもしれないけど。
黒瀬先輩の水筒に、一度でもいいから、入れてみたいな。
そして、「頑張ってください」って、言いたいな。
「ほーい。し、ん、ど、う、ま、り、さ、ん!」
「うわっ」
竜成が私の二の腕をリズムに合わせて水筒でつつく。
「りゅ、竜成、どしたんだよ……」
「入れてくださーい」
竜成は私に水筒を差し出す。それを受け取って、水筒にスポーツ飲料を注ぐ。
「ほい。出来たよ」
「あざっす、進藤マネージャー」
……マネージャー、か。
なるほど、いっつも馬鹿にされてた私が、竜成にマネージャーと呼ばれるのは、気分が悪いものではない。
「うむ、それでいい」
「は? 何がだよ」
私が満足げに言うと、竜成は眉を潜めて、それから、笑った。
私もそれにつられて笑ってしまい、二人して唐突に笑ってしまうという、かなり不思議な雰囲気が出来あがった。
私達の笑いがおかしいことに気付いたのは、周りからじぃっと見つめられ、黒瀬先輩にぶはっと噴き出された頃だった。
「お、面白いな、そこの二人! ……竜成と、マネージャー」
黒瀬先輩はそんなことを言って、白瀬先輩に、「もぉ、何言ってるのよ!」とチョップされているけど。
黒瀬先輩に注目してもらったのが嬉しくて、私は思わず「そ、そうですか?」と上ずった声を上げる。
「あぁ。これからもっと、最バスが楽しい部活になるといいな!」
黒瀬先輩に、そんな爽やかな笑みを向けられて赤面していた私は。
鋭い視線に、気付かないままだった。