恋の始まり……?
入学式が終わり、一週間が経った。
のどかちゃんはC組、真優ちゃんはE組、私はA組。
親友二人と別れたのは悲しいけれど、誰かと誰かが一緒になって誰かが一人ぼっち、なんていう状況にならなくて、とりあえず一安心、だと思う。
それに、六年生の時、一緒に仲良くしてもらっていた二人組、木島純玲ちゃんと白萩芙実ちゃんも、別々のクラスになって、これで五人全員、気まずい雰囲気になることは一切なくなった。
純玲ちゃんはB組、芙実ちゃんはD組。
うん、それは良いんだけど。
それはさ、良いんだけど……。
何で、何で竜成なんかと一緒なのよ!
全く、入学早々、絶望させてくれるよね!
何が「運動音痴、一年間宜しくな」だよ、こっちは何年間もお前に付き合ってやってんのにさ、へっ。
他の女子は「キャー竜成君と一緒だー」なんて言うけどさ。正直悪口言う幼馴染みなんて、いない方がいいからね!
全く、幼馴染みにだけデリカシーが欠けてしまった、あのクソ竜成め!
「ちょっと黒瀬! 私のシャーペン、返してよ! それ一週間前に買ったばっかりなのよ!」
「誰だよ、俺の部屋で勉強会したときにシャーペン忘れた奴はー?」
「私だよ! 返してってば」
「嫌だね、白瀬の買ったシャーペンめっちゃ高性能だもん! 当分返すか!」
ぷんすかしながら自然ヶ丘学園への道のりを歩いていると、後ろから騒がしい男女二人の声が聞こえた。
この声は……。
「あ~っそ。そっか~。じゃあ、今度最バスあるときに美香さんに言って、黒瀬がぶっ殺されてでも返してもらいますからね~」
「うっ……。それはない、それはない! やめて白瀬!」
「ふふん」
この声、高等部の有名カップル、白瀬響さんと黒瀬響さんの声じゃない?
「やぁっと分かった? いいからそのシャーペンを返しなさい」
「嫌~なこった! 彼氏が彼女の持ち物褒めてるんだから、少しぐらい彼女面してよ、白瀬ちゅわーん」
「キ、キ、キモ……いっ……ってば! もう、黒瀬!」
白瀬先輩は、恥ずかしがっているのか怒っているのか分からない顔をしながらも、黒瀬先輩の肩を叩いた。
……いいなぁ。あのカップル。
まぁ、年の差ってものがあるんだけどね?
でもいいなぁって思う。あんなにほのぼのとしたカップル、誰からも羨ましがられるよ。
白瀬先輩は女の私から見ても可愛いと思うし、黒瀬先輩は最バスの選手で超イケメン、しかも家がお金持ちらしい。しかも幼馴染みで付き合う前から両想いって話も聞く。しかも黒瀬先輩の方が白瀬先輩にずっと片想いしてたらしくって……。
「めっちゃ青春~」
私がそう呟くと。
「何気持ち悪い顔してんだよ、気持ち悪い顔が更に気持ち悪いことになってるぞ、真理」
「……はっ?」
私のスゥイートな気持ちは、黒瀬先輩と真反対な幼馴染みによってブチ壊された。
「……うっさいわね竜成! 朝っぱらから胸キュンする展開見てたのに、何で次の瞬間胸糞展開見なきゃいけないわけ!」
「うわっ、お前の方がうっせぇよ真理。お前って歩く公害だろ」
「はぁ~? 言ったね言ったね!? お前の方が百倍もうっさいし! 何だよ、最バスに入りたいとか言いやがって、シュートもどうせ、入れること出来ねぇんだろ?」
私達の喧嘩に、道行く人が振り返る。それが恥ずかしくて、私はヒートアップしていた口先を抑える。
「おや? おやおやおや? どうしたんでちゅかー真理さん。人に見られて恥ずかしくって辞めちゃった? あれ何で? 何でぇ?」
あぁもう、お前の方が歩く公害だろうがよ。
私がふんっと目を逸らして歩き出すと、いつの間にか前にいた黒瀬先輩と白瀬先輩が、プッと私達を見て噴き出していた。
更に恥ずかしくなった私は、全速力で学校に向かった。
◆◇
「真理、今日、アイゼリサ行くか」
「え、アイゼリサ?」
お父さんがそんなことを言う。
「今日、アイゼリサのハンバーグが特別に三百九十九円なんだって。真理、ハンバーグ好きだから、買いに行こうかなと思って」
行きます行きます行かせてください。私ハンバーグとマシュマロだけは大好きなんです。
「じゃあ、一緒に行こうか」
お父さんが天使に思えてくる。ありがとう、お父さん、ハンバーグ大好きな私の気持ちを理解してくれて。
「竜成君も一緒に」
なわけで今私は、アイゼリサの席に、最悪の気分で座っている。
何が悲しくて竜成なんかと一緒に私の大好きなハンバーグを食べなきゃいけないのだ。世の中おかしすぎる。
「何か食べたいものはあるか、竜成君」
「お、俺は……パンとスープセットだけで大丈夫です」
隣に座る竜成が、お父さんに話しかけられただけで静かになる。何だ何だどうした、そんな謙虚になって。
「お腹、減らないのか。ドリンクバー、どうだい。もう小学生じゃないから、キッズドリンクは頼めないけど」
「あんた、卒業式後の打ち上げのレストランで見事にデスソース同等の飲み物作っただろ。私が作ったげるよ」
「遠慮しておきます」
お父さんの手前、竜成が大人しいのは分かっている。ただ、ただ竜成、私の足を踏むな。それだけはやめろ。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか」
誰が呼んだのか、いつの間にか店員さんが私達の席に来ていた。
「あ、じゃあ私は、このチーズインハンバーグと、アボカドのサラダ……」
顔を上げてそのイケメンの顔を見た瞬間、私は凍りついた。
何たってその人は、黒瀬先輩だったから。
流石は美女である白瀬先輩の彼氏。超釣り合ってる。超美男だ。
「く、黒瀬先輩!」
横から聞こえてくるは、美男とは程遠い男、竜成の声。
「あ、安城。いやあ、アイゼリサに来てくれてありがとうな。よかったらアイゼリサ限定のお菓子でも買ってもらってもいい……」
レストランの店員さんがよく持っている機械を持ちながら、黒瀬先輩はにこにこと竜成を見つめる。
……超、イケメンだ。
「なーに店員の立場でお客様にタメ口使ってんの、黒瀬! 分かったらあんたはさっさとご注文を聞ーきなーさーいー」
白瀬先輩が、お子様ランチ片手に黒瀬先輩の耳をつねる。
何かそのじゃれあいもお似合いで、眩しい……。
「えーでも白瀬だって、最初の方なんか初歩的なこと何も分かってなかっ痛い痛い! ごめんなさいごめんなさい!」
白瀬先輩は「なぁにー?」と言いながら今度は黒瀬先輩の手の甲をつねった。
「痛いってば。分かりました。はい。……ご注文、もう一度、お伺いいたします」
その瞬間、世界が一瞬止まったかのようだった。
黒瀬先輩のちょっと焼けている肌が、店内の光に反射して、キラキラ輝いていて。涼しげな瞳は、クールで少しだけミステリアスな印象を与える。バスケ部で鍛えられているようなその腕は、思わず「キャー」と叫びたくなるような、カッコ良さで……。
ちょっとだけ目尻を下げた黒瀬先輩の笑い方が、綺麗で、優しげで、切なげで……。
とくん、と胸が高鳴った。
「え、えと……その……チ、チーズインハンバーグと……」
答えるのにも精一杯で。
私は傍に置いてあった水を全力で飲みほした。
早く水を飲まないと、体がどんどん火照っているのが、黒瀬先輩に分かってしまいそうで。
「……いい。あとアボカドのサラダと、イカ墨スパゲッティ、パンとスープのセットA、タコとイカのシャキシャキサラダで」
その後は、竜成が冷めた声でただ単に読み上げていくだけだった。
黒瀬先輩は「了解しました」と言って、店の奥に去っていった。
待って、もっとその笑顔を見たいです。
黒瀬先輩の笑顔、もっと見ていたいです。
光り輝く笑顔を。綺麗な笑みを、向けてほしいんです。